Masuk大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。 『彼』は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。 子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる『彼』を、いつしか千尋も意識するようになっていく。 やがて徐々に明かされていく『彼』の秘密。 千尋と『彼』の切ないラブストーリーが始まる——
Lihat lebih banyak「……!」千尋は恐怖で声が出ず、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。「お前が憎い……。お前のせいで俺はこんな身体になってしまった。殺してやる!」長井は刃物を振りかざし、千尋に振り下ろそうとしたその時。「千尋ーっ!!」渚が玄関から飛び込んで来ると長井の頬を思い切り拳で殴りつけた。「!!」勢いあまって車椅子から転がり落ちる長井。「く、くそ!」長井は床を這い、刃物を取ろうとしたところを渚は刃物を蹴り飛ばし、長井に馬乗りになると胸倉を掴んだ。「貴様! まだ千尋を狙っていたのか!? 絶対に千尋には手出しをさせないぞ!」さらに数回殴りつけると、長井はぐったりと気を失ってしまった。渚は荒い息を吐きながら台所から粘着テープを持ってくると長井の両手を後ろ手に縛りあげた。「……な、渚……君……? どうして……?」震えながら見守っていた千尋の眼に涙が浮かぶ。「千尋! 無事でよかった!」渚は千尋を強く抱きしめた。「う、うん…」千尋は何とか返事をすると、渚は慌てて離れた。「あ……い、一体、俺は今なにを……?」渚は自分の行動が信じられず、両手を見つめた。「渚君……もしかして記憶、戻ったの……?」千尋は恐る恐る尋ねた。「自分でもよく分からない……ただはっきり言えるのは、まだ俺の中にはあいつが残っている。いや……あれは残像なのかもしれない」「残像……?」「ああ、多分な。でも少しはお前のこと、思い出したぜ。俺達、この家で一緒に暮らしてたんだよな?」「うん……。私もまだあまり記憶が戻っていないけど、渚君と私はここで生活していた。渚君の中には、ヤマトがまだいるんだよね?」千尋の眼に涙が浮かぶ。「そうか……あいつ、ヤマトって名前だったのか。今初めて知ったよ」そして渚は足元に転がっている長井を見下ろした。「とりあえず、こいつを警察に通報するか?」**** そこから先は大騒ぎとなった。長井は警察に再び連行され、里中は長井と一緒にパトカーに乗り、ずっと説教をした。連絡を受けた祐樹は、何故渚がここにいるのか、もしかすると記憶が戻ったのかとしつこく問い詰めたのだった……。「渚、お前やっぱり千尋のことを思い出して、また好きになったんじゃないのか?」千尋の家からの帰り道、祐樹は渚に尋ねた。「さあな? 正直な所……俺にもよく分からない。
『ええ、それで長井の記憶が戻った後に一度だけ事情徴収をしたことがあったらしいです。青山さんの自宅に侵入後、大きな犬に追いかけられて逃げまどっているうちに歩道橋の下に落下してあのような身体になってしまったようですね』「……ヤマトだ。きっとその犬は青山さんが飼っていたヤマトで間違いないです」『なるほど……。それでか……』警部補は何か引っかかる言い方をした。『? どうかしたんですか?』『いや……これは長井の母親から聞いた話ですが、どうも長井は青山さんを酷く憎んでいるらしく、殺してやると言ってるのを聞いてるんですよ。まあ今となって車椅子生活なので、長井の行動も制限されるとは思いますが、念の為に報告させていただきました。でも青山さんには話していないんですよ。煽るようなことを言って不安にさせてもいけないと思いまして』 電話が終わり、里中は通話を切った。色々な出来事があって長井のことをすっかり忘れていたのだ。(まさか今頃になってまた長井の名前が浮上してくるなんて……)部屋の時計を見ると朝の9時半を指している。「取り合えず10時になったら花屋に電話を入れてみるか」里中はぽつりと呟いた――**** 今朝も渚は朝から眠っていた。