それから部屋を出て、この前連れて来てくれた同じホテルにやって来た。玄さんに案内されたのは蓮見リゾートホテルで、例のTakaさんと食事に行ったホテルだ。
「あの…ここって高いホテルなんじゃ……」
「気にしないでくれ。ここのオーナーと知り合いだから、格安で部屋を借りれることになったんだ。前回の時もそうだから、宿泊費用とか、そういうのは気にしなくていいよ」
でもこのホテルは一般のホテルとは違う。リゾートホテルだから、一泊十万円はくだらない。そんなホテルに幾ら空き部屋があるからと言って、格安でも相当な金額になると思う。
「玄さん、そこまで頼れないよ。私、カプセルホテルで十分だし、せめてビジネスホテルで…自分のことだし、お金もちゃんと返したいから」
「眞子」
私を諭すように玄さんが言った。「君は被害者なんだ。今は迷惑とか考えず、お金のことなんか気にしなくていい。けれど遠慮がちな君のことだ。滞在期間は引っ越し先が見つかるまでにしよう。なるべく早く見つける。これならいいだろう?」
「うん…」
すぐに見つかるのかな。
「それにここは俺の店に近いから、なにかと便利なんだ。だから店が終わったら会えるし、俺も助かる」
「玄さんのお店ってこのホテルから近いの?」
「ああ」
彼が近くにいる――不鮮明だった実態に少し近づいた気がした。
「じゃあ玄さんの経営しているお店って、この辺りの飲食店なの?」
「そうだ」
「――!」
玄さんは嘘は言わないと言っていた。当てたらきちんと教えるって。
もっと近づきたい。一体どんなお店を経営しているの?「じゃあ、どんなお店か言ったら答えてくれる?」
「いいよ。でも今日はタイムアップ。夜から店があるから。だからもう帰る。あと、今日は夜に予定があるから、また明日会いに来る。それでもいい?」
「ええ。ありがとう」
「今日は多分電話できないと思う。予約がいっぱい入っているんだ。店も遅くなるし」<
あれからどこをどうしたのか覚えていない。なんとなくホテルには帰れなくて、気が付くと私の事情を知っている理世ちゃんの下を訪ねていた。「あっ、先輩。今日は練習お疲れ様でした。子供たち、歌がだんだん上手になっていますね!」 屈託のない理世ちゃんの笑顔を見て、私の涙腺は崩壊してしまった。とめどなく溢れる涙をぬぐうことも出来ず、玄関先で立ち尽くした。理世ちゃんに、入って下さい、と優しく肩を抱かれて部屋の中に案内して貰った。 冷たい麦茶を出してくれたので、それを飲んでゆっくりと喉を潤した。持ってきたハンドタオルは、すでに自分の涙でしっとり濡れていた。沢山泣いたのだとタオルの湿り具合が物語っていた。「どうされました? カード王と何かありましたか?」 カード王と聞いて玄さんを思い出し、また涙が溢れた。「お、押しかけてごめんね」「構いません。今日は予定もなかったので、ゆっくりして行ってください」「ありがとう。ちょっと落ち着いたから、話を聞いてくれる?」「はい。なんでも聞きますよ」「実は…カード王がね、理世ちゃんの言うとおりだった。私、鬼畜ゲームのカモだったのよ」「――!」 息をのみ、そんなまさかと焦りの色を滲ませる彼女。「玄さんね、既婚者……だったの」 それが玄さんの秘密だった。だから言えなかったんだと、また熱い涙が溢れてくる。「あ、あのね…玄さんには、こ、子供がいて。その子、パパって言いながら彼に向って、それで――」 先ほど見た景色の一部始終を話した。理世ちゃんは重いため息をついて、辛かったですね、と肩を抱いてくれた。二人掛けのソファーに並んで座り、理世ちゃんはぽろぽろと涙を零す私に寄り添ってくれた。「一旦、カード王のことを整理しましょう」 理世ちゃんは怒ったように言った。「先輩に確認ですが、カード王は先輩に独身だと言っていましたか? そこ、重要だと思います」「ええと…付き合おうって言われた時、私にはフリーかどうか聞いてきたけれど…」そういえば彼が一言でも『独身』だと言ったかどう
