彼らは本来、瑠璃の行方を尋ねに碓氷家を訪ねたのだった。しかし、そこにいたのは隼人だった。「隼人、このクズ男!瑠璃ちゃんをどこに隠したのよ!」律子は怒りと焦りでいっぱいになり、真っ直ぐ隼人の前に飛び出した。ほんの数秒前まで瑠璃はリビングにいたが、ちょうどそのタイミングで君秋の手を引き、裏庭へと向かっていた。隼人が口を開こうとしたその時、怒り心頭の律子は腕を振り上げ、彼を殴ろうとした。「律子!」若年が慌てて彼女を引き留め、優しく声をかけた。「落ち着いて、律子。瑠璃ちゃんは無事だよ」「落ち着けるわけないでしょ!瑠璃ちゃんがまたこいつと一緒にいたら、絶対にまた酷い目に遭うんだから!先輩、早く離して!アイツ、私がぶっ飛ばしてやる!!」律子は涙で赤くなった目で隼人を睨みつけ、怒鳴った。「隼人、この最低野郎!あんたが何を企んでるかなんて、私にはバレバレよ!蛍のために復讐しようとしてるんでしょ?それで瑠璃ちゃんに愛してるなんて嘘までついて!……あんた、愛って何か分かってんの!?」彼女の非難は止まらなかった。大切な親友のために怒っているのに、気づけば涙がこぼれていた。彼女は心の底から瑠璃のことが心配でたまらなかったのだ。「隼人……あんた、瑠璃ちゃんがあんたと一緒にいた数年間、どれだけ辛い思いをしたか分かってる?結婚してから、彼女が笑ったこと、あった?幸せだったこと、あった?あれほどあんたを愛して、プライドも誇りも全部捨てて、どれだけ尽くしたか……それなのに、あんたはどうした?蛍と組んで、瑠璃ちゃんを三年間も冤罪で刑務所に入れたじゃない!しかも顔を傷つけ、子どもまで奪って!隼人、あんたは知らないでしょ?瑠璃ちゃんが、あんたの子を身ごもりながら重病になった時、どうしたと思う?私を四月山の海辺に連れて行って、もし自分が死んだら、その骨をあの海に撒いてって言ったのよ……あの場所が、あんたと最初に愛を誓い合った場所だったから、死んでもあんたを愛していたいって……瑠璃ちゃんがどれほどの苦しみを乗り越えて、やっと立ち上がったと思ってるのよ……なのに、今になってまた彼女を巻き込んで……瑠璃ちゃんが幸せになるのが、そんなに許せないの!?」律子の痛烈な言葉が、隼人の胸を貫いた。真実と違うところがあると分かっていても、彼は弁解しなかった。
瞬はフォーマルなタキシード姿で現れた。今日のために特別に仕立てられた新郎衣装だった。雨脚は強まり、彼は黒い傘を差していた。その姿は相変わらず優雅だったが、その目に宿る光はもはや穏やかではなかった。瑠璃は、じっと瞬を見つめていた。頭の中には、かすかに既視感のある映像がよぎっていた。――あの時も、雨だった。瞬は黒い傘を差し、真っ黒なスーツ姿で、彼女のもとへと歩み寄ってきた……「瞬、何しに来た?」隼人の冷えきった声が、瑠璃の意識を現実に引き戻した。彼女が顔を上げた瞬間、瞬の唇には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。「君に会いに来たわけじゃない」瞬は視線を瑠璃に向け、その目には一瞬の柔らかさが宿った。「瑠璃、君はきっと混乱してるよね。どうしてさっき、君が俺と一緒に教会で結婚式を挙げようとしていたのか。それはね……」「瞬!」隼人が苛立ちを隠さず遮り、瑠璃の前に立ちはだかった。鋭い目つきで彼を睨みつけた。「これ以上、俺の妻に偽りの記憶を植え付けるな」瞬は表情一つ変えず、落ち着いた笑みを浮かべた。