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第0315話

Author: 十六子
隼人の様子を見ていると、冗談を言っているわけではないのが分かる。

だが、瑠璃は本当に彼と再びそのような関係を持つつもりはなかった。四月山での一夜、あの時ただ彼の酔いを利用して彼を騙しただけだった。

冷酷で無情な彼に、再び自分を弄ばれるわけにはいかない。

瑠璃は必死に抵抗したが、次第に力が抜けていって、無意識のうちに隼人の胸に寄り添ってしまった。彼の冷たい香りに包まれ、彼女の意識を徐々に溶かしていく。

隼人が彼女を部屋に運び込むのを見ながら、瑠璃は最後の一線を保って、彼の襟元を強くつかんだ。「隼人、私を放して……」

口を開こうとしたが、彼女の声はいつの間にか甘美になっていた。明確に拒絶しているつもりが、どこか誘っているような調子に聞こえてしまう。

隼人は彼女の魅力的な姿を一瞥し、そのまま歩き続けた。「早く下ろして、隼人、あなたは……」

瑠璃はまだそうつぶやいていたが、突然体の周りに冷たい空気を感じた。隼人は彼女を浴槽にそっと降ろした。「怖がる必要はない。お前が嫌なことは絶対にさせない」

彼の穏やかな声が、彼女の動揺を静めるように響いた。予想外の言葉に、瑠璃は少し驚いた。

「少しだけ我慢して、すぐに楽になるよ」

彼の優しい言葉は、魔法のように瑠璃の緊張を解いていった。彼は彼女の上着を脱がせ、続けようとしたが、瑠璃が手を押さえつけてきた。「私一人で大丈夫だから、外に出て」

手のひらから伝わる熱を感じた隼人は、静かにうなずいた。「何かあれば呼んでくれ。外で待っているから」

「うん」

瑠璃は何とか首を動かし、握りしめていた手を解放した。隼人がバスルームのドアを閉めた後、彼女はすぐに冷水を出し、頭から全身に浴びせた。

秋の夜、涼しい風が吹き、いつの間にか雨が降り始めた。隼人は窓辺に立ち、バスルームのシャワーの音を聞きながら、思考はすでに遠くへと飛んでいた。

過去が、外の雨のように、彼の心をじわじわと覆い隠していく。

彼は思い出していた。瑠璃が自分の無実を証明する証拠を持って彼を訪ねてきたこと。彼は、蛍を守るためにその証拠をためらわずに破棄した。

その時、彼女は涙を流しながら彼に尋ねた。「もし私が死んでも、あなたは気にしないの?」

彼は冷笑して答えた。「じゃあ、お前は死んだのか?」

今思うと、彼が言ったその言葉が、彼女にどれほどの痛みを与えた
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