足立区の幼稚園合同で行われる音楽会の季節がやってきた。通常冬の一月に行うのが毎年恒例だけれども、来年は区の行事で使われることになった影響で、今年だけ九月に発表会を行うことになった。 本当なら九月の末に運動会、十月に秋の遠足、十一月に演劇発表会、十二月にクリスマス会と、夏休みを明けると途端に行事が目白押しで忙しくなる。 音楽会が九月末に行われることになったため、それ以降を繰り下げて十月が運動会、十一月が演劇発表会、という行事変更を行った。 今年度はイレギュラーなので、練習や準備不足もあって土日も幼稚園で自主練習。来れる人だけ来て欲しい、というスタンスで私も指導の協力に幼稚園に向かった。 連勤になるのは仕方ないし、別にそれは構わないんだけれど。 今回、羽鳥誠也君の配置が気に入らないと、なんどもお母さんから苦情が来ている。つっぱねているけれど、毎日毎日電話がかかってくるのでうんざりだ。 誠也君は結構背が高いから、バランスもあって後ろの段に並んでもらっている。一番前のセンターに聖也君を持ってこい、とお母さんからの要求が尽きない。 何度できないと言っても、しつこく訴えてくるそのパワー。ある意味スゴイと思う。 そんな状態の時だった。不意に玄さんの秘密に触れることになったのは。 日曜日。練習後の幼稚園からホテルへと戻っている最中、人ごみを縫うように走っている子供が見えた。美しい栗色のツインテールには見覚えがある。ちらりと見えた横顔で、やっぱりと確信した。 前を走っているのは、私が助けたマリエちゃんだ。以前迷子になっていたところで会ったかわいい女の子。Mのアルファベットのストラップをくれたあの子だ。 今日はずいぶんおめかしをしている。ご両親とお出かけなのかな? あの迷子の時は、パパやママと言いながらずっと泣いていたけれど、今日はお母さんも一緒なのかな。 声をかけようかと思ったけれど止めておいた。急に私が声をかけたりすると驚かせるだろうし、マリエちゃんは私のことを覚えていないかもしれない。見知らぬ人からの好意は時に恐怖を誘発してしまう。Takaさんからストーカ
「あっ…!」 内ももを撫で上げられ、左胸に食らいつかれた。柔らかな舌でたっぷりと愛される。ぞくぞくと快楽が背中を駆け上がってくる感覚に、はしたない声が勝手に漏れ出る。「あっ、は…ぁ、玄さんっ…」 背筋がぞくぞくとして、思わず身をよじる。でも彼はそれを許してくれない。やや強引に脚を割り開かせ、その間に滑り込む。全身を攻められ、卑猥な歌声と共に蜜が体中から溢れ出す。こんなに愛撫で感じたのは初めて。男性経験は今までに少しはあるけれど、こんなに啼かされたことはない。すべて、初めての経験。 意地悪なのか優しいのか、どちらとも取れる彼の指の動きにただ翻弄されている。「あ、玄さ…っ、ぁ、あ、それっ…だ…め……」 愛芽をいたぶられ、さらにはしたない声が漏れる。快楽の階段を駆け上ろうとする体を、私は止める術を知らない。もっと、もっと、と、溺れてしまう。「眞子、かわいい」「やっ、言わないで…玄さんっ…」 迫りくる絶頂の波には抗えず、私は派手な嬌声を上げて達した。どく、どく、とお腹の中に溜まった熱が放出され、蜜となって腿から溢れ出る。茂みの奥の小さな泉は、愛液でいっぱいだ。これ以上となればすべて溢れてしまう。それだけ、彼の愛撫に感じた。 生理的に浮かんだ涙をそっと拭ってくれて、玄さんは私に深く口づけてくれた。ぬるりとした舌が口腔内を蹂躙するごとに、唾液が唇の端から漏れる。 彼はいつの間にか薄膜を装着し、滾る欲望を私に当て込んだ。中にゆっくりと沈んでくる。 異物感とともに体がぎゅっと収縮して、反射的に眉をひそめた。私が男性経験があったのも、ずいぶん前の話だから、セカンドバージンと言っても過言ではない。 みっちりと隙間なく差し込まれた欲に圧迫され、苦渋とも取れる声を上げた。 お腹の中に入った、その奥にある熱がすごい。「……ごめん、痛いか?」 彼の
