大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。 『彼』は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。 子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる『彼』を、いつしか千尋も意識するようになっていく。 やがて徐々に明かされていく『彼』の秘密。 千尋と『彼』の切ないラブストーリーが始まる——
Lihat lebih banyakだけど、人一倍寂しがりやだったね
辛い時、悲しい時は我慢しないで泣いてもいいんだよ
君が目覚めるまでは側にいるから――
**** 桜の木々に囲まれた葬儀場に参列者達が集まっていた。「家の中で倒れている所をお隣の川合さんが発見されたそうよ」
「他にご家族はいないの?」
「それが千尋ちゃんがまだ小学生だった頃に両親が交通事故で亡くなったから、幸男さんが娘の子供を引き取ったのよ」
「父方のご両親は何故ここに来ていないんだろう?」
「千尋ちゃんのご両親の結婚に猛反対だったらしくて絶縁状態だったのよ。でもさすがに自分の息子のお葬式には来たけれど、幸男さんと大喧嘩になって大変だったみたいね」
「千尋ちゃんも成人して働いているから先方も幸男さんの葬式に来ないのかもな……」
葬儀場で近所の人々が会話をしている。青山千尋は、椅子に座って窓から見える美しく咲いた桜の木々を眺めながらぼんやりと聞いていた。昨夜のお通夜には千尋の友人達も大勢駆けつけてきてくれたが、平日の告別式となると彼等の参加は難しい。結局千尋から告別式には顔を出さなくても大丈夫だからと断ったのである。人が少ない会場での会話は全て千尋に筒抜けとなっていた。
(そっか……だから向こうのお爺ちゃんやお祖母ちゃんに一度も会った事が無かったんだ……)
千尋の両親が事故で亡くなったのは、彼女が小学生の時。修学旅行に行っていた最中の出来事だった。両親の死で独りぼっちになってしまった千尋を引き取ってくれたのが祖父の幸男である。千尋は突然の両親の死を受け入れることが出来ず、二人の葬式にもショックで参列出来なかった。
千尋は祖父の遺影を見つめた。そこには笑顔でカメラに写っている祖父の姿があった。専門学校を卒業したお祝いの席で千尋が撮影したものであった。
『上手に撮れたなあ。よし、爺ちゃんの葬式の時はこの写真を使ってくれよ』
生前の祖父の言葉が頭をよぎった。あの時は、そんな縁起でもないことを言わないでと祖父に怒って言った。だが、たったの1年で現実の出来事になるとは思ってもいなかった。
堪えていた涙が出そうになり、千尋はぐっと両手を握りしめたそのとき。
「千尋ちゃん」
聞きなれた声で呼びかけられ、千尋は振り向いた。
「川合さん」
声の主は祖父が家の中で倒れているのを発見し、救急車を呼んでくれた近所の主婦だった。
「その節は大変お世話になりました。バタバタしていて御挨拶にも伺えずにすみませんでした」
千尋は慌てて席を立ち、深々と頭を下げた。
「いいのよ、そんなこと全く気にしないで! 突然お爺さんを亡くされた上に、葬儀の手配まで全て一人でやったんでしょう? それより大丈夫? すごく顔色が悪いわよ? 食欲が無いかもしれないけど、こんな時だからかこそちゃんと食べなくちゃ」
そう言うと女性は千尋におにぎりとお茶を乗せたお盆を手渡した。
「あ、あの……これは?」
「まだ式が始まるまで時間があるから、ちゃんと食べるのよ」
「ありがとうございます」
千尋は頭を下げた。
いいのよと女性は手を振りその場を後にした。恐らく自分がいては千尋が食べにくいと思い、気を利かせたのだろう。
「いただきます」
千尋は小さく呟くと自分の隣の空いてる席にお盆を置いておにぎりを口に運んだ——
