「俺、こいつを内海さんのところに送ってくよ。彼女ならきっと世話してくれるだろう」悟は親友の手助けをしてやろうと思ったのだ。しかし、隼翔は「理仁は今こんなに酔っぱらって、訳わかんないことばっか呟いてるんだぞ。さっきこいつが言ってた言葉を内海さんが聞いたら、火に油を注ぐだけだ」と注意した。悟「……じゃ、やっぱ、琴ヶ丘のほうに送ってくわ」隼翔はそのほうがいいと思った。三人はバーを出ると、隼翔は理仁を悟の車まで運ぶのを手伝い、また何かを注意して、悟が理仁を乗せて去っていくのを見送った。その後、彼も携帯で運転手に電話して迎えを頼んだ。結城家の邸宅への帰り道、理仁はずっとぶつぶつと呟いていた。そして「ゆいかさん、君を愛しれる。俺から離れらいでくれ」とまた同じ言葉を吐いていた。そしてまた暫くしてから「これ以上どうすれっれ言うんらよ?いっれおくけど、別に君じゃらいといけないわけじゃ」とまた繰り返していた。彼はずっとあの言葉を繰り返し何度も呟き続けた。これは彼の愛とプライドの闘いだった。愛が優勢に立ったと思えば、すぐにプライドが勝ち上がってくる。一時間以上かけて悟は琴ヶ丘邸に辿り着いた。彼は到着する前におばあさんに電話をかけて連絡していたので、おばあさんが屋敷の前で待っていた。「おばあ様」悟は車を止めると、おばあさんに挨拶しながら車を降りてきた。「こんな遅くに、ご迷惑をおかけしてすみません」「それはこちらのセリフよ、こんな遅くに理仁を送ってきてもらっちゃって」おばあさんはボディーガードに言って理仁を車から降ろさせた。理仁が歩くこともできないほど酔っているのを見て、悟に尋ねた。「この子ったら、どれだけお酒を飲んだのかしら?」「ボトルを何本も開けていましたね。心の中を全てぶちまけるほど酔っていましたから、奥さんのところには連れていけなくて。もし奥さんが理仁の話を聞いたらもっと怒るでしょうし」「この子、何を言っていたの?」悟は包み隠さず、理仁が言っていたあの呟きをおばあさんに教えた。おばあさんはそれを聞いて「ふん」と鼻を鳴らした。「そんなこと唯花さんの前で言ってごらんなさい、私はそれでこそ結城理仁と賞賛してあげるわよ」「おばあ様、理仁もずっとモヤモヤしていたでしょうし、こうやって心の内を全部吐き出してしまったほうが
理仁はテーブルの上にある全ての物を一掃し、自分はそこに倒れ込んでぶつくさと何かを呟き始めた。「唯花さん、唯花……別に唯花さんじゃないといけないってわけじゃないんだからな……」悟と隼翔は最初、理仁が何を言っているのか全く聞き取れなかった。彼は何度も何度も繰り返し呟いていて、悟が彼に近づいてよく聞いてみると、やっと「唯花、俺は別に絶対に君じゃないといけないってわけじゃないんだぞ」というのを聞くことができた。「こいつ、何言ってんだ?」隼翔は悟が微妙な表情をしているのがとても気になり尋ねた。悟はスックと立ち上がり、姿勢を正してべろべろに酔っぱらっている理仁を見つめ、隼翔に言った。「理仁がスピード結婚してから、内海さんのことで何度も酔っぱらってきたな」最初、理仁と唯花が契約を結んだあの時、唯花のほうがそれに対してどうでも良いという態度を取っていたことが理仁は気に食わず、その時もこの二人の親友を呼び出して酒を飲んだ。しかもひどく酔っぱらって、七瀬に家まで連れて帰ってもらったのだ。その時も、七瀬は運転代行業者として、堂々と唯花の前に現れたのだった。「それから、なんだっけ『唯花さんじゃないといけないわけじゃないんだからなぁ~』とかなんとか、はっはっは」悟は酔っぱらった親友を嘲笑していた。「だったら、お前、内海さんの前でその言葉を吐いてみろよ。ここで俺らに酔っ払いの言葉なんか聞かせてどうすんだ?内海さんに直接『君じゃないといけないわけじゃない』って言えるなら、俺はお前が勇者だと認めるよ」すると理仁は突然サッと立ち上がり、悟の両肩をポンと掴み、力を込めて彼を揺さぶり叫び始めた。「唯花さん、これ以上、おれにどうすれっていうんらよ?おれが悪かった。もうじゅうぶんあやまっらだろう?おねーさんのところに住みらいっれゆーから、そうしれあげらじゃないか。これ以上、君はどうしらいんだ?いっれおくがなぁ、俺がその気になればぁ、どんら女だっれ、この俺とけっこんしたいと思ってるんだぞぉ!唯花さんしかだめらわけじゃあ、ないんらからなぁ!」悟はひたすら理仁に揺さぶられ、頭がふらふらし、彼のどうでも良い話を聞かされ続け、最後には耐えきれなくなって彼に言った。「お前な、本気で内海さんじゃなくてもいいってんなら、さっさと彼女と離婚して、他の女を探せばいいだろうが!」「
