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第476話

作者: 十一
しかし次の瞬間、店員の予想とはまったく違う展開が待っていた――

知波はそのまま敏子のそばに歩み寄り、じっと上下に目を走らせたあと、穏やかに言った。

「このワンピース、あなたにとても似合ってるわ」

知波自身もこのドレスを試してみたが、まあ悪くはない――そんな程度だった。けれど、目の前の女性が身にまとっているのを見ると、明らかに、彼女のほうがよく映えている。

サイズが合っているというだけではない。何より、そのドレスが持つ雰囲気と、敏子自身の持つ気配がぴたりと噛み合っていた。

知波の雰囲気は、どこか硬質で、角が立ちやすい。柔らかさや温かみには、少し欠けている。

だが、敏子は違った。

優しげな輪郭、穏やかな笑み。目元も柔らかく、人に安心感を与える顔立ちだった。

誰からも嫌われないようなタイプの顔だ。

もっとも、そんな優しげな女性は、知波にとって苦手な部類だった。たとえば、義姉の真白。あるいは、先日お茶会で出会った、あの雨宮先生――

だが目の前の敏子は、そんな知波にとっても、なぜか妙に目に心地よかった。

店員は横で何か言いたげに口を開きかけては閉じ、その繰り返し。その様子を見て、観察眼の鋭い敏子はすぐに状況を察した。

そして、ごく自然に知波に微笑みかけた。「そう?ありがとう」にこやかに礼を言いながら、手元にあった別のワンピースを軽く持ち上げて見せる。「あなたはナチュラルな体型だから、こちらのスタイルの方が似合うと思います。よかったら試してみては?」

知波の体型はやや砂時計型で、上半身にボリュームがありつつも、ウエストはきゅっと引き締まっている。だからこそ、本来はウエストラインをしっかりと見せるデザインの方が、知波の美しさを引き立てる。

今知波が着ているドレスも、生地や仕立ては申し分ない。だが、ウエストが曖昧な分、せっかくのプロポーションが活かされず、どこか野暮ったく見えてしまっていた。

一方、敏子が勧めたドレスも黒だったが、細見え効果は抜群で、ウエストを引き締めるシルエットに加え、裾にかけて魚の尾のように広がるハイウエストデザインがどこか余裕を感じさせる。黒の持つかたさを、柔らかく、そして上品に緩和する――そんな絶妙なバランスを持つ一着だった。

知波は軽い気持ちで試着してみたのだったが、鏡の前に立った瞬間、その効果に思わず息をのんだ。

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