LOGIN愛したいのに、愛せない。傷つけ合った私たちが、もう一度愛し合える日まで 悲しい連鎖はとめどなく……。 佐原杏の初恋は悲しい恋となった。 大好きになった人。 それは決して好きになってはいけない人だった。 二人が悪いわけではない。 何かがねじ曲がってしまった二人の運命。 ある事件が二人の絆を引き裂く。 悲しい別れを選んだ二人。 それなのに、十年の年月を経て、運命はいたずらに微笑む。 二人は磁石のように引き合う。 どうしようもなく惹かれる……。 それは抗えるものではなかった。 過去が二人を覆いつくそうとしてくる。 その運命に抗い、二人はもう一度、向き合えることはできるのだろうか。
View More店を出ると、空気がひんやりとしていた。 ふと見上げれば、白い粒がちらちらと舞っている。 ……雪だ。 街灯の光を反射して、空から静かにこぼれる雪が、まるで宝石みたいに輝いている。 私と修司は肩を並べて歩き出す。 気づけば、彼がそっと歩幅を合わせてくれていて―― なにげない優しさが、また胸の奥をあたためてくれる。 街のにぎわいから少し離れた道は、人も車も少なくて、 静けさの中で、私たちの足音だけが小さく響いていた。 そのとき、修司の手が私の手にそっと触れる。 ……そのまま、ぎゅっと握られた。「寒くない?」 小さく問いかけながら笑顔を向ける修司に、少しドギマギする。 いつまで経っても、こうして触れられるだけで、胸が騒ぐ。「ううん。全然。……すごく、あったかい」 そう答えながら、今の幸せをそっと噛みしめる。 その手の温もりも、こうして隣にいれることも、全部が夢みたいで。「……ねえ、修司」「ん?」「ずっとね、クリスマスって苦手だった。 怖かったの。思い出すのが……」 声が少しかすれて、私は空を見上げる。 舞い降りる雪の向こうに、あの頃の自分がぼんやりと浮かんだ。「でも、今はもう、大丈夫。 だって……修司と一緒にいられるから」 私がそう言って笑うと、 修司は何も言わず、ただ私を見ていた。 そして、ゆっくりとあたたかな微笑みを浮かべる。 その笑顔はとても幸せそうで、私の心をそっと包み込んでいった。 私がふと立ち止まると、修司も同じように足を止めた。 ゆっくりと見つめ合い――そのまま、ふたりの距離が自然と縮まっていく。 そのとき。「……姉さん?」 突然、背後から聞き覚えのある声がした。 驚いて振り返ると、そこには見慣れたコート姿の青年が立っていた。 新だった。 両手に買い物袋を提げて、こっちをぽかんと見つめている。 ふと我に返ったように、急いでこちらへ歩み寄ってきた。「あ、新? どうしてここに……」 そう問いかけると、新は不機嫌そうな顔になって、早口でまくし立てる。「これから、家に行こうと思ってたんだよ。ケーキもチキンも買ってさ!」 買い物袋を私の目の前に突き付けながら、新がふんっと鼻息を荒くする。 その声にも、少しだけ棘が混じっているような気が
駅前のイルミネーションを離れ、静かな通りを歩く。 やがて、修司が予約してくれたレストランが見えてきた。 賑やかな街から少し離れた、落ち着いた雰囲気の店だった。 あたたかな光に包まれた店内に足を踏み入れると、ふんわりと香ばしい香りが鼻をくすぐる。 ふと見渡せば、きらびやかなクリスマスの装飾が、空間を華やかに彩っていた。 案内された席に着き、私たちは向かい合って座った。 店内には控えめなジャズが静かに流れていて、 それは、どこか懐かしいクリスマスソングのアレンジのようにも聞こえた。 私はメニューに目を落としながら、気を紛らわせようとするが、どうにも落ち着かない。 さっきからずっと流れている、あの曲―― 耳馴染みのあるクリスマスソング。 この曲を聴くたびに、胸の奥が締めつけられ、心に影を落とす。「……この曲」 ぽつりと、無意識に口をついて出た。 修司がこちらを見る。 私は視線を落としたまま、言葉を続ける。「十年前のクリスマス……真実を知った日も、たしかこの曲が流れてた。 あのときは、本当につらくて、ただ苦しくて……」 語尾がかすれ、喉の奥がきゅっと締まる。言葉がそれ以上、出てこなかった。 修司はすぐには何も言わなかった。 でも、黙って私の言葉を待ってくれているのが分かる。 彼だって思うところはたくさんあるはず。 でも決して私の言葉を遮ることはない。いつも、そう。 そのあたたかな心と優しさに、私はどれだけ救われてきたんだろう。「修司の顔が浮かんで、そして父の顔が浮かんで。 心はぐちゃぐちゃで……。もうどうしていいのかわからなかった。 苦しくて、切なくて、涙が止まらなかった。 でも、それでも、あなたのことが愛おしくて……」 その瞬間、胸の奥にしまったはずの傷が、またぶり返したかのように痛んだ。 決して忘れることのできない、記憶。 それでも―
