塵のような愛をしていた

塵のような愛をしていた

By:  ミツバチちゃんUpdated just now
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
Not enough ratings
30Chapters
91views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

彼は、二ヶ月後に妹と結婚する「未来の義弟」だった。 姉として、唯一の妹の幸せを壊したくない―― そう思った彼女は、黙って身を引き、誰にも告げずに姿を消そうとした。 だが、その途中で彼に強く腕を掴まれた。 「涼夏(すずか)、『ずっと一緒にいる』って約束したのに、逃げるつもり?」 突然の問いに彼女は動揺し、二人の関係に終止符を打とうとする。 「あれはただの口約束よ。そもそも本気じゃなかった……!」 必死に振りほどこうとする彼女を、男はますます強く抱きしめる。 「妹の幸せを守りたいなら、俺のそばにいろ。そうしなければ、お前だけじゃなく、お前の妹にも地獄を見せてやるよ」 彼がただ彼女を弄んでいるだけだと思い込んだ彼女は、なんとかして逃げ出そうと決意する。 そして、ついにチャンスを掴み、荷物を抱えて飛行機へ...... だが、機内には乗客が一人もいない。 「誰もいない?違う。俺がいるじゃないか」 戸惑う彼女の前に、彼は優雅に現れ、彼女の腰を抱き寄せながら邪悪な笑みを浮かべた。 「さあ、俺たちのハネムーン旅行、今始まりだ――」

