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第391話

Author: 雲間探
玲奈はうなずき、ローテーブル横のソファに腰を下ろした。

智昭はさらに指示を出した。「コーヒーを淹れさせて」

慎也は言った。「すでに手配済みです」

慎也の言葉が終わらないうちに、理香がコーヒーを運びながらノックして入ってきた。

入ってきたのが玲奈だと気づくと、彼女は一瞬固まった。「玲奈さん?」

理香は、玲奈が藤田グループを辞めた際に後任となった人物で、それ以来二人はほとんど連絡を取っていなかった。

玲奈はにこりと微笑んで「久しぶり」と言った。

「ご無沙汰しています」

理香も微笑んだ。

だが今は場が違うため、彼女と玲奈は長く話すわけにもいかなかった。

彼女は淹れたコーヒーを玲奈と智昭の前に丁寧に置き、立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように智昭に仕事の報告を始めた。

智昭は聞き終えると言った。「了解した。午後に時間があるから、三時までに来させてくれ」

「かしこまりました」

理香はそう応じ、笑顔で玲奈に軽くうなずくと、足早に部屋を後にした。

玲奈はその様子を見ながら、静かにカップのコーヒーをかき混ぜていた。

秘書課のリーダーであれば、智昭のオフィスに直接報告に来るのはごく当たり前のことだった。

だが当時、彼女は智昭の二人の秘書としかやり取りを許されていなかった。

リーダーになってからの二年あまりで、和真たちが特別に忙しい時だけ、彼女が自らコーヒーを運ぶのが許されたに過ぎなかった。

仕事の報告を直接行うことは、その間一度もなかった。

智昭が彼女を警戒していたのは、間違いなかった。

そんなことを思いながら、彼女はカップを手に取り、静かにひと口すすった。

退職する時、理香に頼まれて、真剣にコーヒーの淹れ方を教えた。

だが、口に含む前から、理香の淹れたコーヒーが教えた味とは違うと感じた。

そっとひと口飲んでみると、確かに味は違ったが、とても美味しかった。

カップを置いた時、智昭もコーヒーをひと口飲んでおり、その表情から理香の淹れた味に満足していることが伺えた。

若い頃の彼女は、智昭が自分のコーヒーだけを好むことにひそかに優越感を抱いていた。

けれど、今となっては……

所詮はただのコーヒーだ。

一つの味がなくなれば、別の味を選べばいい。

それがそんなに大したことではないと、今は思える。

思い返すと、当時の自分は本当に馬鹿で可笑しかった。

そんな昔のことを思い返していると、智昭が口
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Comments (69)
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caeruleum642
桜花舞さんと同じサイトだと思います (社長夫人はずっと離婚を考えていたネタバレ本の扉)読む気が失せますよ
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caeruleum642
桜花舞さんと同じだと 思います (社長夫人はずっと離婚を考えていたネタバレ本の扉)で出て来ます 読む気が失せますよ
goodnovel comment avatar
石井理英子
クズがお前呼びするのみんなで罵倒してたらさり気なく御社に差し替えられてたんだけど翻訳ミスだったのかなwビックリしたww
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