Share

第529話

Author:
耳元で囁かれ、温かい吐息と優しい声に、くすぐったくなる。月子は自分がさっき隼人の耳元で話しかけていた時、彼もきっと同じ気持ちだろうなと思った。

距離が縮まり、いつもより甘い声が彼女の耳もとに響いた。

そして、その言葉自体が、月子の胸をドキドキと高鳴らせた。

隼人は潔癖症で、人が自分に近づくのが大嫌いだった。ましてや、触れられるなんて、もってのほかだ。

しかし、彼女だけは例外だった。

月子は、嬉しくてたまらず笑みがこぼれた。口角が上がっていくのを抑えられなかったが、耳がくすぐったくて仕方がないので、少し彼から距離を取った。そうでもしないと、くすぐったさに鳥肌が立ち、顔が真っ赤になってしまう。

月子は、彼の胸筋に手を当てたまま、彼に押さえつけられていた。「じゃあ、どうして私の手を掴んでいるの?」

「俺がお前の手を離したら、どうなるか分かっているのか?」隼人は言った。

「……うん、分かってるよ」月子は答えた。

隼人は黙り込んだ。

彼は、月子がもっと甘えてくるのを期待していた。

手首に薬も塗ったし、そろそろ彼もお風呂に入ってこないとなのだ。

しかし、彼女も、隼人も、互いの手を離そうとはしなかった。

月子は、彼との会話を続けた。「静真に、私たちが本当に付き合っているって言ったの。彼がそれで諦めてくれるといいのだけど」

静真をよく知る隼人は、眉をひそめた。「諦めないだろう」

月子の表情も曇った。結婚生活の間、静真は彼女に冷たく、無関心だったのに、今になって、しつこく付きまとうなんて、彼女にはそれが全く理解できなかった。

自己中心的な人間は、人に逆らわれるのが嫌いなものだ。自分が振られたことで、静真は反発心を燃やし、抵抗すればするほど、燃え上がっているのだろうか?

静真の今日の反応を思い出し、月子は眉をひそめた。付きまとわれるのは気分が悪かった。しかし、そもそも静真は、彼女を好きでこんなことをしているわけではない。彼はただ、彼女に尽くしてもらっていた過去に戻りたいだけなのだ。こんな単純な動機は、誰かを好きだという気持ちとは違って、そう長くは続かないだろう。静真が、他に彼をを甲斐甲斐しく世話してくれる女性を見つければ、今のような不満も自然と薄れていくはずだ。

「いつか諦める日が来るわよ」月子は言った。

隼人はそうは思わなかった。「大丈夫だ。俺が
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第548話

    隼人は尋ねた。「もっと決定的な証拠はないのか?」月子は、隼人の真剣で力強い視線にドキドキしていた。彼の唇の形がとても綺麗だったので、思わずキスをした。強く抱きしめられ、片腕で腰をしっかり掴まれた。月子は息が詰まるほどで、無意識に彼の後頭部にしがみついていた。キスが終わると、彼女は息を切らしていた。月子は片手を離し、指先で彼の濡れた唇を撫でながら、低い声で言った。「分かった?」隼人の瞳には、普段は見せない欲望が渦巻いていた。月子は彼のそのいつもと違う一面に、すこし驚いた。もしかしたら、昨夜もこうだったのかもしれない。ただ、よく見えなかっただけだ。月子の心臓は高鳴っていた。「まだ足りない」彼は嗄れた声で言った。「どうしたら足りるの?」月子は小さな声で、まるで秘密を打ち明けるように言った。隼人は、彼女の唇に触れた指先にキスをしながら、「相談しないか?」と言った。月子は笑った。付き合ってまだ一日目。二人はまだ、関係の変化に戸惑っていた。月子は指を離し、キスをさせないようにしながらも、いたずらっぽく彼の唇に触れた。まるで彼をからかうように。「鷹司社長、彼女には何か求めることはあるの?」「そう多くはない」隼人は意味深な視線で言った。「暇な時は、さっきみたいにキスをすることだ」月子は笑った。「それは大丈夫。たくさんキスするから」「お前は俺に何か求めることはないか?俺は初めての恋愛で、経験がない。至らないところがあれば、教えてほしい」月子は少し考えてから、真顔で言った。「今のところ特にないかな」隼人はキスの腕前だって、自分よりずっと上手なんだ。「もう一度考えてみて」隼人は彼女を促した。月子は彼の耳に触れながら言った。「あなたは私にとって完璧で、欠点なんて一つもない。強いて言うなら、付き合う前は、付き合った後も以前と同じように冷たくされてしまうんじゃないかって不安だった。でも、全然違ったわね」キスくらいで満足できるなんて、本当はもっといろんなことがしたいんだ。隼人は心の中でそう思いながら、「俺のそういうところが気に入ったのか?」と尋ねた。「ええ、気に入ってる」月子は彼の服を掴み、抱きしめながら言った。「あなたの気持ちがよく伝わってくるから」好きじゃない相手とは、例えば静真とは、こんな風に触