玄さんの胸に顔を埋めると深くて穏やかな鼓動が耳元に響いた。大きな手が私の背中を優しく撫でて、安心するような温もりがじわじわと体の芯に染みてくる。「……落ち着く」 ぽつりとこぼした言葉に彼は「よかった」とだけ言って、私をさらにぎゅっと強く抱きしめてくれた。 それだけで、涙が出そうになった。 誰かにこんな風になにも言わなくても包み込まれる感覚なんて、もう忘れていた。 玄さんの手が、そっと髪を撫でて頬をなぞる。「眞子……本当に、可愛い。壊れものみたいに繊細だから、ほんとうは今、触れちゃいけないってわかっているのに…」 まっすぐ彼が私を射抜く。 「眞子…」 彼の声は低くて、柔らかくて、心を溶かす蜜みたいだった。 唇が近づく。 自然と目を閉じた。触れたのはほんの一瞬のくちづけ――と思ったのに、玄さんの唇はすぐには離れなかった。静かに、けれど確かに私の唇を愛おしむように吸ってくる。深く、優しく、心まで吸い取られるようなキスだった。 ――ああ、もうだめだ。 唇が離れると、私の肩に落ちていた玄さんの手が、そっと腕を伝いながら指先で撫でるように滑っていく。「ごめん、止められない…嫌だったら俺を突き飛ばして止めてくれ……」 息を飲んだ。そんなことできないよ、と思わずつぶやいた。 それが答えだった。 彼はもう一度、私の唇に深く口づけてきた。さっきよりも熱を帯びていて、私は自然と彼の首に腕を回していた。 シャツの隙間から滑り込んだ手が、私の背中を包み込む。 玄さんの手は丁寧に、でもためらいなく私のワンピースのジッパーをゆっくりと引き下ろしていく。。まるで宝物を扱うように。「怖くない? 嫌だったら言って。すぐやめるから」 囁かれた声に私はそっと目を開けた。玄さんが私を見つめている。その瞳に、偽りのない優しさと熱が宿っていた。 この人になら、身を委ねてもいい。たとえ騙されていたとしても、後悔しない。 そう思った。 彼の手が私の腰に回る。ゆっくりと自然に、ふたりの距離はもう測る必要もなくなった。 下着の上から肌に触れた指先は、優しく、けれど確実に私の輪郭をなぞっていた。「……眞子」 玄さんが名前を呼ぶその声は、いつもよりずっと低くて、熱を帯びている。 喉の奥でくぐもるように発されたその響きに、身体がきゅっと反応する。 私はそ
それから部屋を出て、この前連れて来てくれた同じホテルにやって来た。玄さんに案内されたのは蓮見リゾートホテルで、例のTakaさんと食事に行ったホテルだ。「あの…ここって高いホテルなんじゃ……」「気にしないでくれ。ここのオーナーと知り合いだから、格安で部屋を借りれることになったんだ。前回の時もそうだから、宿泊費用とか、そういうのは気にしなくていいよ」 でもこのホテルは一般のホテルとは違う。リゾートホテルだから、一泊十万円はくだらない。そんなホテルに幾ら空き部屋があるからと言って、格安でも相当な金額になると思う。「玄さん、そこまで頼れないよ。私、カプセルホテルで十分だし、せめてビジネスホテルで…自分のことだし、お金もちゃんと返したいから」「眞子」 私を諭すように玄さんが言った。「君は被害者なんだ。今は迷惑とか考えず、お金のことなんか気にしなくていい。けれど遠慮がちな君のことだ。滞在期間は引っ越し先が見つかるまでにしよう。なるべく早く見つける。これならいいだろう?」「うん…」 すぐに見つかるのかな。「それにここは俺の店に近いから、なにかと便利なんだ。だから店が終わったら会えるし、俺も助かる」「玄さんのお店ってこのホテルから近いの?」「ああ」 彼が近くにいる――不鮮明だった実態に少し近づいた気がした。「じゃあ玄さんの経営しているお店って、この辺りの飲食店なの?」「そうだ」「――!」 玄さんは嘘は言わないと言っていた。当てたらきちんと教えるって。 もっと近づきたい。一体どんなお店を経営しているの?「じゃあ、どんなお店か言ったら答えてくれる?」「いいよ。でも今日はタイムアップ。夜から店があるから。だからもう帰る。あと、今日は夜に予定があるから、また明日会いに来る。それでもいい?」「ええ。ありがとう」「今日は多分電話できないと思う。予約がいっぱい入っているんだ。店も遅くなるし」