View More

Chapter 1

第1話

初秋、深夜。

夜風はわずかに冷たさを帯びていて、駒野涼夏(こまの すずか)は身に着けたコートをぎゅっとかき寄せ、バッグを抱える腕に力を込めて、足早に歩を進めた。

すでに夜も更け、道路には車の姿もまばらだった。

彼女はしばらく待っていたが、タクシーは一台もつかまらなかった。

そんな時、不意にスマホが鳴り始める。

甲高い着信音に、涼夏の心臓が反射的に跳ね上がる。

どうか……あの人じゃありませんように。

おそるおそる携帯を取り出すと、ディスプレイに表示された名前は――佐伯臨(さえき のぞむ)。

あの人じゃない。

涼夏は胸をなでおろしながらも、心の奥に湧いたわずかな落胆を無理やり押し殺し、電話に出た。

「どうしたの?」

「涼夏、本当に……信じられないよ。君が、本当に俺と結婚してくれるの?」

臨の声は、どこかおそるおそる、でも嬉しさを隠しきれない様子だった。

彼は大学時代からずっと涼夏のことが好きで、告白もしたが断られていた。

それでも、まさか本当に彼女と結婚できる日が来るとは思ってもみなかったのだ。

涼夏の脳裏に、あの男――

高く、堂々とした体躯に、冷酷な眼差しを宿した恐ろしい姿が一瞬よぎった。

彼女は唇を噛みしめて答える。

「そうよ、臨と結婚するの。今すぐ向かうわ。明日、婚姻届を出しに行きましょう」

自分を急いで誰かと結婚させなければ。

さもなければ、あの男との関係は、もう手のつけようがなくなってしまうから。

「本当!?」

臨は歓喜し、ベッドから飛び上がって、急いで自分の住所を伝えた。

涼夏はそれを記憶し、ちょうど通りかかった一台のタクシーを見つけて手を挙げながら、電話の相手に言った。

「待ってて。すぐに――きゃっ!」

言い終える間もなく、スマホを持っていた腕が突然後ろから掴まれた。

強く、無造作な力が彼女の細い手首を締め上げ、骨が砕けそうなほどだった。

「駒野涼夏、どこへ行く?」

背後から、低く冷えきった声が響いた。

涼夏の華奢な体がピンとこわばり、美しい顔に恐怖の色が浮かぶ。

ぎこちなく振り返り、視線をゆっくりと上へ――

深水遼河(ふかみず りょうが)。

やっぱり……彼だった。

「遼河……国外に行ったんじゃなかったの?」

涼夏の声は震え、背中には冷たい汗がにじみ始めていた。

彼がいないからこそ、こっそり臨に連絡し、勢いで結婚すると言えたのに。

遼河はわずかに身を屈めた。

もとより大柄で威圧感のある彼が、今は表情さえ押し殺している。

しかし、その整った顔立ちの奥には明らかな殺気が渦巻き、まるで視線だけで彼女の体を切り裂こうとしているかのようだった。

「俺がいなくなった途端、逃げ出そうという魂胆か」

彼は涼夏の手をさらに強く握りしめた。

柔らかな肌が白と青に染まり、声は氷の破片を含んだように冷たく響く。

「涼夏、お前もずいぶん肝が据わったな」

涼夏の心臓が縮み上がり、視線を逸らしながら嘘をついた。

「逃げるなんてしてない……」

だがその言葉が終わる前に、通話中のスマホから臨の声が響いた。

彼は電話越しに、何か異変を感じ取ったのだろう。心配そうに大声で叫んでいた。

「涼夏!?大丈夫?どうしたんだ!?」

涼夏は焦り、すぐに電話を切ろうとしたが、

遼河が彼女の手首を持ち上げ、強引に腕を高く上げさせた。

スマホを持つその手は、どうやっても電話を切れない。

仕方なく彼女は臨に向かって言う。

「大丈夫よ……後でまたかけ直すから。だから」

だから早く切って。

遼河に聞かれたら、きっと酷い目に遭う。

だが、神様は意地悪だった。

怖れていたことほど、現実になる。

「どうして?涼夏、もしかして……結婚する話に、後悔してるの?さっき結婚届の話も、冗談だった?」

臨の言葉が続くたびに、目の前の男の冷気が増していく。