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第547話

    賢は言った。「調査の結果、静真の従兄の入江隆(いりえ たかし)と従弟の入江啓介(いりえ けいすけ)はどちらも名門大学出身で優秀だが、その実力は静真には及ばない。そして、静真がトップに就任してから、二人を徹底的に排除された。今となっては、二人ともほぼ入江家に関与していなく、他にいろいろと投資してるようだけど、どれも小規模で、大きな成功は収めてない。だから、静真の座を狙うなんて、二人がかりでもまったく歯が立たないだろう」隼人は低い声で言った。「いくつかプロジェクトを回してやれ」賢は隼人の意図を汲み取った。これは二人を利用して静真に揺さぶりをかける作戦だ。「あの二人と直接やりとりをする必要はある?」隼人は言った。「いや、二人とも野心家だ。プロジェクトとリソースさえ与えれば、黙ってはいないだろう。自ずと静真にちょっかいを出すはずだ」皆、入江家の人間だ。誰でもトップを狙う権利はあるんだから。賢は言った。「隼人、二人の能力ではせいぜいちょっとした騒ぎを起こせる程度で、静真が少し時間を割いて対応するだけで解決されてしまうから、大きなプレッシャーにはならないよ」「それで十分だ」隼人は静真に暇を与えたくなかったのだ。隆と啓介は希望の光が見えれば、正雄に取り入るだろう。静真は脅しをかけることはできても、二人を排除することはできない。時に回りくどい作戦は、一撃必殺の攻撃よりも有効な場合もある。賢は疑問を感じつつも、異論は唱えなかった。「了解。プロジェクトを送りつつ、彼らの野心を煽ってやろう。そうすれば、彼らも静真を恐れることなく食いかかるだろう」用件を終え、隼人は電話を切った。すると、月子からメッセージが届いた。愛する恋人が目を覚ましたのだ。隼人はもちろん会いに行こうとした。そして、書斎のドアを開けた瞬間、月子と鉢合わせた。月子はノックしようとしていたところだったので、驚きながらも笑顔で言った。「偶然ね。びっくりした」隼人の表情は一瞬にして優しくなった。「どれくらい前に起きたんだ?」「起きたばかりよ」隼人は月子の前に歩み寄り、抱きしめ、キスをしようとした。月子はそれを制止した。「ちょっと待って。歯磨きしてからにするね」そう言われ、隼人はそのまま屈み、彼女の首筋にキスをした。そこには、男らしい強引さが感

