ゆみの言うことに、臨は逆らえない。「佑樹兄さん、念江兄さん、姉さん……」彼はおずおずと前に出て、三人の前に立ち、素直に挨拶した。佑樹と念江が返事をしようとした瞬間、ゆみはさっと臨の耳を摘まんだ。「臨!兄さんたちを迎えに来てって言ったのに、また女の子をナンパしてたんでしょ!!」「姉さん、痛い痛い!もうしないって!許してよ!」臨は痛さに顔を歪め、ゆみの手をパタパタと叩いた。「ゆみ、ちょっと注意するだけでいいよ。臨はまだ十四歳だし、遊びが好きなのも当然だろ」念江は優しく微笑んだ。「また始まった。弟妹を甘やかさないと気が済まないのか?」佑樹は念江を一瞥した。「……」念江はどう答えればいいか迷った。だって、みんな自分の可愛い弟妹なんだから……。「次また見かけたら、三日間ベッドから起きられなくしてやるからね!わかった?」ゆみはやっと臨の耳を離した。「はい!」臨は耳をさすりながら、慌てて頷いた。「佑樹兄さん、念江兄さん、おかえり!」そして、佑樹と念江に向かってにっこり笑った。「ああ。食事に行こう」佑樹は軽く頷いた。夕暮れ、シスルレストラン。佑樹と念江は海外旅行中の紀美子と晋太郎に電話をかけて無事を伝えた。ゆみと臨は一緒にメニューを選んでいた。注文した料理がテーブルいっぱいに並べられると、佑樹は眉をひそめた。「ちょっと君たち……」念江も呆然として見つめ、ゆみと臨に向かって何か言おうとした。「大丈夫、食べきれる!」すぐに臨が遮った。「姉さんの食欲はすごいんだから。家に帰ると、使用人たちがてんてこ舞いなんだ……痛っ!」臨が話し終わらないうちに、ゆみは彼の頭をこづいた。「でたらめなことを言うな」ゆみは臨を睨んだ。「あんたの方がもっと食べるくせに。まだ何か?」「佑樹兄さん、念江兄さん、姉さんがまたいじめるんだよ!兄さんたちがいないと、ずっといじめられてばかりで。でも、父さんも母さんも何も言わないんだ!」臨は佑樹と念江に訴えるように見た。すると、佑樹と念江はそろって視線を逸らした。「何も聞いていないし、関わりたくもない」という表情だった。訴えが通じないと悟った臨は、にっこり笑ってゆみに抱きついた。「わーん、姉さん、ごめんよ。もう怒ら
十四年後……空港内では多くの乗客がポニーテールを揺らして疾走する少女に視線を注いだ。少女は人混みをかき分け、到着ゲートへと駆け寄った。少し離れた場所に立つ、背筋の伸びた二人の男を見つけると、最後の力を振り絞って加速した。「佑樹兄さん!念江兄さん!」彼女は叫びながら両手を広げ、彼らに抱きつこうと、振り向いた二人の男の前に飛び込んだ。二人の男は慌てて腕を広げ、彼女の体当たりのようなハグを受け止めた。「帰国おめでとう!!」彼女は彼らの首にしっかりとしがみつき、甘えるように頬を擦りつけた。「ゆみ、もうそんな年なのにまだ甘えてるのか」「ゆみ!!首絞める気か?」二人が同時に声を上げ、ゆみは目を潤ませて彼らから離れた。「おかえり」地面にしっかりと立つと、ゆみは涙を拭い取り、甘い笑顔で真っ白な歯を見せた。「ああ、ただいま」佑樹は唇を緩め、ゆみの頭を軽く叩いた。「迎えに来てくれて嬉しいよ」念江は上品に微笑んだ。「じゃあ、まずはお小遣いをちょうだい」ゆみはにやっと笑い、二人に向かって白い手のひらを差し出した。「やっぱり、ただでは迎えに来ないと思ったよ!」佑樹の笑みは一瞬凍りつき、歯を食いしばって言った。「先週渡したお小遣い、もう使い切ったのか?」念江は呆れながらため息をついた。「あー、私が浪費家だって知ってるでしょ?お金をたくさん持ってられないんだよ。念江兄さんがくれたお金を、うっかりと学校の人工池に落としちゃって。だから……」ゆみは照れくさそうに頭をかきながら言った。「だから何だ?」佑樹は細目になり、怪訝そうな視線を向けた。「だから50万円全部寄付しちゃったの!」ゆみは白い歯を見せて笑った。「ファミリーカードを紐づけよう。お金を持ち歩けないなら、これが安全だ」念江は静かに携帯を取り出した。「ファミリーカードに紐づけて大丈夫か?三年前に一度やったら、一日で300万円も使われたこと、忘れたのか?」佑樹は念江を見て眉をひそめた。「構わない。妹はゆみ一人なんだから」念江はゆみのLINEにカード紐づけの通知を送った。「ケチ!念江兄さんの方がずっと優しい!あの300万円だって自分のためじゃなかったんだよ。お金がなくてお葬式ができなかった人たちを助けたの!