それはもう空気を凍らせるほどで、涼夏の骨の髄まで凍りつかせようとしている。

「……涼夏!」

遼河は怒りに震え、彼女の名前を歯ぎしりしながら叫び、スマホをひったくって道路に叩きつけた。

「パアァン!」という音と共に、スマホは四散した。

涼夏の肩が震える。

心の底から、恐怖がこみ上げてきた。

遼河が怒ると、本気で彼女を壊すのだ。

先月も彼を怒らせ、二日間ベッドから起き上がれなかった。

「遼河……っ、きゃっ!」

言い終える前に、彼女の体が突然宙に浮いた。

遼河は彼女の細腰を掴み、粗雑ともいえる力で、すぐそばの街灯の柱に激しく押しつけた。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
30 Chapters
第1話
初秋、深夜。夜風はわずかに冷たさを帯びていて、駒野涼夏(こまの すずか)は身に着けたコートをぎゅっとかき寄せ、バッグを抱える腕に力を込めて、足早に歩を進めた。すでに夜も更け、道路には車の姿もまばらだった。彼女はしばらく待っていたが、タクシーは一台もつかまらなかった。そんな時、不意にスマホが鳴り始める。甲高い着信音に、涼夏の心臓が反射的に跳ね上がる。どうか……あの人じゃありませんように。おそるおそる携帯を取り出すと、ディスプレイに表示された名前は――佐伯臨(さえき のぞむ)。あの人じゃない。涼夏は胸をなでおろしながらも、心の奥に湧いたわずかな落胆を無理やり押し殺し、電話に出た。「どうしたの?」「涼夏、本当に……信じられないよ。君が、本当に俺と結婚してくれるの?」臨の声は、どこかおそるおそる、でも嬉しさを隠しきれない様子だった。彼は大学時代からずっと涼夏のことが好きで、告白もしたが断られていた。それでも、まさか本当に彼女と結婚できる日が来るとは思ってもみなかったのだ。涼夏の脳裏に、あの男――高く、堂々とした体躯に、冷酷な眼差しを宿した恐ろしい姿が一瞬よぎった。彼女は唇を噛みしめて答える。「そうよ、臨と結婚するの。今すぐ向かうわ。明日、婚姻届を出しに行きましょう」自分を急いで誰かと結婚させなければ。さもなければ、あの男との関係は、もう手のつけようがなくなってしまうから。「本当!?」臨は歓喜し、ベッドから飛び上がって、急いで自分の住所を伝えた。涼夏はそれを記憶し、ちょうど通りかかった一台のタクシーを見つけて手を挙げながら、電話の相手に言った。「待ってて。すぐに――きゃっ!」言い終える間もなく、スマホを持っていた腕が突然後ろから掴まれた。強く、無造作な力が彼女の細い手首を締め上げ、骨が砕けそうなほどだった。「駒野涼夏、どこへ行く?」背後から、低く冷えきった声が響いた。涼夏の華奢な体がピンとこわばり、美しい顔に恐怖の色が浮かぶ。ぎこちなく振り返り、視線をゆっくりと上へ――深水遼河(ふかみず りょうが)。やっぱり……彼だった。「遼河……国外に行ったんじゃなかったの?」涼夏の声は震え、背中には冷たい汗がにじみ始めていた。彼がいないからこそ、こっ
Read more
第2話
背が高くすらりとした男の体が、涼夏の華奢な身体を容赦なく押し潰すように覆いかぶさっていた。顎を力強くつかまれ、無理やり顔を上げさせられた彼女の視線は、遼河の冷酷な眼差しに真っ向からぶつかる。「誰と結婚するつもりだ?」冷たい詰問と鋭い視線に、涼夏の脚が震え始める。手提げバッグを固く抱きしめ、口を開くこともできない。嘘をつく勇気も、正直に答える覚悟もなかった。遼河は怒りに震えながらも、かえって冷笑を浮かべ、彼女が必死に守っていたバッグを荒々しく引き裂くように開けた。中から引きずり出されたのは、彼女がこっそり持ち出したあの結婚届だった。まるで油を注がれたかのように、遼河の怒りが激しく燃え上がる。「いい度胸だな、涼夏。忘れたのか?お前が俺に助けを求めたとき、何を約束したか」冷たい視線で彼女を見下ろす遼河の目は、まるで底知れぬ深い闇のようだった。