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第477話

作者: 十一
しかも、これまで何度か顔を合わせた中で、凛はなんとなく感じていた。この女性は、自分をあまり好いていない。

それなら、知らないふりをしたほうがいい。どうせ彼女たちは何度かの偶然の出会い以外には、これといった関わりもないのだから。

一方の知波は、すれ違いざまに無意識のうちに眉をひそめていた。この子――顔立ちもどこか気に入らないが、それ以上に、挨拶ひとつしないあたり、基本的な礼儀もなっていない。

二人はすれ違い、知波はすぐに遠ざかっていった。

「凛、どこに行ってたの?早く来て、もう選んじゃったよ」敏子が楽しげに呼びかける。

「もう決めたの?ちょっとトイレに行ってただけなのに、試着してるところ見逃しちゃったじゃん……」

「帰ってから着て見せてあげるわ」

「はい」

敏子はふと思い出したように言った。「さっきね、ある女性に会って、何枚かスカートを選んであげたの。そしたら、その人の息子さんが『七日談』を読んでるんですって……」

その頃、遠く離れた実験室では――陽一が立て続けにくしゃみをしていた。

それを見た朝日は、にやにやとからかい口調で言った。「陽一、くしゃみ連発じゃないか。いったい何人の女性がお前のことを想ってるんだ?」

「……朝日、ずいぶん暇そうだな?」

その一言に、朝日の背中にぞわっと嫌な寒気が走った。

「明日のクリスタルホテルの学術交流会、代わりに出てくれ」

「!」た、助けてくれ……!

真奈美はこっそり笑いを漏らした。「自業自得ね。ヘタなくせに調子乗ってからかうからよ」

……

凛たちの買い物が終わった頃には、もう午後六時を回っていた。

せっかくだし、このままデパート内で夕食を済ませることに。

母娘で何を食べようかと相談していたちょうどそのとき、泉海から電話が入る。

すでにレストランを予約してあるから、地下1階に来てほしいと言う。

「……ごちそうになるなんて、申し訳ないです」敏子は少し遠慮がちにそう言った。

「帝都でサイン会を開いてもらうのは僕の頼みです。本当を言えば、衣食住すべて僕が負担すべきところ、ただ食事をごちそうするだけなんだから、僕の方が得してますよ!」泉海の声は、いつも通り朗らかで力強かった。

敏子が臨市出身で、ややあっさりとした味を好むことを考慮し、泉海は地元民にも観光客にも人気のある料亭を選んでいた。

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