「そうなの」紀美子は軽くため息をついた。「どうしたんだ?」「澈くんのことよ。ゆみは澈のことが好きみたいけど、連絡が取れなくて泣いちゃったの」紀美子の眉間に疲れが浮かんだ。「俺が話しに行く」晋太郎の表情は険しくなった。「やめて!あの子をそっとしてあげて。あなたが行ったって何も解決しないわ」紀美子は慌てて彼を止めた。「子供を放っておくつもりか?」晋太郎は言い放った。紀美子は首を振った。「放っておくんじゃない。彼女自身も澈くんに対してどんな気持ちなのかわかっていないの。無理や感情を押し付ける必要はないよ。もしかしたら私たちが勘違いしていて、ゆみはただ友情を大切にしているだけかもしれないじゃない」「導いてやらなければ、ゆみは長い間あのままかもしれないぞ」晋太郎は紀美子のベッドの脇に座った。「信じてあげて」紀美子は言った。「私は、ゆみが自分で乗り越えると信じてる。明日でも一年後でも、きっと自分で悟る日が来る。晋太郎、辛いことや苦しいことだって自分で乗り越えなきゃ。私たちだってそうやってきたじゃない?」晋太郎は眉をひそめ、部屋のドアを見つめた。娘が自ら悟り、必要のない苦しみを手放せるように願いながら。部屋の中。ゆみはベッドにうつ伏せになって、泣き疲れて携帯を抱えたまま眠ってしまった。目が覚めたときには、外はもう暗くなっていた。窓の外に浮かぶ月を見て、また涙で視界がぼやけた。澈くん、約束したよね、一生の友達でいようって。なのに、どうして電源を切って連絡も取れなくなるの?同じ空が見えるって言ってたけど、今私が見ている月、あなたも見ているの?まだ帝都にいるよね?今何してるの?私があなたを見つけられなくて悲しんでるって、分かってる?それとももう新しい友達ができて、私と話す必要なんてなくなったの?ゆみは小さな手で涙を拭いたが、拭いても拭いても涙が溢れてきた。「約束したのに……ずっと連絡を取り合って離れないって約束したのに……嘘つき!全部嘘!長く続く絆なんてない!家族以外、誰も本当の気持ちで向き合ってくれない!澈くん、大嫌い!嘘つき!騙し屋!意地悪!あんたが連絡してこないなら、私があんたと連絡を絶つんだから!ゆみは怒りで携帯を床に叩きつけた。
「『臨』だ」晋太郎は赤ん坊を見つめながら言った。「状況をよく見据え、臨機応変に対応できる子になってほしい」「わあ!」ゆみの目が輝いた。「私たちの名前よりカッコいいじゃん!ちょっとお父さん、ひいきしてるでしょ!」ゆみは細目で晋太郎をからかった。「俺はそう思わない。ひいきするとしたら、ゆみだけだ。あいつにはしない」晋太郎は軽く笑い、ゆみを抱き上げて自分の膝に乗せた。「え?」ゆみは首を傾げた。「弟が一番小さいのに、なんでひいきしないの?」「弟は兄たちとは公平に接するつもりだ。でもゆみはお父さんのたった一人の娘だ。特別だ」なぜ臨をひいきしないか。この子が紀美子にあれほどの苦痛を与えたのを、この目で見たからだった。今のところ、この子に対する感情は一切なかった。「お父さんがゆみが一番好きなの知ってた!でも臨くんが可哀想だから、ちょっとは優しくしてあげてね!」ゆみは嬉しそうに父に抱きついた。晋太郎は娘の頬を撫でながら、何も答えなかった。三日後、紀美子は自宅で産後の静養に入った。ゆみは暫く学校を休み、毎日母親と弟の世話をしていた。臨が生まれた日、ゆみはすぐにその嬉しい知らせを澈に伝えていた。しかし何日経っても、彼からの返事は一切なかった。次第にゆみは元気をなくしていった。紀美子の傍にいる時も、携帯を目の届く場所に置きずっと返信を待っていた。「ゆみ、どうしたの?このところずっと元気がないわね」ぼんやりするゆみを見て、紀美子はお粥の空いた器を傍らに置きながら尋ねた。「別に……ただ、澈くんからの返事待ってるだけ」ゆみは我に返り、無理やり笑顔を作った。