涼夏は唇を開き、やっとの思いで声を絞り出す。「でも、あなたは私の妹と結婚するんでしょう?もう、あの子を裏切るようなことは......できない」遼河の黒い瞳が、獲物を逃がさぬ猛獣のようにぎらつく。「俺の言うことを聞かないつもりか?だったら、俺があの子と婚約する理由も、もう無いってことだ」彼は、もともと駒野栞(こまのしおり)に興味などなかった。もし涼夏がいなければ、あの女など眼中にもなかっただろう。婚約なんて、ありえなかったはずだ。涼夏は何も言い返せなかった。両親を交通事故で失い、駒野家の会社も崩壊寸前。どうしようもなく、遼河に頭を下げ、一年間の契約にサインし、会社を救ってもらったのだった。一年後、ようやくこの地獄から抜け出せると思っていた。だが、遼河に惚れ込んでしまった妹が、離れようとせず、彼と結婚したいと言ってきかず、絶食までして自殺を仄めかした。気分屋で恐ろしい遼河の下に一年も耐えた、それが限界だった。もう逃げたい、というのが本音だった。けれど、両親が亡くなった今、妹は彼女にとって唯一の家族。その妹が目の前で死のうとするのを、どうしても見ていられなかった。だから遼河に頼むしかなかった。妹と結婚してほしいと。どうせ断られると思ったその願いは、意外にもすぐに通った。ただし、条件はひとつ。「お前は一生、俺の玩具だ。毎
Read more
第3話
遼河は彼女の手首を掴み、情け容赦なく涼夏の頭を押さえつけ、冷たい声で言った。「嫌?お前に拒む権利なんて、あるとでも?」涼夏は本当に怯えていた。目元は赤く染まり、今にも泣き出しそうで、必死に身をよじって自分を隠そうとした。「お願いだから......遼河、これ以上はやめて......!」濡れた睫毛を持ち上げ、哀れで卑屈な声で懇願する。遼河は彼女を見下ろした。暗く沈んだ目には感情が読み取れず、彼女の腕を握る指だけが少し緩み、彼女が自分の体にすがるように覆い隠すのを許した。「対価を払うのなら、そのお願いを聞いてもいいが」彼は身を引かず、彼女を街灯のそばで逃がさなかった。涼夏は俯き、唇を噛んで涙を堪えながら沈黙した。もう、彼に差し出せるものなんて何もないのに。遼河は返答がないことに苛立ち、再び彼女の顎を掴んで顔を上げさせる。「何を払うか、言え!」涼夏は顔を上げ、彼の澄んだ瞳を見つめた。瞳には薄い涙の膜が張っていて、哀れでありながらどこか儚く美しかった。遼河の喉仏が微かに動く。「わ、わからない......」彼女はそう答えるしかなかった。遼河の視線が下に移り、彼女の鎖骨に落ちる。唇の端に冷たい笑みを浮かべながら、言葉を発さず、動きを続けた。長い指が、また涼夏の腕を掴んだ。自分がここで強引に抱かれるかと思うと、涼夏は恐怖と羞恥で身を強張らせ、必死に訴える。「欲しいものは何でもあげるから、これ以上はやめて......!」遼河の動きが止まった。涼夏は油断せず、裂けた服を必死に押さえ、体を硬直させた。「欲しいものは何でも?」遼河の声には冷たさと皮肉が混じる。涼夏はその後に来る過剰な要求を恐れていた。彼女には、それを拒む力がもう残っていなかった。「私にあるものなら......」遼河はふっと嘲笑する。「お前に残ってる唯一のものはその身体だけだ。だがそれすら、もう俺のもの。支払えるものが、お前にあるのか?」涼夏のまつげが震え、肩が微かに震える。自分を死に追いやるつもりなのか?遼河はわずかに身を屈め、全身の威圧感を涼夏にぶつけるようにして囁く。「お前に残っているのは、命だけだ......」涼夏は全身が凍りついたように感じ、逆に震えが止まった。潤んだ瞳で彼を見
Read more
第4話