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第546話

    隼人はというと、彼は自分の自制心を過大評価していたようで、昨夜はろくに眠れなかった。夢を見ているような気分で興奮して眠れない一方で、愛する女が腕の中にいたせいで、体が言うことを聞かず、まるで拷問されているようだった。それは一度は冷水シャワーを浴びに行くほどだった。幸い、月子はぐっすり眠っていて、そんな情けない自分の姿を見ていない。だから、隼人は朝早くに書斎に行った。プレジデンシャルスイートの書斎も広々としていた。彼は椅子に座り、窓の外を無表情に見つめていた。月子は静真がすぐに諦めると思っていたが、それはあり得ない。隼人は左腕の傷跡を撫でながら、幼い頃の記憶を辿っていた。5歳の頃、彼はひょろひょろとしていて、静真の隣に立っても兄には見えなかった。当時の隼人は静真に全く歯が立たなかった。ある時、静真は縄で彼の両手首を縛り、森の中に一時間も吊るした。その時手首には血が滲み、今でも薄い傷跡が残っているほどだった。大人たちに発見された後、静真は達也に酷く殴られ、一ヶ月以上も入院した。危険な高熱を出し、死にかけたこともある。隼人は包帯を巻いた手首で、こっそりと静真を見舞いに行った。あんなに酷い姿の静真を見るのは初めてで、とても胸が痛んだ。そして、これからは仲良くしようと声をかけた。だが、静真は冷たく彼を見つめ、唾を吐きかけた。この事件の後も、静真は全く変わらなかった。達也に殴られた恨みを隼人にぶつけ、さらに酷い仕打ちをするようになった。隼人も徐々に反撃する方法を身につけ、その後はあまりひどい目に遭わなくなった。今になって振り返ってみると、静真は道を踏み外した子供だった。あれから随分時間が経った。出来事は忘れられるかもしれない。しかし、心の傷は手首の傷跡と同じで、薄れても、確かにそこに存在している。だから、隼人は静真に対して淡い期待など抱いていない。静真は子供の頃から、何か固執するとそう簡単に変わらないのだ。そう思いながら、隼人は爪でほとんど見えない傷跡を掻きむしった。確かに自分は正雄とは誰よりも深い絆で結ばれていた。だが、正雄にとって自分は唯一の孫ではないのだ。血の繋がりが隔たりとなって、隼人には静真を徹底的に叩きのめすことができないのだ。しかも、静真は向こう見ずな男だ。真正面からぶつかり合えば、入江家全体が巻

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第545話

    しかしその一方で、月子と手をつなぎ、彼女の優しい声を聞いていると、彼も気分が悪くなかった。そんなことを考えながら、静真は目を閉じ、そしてまた開けた。儚い幻想は脆くも崩れ去り、残ったのは冷たい現実だけだった。体の痛みよりも、現実の方がよっぽど辛い。ああ、月子が戻ってきてくれたら、以前のように……どうしてあんな風になってしまったんだ。一体何が……そう考えていると、ドアが開いた。彼はすぐ一樹が入ってきたのがわかった。「起きたのか?」一樹が声をかけると、静真は何も言いたくなかった。しかし、それでも一晩中看病してくれた彼に、目を閉じたまま珍しく素直に「ありがとう」と言った。そして、改めて自分は月子に「ありがとう」なんて言ったことは一度もなかったなと思った。「何か食べるか?」「いや、大丈夫だ」静真は病み上がりで体が弱っていたせいか、感情の起伏も少なかった。「昨日のことは、忘れてくれ」と一樹に告げた。昨日の自分は、感情が不安定だった。あんな姿を見せるなんて、恥ずかしい。幸い、一樹とは気心の知れた仲だ。少しぐらいみっともない姿を見せても、気にしないだろう。それに、一樹は慰めるのが上手かった。月子も、あんな風に優しくしてくれたっけ。彼女の言葉は、いつも静真の心を落ち着かせてくれた。月子は静真にとって、心の支えであり、安心できる存在だった。どんなに醜い姿を見せても、彼女はいつも受け入れてくれた。本当に頼りになる女性だった……だめだ、これ以上考えていたら、正気でいられないと静真は考えるのをやめようとした。しかし、これが、失恋の痛みか。どうしてこんなにも苦しくて、辛いんだ。もう耐えられない。そこを、一樹は尋ねた。「本当に鷹司さんと月子を奪い合うつもりなのか?」「説得はやめてくれ」静真は嗄れた声で言った。彼はもともと一度決めたら、誰が言おうと貫き通す性格なのだ。「わかった、もう説得はしない。だけど、さっき月子に電話して、あなたの病気のことを伝えた」静真は無言で目を開け、一樹を見た。一樹は静真の目を見据えて言った。「彼女の話をすると反応を見せるなんて、よっぽど月子のことが大事なんだな……だけど彼女からこう言われたぞ。『ただの熱で死ぬわけないでしょ。大の男が、何を女々しいこと言ってのよ』だそうだ」それを聞いて、静

