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第528話

Author: 雪吹(ふぶき)ルリ
真夕は静かに身を引ながら言った。「中に入って」

司は黙って中へと入った。

二人はリビングに立ったまま向かい合った。真夕は静かに口を開いた。「堀田社長、私に何か用?」

「堀田社長」という呼び方が、彼との間に冷たく明確な距離を置いた。

司は一歩前に出て言った。「真夕、そんなに冷たくしないでくれ。俺はずっと……君だって知らなかった。君を探してたんだ、この何年もずっと……」

真夕はうなずいた。「知ってる、全部知ってるわ」

司は彼女の肩をそっと握った。「真夕……もう一度だけチャンスをくれないか?俺たちはもう、こんなに長くすれ違ってきた。もうこれ以上君を手放したくないんだ」

真夕はその手を払いのけ、距離を取った。「もう手遅れよ!本当は……何度も心の中で、あなたにチャンスをあげてた。離婚の時も、池本彩と一緒に拉致された時も、私が中絶手術に押し付けられてた時も、何度もあなたに来てほしいと願ってた。でも……そのどの瞬間にも、あなたは私を突き放したのよ……もう慣れてしまったの、あなたのいない生活に。だからもう、自分にとって、あなたなんていなくても平気よ」

司は、まるで心臓を誰かにわしづかみにされたような感覚に襲われた。息が詰まり、胸が苦しい。「真夕……ごめん。本当に……ごめん」

彼の口から出てきた言葉は、たったひとつの「ごめん」だった。

「真夕、昔、君に約束したよね。君を連れて行って、家族になるって。

でも、俺はその約束を破った。君を田舎に一人置いて、長い間放っておいた……

俺が植物状態だった時、君は側にいてくれたのに……それなのに、君を認識できなかった。しかも……池本彩のために、何度も君を傷つけてしまった。真夕、俺、全部わかってる……」

司の目は真っ赤になり、涙でうっすら濡れている。「真夕……これまで君が経験してきたことを思うたびに、俺は心が痛くて、自分が許せない。全部、俺のせいなんだ……

全部、俺が悪かった」

真夕のまつ毛が震えたが、言葉を返さなかった。

司は続けた。「でも真夕、俺は……ただ人違いをしてただけなんだ。池本彩を君だと思い込んで……わざとじゃない。それまでのこと、全部俺のせいにしないでくれないか?

俺たちは、もう何年もすれ違ってきた。この先の人生に、君を失うような時間が、まだ残ってると思う?もうこれ以上、君を失いたくないんだ。真夕、お願
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