澈――紀美子の脳裏に、あの穏やかな少年の顔が浮かんだ。「帝都に帰ってから、一度も連絡してこないの?」「ううん」ゆみはため息をついた。「この数日だけ。毎日連絡くれてたのに」「電話してみたら?」「なんか……自分からかけるの恥ずかしくて」ゆみは頭を掻きながら言った。紀美子は思わず笑った。いつの間にか、娘も複雑な心を持つようになっていたとは。「じゃあお母さんが代わりにかけてあげる」「ホント?」ゆみは紀美子に寄り添い、澈の番号を伝えた。紀美子が電話をかけると、電源が切れているとのアナウン
夜。隆久は訓練から戻ってきた佑樹と念江に、その嬉しい知らせを伝えた。そして特別に、二人が紀美子とビデオ通話して弟に会えるように手配した。晋太郎の携帯はすぐに繋がった。「アフリカで鉱山でも掘ってたのか?」日に焼けて肌が真っ黒になった二人を見て、晋太郎は眉を上げてからかった。「お父さんも同じように焼けてみたら?」佑樹は口を尖らせた。「佑樹、単刀直入にいこう。時間は限られている」念江は佑樹の肩を叩いた。「弟は?」佑樹は頷いて父に尋ねた。晋太郎は携帯のカメラをベビーベッドの方へ向けた。「ほら」彼の目には愛情のかけらもなかった。「なんでこんなにブサイクなの?」佑樹は一瞥すると、顔をしかめた。「これが弟?」念江も呆然とした。「まるで猿みたい!」突然、ドアからゆみの声が聞こえた。晋太郎が驚いて振り向くと、ゆみが佳世子の手を引いて立っていた。「ゆみ?どうしてここに?」「小林おじいちゃんと隣の町で用事があったの。おばさんがお母さんが産んだって言うから来たよ。写真見た!弟、マジでブサイクだね!しわくちゃで見れば見るほど子猿みたい!」ゆみはベビーベッドに近づきながら言った。「同感だ」佑樹も同意した。「これお母さんが産んだの?間違えてない?」「新生児はみんなこんなのよ。あんたたち三人だって生まれたばかりの時はそっくりだったわ」佳世子は二人を呆れ顔で見た。「ちょっとシワが多いだけ。ブサイクじゃない」念江はフォローした。「そうよ!やっぱり念江くんは物分かりがいいわね!」佳世子は頷いた。「お母さんは?」佑樹が尋ねた。「疲れてるからまだ休んでる」晋太郎がカメラを切り替えると、眠っている紀美子が映った。佑樹と念江は静かに母を見つめた。すると、何か感じたのか紀美子がまぶたを動かし、ゆっくりと目を開けた。傍らの物音に気づき、紀美子が携帯に視線を移すと――真っ黒に日焼けした二人の姿に思わず息を飲んだ。「お母さん!」佑樹が画面越しに叫んだ。「お母さん、体調はどう?」念江も続いた。「あんたたち……こんなに日焼けして……きっと大変でしょう?」紀美子は目が潤んだ。二人もまた目を赤くした。「平気だよ。お母さんの出産の苦しみに比
晴の言葉は、今の晋太郎にとってはなんの慰めにもならなかった。晋太郎は暗い表情で振り向き、傍らの椅子に座った。両手で額を支え、全身は微かに震えていた。出産が痛いのは知っていたが、紀美子があそこまで苦しむとは――普段痛みを口にしない彼女が、大きな声で叫んでいた。こんなことなら、避妊しておくべきだった。医学書で読んだ「十段階の痛み」――骨を折られ、接合され、再び折られるような苦痛。一度の出産でこれほど苦しむなら、三人の時は一体どうだったのだろうか?想像すらできなかった。ましてや、あの時は彼女のそばにさえいられなかった。瞳には涙が滲み、晋太郎は深く息を吸った。彼は手術室を見上げ、不安で冷静さを保てなかった。時間が過ぎるにつれ、晴と佳世子も落ち着きを失い、廊下を行き来し始めた。度々時計と手術室の扉を確認しながら、緊張はますます高まった。「もう一時間だ。まだ終わらないのか?」晴は携帯の時刻を確認しながら呟いた。「普通分娩か帝王切開かもわからないのに」佳世子は首を振った。その時、渡辺家――裕也夫婦、翔太と舞桜、そして瑠美たちが到着した。