下着を買いに行くって本気だったんだ。 私が黙ってしまったので玄さんが呼びかけてきた。『眞子?』「えーっと…混乱してる」『そんなことで混乱するなんて、眞子は可愛いな』 そんなことじゃないよ!「玄さん。私にとっては一大事なんだけど」『それは大変だ。ますます手伝わなければ。さあ、待ち合わせはホテルを出た所にしよう。夕方なら時間取れるから、四時くらいはどう?』 時計を見ると昼前だった。夜中眠れなくて朝方に就寝したからまだぼんやりする。でも、デートするなら準備は必要だ。でも――「後日じゃダメ?」「下着が無いと困るだろう。それとも俺とのデートは嫌?」「そういうわけじゃないけど…」「じゃあ、いいよね。デートしよう」 こちらに断わる選択肢は無いらしい。王様は時に強引だ。「わかったわ。待ち合わせ時間は、玄さんが言う四時にしてもいい?」 しょうがないのでこちらが折れた。『了解。迎えに行くよ、お姫様』 こうして今日も玄さんとデートすることになった。 のんびり準備をしているとあっという間に四時近くになり、私は遅れないように十分前に玄関前に立った。すると玄さんはもう既に到着していて、私の姿を見つけるなり、手を振ってくれた。「いつ来たの?」「さっき着いたところ。眞子に一目でも早く会いたかったから」 この人は、本当にどういうつもりで私に甘い台詞をくれるのだろう。三か月後にちゃんと聞こうと思った。「どこに買い物へ行く?」「えっと…」 最近仕事が忙しくて下着を買いに行く暇なんてなかったから、全部通販で済ませていた。突然下着を買いに行こうと言われても、なにも思いつかない。「デパートなら売っているだろうから、デパートでいい?」「デパートは値段が高いよ」「大丈夫。俺の好みを買うんだから、スポンサーは俺」「そんな…ホテルもお金出してもらっているのに、下着まで買ってもらうなんて悪
「今日も送ってくれてありがとう」「いいよ。自宅に入るまではここで見ているから」「何から何まで、迷惑をかけてごめんなさい」「恋人なんだから頼りにして欲しい。眞子が困っている時は力を貸してやりたいんだ」 現在自宅前。この前のようなことにならないよう、玄さんは私が部屋に入るまでちゃん車内から見送ってくれる。先ずはマンション前に駐車して、そこから私が部屋に入るまでを見届けてくれる毎日。 マンションに入り、入り口すぐの所にある郵便受けを確認する。今日は普通の郵便物は届かないけれど、チラシやDM等は別に届くし、放っておくとすぐにいっぱいになってしまうので、できるだけ忘れずに回収している。 郵便受けを開けた途端、それは見つかった。 あの、悪夢の白い封筒が――「ひっ」 思わず口元を押さえた。震えが止まらなくなる。ここに白い封筒が投函されているということは、Takaさんが出所したんだ! もうそんなに経つの? あれだけのことをしておきながら、たった十日や二十日程度で出所できるなんて、日本の法律はおかしいよ! もう二度と私の前に現れないで欲しいのに、どうしてそれを赦してくれないの? 手が震える。部屋に逃げ込んでも、もしまた玄関を勝手に開けられたらどうしようと、恐怖が脳裏に蘇る。また怯えて暮らす生活が始まるのか。 どうして被害者の方がこんなにも精神的苦痛を味わわされて、何重にも苦しめられなきゃならないの。 ああ、怖い。Takaさんが、Takaさんがすぐそこにいる――「どうした、眞子」 立ったまま動かなくなってしまった私の様子を心配して、玄さんが車から降りて来てくれた。青ざめて震え、涙ぐむ私の視界を覆うように自分の胸の方へ手繰り寄せ、抱きしめてくれた。「見なくていい。もう、ここは引っ越そう、眞子。落ち着く先が決まるまで、ホテル住まいは嫌か?」 私は首を振った。どこでもいい。もう、Takaさんが居ない場所ならどこでも。「これは俺が