いくら車のスピードが遅かろうとも、結局すぐに唯月の暮らすマンションに到着した。唯月がマンションを探している時、妹のところからあまり遠くには借りたくなかったので、トキワ・フラワーガーデンからそこまで遠くないところに部屋を借りたのだった。理仁は車を止めた。「着いたわね」唯花は自分で車のドアを開け、理仁にひとことだけそう言うと車を降りた。「上まで送るよ」「その必要はないわ。あなたはもう帰って。運転気をつけてね。明日は家で一日ゆっくり休んで。顔色があまり良くないから」理仁は熱い視線を彼女に向け、低くかすれた声で尋ねた。「唯花さん、今、俺のことを心配してくれてる?」彼は彼女の手を引こうとしたが、それを躱して彼女はマンションのほうへ入っていった。理仁はマンションの前に立ち、彼女があがっていくのを見送り、後からついて行くことはしなかった。彼も彼女のことを尊重し、何度も姿勢を低くしてみせたのに、それでも彼女は彼を拒むのだ……。暫くして、理仁は車のほうへ向かって行き、乗り込むと、悟と隼翔にそれぞれ電話をかけ、彼らはバー・レガリスに行く約束をした。電話をかけ終わると、車を走らせ直接レガリスへと向かった。悟と隼翔は彼よりも先に到着していた。二人はすでに個室を取り、お酒も注文して彼が来るのを待っていた。理仁が中に入ると、二人がビールを注文しているのを見て不満をもらした。「このバーには良い酒が置いていないのか。それともお前たちは酒を買う金がないのか。ビールなんて飲んでも意味がないだろう。飲むならもっとガツンとくるやつじゃないと。度数の高いものであればあるほど良い。今夜はとことん酔いつぶれるまで飲んでやる!」明日は週末だから、彼は翌日、日が沈むまで飲んでいられる。悟が口を開いた。「俺は君たちに付き合えるけど、酒は飲めないぞ。この中で誰かはしらふでいないと、後でどうやって君たちを家まで送るんだよ?それに、明日は明凛さんのおばさんの家に食事に行くから、酒を飲んで酔っぱらうわけにはいかないんだよ」隼翔は悟の腕を突き、興味津々に尋ねた。「お前と牧野さんは、親に会うほど仲が進展してんのか?速いな」「俺だってもっと早く距離を縮めたかったんだ。だけど、明凛さんはゆっくりお互いのことを知りたいんだってさ。金城夫人がまた彼女に会社内の管
唯花も夫側の家族たちは、みんな教養も高く素晴らしい人たちだと思っていた。しかし、義母は彼女のことをそこまで認めてくれていないと、彼女自身感じ取っていたのだった。今のところ唯花と義母である麗華が一緒にいる時間は短く、そこまで深く関わっていないので、まだ摩擦は起きていない。しかし、今後接する時間が長くなれば、伯母が若かった頃のような目に遭ってしまうのではないだろうか?彼女は夫側の家族から嫁としてきちんと認めてもらいたいのだ。「結城さん、とりあえずここまでにしておきましょう。もう遅いし、あなたも早めに休んだほうがいいわ。それじゃあね」唯花は怒りを抑え、理仁とは言い争いをすることはなかった。それに彼を納得させることだってできないだろう。彼女が求めているものを、彼には理解できないのだから。話してもわかり合えないのだから、いくら続けたって無意味だ。唯花はそのような無力感に襲われた。彼女はこれ以上彼と話していると、夫婦喧嘩を起こしてしまいそうに思った。そして、その言い争いがどんどん激化していったら、二人の関係がさらに悪化してしまう。彼女は二人の仲を解決するために来たのであって、喧嘩をしに来たわけではない。理仁は立ち上がり彼女の腕を掴んで、低い声で言った。「唯花さん、俺はもう一度新たに契約を結ぶつもりなんかないよ。俺らは結婚したんだから、一生夫婦であり続けるんだ」「契約しないなら、しないでいいわ。早めに休んでちょうだい」唯花は彼の手を振りほどこうとしたが、彼の力には敵わず、もう片方の手は自由にできるのだが振りほどくことができなかった。ずっと彼は放してくれないのだ。理仁は唯花が真面目に取り合ってくれず、彼の話を全く聞き入れるつもりはなく、やはり彼女が言ったようにしようとしているのを見て、少し苛立ちを覚えたのだ。しかし、怪我をした彼女の左手に目がいった瞬間、彼の怒りは一瞬で消えてしまった。理仁が本屋であの言葉を言った時の態度が悪かったせいで、彼女がうっかりこの傷を作ってしまったのだ。彼女が怪我をして、彼は心を痛めていた。夫婦が何かに対する見方や考え方が違う時、彼も彼女を説得することはできず、彼女も彼を説得できずに平行線をたどる場合、彼が怒りを爆発させてはいけないのだ。そんなことをすればまた彼女を傷つけることになってしまう。