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第544話

    その瞬間一樹はハッとした。月子は彼に探りをいれているのだと。一樹は急に緊張して、思わず片手で机に掴まり、眉間にシワを寄せ、無意識に唇を少し開いた。「月子……」彼は思わず彼女を呼んだ。その声はいつもとはまるで違っていて、一樹はその言葉を発すると同時に呼吸すら詰まりそうになっていた。本当に言いたいことは喉まで出かかっていたのに、どうしても言葉にすることができなかった。そして、彼は静かに言った。「ただ、すごく気になって……月子、あなたが静真さんをどれだけ愛していたか、俺は知っている。離婚したばかりなのに、どうしてそんなに早く鷹司さんと付き合うんだ?静真さんを怒らせるために鷹司さんを利用しているのか?それとも、本当に彼のことが好きなのか?」月子は何も言わなかった。一樹はさらに尋ねた。これも彼がどうしても知りたかったことだった。「静真さんを怒らせるためていうならまだ信じられるけど、でも、本気で鷹司さんのことが好きだなんて、どうしても信じられない。あなたは静真さんのことをあんなに深く愛していたのに、吹っ切れるのが早すぎるんじゃないか?」月子が言ったように、彼女は彼の好奇心に答える義務はなかった。しかし、彼はどうしても聞かずにはいられなかった。一樹は片思いをしている側だから、その答えを知りたいのは、彼の本能だった。しかし、月子は答えてくれるだろうか?一樹は期待していたが、その答えを聞くのが少し怖かった。月子から本当に隼人のことが好きだと言われるのが彼は怖かったのだ。人間とは不思議なもので、彼はもう月子のことを諦めているというのに、まだそんな幻想と期待を抱くなんて。一樹は月子がすぐに電話を切ると思っていた。しかし、彼女は口を開いた。「あなたが知りたがっているの?それとも、静真に言われて私に聞いているの?」「俺も知りたい」月子は2秒ほど間を置いてから言った。「一樹、もしかしたら私の思い過ごしかもしれないけど、あなたがそうではないことを願ってるよ」そう言うと、月子はためらうことなく電話を切った。彼女は何も答えなかった。そして、彼の気持ちも気づかれてしまった。一樹はその場で立ち尽くし、スマホを耳に当てたままの手をなかなか下ろすことができなかった。そして、手を下ろした途端、彼は表情を一変させ、拳を机に思い切り叩きつけた。

  • 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった   第543話

    夜が明けたばかりで、まだ朝早く、一樹は月子からの返信はすぐには来ないだろうと思っていた。もしかしたら、返信がないかもしれないとさえ思っていた。ところが、大きな窓から庭と柔らかな朝日を眺めながら朝食を食べていると、月子から電話がかかってきた。一樹は驚き、持っていたコーヒーをこぼしそうになった。着信画面を見ながら、彼の胸が激しく高鳴り、全身が強張った。そして彼はカップを置いて、一息ついてから電話に出た。「月子?」「静真と一緒にいるのか?」確かに月子の声だった。一樹は目を伏せた。こんなに早く反応するなんて、やっぱり静真のことが心配なのか?「ああ、昨夜、彼に会いに行ったんだ。具合が悪そうで、また胃痛を起こしているようだった。夜中には急に高熱を出して、お医者さんから抵抗力が弱まっているせいだって言われた。傷口も少し炎症を起こして、一晩中熱が下がらなかったんだ……ちょっと様子を見に来れないか?」一樹はそう言うとグラスを指でくるくると回した。「私が行ってどうするの?」「……うわごとで、あなたの名前を呼んでいたんだ。それでメッセージを送ったんだよ」一樹は明るい声で言った。「月子、静真さんは、あなたに対する態度が少し変わったみたいで、離婚を後悔しているようよなんだ」「あなたと静真が通りで友達でいられるわけね」月子の声には嘲りが含まれていた。「静真の周りの人間の中で、あなただけはまともだと思っていたから、あなたとは険悪な状態にはならなかった。だけど、あなたも静真と同じだってことね。この3年間、静真が私に対してどんな態度だったか、あなたはよく知っているはずなのに、それでも彼のために私の同情を買おうとするなんて」月子は落ち着いた口調で言った。「ぶっちゃけて言うと、静真が後悔しようとしまいと、私に何の関係があるの?なぜ私がそれを受け入れなといけない?彼が体調崩したからって私が世話をしなきゃいけないって決まりでもあるわけ?それに、ただの熱で死ぬわけないでしょ。大の男が、何を女々しいこと言ってのよ」一樹は、彼女の冷酷な態度に驚き、こう言った。「すまない。俺の立場からしか考えていなかった。あなたの気持ちを考えずに、軽率だった」「あなたもあなたでかいかぶらないで。それじゃ私が悪いみたいじゃない。あなたにその気がなくても、それは私にとって不快な発言よ」

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status