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第345話

Author: 栄子
綾が家に入ると、幼稚園に通っている優希以外の皆が揃っていた。

史也がお茶を淹れていて、輝と誠也が向かい合って座っていた。

輝は綾を見ると、唇を尖らせた。

綾は彼の気持ちが分かった。軽く唇を噛み締め、誠也を無視した。

誠也も綾を軽く一瞥しただけで、再び史也との会話を続けた。

史也はこの微妙な雰囲気に気づかないはずもなかったが、とりあえず咳払いをして誠也との会話を続けることにした。

誠也は現在、文化庁と提携している弁護士チームの代表であり、この程度の接触は断れなかったのだ。

しかも、誠也は家に入ってから、綾や優希について一言も触れていない。まるで今日は史也とお茶を飲み、ついでに骨董品保護事業に関する話をしに来ただけのようだった。

史也は誠也が今日来た目的を知っていたが、彼が何も言わない以上、知らないふりを続けるしかなかった。

しかし、文子はそうは思わなかった。史也は誠也に遠慮しすぎだと感じたのだ。

だが、他人の前では、文子は史也を睨みつけるしかなかったので、彼女は立ち上がって綾の方へ歩み寄った。

綾の前に来ると、初を一瞥し、「綾、この方は?」と尋ねた。

「大学の時のルームメイトの初よ。今日、海外から帰国したの」と綾は紹介した。「初、こちらは文子さん。無形文化財の四代目伝承者よ」

「文子先生、初めまして!」初は両手を差し出した。「先生の特集番組を拝見しました。本当に素晴らしかったです!それに画面で見るよりずっとお若くてお綺麗ですね!」

「まあ、そんなに褒められると照れちゃうよ」文子は初の手を握った。「せっかく来たんだから、ゆっくりしていってね。気兼ねなく、自分の家だと思って過ごしてちょうだい」

初は「はい!」と笑顔で答えた。

綾は「荷物を二階に持って行こう」と言った。

「客間はまだ片付いていないの」と文子は言った。「手伝うから、一緒に行こう。そうすれば早く終わるし」

......

二階の客間で、文子はドアを閉めた。

そして振り返り、真剣な表情で綾を見て、「碓氷先生はどういう事情なの?どうしてまた来たのよ?」と尋ねた。

「私と優希を北城に連れて帰りたいみたい」

「やっぱりそうだったのね!」文子は既に予想していたようで、怒りながら言った。「そんなのありえないでしょ!帰らなくていいからね!もし無理強いするようなら、また健一郎さんに電話
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