「わかった!」涼夏は叫ぶように声を張り上げた。「約束するから!」その声が落ちた次の瞬間、彼女の体はぐるりと回され、遼河の背中側に抱き込まれる形で包まれた。車のライトの光も、彼の大きな身体によってすべて遮られた。耳元で風が唸り、車は轟音を立てて走り去っていった。その音が遠ざかっていくのを聞きながら、涼夏の身体は力が抜けたように崩れ落ちそうになった。遼河が抱きかかえていなければ、きっとその場にへたり込んでいただろう。遼河の腕は、涼夏の細い腰をさらに強く抱き締めた。まるで彼女の体を自分に押し込むかのような力で、遼河は少し身をかがめると、涼夏の耳元で低く囁いた。「涼夏、これはお前が自ら約束したことだ。この先ずっと、お前の体も魂も、すべて俺のものだ。裏切ったら......生き地獄を見せてやる」涼夏はゆっくりとまつ毛を伏せ、その陰で死んだように色のない瞳を隠した。生き地獄......もうとっくに、生き地獄だというのに。遼河は彼女の顔を見下ろした。光を失ったその表情に、思わず胸が締め付けられる。その死んだような姿が、彼にはどうしようもなく気に入らなかった。「聞こえてるのか」語気を強めて問い詰めると、涼夏はわずかに震えながらまつ毛を上げ、青ざめた顔に怯えの色を浮かべた。遼河の求めていた表情ではなかったが、絶望に沈んだあの顔よりは、まだましだった。「......うん」涼夏は唇を噛んで、か細く答えた。それを聞いた遼河はようやく満足したように微かに笑み、腰を屈めて涼夏を抱き上げた。そのまま道路脇の別荘へと歩いていく。涼夏は遼河の腕の中で身を硬くして、小さく縮こまっていた。拒絶の感情はあったが、それを表に出す勇気はなかった。道のりはそう長くなかった。やがて林の奥にある屋敷にたどり着いた。時刻はすでに深夜で、屋敷の中の使用人たちは皆、眠りについていた。リビングは真っ暗だった。遼河は涼夏を抱いたまま離さず、淡々とした声で言った。「電気をつけろ」涼夏は、遼河にお姫様抱っこされたままの格好で、手を伸ばして壁のスイッチを探った。だが、彼女がスイッチに触れるより早く、リビングに突然「パチン」という音と共に、まばゆい光が灯った。そして聞き覚えのある柔らかな声が響いた。「
Read more
第5話
涼夏の体がピクリと強張り、それ以上動くことができなくなった。遼河は鼻で冷たく笑い、足を止めることなく、そのまま涼夏の寝室へ入っていった。階下では、水の入ったコップを持った栞が、二人の親密な様子を静かに見つめていた。彼女の指はコップを強く握りしめており、爪の色は白青く変わっていた。遼河が涼夏をベッドに下ろした瞬間、彼女はすぐに体を引いて遼河との距離を取った。「早く出て行って。栞はもうすぐ来るから」彼女が焦れば焦るほど、遼河の表情はますます冷たく険しくなっていった。彼は出ていくどころか、逆に身を屈めてさらに距離を詰めてきた。涼夏は後退し続け、ついに背中がベッドのヘッドボードにぶつかり、それ以上逃げ場がなくなった。目の前の男は、まるで彼女を覆いかぶさるように身を寄せ、その姿勢はあまりに親密だった。心臓の鼓動が速まり、涼夏は頬が熱くなり、澄んだ瞳を見開いた。「遼河、ちょ、ちょっと何してるの、近すぎ......んっ!」言い終える前に、遼河は唐突に彼女の唇を奪った。乱暴で支配的なそのキスは、涼夏の口内を容赦なく蹂躙していった。涼夏は遼河の肩を強く掴んだ。押し返そうとしたのか、それとも......引き寄せようとしたのか、自分でもわからなかった。遼河は彼女の内と外をたっぷりと味わった後、ようやく唇を離した。そして彼女の顎を指でつかみ、真っ赤に染まった唇をなぞりながら、低く冷たい声で囁いた。「さっき自分が何を約束したか、もう忘れたのか?」その一言で、涼夏の赤らんだ顔色は一瞬で青ざめた。彼に脅されて、「従順な玩具になる」と約束したのだ。遼河は冷笑を浮かべた。「今回は警告だけだ。だが次に俺を拒んだら......その時は容赦しない。わかったか?」そう言って、彼は指にさらに力を込め、答えを迫った。涼夏は唇を噛み、返事を拒むように睨み返した。だが、その瞬間。廊下から栞の足音が聞こえてきた。「お姉ちゃん、水、持ってきたよ......」涼夏は咄嗟に動揺し、慌てて態度を和らげた。「......ありがとう」それを聞いてようやく遼河は顎から手を離し、背を向けながら一言残した。「三十分後、俺の部屋に来い。来なかったら、どうなるかわかってるな」涼夏の体がまた強張り、ベッドシーツを握りし