「絶対解らないと思うから降参」 あと五分と言ったが、それを待たずにお手上げのポーズをとった。「ああ…悔しいな。もう」「ふふ。正解は、レッサーパンダ科でした」「あ! 本当だ。パンダが入ってる」「難しく考えちゃダメだよ。シンプルに考えたらすぐ答えが出るよ」「そうか…クイズって結構難しいな」「他にもやってみる?」「そうだな。ゆっくり動物を見ながらクイズを楽しもう。あー、それにしても悔しい。次は絶対に正解するぞ」 次は園児が喜びそうな簡単なクイズを出してあげた。見事に正解したので、玄さんは破顔して喜んだ。私はそっちの方にドキドキしてしまう。「当たったぞ! どうだ、眞子。俺もやれば出来るんだ。見直しただろう?」「そうだね。すごいよ」「…む。バカにしているだろ」「してないよ。玄さんはいつでも全力投球でエライと思う! じゃ、次に行こうか」 自然な感じを装って彼の手を取った。 調子に乗るな、とか、そんなことは思われないかな。大丈夫かな。心配になる。「ああ、行こう」 今度は優しい笑顔。 玄さん――貴方を知りたいと思う気持ちと、知りたくない気持ちがせめぎ合っている。 私は今、どんな顔をしてる? 自分に向けたクイズだったが、ここには鏡が無いので解らなかった。 正解かどうかは解らないけれど、せめて彼に可愛く見て欲しいと思って絶えず笑顔を心がけた。 たっぷり園内を楽しんでいると、あっという間に夕方だ。もう、玄さんとお別れの時間。「今日は誘ってくれてありがとう。とても楽しかった」「私もすごく楽しかったよ。ありがとう」「帰るの名残惜しいな」「うん」「今度、どこか泊まる? 眞子と行きたいな」「…」 私は答えられなかった。 でも、本当は泊まりたい。玄さんと一緒に夜を過ごして、
「うん。そうだよ。じゃあ、下野動物園に出発」「眞子先生と遠足か。弁当付きで最高だな」「ふふ。今日は一日、眞子先生の引率に従ってもらいまーす」「げ。余計なこと言った」「いっぱい楽しもうね」 道中はお喋りをして昼時に到着。園内はそこそこ混雑しているけれど、土曜日なので比較的席は空いている。 お弁当を食べられる無料の休憩所へ行って、早速お弁当を広げた。「これ、全部手作り!?」「そうだよ。いっぱい食べてね」「作るの大変だっただろ。ありがとう」 そう言って微笑む貴方の笑顔を見れただけで、私はもうお腹いっぱいです。 玄さんの笑顔は罪だよ。「うん、うまい」 玉子のふりかけおにぎりと、ふつうのおにぎりと、両方を紙皿に入れ、ハンバーグと一緒に交互に口に運んでいる。 こういうシチュエーションって、大抵ドジっ子のヒロインが口元にソース付けて、それをイケメンが親指で拭ってぺろっと舐めちゃうパターンだよね、と思いながら彼を見つめていた。「なにか付いてる?」 じっと玄さんを見つめていたらしく、慌てて視線をそらした。「もしかして、俺に見惚れてた?」「――!」 意地悪気に聞いてくる玄さんに反応してしまい、思わず赤面した。俯きながら小さく頷くと、玄さんは「俺も眞子に見惚れてたから、おあいこだ」って、私が考えるベタな漫画的シチュエーション以上の雰囲気になっちゃって、耳まで真っ赤になってしまった。 玄さんにドキドキしながらお弁当を食べた後、動物たちを見て回った。思った通りで玄さんは一度も動物園に来たことがなかったらしく、始終楽しそうにしていた。 楽しいという事は表情で解るし、時には興奮して訴えてくれたことがあった。「パンダは人気があっていいな。思いの外白い部分って黒いんだ?」「野ざらしだからね。仕方ないと思うよ」 玄さんはどうやらパンダが気に入った模様。ペンギンの時も『泳ぐところを初めて見た』と興奮していたし。