——3月 千尋は夢を見ていた。それはいつのことなのかは分からない程の遠い記憶――千尋の側には子供のころからの幼馴染で、将来を約束した相手がいた。彼と会う場所はいつも決まっている。そこは二人だけの秘密の場所。待ち合わせ場所に行くと、決まって先に来ているのはいつも彼の方だった。そして千尋がやってくると振り返り、笑いかけてくる。『待っていたよ、僕の大切な———』彼と二人きりで過ごす時間はとても幸せだった。いつか夫婦になって、愛に満たされた穏やかな時間がいつまでも続いていくのだろう。あの頃の千尋は信じて疑わなかった。けれど、残酷な運命が彼を千尋から永遠に奪い去ってしまったのだ。愛する彼はこの世を去り、千尋は泣きながら神に祈った。どうか、お願いです。もう一度だけ愛しい彼に会わせて下さいと――****ピピピピ……目覚ましの音で千尋は目が覚めた。「あ……もう朝だ……」千尋はまだ虚ろな目で天井を見ている。何故か頭がズキズキ痛む。その時になって自分が今迄泣いていたことに気が付いた。「え……? 私、何で泣いてるの……?」千尋の頬は涙で濡れていた。何故かとても悲しい夢を見ていた気がするのに、少しも思い出せない。「どうしちゃったんだろう……? とにかく、顔を洗ってこなくちゃ」泣いて赤くなった目を渚に見られでもしたら、心配されるに決まってる。千尋は渚に見つからないように洗面台に行くと顔を洗い、手早く化粧を済ませると台所に行った。渚はもう起きていて、料理をしている。「あれ? おはよう、千尋。いつの間に起きていたの?」「う、うん。おはよう。ちょっと先に顔を洗っておきたくて」「ふ~ん……あれ? 千尋、何だか目が赤いように見えるけど、どうかした?」渚は心配そうに千尋の顔を覗き込んだ。「大丈夫だってば、何でもないから」千尋は恥ずかしそうに渚から顔を背けた——**** 朝食を食べ終え、食後のコーヒーを飲んでいる時に渚が尋ねてきた。「ねえ、千尋。今日は何の日か知ってる?」「今日? え~と……? あ、もしかして……」「そう、3月14日。ホワイトデーだよ」「そっか。あれからもう1か月経つんだね~」「うん、今夜は楽しみにしていてね。その前に、これ」渚は小さなケースを取り出して蓋を開いた。それは小さな花を模った紫色のピアスだった。とても可愛らしく
「な、渚君……!」その時、千尋のスマホが鳴った。「!」弾かれたように渚は千尋から離れた。「あ、私……電話出るね」千尋もバツが悪そうに言うと電話に出た。相手は店長の中島からだった。「……はい。あ、もう大丈夫です。本日は急にすみませんでした。はい、明日は必ず。……それでは失礼します」電話を切ると渚が声をかけてきた。「今の店長さんから?」「うん、明日は出勤出来るかどうかの確認の電話だったよ」「僕はもう大丈夫だから千尋は構わず仕事に行きなよ」「渚君は休まないと駄目だよ?」「ええ~大丈夫だよ。千尋は心配性だな」「だって……渚君にもしものことがあったら……」その後の言葉は小さすぎて渚の耳には届くことは無かった。「本当に大丈夫だから。多分知恵熱のようなものかもしれないし」渚は笑う。「それじゃ、明日の朝も熱が無かったら出勤ってことにしてくれる?」「分かったよ。千尋がそうして欲しいならね」千尋が時計をみると、18時を過ぎていた。「そろそろ晩御飯の支度しようかな。食事は私が作るから渚君は何もしないんだよ?」「別に大丈夫なのに……」「いいから、隣の部屋で休んでて」「はいはい」渚は苦笑するとリビングへと移動した。 それからほどなくして料理が完成した。今夜の食事は病み上がりの渚を考慮して作られた薬味たっぷりの卵粥と大根とレンコンのみぞれスープ。よく祖父が千尋が風邪を引いた時に作ってくれた料理である。「渚君……御飯出来たよ」渚はリビングのソファで転寝をしていた。「……もしかして寝ちゃったの?」「!」 千尋はそこで再び息を飲んだ。またしても渚の身体が一瞬透けて見えたのである。気が付けば千尋は渚に駆け寄り、手を握りしめていた。「え? な、何? どうしたの?」驚いたのは渚である。転寝をしている所に急に千尋に手を握りしめられたのだから無理はない。「あ……な、何でもない……」「千尋?どうしたの? 顔色が悪いよ?」渚は心配になって千尋の頬に触れた。「だ、大丈夫だから。ちょっと渚君が一瞬消えて見えたような気がして……。アハハ……そ、そんな訳無いのにね」千尋は笑ってごまかしたが、何故か渚は辛そうな顔で俯いている。「え? ごめんね、渚君。別に傷つけようと思って言った訳じゃ……」渚は顔を上げると、千尋の手をしっかり握りしめて意味深な言