夢の中はいつも同じ光景。真っ暗闇の世界に相変わらず男がいる。ただ今日だけは違っていた。いつもは座っているはずなのに何故か渚が近づいてくると立ち上がり、振り向いたのである。「お? 何だ? お前、珍しいことするな。驚くじゃないか。って言うかお前動けたんだな?」その時、能面のような男の口元から言葉が漏れた。「……すけて」「え? 何だって? お前今しゃべったのか?」「……を助けて……」そして千尋を指さした。「え? あの女を助けろって言うのか? 一体何から助けるんだ?」男はある一点を指さした。「?」渚が訝しんでいるとポワッとその部分が明るくなり、車椅子に乗った若い男が映し出された。その目はギラギラ光り、鋭い殺気を纏わりつかせている。電車に乗り、何処かに向かっているようだった。ゾワリ。その瞬間、渚の中で血がたぎるのを感じた。そうだ、思い出したアイツは、あの男は――<千尋を助けてあげて……>頭の中で声がする。ああ、分かってる。何があっても俺はお前を守って見せる……!「千尋!!」渚は自分の叫び声で目が覚めた
今夜も渚は眠れない夜を過ごしていた。祐樹から与えられたロフトの部屋でネットの求人サイトを検索している。「う~ん。今昼夜逆転の生活になってるからやっぱり夜の仕事じゃないと無理だよなあ」カチカチとマウスで求人サイトを閲覧しながら渚は先ほどの祐樹との会話を回想していた……。****『お前……今の話、本当なのか?』祐樹の話は突然すぎて、渚は信じられなかった。『ああ、本当だ』『だってお前たち……出会ってまだそんなに経っていないんじゃないか?』渚の声が何故か上ずる。『時間か……別にそんなの関係無い。一緒にいるとすごく楽しいし、安心するんだ。だから付き合わないかって告白したわけだし』『う……。だ、だけど……』渚が口ごもると祐樹は詰め寄った。『何でだ? お前もしかして反対してるのか? 別に千尋はお前にとっては興味が無い女だろう? それとも、ひょっとしてお前も彼女のこと好きなのか?』『ば、馬鹿言うな! いいか、俺の好みは後腐れなさそうな派手なタイプの女なんだ。ああ言う女は面倒臭いに決まってる!』『随分むきになって反論するな?』『別にむきになんかねーよ。で、返事貰ったのか?』わざと何でもないように渚は尋ねる。『いや、まだだ。いきなり彼氏彼女の関係になってくれって言われても困るだろう? とりあえず、返事はすぐじゃなくていいって伝えてあるよ。でも前向きに検討して欲しいことは言ってあるけどな』****「はあ~……」渚は深いため息をついた。(何故こんなにも千尋のことが気になって仕方が無いのだろう……きっと毎朝夢に出て来るからに決まっている。早く俺の中からアイツが完全に消えてくれない限り、夜に眠ることもできないんじゃないだろうか……?)不安な考えが頭をよぎるばかりだ。「くそっ! イライラする!」渚は下で眠っている祐樹の顔を見下ろした。祐樹は寝息をたてて眠っていた。「人の気も知らないで気持ちよさそうに寝やがって……」だけど、仮に祐樹と千尋が付き合うようになったとしたら自分は冷静でいられるのか? それに、ここに住み続けることが出来るのだろうか……?「多分、無理かも……な」その時が来る前に、早めに仕事を決めて次の住む場所を決めようと渚は思うのだった――**** 時が流れ、桜が散り始める頃――里中の元に1本の電話が入った。その日、た
渚が祐樹の部屋に居候するようになってから、千尋は祐樹と仕事帰りの短い時間に時々会うようになっていた。「どう? あれから渚のこと何か思い出した?」隣を並んで歩きながら祐樹は聞いてくる。「それが……まだあまり思い出せなくて」「そっか。まあ焦ることは無いと思うけどな。ところで千尋。俺、仕事まで2時間くらい空いてるんだ。これから飯食いに行くつもりなんだけど一緒に行かないか?いつの間にか祐樹から千尋と呼ばれるようになっていた。一人で家に帰って食事するのも寂しいし、何より気さくな態度で接してくれる祐樹の隣は居心地が良かった。「うん、それじゃ行こうかな?」「よし。決まりだな。実はこの先に新しくパスタの店がオープンしたんだ。前から行ってみたいって思ってたんだけど、どうも男一人じゃ入りにくくて。