「今、偽りの記憶を植え付けてるのは君の方じゃないのか?彼女が記憶を失ってなければ、君は彼女の手を握ってなどいられなかっただろう?」「千璃ちゃんが記憶を失っていなかったとしても、彼女はお前と結婚なんてしない」隼人は確信に満ちた口調で言い返し、傘を開いて瑠璃を守りながら車に乗せた。車はすぐに発進した。瑠璃は助手席に座り、バックミラーを通して後方を見やった。瞬の穏やかながらも奥に何かを秘めた顔が、次第に視界から消えていった。——碓氷家——夏美と賢は、隼人が瑠璃を連れて戻ってきたことに驚きを隠せなかった。隼人から紹介を受け、瑠璃は目の前の二人が自分の実の両親であることを知った。驚きながらも、その二人にどこか懐かしく親しみを覚えた。「ママ、ママ!」その時、鈴のように透き通った幼い声が、明るく響いた。声の方を振り向くと、瑠璃の視界に、まるで人形のような可愛らしい顔が映った。君秋は駆け寄ってきて、彼女の脚にしがみついた。「ママ、君ちゃんはずっと会いたかったんだよ。何日もママに会えなくて、すごく寂しかったの!」「君ちゃん?」瑠璃はゆっくりと膝をつき、思わずその小さな顔に手を伸ばして撫でた。
ウェディングドレス姿は極めて美しかったが、その美しさを、彼は自己中心的に独占したいと願んでいた。瑠璃は、自分がウェディングドレスを着る前に何をしていたのかを思い出そうとしていたが、どうしても記憶が戻らなかった。隼人は、瑠璃の記憶状態が再び深く彼を愛していた頃に戻っていることを知り、喜ぶと同時に、胸の痛みも感じていた。彼は彼女の手を取り、ベッドのそばに座らせ、繊細で美しい眉や目元にそっと触れながら言った。「千璃ちゃん、もう考えなくていい。お前が思い出せないのは、記憶を失っているからなんだ」「私、記憶を失ったの?」瑠璃は困惑し、大きな瞳を見開いた。男は痛ましそうに彼女を見つめ、うなずいた。「千璃ちゃん、実は俺たちが結婚したのはもう六年前のことなんだ。ただ、お前の記憶が歪んでしまって、多くのことを忘れてしまったんだ。お前の体にあった腫瘍もすでに治ったし、蛍たち家族は、悪には悪の報いがあって、すべて裁かれた。そして、俺たちは……」彼は言葉を途切れさせ、これまでにない恐怖感に襲われ、口を閉ざした。中の煩わしい過去の絡みを告げる勇気が持てず、彼は、彼女に憎まれて離れてしまうのが怖かったのだ。「隼人、隼人、どうして話さないの?私たち、どうなったの?」瑠璃が問い返すと、隼人は我に返り、温かな笑みを浮かべながら顔を彼女の方へ近づけた。瑠璃の頬はあっという間にほのかな赤みを帯び、彼女の生き生きとした瞳は軽く伏せられ、彼の深い眼差しを直視しようとはしなかった。その恥じらう様子は、まるで初恋を知った少女そのものだった。「千璃ちゃん、昔のことはもう水に流そう。これからは、俺がお前をしっかり守り、大切にする。二人はきっと、幸せになれる」彼は彼女の小指をそっと絡ませながら言った。「あの時の約束のように、俺たちは永遠に一緒だ」瑠璃は、薄い水滴が滲む澄んだ瞳をゆっくりと持ち上げ、隼人の情熱的な眼差しと見つめ合いながら呟いた。「隼人、まるで夢を見ているみたい…」「バカ、夢なんかじゃない。本当のことだ」隼人の眼差しはさらに柔らかくなり、心臓の奥がじんわりと痛むのを感じた。明らかに単純な幸せであるはずなのに、彼女にとっては、まるで夢のようにかけがえのないものだった。それは、彼が彼女に尽きるほどの冷たさと暗闇を与えてしま