「え?」咲と呼ばれて、千尋の胸がドクンと鳴った。(誰? 咲って?)部屋を出ても、先程の渚のセリフが頭から離れない。熱に浮かされて誰かと勘違いしているのだろうか?一度も聞き覚えのない女性の名前を嬉しそうに言った渚の顔が脳裏から離れない。「いけない……こんなこと位で考え込んでちゃ。とにかく渚君に何か食べて貰わないと」 台所へ行き、お米を研ぐと小さな土鍋を取り出して千尋はお粥づくりに取り掛かった。土鍋でお粥を作っている最中に渚の職場にも電話を入れて、熱が出た為に仕事を休ませて欲しいと連絡をした。 それから約30分後――千尋は出来上がったお粥と薬と水をお盆に乗せて渚の部屋へ再び様子を見に行った。渚は相変わらずベッドで眠っている。「渚君……?」千尋は枕元に座って声をかけた。「う……ん……」渚は目を開けて、千尋を見つめる。「大丈夫? お粥作ってきたんだけど食べられる?」「あ……ごめん。…迷惑かけちゃったね……」渚は弱々しく笑った。「迷惑だなんて、そんなことは無いよ。具合はどう? 何か口に入れないと薬飲めないと思ったんだけど」「大丈夫、起きれるよ」渚はベッドから身体を起こすと壁に寄りかかった。「一人で食べられる?」「うん、大丈夫だよ」渚はお盆を受け取りお粥を口に運んだ。「ありがとう、美味しいよ。千尋」弱々しくも笑顔でお礼を述べる渚。「良かった……。汗が酷かったから上だけ着替えさせてしまったのだけど、後で下も着替えたほうが良いからね。取りに行くから置いておいて」「着替えまでさせてくれたんだ。ごめんね、迷惑かけて」「迷惑なんてそんなこと言わなくて大丈夫だからね? 汗酷かったから、何か飲み物買って来るから待ってて」「ありがとう、それじゃ頼むね」渚は赤い顔で言った。「うん、それじゃ行ってきます」千尋は渚の部屋を出て行った——**** 1時間後—— 買い物から戻った千尋は飲み物や食べ物を出して冷蔵庫にしまうと渚の様子を見に行った。渚はベッドで眠っている。千尋が作ったお粥はきれいに食べられ、用意した薬も飲んでいた。「あ、着替えもしてくれたんだ」足元には先程来ていたパジャマが置かれている。渚の額に手を当ててみると、先程よりも熱が引いているように感じた。「良かった……。少しは楽になったみたい。渚君……疲れが溜まっていたの
真夜中――千尋は自分の部屋で小さな寝息をたてて眠っている。一方の渚は間借りしている部屋のベッドの上で起き上がり、窓から見える月に右手をかざしていた。「千尋……もしも君を好きだと言ったら、君は僕を受け入れてくれるのかな……?」勿論その問いに答える者は誰も無く、渚はいつまでも月を眺めていた——**** 千尋がいつものように朝の6時に起きてみると、珍しく渚が台所にいない。「あれ? 珍しいな……。いつもならとっくに起きてるはずなのに。様子を見にいこうかな」 千尋は渚の部屋の前に来ると、遠慮がちに声をかけた。「おはよう、渚君。起きてる?」けれども返事が無い。一瞬ためらったものの、千尋はそっと部屋の戸を開けた。「入るね……?」部屋に入ると渚はまだ布団の中で眠っていた。が、どこか様子がおかしい。近寄ってみると真っ赤な顔をし、呼吸も荒かった。「渚君……? ひょっとして熱でもあるの?」そっと額に手を当てると、燃えるように熱い。「酷い熱……!」(どうしよう……。とにかく頭を冷やしてあげないと)祖父は冷凍庫に常に氷枕を用意しておく人物だった。千尋もそれに習い、常に氷枕を冷やしておいたので、すぐに台所に取りに行き、タオルでくるむと渚の所へ急いで戻った。熱でうなされている渚の頭を持ち上げ、枕を入れ替える。顔の汗を濡らしたタオルでよく拭いた。身体中も酷い汗をかいている。千尋は一瞬躊躇したが、決心すると渚のパジャマのボタンを外していく。前をはだけると、上半身酷い寝汗をかいている。まずは胸から腹にかけて清潔なタオルで汗を丁寧に拭きとった。「背中も拭かなくちゃ。ごめんね、渚君。横向きになってもらうね」千尋は何とか渚の肩を持ち上げて横向きにさせ、背中の汗も拭き取っていると、渚がぼんやり目を覚ました。「あ……」渚は熱に浮かされた瞳で千尋を見ている。「気が付いた? あのね、悪いけど一度身体を起こせるかな? 汗が酷いから着替えたほうがいいと思うから」「うん……」渚は返事をすると、何とか身体を起こした。千尋は素早くパジャマを脱がせると、上半身の汗を全て拭き取り、新しいパジャマを着せると、すぐに渚はベッドに倒れ込んでしまった。汗を拭いてパジャマを取り換えたお陰か、渚の呼吸が楽になってきた。本当はズボンも取り換えるべきなのだろうが、流石にそこまでは無理なの
