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第1602話

Author: 夏目八月
梅月山の梅の花が、今年も咲いては散っていった。

私の心には、いつしかさくらへの不満が募っていた。実家に帰ったきり、私たちまでもう必要ないっていうの?これまで何年もの間、育んできた情も、あっさり切り捨てるつもりなのって。

あかりも彼女のことを「薄情者だ」と罵った。「出て行ったきり、どうして手紙の一本もよこさないのよ!」って。

私たちは次第に、彼女の話題すら口にしなくなった。まるで、彼女の名前を出さないことが、さくらに対する一番の仕返しであるかのように。

そして、もし彼女が梅月山へ戻ってきたとしても、私たちは決して会いに行かないと誓い合っていた。口もきかない。たとえ誰かに手紙を持たせてきたとしても、返事なんかしない。いや、封を開けることさえしないって。

ひたすら武術の鍛錬に明け暮れる日々が過ぎ去っていった。私たちそれぞれの腕前は、目覚ましい進歩を遂げていた。まるで皆で申し合わせたかのように、死なない限りは、鬼気迫る勢いで稽古に打ち込んだのだ。

言葉には出さなかったが、皆の胸の内は同じだと分かっていた。楽章が言うには、菅原師匠ですら、あの子が山を下りて以来、一度も笑顔を見せず、常に物憂げな表情でいるそうだ。あの朗らかだったさくらが、さくらでなくなってしまったのではないか、と。

彼女に何が起こったのか、私たちには知る由もなかった。だが、その時が来たら、私たちが鍛え上げた技をもって、いつでも彼女の力になろうと、そう誓い合っていた。彼女が私たちを必要とするその日まで、ひたすら腕を磨き続けようと。

長い、長い待ち時間の先に、ついに彼女からの手紙が届いた。

その手紙は、万華宗宛てではなく、私とあかり、そして饅頭宛てだった。手紙には、すぐに邪馬台へ来てほしいとだけ記されており、詳しい事情は一切触れられていなかった。

かつて私たちは、彼女からの手紙など二度と読まないと天に誓ったはずだった。しかし、いざその手紙が目の前にあると、躊躇など微塵もなく、誰一人として文句を言う者はいなかった。私たちは迷うことなく荷物をまとめると、師匠にすら何も告げず、馬を駆って山を下りたのだ。

邪馬台で再会したさくらは、まるで別人のようだった。

以前のような溌剌とした躍動感は鳴りを潜め、まるで古びた甕に漬け込まれたかのように、全体から沈鬱な気配が立ち込めていた。生気が失われたわけではない
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