冬は暗くなるのも早い。 もうすっかり夜の雰囲気に染まった空間を、ツリーの灯りだけが優しく照らしていた。 大きなクリスマスツリーを見上げながら、冷たくなった手にそっと息をかける。「……修司、まだかなあ」 昨日、突然修司からデートに誘われた。 クリスマスイブを、特別な場所で一緒に過ごそう――そんな言葉とともに。 彼なりに気を遣ってくれているのかもしれない。 クリスマス。 それは、私にとって、辛くて悲しい思い出。 胸を刺すような痛みが甦る、そんな日。 父の冤罪をきせた相手が、修司の兄・雅也だと知った、あの冬。 修司のことを、もう愛さないと決めた、あの日。 それが、クリスマスだった。 だから毎年この日が来るたび、 胸が疼いて、心の中が闇でそっと満たされていくような感覚に襲われる。 けれど、今年は。 どうやら、少し違うみたいだ。 どこからともなく流れてくる軽快な音楽。 街を照らすきらびやかなイルミネーション。 そして、目の前でそびえる大きなクリスマスツリー。 行き交う人々に目をやれば、恋人たちが幸せそうな顔で通り過ぎていく。 ……ふふっ。私たちも、あんなふうに見えるのかな? なんて思いながら、寒さで震える指先を、そっと握りしめた。 そのとき。 人混みの向こうに、見覚えのある姿が現れる。 黒いコートの裾を揺らしながら、まっすぐにこちらへ歩いてくる人影。 胸が、ときめく。 ――修司だ。 いつまで経っても、まだ慣れない。 彼を見れば胸が躍り、心が逸る、この感じ。 やがて修司が、私の目の前に立った。 少し息を整えながら、優しく微笑みかけてくる。 寒さのせいか、頬がほんのりと赤くて……なんだか、可愛い。「ごめん、待たせた?」 優しい声に、自然と表情が緩む。 い
【二〇二五年 杏】 修司はあの出来事の後、一度は警察を辞めようとしていた。 でも、署長さんが強く引き留めてくれて、今は新のいる生活安全課に異動して、警察官を続けている。 もちろん、私も賛成だった。 「杏が言うなら……」 なんて、誤魔化していたけれど――きっと心のどこかで続けたかったんだと思う。 今では、新とペアを組んで現場を回っている。 最初は気まずそうだった二人も、今ではすっかり打ち解けたようで、互いの愚痴を私にこぼし合ってくる。 この前「兄弟みたいだね」と言ったら、二人揃って怒られた。 やっぱり、仲良いんだと思う。 二人並んで玄関を出て、マンションの前で向かい合う。「いってきます、いってらっしゃい」 私が手を振ると、修司も笑って応える。「ああ……あ、ちょっと」 急に何かに気づいたように、彼が私に近づいてくる。「髪にゴミが……」「あ、ほんと? ありがとう」 じっとして彼の手を待っていると、ふいに唇を奪われた。「ちょ、何するのよ!」 慌てて後ずさった私の背中に、誰かがぶつかる。「わあっ、ご、ごめんなさい!」 振り返ると、そこにいたのは――新だった。「何してんの?」 ジト目で見下ろす新。「あ、新……?」「ちょっと姉さんの顔が見たくて来たんだけど……最悪のタイミングだったかもね」 そう言って、新が修司を睨む。「へっ、わざとだ」「な、なにそれっ!?」 私の絶叫をよそに、新が深いため息をついた。「ね、姉さん、こんな奴やめて、僕とまた暮らそうよ」「えぇ……?」「こら! 何言ってんだ、このませガキ!」 修司が新と私の間に割って入る。「姉さんは僕といた方が幸せなんだよ。僕は、まだ二人のこと認めてないから」「別に、お前に認めてもらわなくてもいいんだけど」 二人の火花がバチバチと飛び散る。 これはマズい。「はいはいっ、そこまで! いい加減にしなさーいっ!!」 私の声が響いたその瞬間。 青く澄みわたる十二月の空から、ふわりと雪が舞い落ちる。 白い小さな粒たちが、静かに私たちを包みこんだ。 ――空の向こうで、父が笑っている気がした。 今年のクリスマスは、きっといい日になる。 そんな予感がした。
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