隼人の声は、まるで嵐のように威圧的で、堂々と教会に響き渡った。わずかにその場にいた人々が、いっせいにその声の主へと目を向けた。隼人は全身黒のスーツ姿で現れた。その整った端正な顔立ちには冷ややかさと誇り高い覇気が漂っていた。彼は鋭く歩み寄り、まるで嵐のような威圧感を身にまとい、一瞬で瑠璃の傍へとたどり着いた。皆が驚きで動けない中、隼人は一切の迷いも見せず、瑠璃の手を掴んだ。「千璃ちゃん、この男と結婚しないで。お前は俺の妻だ。お前は永遠に俺だけのものだ」瑠璃は一瞬目を見開き、わずかに唇を開いたが、何かを言おうとしたその時、瞬が素早く前に出て、彼女を自分の側へと引き寄せた。瞬は隼人の前に立ちふさがり、穏やかで紳士的な顔に冷ややかな怒りを浮かべて言った。「隼人、君とは叔父と甥の関係だ。その縁に免じて、今すぐここを立ち去れ。そうすれば何も追及しない」「追及しない?」隼人は冷たい目で見下ろすように笑った。「瞬……俺がお前のしたことを知らないとでも思ったか?俺がこうして生きてここに現れたのは、さぞかし驚いただろう。だが俺が生きている限り、千璃ちゃんをお前のものにはさせない」その瞬間、瞬の瞳に深い陰りが走った。隼人は瞬の横をすれ違い、視線を優しく瑠璃に向けた。そして低く、願うような声で言った。「千璃ちゃん、俺と一緒に行こう」瞬は自信に満ちた笑みを浮かべた。「ヴィオラは君なんかについて行かないよ」しかしその言葉が終わるか終わらないうちに、瑠璃は瞬の背後から抜け出し、まっすぐ隼人のもとへと歩いていった。その行動に、場の全員が驚愕した。隼人でさえも、その反応を予想していなかった。さらに驚くべきことに、瑠璃は自ら隼人の手を取って、彼の隣に寄り添ったのだった。「隼人……一体何があったの?私、どうしてこんな格好でここにいるの?早く連れて帰って」律子は目を丸くし、焦りと不安に駆られながら瑠璃の前に駆け寄った。「瑠璃ちゃん……あなた……お願い、もうこれ以上馬鹿なことしないで。この男にもうついて行かないで。隼人はまた傷つけるわ!」瑠璃は眉をひそめ、申し訳なさそうに口を開いた。「律子ちゃん……いつか、あなたが本当に好きになった人に出会ったら、私の気持ちが分かると思う」「違うの、瑠璃ちゃん、そうじゃないの
夜が明けても、彼は一睡もできなかった。深く沈んだ瞳には赤い血管が浮かんでいた。その端正で美しい顔立ちは相変わらずだったが、どこかにかすかなやつれが見えた。雨はまだ止まず、しとしとと静かに降り続いていた。九時ごろ、瞬の婚礼車列が到着した。まもなく、瑠璃が屋敷の中から現れた。純白のウェディングドレスに身を包み、花束を手にした彼女は、穏やかで気品ある美しさを纏っていた。ふと、彼女が微笑んだ。その一瞬の輝くような笑顔が、隼人の瞳に深く焼きついた。彼はハンドルをぎゅっと握りしめ、切れ長の瞳には、狂気じみた独占欲が浮かび上がった。千璃ちゃん……お前は俺のものだ。他の男に渡すなんて、絶対に許さない。薄い唇を固く結び、隼人は瞬の婚礼車列の後を静かに追った。瞬は瑠璃とともに主車に乗っていたが、すでに隼人の車が列に紛れていることに気づいていた。彼は表情を変えることなく、瑠璃の手を優しく握り、微笑みを浮かべた。そしてもう一方の手でスマートフォンを取り出し、メッセージを一通送信した。返信を確認した瞬は、満足げに微笑むと、そのメッセージをすぐ削除した。