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第0546話

作者: 十六子
隼人の言葉に、瑠璃は明らかに驚いた様子を見せた。

彼女は隼人の顔をじっと見つめ、まるで目の前の男が本当に隼人なのかを確かめるように、その視線は疑念と困惑を帯びていた。

その反応に、隼人は一層自分の罪の重さを痛感していた。

彼が彼女に与えた傷は、数えきれないほどだった。

どう償えばいい?何をすれば、彼女の心を取り戻せるのか——

彼は瑠璃を連れて、商業施設から最も近い病院へと急いだ。そして診察室で顔を合わせた医者は、なんと大学時代の同期・南川先生だった。

しかも、彼は若年の親友でもある。それを思うと、隼人の表情には自然と警戒心が滲んだ。

「お前、いつから脳神経の専門医になったんだ?」隼人は疑いの目を向けた。

南川先生は穏やかな微笑みを浮かべ、引き出しから名札入りのスタンドを取り出して見せた。

そこには「精神科医・南川類」と書かれていた。

「暇だったから、ついでにいくつか専攻を増やしただけ。違法じゃないよね?」

その軽い口調に、隼人は言葉を失った。彼が瑠璃の病状について話そうとしたその時——

「隼人、ちょっと……外で待っててくれる?」と、瑠璃が静かに口を開いた。

唐突なお願いに隼人は戸惑ったが、問い詰めることはせず、素直に部屋を出た。

彼が出ていくや否や、瑠璃はすぐさま南川先生に頼み込んだ。

「南川先生……隼人に、私が病気だってこと、絶対に内緒にしてほしいんです」

南川先生はその言葉に驚いたが、彼女の澄んだ瞳を見て、心がチクリと痛んだ。

しばらくして診察室のドアが開き、瑠璃は何事もなかったように笑顔を見せた。

「ちょっとトイレに行ってくるね。隼人は駐車場で待ってて」

隼人は彼女が見ている間はうなずいて見せたが、彼女が背を向けた瞬間、すぐさま診察室へ引き返した。

彼は南川先生に、瑠璃の状態について打ち明けた。

すると南川先生は躊躇なく診断を口にした。

「初見の段階だけど……彼女はおそらく、強い精神的ショックで解離性健忘を発症している。自我認識に混乱が生じているようだ。つまり——二重人格の可能性が高い」

「二重人格?」

隼人は驚き、心の底が崩れるような痛みに襲われた。

南川先生は真剣な面持ちで続けた。

「詳細はまだ要観察だが、彼女の記憶は病気を発症した六年前で止まっている可能性が高い。さっき君を外に出したのも、君に病気のこと
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