「結城さん、私が言いたいことは、あなたの世界に入ってやっていけるかどうか試す時間を少しくれないかっていうことよ。もし上流社会に溶け込めないって判断したら、私も自分に無理して生きたくないの。あなたも私に無理強いしたりしないで。立場も違う、差がある二人の結婚は長くは続かないわ。今あなたは私のことを好きになってそんなに時間が経っていないでしょう。だからその好きだって気持ちが一番燃え上がってる時期なのよ。そんな時期だから、もちろん私の全てを受け入れられるって自信があるの。私がどんな身分であっても、あなたは気にしてないんだよ。それが時間が経ったら、私があなたを支えることができないって気づく時が来るわ。私たちには共通の話題もないし、あなたが経済や株、投資の話をしたって、私には全くわからない。一緒にあなたのお友達とのパーティーに行ったとして、よその奥様とあなたが弁舌をふるっている時に私は何を話すことができるというの?あなた達に『今日はお天気がよろしいですね』だなんて能天気な話をしろっていうの?それから、私があなたの面子を潰すようなことをしてしまえば、私はお友達の奥さんとはかけ離れているとあなたは思うでしょうね。だって相手の奥様はお互いに家柄の合った住む世界が同等な人たちだから、同じような考えと話題を持っているのよ。あなたは自分さえいれば、誰も私に失礼な態度を取ることなんかできないって言うかもしれないけど、私は卑屈になるでしょうね。私はあなたに籠の中で大事に育てられる小鳥ではいたくないの。私はあなたと肩を並べて歩んでいけるような女性でいたい。だけど、そもそもスタート地点が高すぎるのよ。いくら馬に鞭を打ったって、あなたのところに追いつけないわ。だから、私たちは新しくスタートしたい。私にあなた達の世界で生きていけるかどうか試すチャンスがほしいの」理仁は表情を暗くした。「どうしてそんなに他人からどう思われるか気にするんだ?言っただろう、俺は君とこの家庭を養うことはできるから、唯花さんは今まで通りに生きていってくれていいんだ。誰かに何か言われても気にしなくていい。あいつらはただ君が結城家の若奥様になれたことを嫉妬の目で見ているだけなんだから。俺の友人が唯花さんを見下すようなことはないって君も知っているよね。パーティーがある時には、君の前で難しい話などせず、日
「あなたに騙されてたって知った時は、すごく頭にきたの……ってそれは、今はいいわ。あなた、緊張で髪の毛も逆立ちそうになってるわよ。怒りもまだ収まってないし、まだ冷静になれてない時に、あなたに代わって、結城さんはやむを得ない理由があったんだとか、許してあげてほしいとか、たくさんの人が私に言ってきたのよ」親友はもちろん彼女の味方であることに間違いないが、彼を擁護する言葉もかけてきた。「唯花さん、俺が間違っていたんだから、君は怒って当然なんだ。あんなに長い間君を騙し続けるべきじゃなかった。告白する時も君に面と向かって直接言う勇気もなく、あんな方法で知らせてしまった……桐生社長に相談してこんなことに!」一体どこの誰が蒼真に泣きついてきたんだ?唯花は少し黙ってからまた言った。「今回のことは、結局あなたは私のことを完全に信じてくれてなかったってことよ」「唯花さん、確かに以前の俺は君のことを信じられなくて金目当てなんじゃないかと警戒していたんだ。でも、今の俺は唯花さんの人柄を信じているよ」唯花はまた深く黙り込み、顔を上げて彼と目線を合わせ、少し迷ってから心を決めた様子で理仁に言った。「結城さん、また契約書を作ってもいい?」理仁の返事を待たず、彼女はそのまま話を続けた。「あなたがどんな人なのか知った時すごく頭にきたの。それ以外に、私たちの差をちゃんと考えなきゃって思って。あなたは結城家のお坊ちゃんで、億万長者の名家出身。私は両親もいない、最低な親戚しかいない普通の人間よ。私自身にも何の能力もない、どこをとってもあなたには相応しくない女なの」「唯花さん!」理仁は真剣な眼差しで彼女の話を遮った。そして厳しい口調でこう言った。「唯花さんがどんな家柄であろうと、俺はそんなの気にならない!君を嫌いになることだってない。俺が君と一緒にいて問題ないと言ったからには、そんなふうに自分を貶すようなことは言わないでくれ」「別にそんなつもりじゃないわ、ただ事実を述べただけよ」唯花は自分自身を卑下するようなことは絶対にないのだ。「唯花さん、俺は君に何も求めてなんかない。俺に家庭を持って君を養っていける力があるだけでいいんだ。将来子供ができたってちゃんと育てることができる。俺が稼いだお金でサッカーチームが作れるくらい子供ができたって養っていけるよ。自分に