「ヴィオラ、君は今日、本当に美しいよ」彼の深い黒い瞳には、まるで絵画のような彼女の姿が映っていた。瑠璃はふんわりと目元を緩めて微笑んだ。「瞬……やっと、やっと一緒になれるね」「そうだね」瞬は意味深に微笑んだ。「やっとだ」ついにこの日が来た。瞬の表情は穏やかだが、その奥にある記憶が彼を昔へと引き戻した。あれは、四月山の海辺。彼は決して忘れない。あの純真で美しい笑顔を。そして、自分が人生で最も迷い、無力だった時に、そっと寄り添い、勇気と温もりを与えてくれた少女の存在を。一方その頃、隼人は瞬の車列にうまくついていっていた。だが突然、ルートが市街地から外れ、車通りの少ないエリアへと進み出した。隼人は違和感を覚えた。そして角を曲がったとき、前方の数台の婚礼車が急に停車し、主車と他の二台だけが走り続けた。停まった数台の車はすぐさま隼人の車を取り囲んだ。隼人はハンドルを握りながら、冷静に周囲を見渡した。空気がピタリと静まり返り、聞こえるのはワイパーの規則的な音だけだった。周囲の車が何かを仕掛けようとしているのを察知すると、隼人の瞳には鋭い光が宿り、
月明かりのない夜は、まるで墨壺をひっくり返したように、漆黒で沈み込んでいた。バーの中では、カラフルなライトが揺れ、妖しく絡みつくような雰囲気が店に入ってくる者たちを包み込んでいた。だが、カウンター席で酒を飲み交わしている二人の男だけは、その場に寄ってきたセクシーな女たちを完全に無視していた。若年は南川先生から瑠璃の病状を聞いた後、怒りに任せて車を走らせ、隼人を強引に引き止めた。激しい口論になるかと思いきや、二人はそのままバーに向かい、皮肉を投げ合うだけだった。「隼人、お前にもこういう日が来たか」普段あまり酒を飲まない若年が、この夜ばかりは無言で何杯も酒をあおった。「瑠璃ちゃんは最終的に他人のものになる。あの子は最初から、俺のものじゃなかったんだ……」彼は虚ろに笑いながらまた一杯飲み干した。冷たい酒が喉を通って心に染み渡る、その味はひどく苦かった。彼はまた、失恋したのだった。普段は穏やかで知的な雰囲気を纏っていた彼も、この叶わぬ片想いの終わりの前では、その仮面を崩していた。ただただ、酔いたかった。「目黒、お前のせいだ。瑠璃ちゃんをこんな目に遭わせたのはお前だ。少しでも良心があるなら、もう彼女に近づくな。目黒瞬なら、きっと彼女を幸せにしてくれる」「ガシャン!」隼人は手に持ったワイングラスをカウンターに叩きつけた。勢いでグラスは粉々に砕けた。「千璃ちゃんは幸せになんてなれない。あの子は瞬を愛してなんかいない。今は忘れているだけだ。いつかきっと思い出す。彼女が本当に愛していた男は俺だけだってことを」「フン」若年は冷笑を浮かべた。「仮に思い出したとして、だから何だ?瑠璃ちゃんはもうお前を愛したりしない。あの子はお前を憎んでる。これまでの自分の所業を思い出してみろ。お前に彼女を再び手に入れる資格なんてあるのか?」隼人は口元にかすかな笑みを浮かべた。ぼんやりとした瞳に、どこか優しげな光が差し、グラスの中のカラフルな液体に滲んでいった。「千璃ちゃんは俺を憎んでいる。けどそれ以上に、俺を愛してる。あの子は心の底から、俺のことを忘れきれていない。陽ちゃんがその証拠だ」「……陽ちゃん?」酔いにふらつく若年は、その名前に聞き覚えがなかった。最後の一杯を飲み干した彼は、そのままカウンターに突っ伏し、うとうとし