Read more
第6話
遼河は数秒待っただけで、すぐに苛立ちを露わにした。眉をひそめて言う。「二度は言わせるな」涼夏は深く息を吸い込み、震える指で上着とズボンを脱いだ。だが、下着だけになった身体を、あの明るい照明の下でさらすことはどうしてもできなかった。遼河は眉をひそめ、不機嫌そうに口を開いた。「さっきの約束を忘れたのか?」涼夏の全身は冷え切っていた。さっきの出来事を、忘れるわけがない。従順な玩具。目を閉じ、歯を食いしばりながら、体に残ったわずかな布をすべて脱ぎ捨てる。何も身にまとわず遼河の前に立つと、自分がまるで尊厳もない、卑しく惨めな娼婦に成り下がったように感じられた。必死に耐えていたが、それがまだ今夜の屈辱と苦痛の、ほんの始まりにすぎないことを彼女はまだ知らなかった......遼河はその夜、あらゆる手段を使って彼女を弄び、痛めつけた。明るい照明の下の寝室のリビング、次に浴室のバスタブ。そして最も残酷だったのは、鏡の前で目を開けさせ、自分がどれほど卑しく惨めなのかを見せつけるように命じたことだった。涼夏には、それがまるで馬鹿げた悪夢のように思えた。そしてこの男は、その悪夢の中に現れた容赦ない悪魔だった。彼女を徹底的に壊すために。部屋の中は甘く淫靡な空気に包まれていたが、部屋の入り口には、白いワンピース姿の女が不気味にじっと立っていた。涼夏が寝室に入ってからずっと、栞はドアの前に立ち続けていた。純白のワンピースを着ていたが、あの清らかで純粋な笑顔はもうなかった。代わりに浮かんでいたのは、恐ろしいほどの陰鬱さと歪んだ表情。栞は裸足のまま、幽霊のように遼河の部屋の前までついてきて、じっと佇んでいた。部屋の中から次第に聞こえてくる、抑えつけたような、けれども淫靡な声。その一つひとつが刃のようであり、怨嗟の種のようでもあり、栞の胸に深く突き刺さり、彼女の表情は凄まじく歪んでいった。涼夏、両親を殺しただけじゃ足りないの?今度は男まで奪う気?栞は拳をぎゅっと握りしめた。その心の中では、歪んだ嫉妬と憎しみがぐるぐると渦を巻き、やがて邪悪で毒々しい計画へと形を成していく。その計画が涼夏にどんな破滅をもたらすのかを想像した瞬間、栞の顔には不気味な笑みが浮かんだ。......夜が明け始める
Read more
第7話
涼夏は胸が罪悪感でいっぱいになり、俯いて小さな声で言った。「ごめんね、臨。昨日のことは、私のひどい冗談だったと思ってくれたらいいの」電話の向こうは急に沈黙し、しばらくしてから、臨は無力そうにため息をついた。だがその声には再び少し笑みが戻っていた。「......わかった。冗談だったってことにする。でも、そのお詫びとして、食事くらいは奢ってもらうよ」「それくらいなら全然いいよ。時間と場所、臨が決めて。ご馳走するから」臨は時計を一瞥して言った。「じゃあ、今日の昼にしよう。車で迎えに行く」「わかった」電話を切った後、涼夏は急いで手元の仕事を片づけ始めた。二人は会社の近くにある中級レストランで会う約束をした。だが涼夏は出発前に雑事に巻き込まれ、すっかり遅れてしまった。車を降りる頃にはすでに時間を過ぎており、彼女は臨を長く待たせたのではと焦り、駆け足でレストランに向かった。焦るあまり、彼女は気づかなかった。ちょうど彼女の後ろに一台の黒いベントレーが停まったことに。車内で遼河は黙って座っており、深くて昏い視線を慌ただしく走っていく細身の後ろ姿に注いでいた。数十秒後、彼はドアを開けて、涼夏の後ろ姿を追って車を降りた。涼夏は予約していた個室を見つけ、ドアを開けながら申し訳なさそうに笑って言った。「ごめん、遅れちゃって......」