「状況は?」翔太は手術室を見つめ、晋太郎に歩み寄った。「まだだ」晋太郎は震えを抑えきれなかった。「大丈夫。紀美子は妊娠中もよく運動していたから、きっと無事よ」真由が慰めた。その言葉が終わらないうちに、手術室の赤ランプが消えた。全員が同時に扉へ駆け寄った。三分も経たぬうちに看護師が赤ちゃんを抱いて現れた。「ご家族の方は?」「俺だ」晋太郎が即座に答えた。「男の子です。3750グラム、15時06分。親子とも無事です」一同が安堵の息をついた。「よかった……本当によかった!」佳世子は泣きながら叫んだ。「親子とも無事だって!」「お子様を暫くお預かりください。お母様もすぐに病棟へ運びます」看護師が晋太郎に赤ちゃんを渡した。しわくちゃな新生児を一瞥すると、晋太郎の胸には複雑な感情が湧いた。この子のために、紀美子はあれほどの痛みに――「先に行っててくれ。俺はここで紀美子を待つ」晋太郎は赤ちゃんを佳世子に預けた。「真由さん、病室へ先に行ってください。私たちはここで」佳世子は真由に赤ちゃんを託した。
「どうしてあんたまで日数を数えてるの?」紀美子は頷いてから尋ねた。「心配で仕方ないんだよ!産科の先生に聞いたら、二人目は早産になることが多いって。なのにあんたのお腹はまだ何の兆候もないし、私はもうずっと心配で!」佳世子は胸を叩いた。「あら」紀美子は笑いながら首を振った。「あの人たちが育児書を読み漁ってるの笑ってたのに、あんたの方が百倍心配してるじゃない」「だって早く赤ちゃんに会いたいんだもん。私たちの名前を継ぐ子供なんだから!」佳世子はニヤリと笑い、紀美子のお腹に手を当てた。その瞬間、紀美子は突然足を止めた。そして彼女はお腹に手を当て、眉をひそめた。「紀美子?」佳世子はきょとんとした表情で紀美子を見た。紀美子は硬直したまま下を向き、自分の足元を見た。すると、足から液体が流れ落ちていた。「佳世子、救急車を呼んで!」紀美子は佳世子の腕を掴み、下腹部に走る痛みに顔を歪めた。「破水したの?」佳世子の目が丸くなり、声が裏返った。その声はカフェ中に響き渡り、席にいた晋太郎と晴も聞きつけた。二人は同時に顔を上げ、一瞬目を合わせると本を放り出し紀美子のもとへ駆け寄った。「どうした?」晋太郎は紀美子を見て問いかけた。「破水したの、早く……救急車を!」紀美子の顔が徐々に青ざめていった。晋太郎は腰を屈め、紀美子を抱き上げた。「救急車より自分で運んだ方が早い。晴!車を出せ!」普段冷静な彼の顔にも珍しく動揺が見えたが、指示は的確だった。「わ、わかった!すぐ車を!紀美子、深呼吸!深呼吸するんだぞ!!」晴は居ても立っても居られない様子でいたが、やっと我に返って言った。てんやわんやの騒ぎの末、紀美子は病院に運ばれた。晋太郎がストレッチャーに彼女を降ろすと、紀美子は彼の手を強く握りしめた。顔色は蒼白になり、表情は痛みで険しかった。さらに、紀美子の髪の毛は汗で濡れていた。「痛い…」 紀美子は歯を食いしばり、小さな声でつぶやいた。「もう少しだ、すぐ手術室に入れる。頑張れ」晋太郎はストレッチャーに沿って走りながら、痛みを堪える紀美子を見て目を充血させた。一瞬痛みが引くと、紀美子は息を整えた。しかしすぐに、激しい痛みが再び腹部を襲った。「あっ!」
