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第1355話 番外編四

Author: 花崎紬
澈……

佑樹は軽く眉をひそめた。

聞き覚えのある名前だ。

「知らないの?姉さんが小さい頃に出会った男の子だよ」

臨が言った。

「ああ、それで?」

臨の言葉で、佑樹は思い出した。

「問題はその人にあるんだ。この件で母さんもよくため息ついてる」

「要点を言え」

佑樹は彼を見た。

「澈が突然いなくなって連絡も絶ったから、姉さんはショックを受けて学校に行くのが嫌になったんだ」

「今でも?」

佑樹は事の重大さに気づいた。

「そうだよ」

臨は続けた。

「父さんも説得してみたけど、姉さんは頑固だから誰の言うことも聞かない」

佑樹は視線を逸らし、階段を見上げた。

この件について、彼と念江は何も知らなかった。

いったいどんな人物が、ゆみをここまでさせたのか想像もつかなかった。

「わかった。君は明日学校があるんだろ、早く寝ろ」

佑樹は深く息を吸った。

「はーい」

臨が二階に上がってすぐ、佑樹も立ち上がった。

ゆみと話そうとしたところ、念江がドアから出てきた。

「佑樹、ゆみの件だが——」

「今から話しに行くところだ。そうやら、あの時調べた『澈』がゆみに影響を与えているらしい」

念江はぽかんとしていた。

澈が誰か思い出せていない様子だった。

「ゆみと一緒に父さん母さんの結婚式に出ていた少年」

佑樹は念江の様子を察し、説明した。

「あの子か。二人の間で何かあったのか?」

思い出した念江は尋ねた。

「ゆみに直接聞けばわかる」

念江は頷き、佑樹と共にゆみの部屋の前へ向かった。

「ゆみ、俺だ」

佑樹はドアをノックした。

「入って。鍵かけてないよ!」

中からゆみの声が聞こえた。

佑樹がドアを開けると、ゆみは机に向かって何かを書いていた。

佑樹が足を踏み入れようとした瞬間、念江が彼の腕を掴み、言葉に気をつけるように目配せした。

「どうしたの?」

二人が入ってこないのを感じたゆみは不思議そうに顔を上げた。

佑樹は視線を戻し、ゆみの部屋に入った。

「ちょっと話がある」

ソファーに座ると、佑樹は言った。

「忙しいから話したくない」

ゆみは手元の作業を続けながら拒否した。

「大事な話だ」

佑樹の表情が一層険しくなった。

「臨が何か言ったんでしょ?あの人の話はしたくない。これ以上聞かないで」

ゆみはペンを止め、顔
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