言いかけたその時、彼女はふと動きを止め、目を大きく見開いて室内の光景を見つめた。個室にはピンク色のバラの花が一面に飾られ、大きな部屋はまるでピンクの花畑のようにロマンチックで美しくなっていた。その中で、臨は片手に真紅のバラの花束を、もう一方の手には婚約指輪を持って、片膝をつき、優しい笑みで言った。「涼夏、俺と結婚してくれ」涼夏はその場で固まり、入口で足を止めた。まさか、臨がもう一度プロポーズしてくるなんて......でも、彼女には受ける勇気なんてなかった。もし遼河に知られたら、間違いなく命が危ない。「臨、私......」「佐伯さん、彼女はそのプロポーズ、受けられないと思いますよ」涼夏が断ろうとした言葉を口にする前に、落ち着いた低い男の声が割って入った。その声を聞いた瞬間、涼夏の背筋が凍りつき、頭の中で警鐘が鳴った。後ろから、重く安定した
Read more
第8話
涼夏の心に、突然として恐慌が走った。慌てて口を開いた。「覚えてる、ちゃんと覚えてるから!」遼河は冷笑を浮かべ、危険な眼差しで彼女を見据えた。「......そう?」涼夏は必死に頷き、すぐさま臨の方へ向き直った。「私は一生、誰とも結婚しないつもり。もし臨が私にそんな気持ちを抱き続けるなら、もう連絡してこないで」これだけ言えば、遼河も満足してくれるだろうか?言い終えた涼夏は、そっと遼河の顔色を伺った。そのささやかな仕草を、臨は見逃さなかった。心の中に何かが引っかかり、すぐに察した。涼夏は、遼河に致命的な弱みを握られているのだと。さっきの言葉も、きっと彼女の本心ではなかった。昨日、明らかに自分と結婚することに同意していたのに、突然態度を変えた理由も、これでようやく説明がついた。涼夏は、自分と結婚したくないのではなく、どうしても結婚「できない」状況にあるのだ。遼河の支配から彼女を解き放つことができれば、自分にも、まだ彼女と結ばれる望みはある。そう確信した臨は、涼夏を手に入れたいという思いを一層強くした。そして次の瞬間、わざと俯いて、落胆して諦めたような表情を作った。遼河は冷たい視線を一瞥送り、唇に何とも言えぬ笑みを浮かべた。そして涼夏の手首をつかむと、そのまま彼女を強引に引っ張って立ち去った。涼夏は必死に遼河の歩調についていこうとしたが、よろめきながら車へと押し込まれる。ドアが激しく閉まる音が響くと、遼河は低く冷えた声で命じた。「車を出せ」運転手は息を飲み込み、音も立てずすぐにエンジンをかけた。涼夏の白い手首にはくっきりと指の痕が残り、じんわりと痛み始める。彼女は手首をさすりながら、うつむいて言葉を発せずにいた。「仕事を辞めろ」突然、遼河が口を開いた。その一言はあまりにも一方的で、横暴すぎた。涼夏は目を見開いた。「......どうして?」栞はまだ大学生だ。彼女の学費も生活費も、すべて涼夏が支えている。しかも、将来は駒野家の会社を継ぐつもりでキャリアを積んでいる最中。今ここで仕事を辞めれば、すべての計画が崩れてしまう。遼河は冷たい眼差しを向け、容赦なく言い放った。「お前に俺に理由を問う資格はない。俺の言うことに従え」涼夏は息を止め、膝の
Read more
第9話
この考えが頭をよぎった瞬間、涼夏の心臓は激しく高鳴り、今にも胸から飛び出しそうだった。彼女は......臨に助けを求めて、遼河の支配から逃れようと考えていた。あと二ヶ月で、遼河は妹と結婚する。二人が結婚さえすれば、彼女はそこから離れられる。いや、離れなければならない。涼夏の窓の外を見つめる目が、次第に決意を帯びてきた。深く息を吸い込み、表情を整え、ゆっくりと遼河の方へ顔を向けて、柔らかく囁くように言った。「遼河......三日だけ時間をくれない?会社の引き継ぎ問題をちゃんと解決したいの」視線を上げて、彼女はできる限り従順な表情を作って見せた。遼河は俯き加減に彼女を見つめ、その目には暗い影が差していたが、返事はなかった。