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第1172話

Author: かんもく
「えっ、充電器壊れちゃったんですか?僕のを持ってきますけど」

「要らない」奏の充電器は壊れてなどいなかった。ただ、充電したくないだけだ。

彼のスマホは、とわこの通話録音を聞き続け、バッテリーが切れて自動的に電源が落ちただけだった。

半日かけてその録音を繰り返し聞いたせいで、今では「とわこ」「黒介」「悟」という言葉を思い浮かべるだけで、胸の奥が痛み、吐き気すらこみ上げてくる。

ついに子遠が堪えきれず口を開いた。「とわこさんと、今回は何があったんですか?」

「余計なことは聞くな。余計なことも言うな」氷のような視線を向け、奏は冷たく突き放した。

子遠は慌てて口を閉ざした。「わかりました。では今夜はご帰宅されますか?もし戻られないようでしたら、夕食を買ってきますけど」

「まだ決めてない」

「もし電話を返さなければ、とわこさんきっと会社まで来ますよ。社長が彼女をないがしろにするなんて今までなかったから、絶対心配します」

「今まで怠らなかったからこそ、彼女は俺の気持ちを顧みないんだ」その声は冷え切り、瞳もさらに冷ややかだった。「悟と揉めたときでさえ、俺は怖れなかった。だが今は、倦んだ」

生まれたときから利用され、今ようやく地位も名誉も築き、自分の人生を掌握できると思っていた。真の愛と居場所を得たと信じていた。だが結局、最後まで利用される運命から逃れられないのか。

とわこは「もう騙さない」と何度も言っていた。その言葉を、彼は一度ならず心から信じていた。

だが今、仮面は剥がれ落ち、醜悪な嘘がむき出しになった。

もう、倦んだ。

子遠はこれまで、一度もこんな奏を見たことがなかった。

怒り狂う姿も、冷酷な復讐も、全て目の当たりにしてきた。

だが倦んだと呟く彼だけは、見たことがない。

本当は何があったのか、その理由を尋ねようと言葉が喉まで出かけたが、奏の言葉を思い出し、飲み込んだ。「聞くな。言うな」

ならば、絶対に詮索してはいけない。

常盤家。

とわことレラは食卓に並んで夕食を取っていた。

「ママ、うちって寂しいね!」レラはふと漏らした。「マイクおじさんはもう一緒に住んでないし、お兄ちゃんもいない。パパも仕事ばっかりで、もしかしたらこれから毎日残業になるんじゃない?クラスメイトなんかね、月に2~3回しかパパに会えないんだって。出張ばかりで」

「パ
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