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第545話

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しかしその一方で、月子と手をつなぎ、彼女の優しい声を聞いていると、彼も気分が悪くなかった。

そんなことを考えながら、静真は目を閉じ、そしてまた開けた。儚い幻想は脆くも崩れ去り、残ったのは冷たい現実だけだった。

体の痛みよりも、現実の方がよっぽど辛い。

ああ、月子が戻ってきてくれたら、以前のように……どうしてあんな風になってしまったんだ。一体何が……

そう考えていると、ドアが開いた。

彼はすぐ一樹が入ってきたのがわかった。「起きたのか?」

一樹が声をかけると、静真は何も言いたくなかった。しかし、それでも一晩中看病してくれた彼に、目を閉じたまま珍しく素直に「ありがとう」と言った。

そして、改めて自分は月子に「ありがとう」なんて言ったことは一度もなかったなと思った。

「何か食べるか?」

「いや、大丈夫だ」静真は病み上がりで体が弱っていたせいか、感情の起伏も少なかった。「昨日のことは、忘れてくれ」と一樹に告げた。

昨日の自分は、感情が不安定だった。あんな姿を見せるなんて、恥ずかしい。

幸い、一樹とは気心の知れた仲だ。少しぐらいみっともない姿を見せても、気にしないだろう。

それに、一樹は慰めるのが上手かった。

月子も、あんな風に優しくしてくれたっけ。彼女の言葉は、いつも静真の心を落ち着かせてくれた。月子は静真にとって、心の支えであり、安心できる存在だった。どんなに醜い姿を見せても、彼女はいつも受け入れてくれた。本当に頼りになる女性だった……

だめだ、これ以上考えていたら、正気でいられないと静真は考えるのをやめようとした。

しかし、これが、失恋の痛みか。どうしてこんなにも苦しくて、辛いんだ。もう耐えられない。

そこを、一樹は尋ねた。「本当に鷹司さんと月子を奪い合うつもりなのか?」

「説得はやめてくれ」静真は嗄れた声で言った。彼はもともと一度決めたら、誰が言おうと貫き通す性格なのだ。

「わかった、もう説得はしない。だけど、さっき月子に電話して、あなたの病気のことを伝えた」

静真は無言で目を開け、一樹を見た。

一樹は静真の目を見据えて言った。「彼女の話をすると反応を見せるなんて、よっぽど月子のことが大事なんだな……だけど彼女からこう言われたぞ。『ただの熱で死ぬわけないでしょ。大の男が、何を女々しいこと言ってのよ』だそうだ」

それを聞いて、静
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hime kichi
何この感情?まだ揺れるの?
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