「ずっとここに立ってた」澈はゆみをじっと見つめ、素直に言った。「じゃあ、さっき家で怒鳴った言葉も……」ゆみははっとして、彼の視線を捉えた。「ああ」澈は頷いた。「全部聞いた。ゆみが怒っているのはわかる。でも、ごめん」「澈くんは悪くない。謝ることなんてない」ゆみは唇を噛みしめた。「いや、僕のせいでゆみを泣かせた。これは僕の責任だ」澈は静かに言った。「ゆみ、僕だって君と別れたくないが、これはどうにもできない。でも約束する。必ず連絡するよ。いいね?」澈は深く息を吸い込んでから言った。「本当に……残ってくれないの?」ゆみの目には再び涙が浮かんできた。「無理だ」そう言う澈の声は揺るがなかった。「まだ自分で決められる年じゃないんだ」「いくらお願いしても、ダメ?」ゆみの声は震えていた。「ごめん」「やだ、別れたくない」ゆみはがっかりした様子で俯いた。「誰だって別れは嫌だ」澈は空を指さした。「ゆみ、見上げてごらん」ゆみは不思議そうに彼を見てから、きらめく星空を仰いだ。「見えるだろ?この空はどこにいても一緒だ。朝日も、青空も、、夕焼けも、星空が見える瞬間も」澈は彼女の横に立ち、共に空を見上げた。「澈くん、一生の友達でいようね?」ゆみは、胸の痛みと涙を堪えながら言った。「ああ、この空に誓う。ゆみをずっと大切にする」澈は力強く頷いた。「もう引き止めない。帝都に帰っても、元気でいてね」ゆみは鼻をすすり、彼を見つめた。「僕だけじゃない。君もね。僕よりずっと大変なことに立ち向かうんだから、ゆみ、必ず無事でいて」澈もゆみを見つめ、穏やかに微笑んだ。「大丈夫、必ず無事でいるから!」ゆみは涙を笑いに変え、瞳を輝かせて誓った。「約束だ」 …… 十月、帝都の暑さは相変わらず人をいらだたせた。紀美子と佳世子はカフェのテラス席に座り、道路の上に揺らめく陽炎を見ていた。一方、隣に座った二人の男は『マタニティポイント』という本を真剣に読み込んでいた。佳世子は晴をちらりと見てため息をついた。「晴、その本もうボロボロじゃない?まだ読んでるの?」「何で俺だけ?ここ数ヶ月、晋太郎だって同じじゃないか」晴は顔を上げ、佳世子から晋太郎へ目
「新しい友達なんていらない!澈くんがいいの!彼が帝都に行ったら、きっと向こうで新しい友達をいっぱい作るのよ!時間が経ったら、ゆみのことなんて忘れちゃう!」ゆみは泣きながら訴えた。「まだ駄々を捏ねているのか?」紀美子は頭を抱えながら眉間を揉んでいる様子を見て、傍らにいた晋太郎は資料を置いて尋ねた。「ええ」紀美子は頷いた。「ずっと泣いていて、どう慰めていいかわからないの」晋太郎は立ち上がり、紀美子の携帯を受け取った。受話器を耳に当てた瞬間、ゆみの激しい泣き声が耳に届き、晋太郎の胸は締め付けられた。「ゆみ」晋太郎は低く厳しい声で言った。「もうわがままはやめろ」「お父さんまでそんなことを言うの?」ゆみの声は震えていた。「ただ友達と別れたくないだけなのに、何が間違ってるの?」「そこまでして彼を引き留めたいのか?どうしても彼じゃなきゃダメなのか?」晋太郎は反問した。「うん!」ゆみは強く言い切った。「澈くんがいいの!他の子たちはみんな嘘つき!!」「彼を引き止めたければ、自分で方法を考えろ。俺たちはもう一切口出ししない。自分の力でそれができないなら、文句を言うな!」晋太郎は冷たく言った。「私が?」ゆみはそれを聞いてすっかり泣き止んだ。「彼を引き止めたいのはお前だ。俺たちではない」晋太郎は紀美子の隣に座った。「そこまで自分の意見を押し通したいなら、自分で成し遂げてみろ」「あなた、そんなに厳しく言わなくても……ゆみはまだ小さいのに」紀美子は心配そうに晋太郎を見た。晋太郎は彼女を見て、黙ってと合図をした。 「泣いても、怒っても、何も解決しない」晋太郎は諭すように続けた。「もちろん思い通りにならないこともあるが、努力すれば思いがけない結果が待っているかもしれない」「わからない…」ゆみは膝を抱えて縮こまった。「わからなければ、理解しようとしろ。いつも誰かに頼ってばかりでは、何も成し遂げられない!」そう言って、晋太郎は電話を切った。「そんな言い方して良かったの?」紀美子はため息をついた。「甘やかす時は甘やかすが……」晋太郎はきっぱりと言った。「今はあの子のわがままを許す時ではない。彼女のためにならない」「ゆみ、一体どうしたんだ