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1-15 前田美由紀 1

last update 最終更新日: 2025-06-10 13:53:52

 倦怠期――

交際4年目、いま正に美由紀と航の関係は倦怠期を迎えている状況になっていた。

「ねえ、航君」

ラーメンを食べながら美由紀は航に話しかけた。

相変わらず2人のデート時の食事はラーメン屋と決まっていた。カウンター席に並んで座り、とっくにラーメンを食べ終えた航はまだ食べている美由紀の隣でスマホゲームに夢中になっている。

先程から何度も呼んでいるのに、航の返事はああとか、うん、ばかりであった。

(もう! さっきからずっと呼んでいるのに!)

すっかりむくれた美由紀は普段は飲み干さない豚骨スープをれんげを使わずに、両手でどんぶりを持ち上げ、一気に飲み終えてわざと乱暴にどんぶりを置いた。

ドンッ!

その音にようやく気付いたのか、航が振り向いた。

「ん? 美由紀、食べ終わったのか?」

「うん。お・わ・り・ました!」

そしてツンとそっぽを向く。

(全く……今日は金曜日なんだから、こんな日くらいラーメン屋さんじゃなくて、バーとかせめて居酒屋位は行きたかったのに……)

ラーメン屋でもビールやチューハイくらいは飲める。けれどもそこまでして美由紀はお酒が飲みたいわけではない。ただ金曜の夜位、もう少しムーディーな夜を過ごしたかったのだ。

 美由紀が勤めていたのは京極正人が経営していたリベラルテクノロジーコーポレーションだった。

京極の突然の辞任により、会社は無くなってしまった。しかし何故かその直後に、今度は二階堂明の会社『ラージウェアハウス』に吸収された。気づけば美由紀はそこの会社の商品管理部の部署で日々、忙しく働いていたのだ。

仕事は目が回るほど忙しいし、顧客や取引先との電話はひっきりなしにかかってくるしで、ストレスはたまりっぱなしである。

一時は本気で転職を考えたりしたものだが、友達や親などから猛反対されたのだ。周囲の意見曰く、そんなに大手の企業に勤められているのだから、むしろ働かせてもらえることを感謝しろとまで言われるほどであった。

(あ~あ……いっそ、寿退社でも出来たらなあ……)

しかし、美由紀はまだ25歳だし、航も26歳。

結婚している友達が周囲にちらほらといないわけでは無いが、それでも独身の友達が大半を占めている。何よりも肝心の航が全く結婚の意思がないということが、美由紀にひしひしと伝わってくるのが乙女心としては辛いばかりだ。

(全く……航君てば、何考えているんだろう
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