涼夏は唇を噛み、そっと遼河に身体を寄せて、腕に自らの腕を絡ませ、まつげをぱちぱちと瞬かせながら、勇気を振り絞って甘えるように言った。「お願い......遼河」柔らかな声、あどけない美しい表情、潤んだ瞳。まるで猫のしっぽのように、遼河の心をそっと揺らした。彼の瞳がわずかに揺れ、暗く深い眼差しで涼夏をじっと見つめ、低くくぐもった声で言った。「お願いするなら......それなりの態度を見せろ」涼夏は世間知らずの少女ではない。遼河のその言葉の裏に込められた意味は、すぐに理解できた。顔が熱くなり、羞恥心がこみ上げる。だが三日という時間が、彼女にとってどれだけ重要かを思えば、羞恥を飲み込み、意を決して遼河に顔を寄せ、その唇にそっとキスをした。本当に軽く、触れるだけのキスだった。すぐに身を引こうとした瞬間、遼河が彼女の後頭部を押さえ、その一瞬のキスをじわじわと深めていった。ふたりの身体はぴたりと密着し、涼夏は次第に遼河の引き締まった体に押し倒され、指先が服の中へと忍び込んでいく。「んっ......やめて......」涼夏は慌てて身をよじらせ、息を弾ませながら小さく言った。「ここ、車の中だよ......」しかも、運転席にはまだ運転手がいる。遼河はなんとか動きを止め、ちらりと前方の運転手に目をやった。運転手はその視線だけで全身を震わせ、今すぐ消えてなくなりたいとすら思った。「分かった、今は我慢する。だが、家に戻ったら倍にして返せ」この男は、本当に絶対に損を
Read more
第10話
涼夏は、遼河のあの強引で横暴な母親に会ったことがあり、その手で少なからぬ痛い目にも遭ってきた。だが、今日の電話は、思わず心の中でほくそ笑んでしまうほどだった。少なくとも、一時的には災難を逃れられる。案の定、運転手が車を別荘まで運んだあとも、遼河は降りることなく、ただ「今夜はおとなしく家で待ってろ」と言い残し、車を深水家の本宅へ向かわせるよう運転手に指示した。涼夏は遼河の車が遠ざかっていくのを見届けてから、ようやく胸の内に押し込めていた溜息を長く吐き出し、くるりと背を向けて別荘の中へ入っていった。思いがけないことに、栞は今日は学校へ行っておらず、今はリビングのソファでスマホをいじっていた。「栞、今日は授業なかったの?」と涼夏が不思議そうに声をかけると、栞はスマホを置いてにっこりと笑い、立ち上がって涼夏の腕に絡んできた。「今日は午後の授業がなかったから帰ってきたの。お姉ちゃん、今日は仕事行ってないの?」涼夏は曖昧に「うん」とだけ返し、詳しいことは言わなかった。幸いにも、栞も深く詮索はせず、涼夏の腕にすり寄るように甘えて言った。「ねえ、お姉ちゃん。明日、大学の友だちとキャンプに行きたいの」「キャンプ?」涼夏は眉をひそめ、あまり賛成できない様子だった。「女の子一人で行くのは危ないし、最近体調もあまりよくないでしょ......」「でも行きたいの、お願いお姉ちゃん〜!」栞は唇をとがらせて、愛らしく甘えるようにせがんできた。涼夏は彼女のしつこいおねだりに根負けして、ついに折れた。「でも外では常に気をつけること、何かあったらすぐに電話して。わかった?」栞は満面の笑みで頷き、大満足といった様子で涼夏の頬にキスまでしてきた。「お姉ちゃん、だーい好き!お姉ちゃんのことが世界で一番大好き!」その笑顔は、何の曇りもない、純粋で眩しいものだった。まるでその言葉が、まったくの本音かのように。涼夏の心はほんのり温かくなり、そのまま二人でしばらくソファに寄り添い、たわいもない話をしてからそれぞれの部屋に戻った。だが、部屋のドアが閉まった瞬間、栞の無垢で眩しい笑顔は、まるで最初からなかったかのように消え失せた。彼女の「キャンプ」には、当然ながら事件が起こる。けれど、事件の当事者は、自分ではない。あと
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status