千尋が一緒に来てくれて良かったよ」「そうなんだね」頷きながら、千尋は疑視感を覚えた。(あ……そう言えば以前もこんな風に誰かと一緒に歩いたことがあるような……)千尋は足を止めた。「ん? どうしたんだ?」ついてこない千尋を振り返り、祐樹は足を止めた。「うううん、何でもない」千尋は慌てて祐樹の背中を追った――****「あ~美味かったな」店を出た祐樹の顔には満足気な笑みが浮かんでいる。「うん、美味しかったね」「悪いな、送ってやれなくて。これから塾のバイトだから」「そんなこと気にしてるの? 私に構わず早くバイトに行って。遅れたら大変でしょ」「ああ、それじゃあな」祐樹は手を振った。「うん、それじゃあね」千尋は背を向けて歩き出そうとしたその時、突然祐樹に右手を強く引かれた。「え?」振り向くと祐樹が真剣な目で千尋を見つめている。「あ、あのさ……」「びっくりした……どうしたの?」「俺達、付き合わないか?」「え?」千尋は突然の話に目を見開いた――**** 22時半――祐樹が仕事から帰ってきた。「おい、祐樹。どういうことだよ? お前そのまま仕事に行って来たのか? なら連絡位寄こせよ。こっちは飯作って待ってたんだからな」渚がスマホをソファに放り投げて文句を言った。「ああ、悪かったな。連絡しなくて。飯、外で食って来たんだ」「だったらちゃんと連絡しろよ」「分かった、今度からそうするよ」祐樹はドカッとソファに座り、そのまま黙ってしまった。
「ち、千尋さん!」「はい?」突然大きな声で名前を呼ばれて千尋は返事をした。「あの、来週のクリスマスイブ、何してますか!?」「え……と? 普通に仕事ですけど?」「そ、そうですよね。お花屋さんなんて1年でも最も忙しい日かもしれませんよね。ハハハ」「里中さんも仕事ですか?」「はい……。しかもあの鬼のような先輩に遅番のシフト無理やり交代させられたんですよ。どうせ何も予定が無いから別にいいんですけどね……」「私も遅番なんですよ。でも仕事が終わったら<フロリナ>の人達とお店でクリスマスパーティー開くことになってるんです。もしよければお店にいらっしゃいますか?」「え! それ本当ですか!?
ピピピピ……目覚まし時計が千尋の部屋で鳴っている。「う~ん……」半分寝ぼけながら時計を止めて、洋服を着たまま眠ってしまっていたことに気付いた。「やだ……私、服の…ま眠っちゃったんだ。でもいつの間にベッドに入ったんだろう?」渚と2人でワインを1瓶空けてしまったことまでは覚えている。「え~と、その後は……? どうしたっけ?」全く記憶が抜け落ちている。「酔っぱらったまま自分で部屋に移動したのかな? とにかくお風呂に入らなくちゃ」化粧も何も落とさないで眠ってしまったのだからお風呂に入ってさっぱりしたい。「渚君は起きてるのかな?」着替えを持って廊下を歩いていると、台所から気配を感
「あの、間宮さん……?でしたっけ?」「渚でいいよ。千尋」相変わらずニコニコと笑って青年は千尋を見つめている。「あなたは私を知ってるんですか?」以前のストーカー事件のこともあるので慎重に尋ねた。「うん、千尋のことはよく知ってるよ。ねえ、まだ夜ご飯食べてないよね? 僕どうしても君と一緒に行きたいお店があるんだ。話はご飯の後でもいいでしょう?」年齢の割にあどけない話し方をする渚を見て、千尋は少し警戒心を解いた。それに人混みの中で話をする方が身の安全を図れる。「そうですね。では行きましょう」千尋は頷いた——**** 2人の様子を里中は物陰から盗み見ていた。「あの男、誰だ? 2人
祖父が亡くなってからはヤマトが毎日千尋の職場までついてきて、仕事が終わるまでずっと職場に居座るようになっていた。千尋がいくら家に帰るように言ってもヤマトは頑として座り込み、店から動こうとしながったのだ。「いいんじゃない? うちのお店のマスコットとして置いてあげるわよ」店長の言葉についつい甘えてしまい、今日に至っている けれども店長の言葉通り、ヤマトが店に居るようになって客足が伸びたのも事実。『フロリナ』の開店時間は10時。本日は千尋の早番の日なので開店準備をしなくてはならない。9時に店に到着した千尋が最初に行った作業はバケツの水換え。バケツの中の花を取り除き水を捨てて綺麗に洗い、