今日の<フロリナ>はとても忙しかった。近年「フラワーバレンタイン」と言う言葉が日本でも徐々に浸透してきているお陰か、多くの若い男性達が花束を購入していったからである。**** ——20時過ぎ 遅番担当だった男性従業員の原と千尋は店の片付けを行っていた。「青山さん、今日はバレンタインのチョコどうもありがとう」シャッターを閉めながら原がお礼を述べてきた。「いえ、いつも原さんにはお世話になってるのでほんの気持ちですよ」「渚君には特別なプレゼントあげたんですか?」「え、と……手編みの手袋です。渚君手袋持っていなくて手を冷たそうにしていたので」「それは良かったですね。あ、そろそろ渚君が迎えに来る時間じゃないですか? 今日のお礼です。残りは片付けておくので青山さんは先に上がっていいですよ」「でも、それでは……」「いいんですって、ほら。行って下さい」「分かりました、どうもありがとうございます。それではお先に失礼します」 帰り支度を終えて店の外に出ると、もうそこにはコートのポケットに両手を入れてガードレールに寄りかかる渚の姿がある。「あ、お疲れ様。千尋」寒そうな息を吐きながら渚が笑顔を向けてきた。「渚君もお疲れ様」「ジャン! ほら、見て」渚はポケットから手を出すと両手には今朝千尋からもらった手袋をはめている。「とっても温かいよ。ありがとう」無邪気な笑顔の渚。「ど、どういたしまして……」渚の笑顔に何故か千尋は胸の鼓動が高まる「それじゃ、帰ろう? 千尋」渚は当然のように右手を差し出してきた。千尋が遠慮がちに手に触れると渚は千尋の手を握りしめて自分のポケットに入れた。「ほら、こうすればもっと温かいでしょう?」「う、うん。そうなんだけど……ちょっと距離が近くない?」動揺する千尋。「え? 近すぎ? 歩きにくいかな?」「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」「ならいいじゃない。離れて歩くより、くっついて歩いたほうが温かいよ?」千尋は隣を歩く渚の顔を見た。街の明かりに照らし出された渚の顔はやはり素敵で胸がざわつく。すれ違いざまに何人かの若い女性たちが振り返って渚を見ているのだが、当の本人は全く気にも留めていない。その時、千尋は渚が大きな紙袋を持っていることに気が付いた。「ねえ、渚君。その紙袋何が入ってるの?」「ああ
「おい、里中。どうしたんだよ? 急に難しい顔して黙り込んで。何か悩み事でもあるのか? 俺で良ければ相談に乗るぞ?」突然静かになった里中を見て近藤が声をかけた。「いや、何でも無いですよ!」里中は慌てて首を振る。「そういえばここ最近、間宮君の様子がおかしいって聞いてるぞ。お前何か知ってるか?」「え? そうなんですか? 別に俺は何も知らないですよ」「う~ん……お前のその様子だと本当に何も知らなさそうだな。実はここのところ間宮君がよく食器を取り落して割ってしまったり、出来上がった料理を運ぶ際に落としてしまう事がたまにあるらしいんだ」「え? どういうことなんですか?」「それが俺も良く分からないんだよなあ。でも取り落した時はいつも真っ青な顔で片側の手で手首を掴んで震えているらしいから、もしかして手首の調子でも悪いんじゃないかって言われてるんだよ。診察でも受けてくれれば、ここでリハビリ出来るのにな」話が終わると、じゃあなと言って近藤は去って行った。「間宮……気になるな。今日はレストランで昼飯食べるか……」里中はポツリと呟いた――**** 昼休憩に入り、里中はレストランに来ていた。空いているテーブルを見つけて座るとオーダーを取りに来たのが偶然にも渚であった。「里中さん。今日はここでランチなんだね」「あ、ああ。まあな。ところで……今日の日替わりメニューは何だ?」「カツフライ定食だよ」「じゃあ、それを頼む」「はい、かしこまりました」渚はテーブルの上にあるメニューを手に取ったその瞬間、何故か取り落してしまった。バサッ!軽い音を立てて床に落ちるメニュー。「あ……」渚の顔は真っ青である。「お、おい。大丈夫か?」里中はメニューを拾うと渚に渡した。「お前……すごく顔色悪いぞ? どこか具合でも悪いのか?」「平気だよ。僕は大丈夫だから……」無理に笑顔を作って言っているが、身体は小刻みに震えている。「無理するなよ?」「うん、ありがと……」渚はメニューを受け取ると厨房へと戻って行った。そんな渚を里中は心配そうにして見つめてポツリと言った。「……気のせいか? 一瞬間宮の両手が透けて見えたような気がしたな………」**** 食事を終え、支払いを済ませて職場へ戻ろうとしていた時に里中は渚に呼び止められた。「里中さん。これ、千尋からリハビリス
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