Share

第392話

Author: 春うらら
【以前の満さんは気さくな方でしたけど、この方も同じかしら……】

【それはどうかしら。あの方の噂、色々聞いているわ。以前は離婚訴訟専門だったんでしょう?弁護士なんて、物分かりが良いわけないじゃない】

【うわ、怖いこと言わないでよ。私、よく会社のティーバッグとか持って帰っちゃうんだけど、訴えられたりしないわよね?】

……

グループチャットでの議論は白熱し、誰もがこれから結衣に目をつけられるのではないかと心配している。

結衣はそんなこととはつゆ知らず、明輝に最も長く仕えている秘書の代永健人(よなが けんと)のLINEを追加し、今何をすべきか尋ねた。

健人は会社の資料をいくつか彼女に送った。

【汐見さん、まずは会社の概要などに目を通してみてください。しばらくは、僕に付いてくだされば結構です。会議などがある際も、事前にご一緒いただくようお声がけします】

【はい、結衣で結構です】

健人から送られてきたファイルを受け取ると、結衣はそれを開いて目を通し始めた。

午前中はあっという間に過ぎ、昼が近づいた頃、結衣はほむらからメッセージを受け取った。

【午前中、ずっと忙しかった。手の怪我は手術の必要がなくなったんだが、休めるかと思いきや、雑用が全部僕のところに回ってきてな】

結衣は思わず口元を綻ばせた。

【ほむら先生、お疲れ様。今夜、何が食べたい?結衣シェフが作ってあげる】

【トマトと卵の炒め物と、じゃがいもの細切り炒め】

【そんな簡単なものでいいの?分かったわ!今夜はその二品を作るわね】

メッセージを送った途端、健人からのメッセージがポップアップで表示された。

【結衣さん、急な来客です。お茶を二杯淹れて、社長室にお持ちください】

【はい】

結衣はスマホを置き、給湯室へと向かった。

お茶を淹れ、ノックして明輝のオフィスに入り、テーブルにお茶を置くと、結衣はそのまま立ち去ろうとした。

「待て。ここにいろ。何かあった時に人がいないと困る」

「はい、社長」

結衣は明輝の後ろに立つと、目を伏せ、気配を消した。

そうして、一時間以上が過ぎた。

明輝が客を見送った時には、もう午後一時に近かった。

結衣はお腹が空いてたまらず、社員食堂へ行こうとしたところで、明輝に呼び止められた。

「私と一緒に食え。話がある」

健人がすぐに弁当を明輝のオフィスに届
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第408話

    玲奈は体の横で手をゆっくりと握りしめ、しばらくしてまた力を抜いた。「ええ、確かにあたしは、あなたの気を引こうとしたわ。でも、あなたも誘惑に負けて、あたしと付き合ったじゃない!まさか、あたしがこの子を降ろしたら、汐見があなたの元に戻ってくるなんて思ってるの?」涼介が彼女に視線を向ける。その眼差しに、玲奈の心は震え、思わず二、三歩後ずさった。涼介は座り、自分は立っているというのに、彼が漂わせる冷気に、玲奈はまるで自分の方が立場が下であるかのように感じた。怒りで失っていた判断力が徐々に戻り、彼女の胸に後悔の念が込み上げてくる。涼介は冷ややかに彼女を見つめる。「その通りだ。俺は過ちを犯した。結衣が俺を許すはずがない。だから、この過ちをこれ以上続けるべきじゃない」以前は、父親がいない環境で育った自分がどれほど苦労したかを考えていた。だが今思えば、互いに憎み合う両親のもとに生まれるくらいなら、いっそ最初からこの世に生を受けない方がましだ。玲奈は顔色を変え、無意識にお腹をかばった。「涼介、この子に何かするつもり?忘れないで、あたしは母親よ。あなた一人でこの子の命をどうこうする権利なんてないわ」今、玲奈は涼介に会いに来たことを心から後悔していた。もう少し冷静でいられたなら、彼が子供を降ろさせようなどと考えることもなかっただろう。この子だけが、涼介のそばにいられる最後の切り札なのだ。もし子供がいなくなれば、涼介は二度と自分に見向きもしなくなるだろう。涼介は彼女と無意味な口論をするつもりはなく、直接、直樹を執務室に呼んだ。「清澄第一病院に連絡して……」「やめて!許さないわ!」玲奈は叫んで涼介の言葉を遮った。「涼介、もし無理やり降ろさせようとするなら、あたし、フロンティア・テックの屋上から飛び降りるから!」涼介は目を細め、長い指でリズミカルに机を叩いた。その表情は全く揺るがない。「俺を脅すつもりか?」「そうよ、それが何か?あなただってさっき、あたしを脅して降ろさせようとしたじゃない!」執務室は静まり返り、玲奈と涼介は無言で睨み合った。そばに立つ直樹は、顔を上げることもできず、息を殺していた。どれほどの時間が経ったか、机の上のスマホが震えた。涼介が手に取ると、相手が母の芳子だと分かり、その表情が曇った。電話に出るとすぐ

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第407話

    健人から渡された契約書を見て、結衣の目が輝き、手を伸ばして受け取った。「分かりました」三十分後、結衣はフロンティア・テックのビルの前に到着した。入口に差し掛かったところで、中から出てきた雲心と鉢合わせになった。男は黒いスーツに身を包み、顔立ちは端正だった。金縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳は、彼が纏う冷たい雰囲気と相まって、ひどく冷淡な印象を与えていた。結衣の姿を認めると、彼の足がわずかに止まる。だがすぐに、その冷たい視線は彼女から離れ、結衣を通り過ぎてそのまま去っていった。ここで彼に会うとは、結衣は少し意外に思った。雲心は、涼介の異母兄であり、長谷川グループの現社長でもある。雲心は昔から、隠し子である涼介のことを見下していた。涼介が起業した当初も、あの手この手で彼の事業の足を引っ張っていた。涼介の運が良くなければ、今頃はどこかの薄暗い安アパートの狭い部屋で、惨めに暮らしていたかもしれなかった。雲心との鉢合わせを特に気にも留めず、結衣はフロンティア・テックの中へ入った。受付で来意を告げると、受付係は社長室の直樹に電話をかけ、確認を終えると結衣に向き直った。「汐見様、どうぞお入りください」結衣は頷いた。「ありがとうございます」彼女が最上階に着くとすぐ、晴香が玲奈に連絡を入れた。結衣がフロンティア・テックへ行ったと知り、玲奈は表情を険しくし、すぐさまそこへ駆けつけた。涼介の執務室に着いた時、中にいたのは彼一人だった。玲奈の顔が更に曇る。「汐見はどこ?」涼介は書類に目を通している最中で、その言葉に眉間にしわが寄った。「玲奈、お前、暇なら仕事でも探したらどうだ。一日中、取り憑かれたみたいに騒ぎ立てないでくれ」以前、涼介が玲奈を気に入っていた一番の理由は、彼女が素直で愛らしかったからだ。しかし、玲奈の妊娠を知り、自分が折れて結婚に同意して以来、彼女は神経質になり、以前の優しさや愛らしさは微塵もなくなった。毎日、四六時中、彼と結衣の関係を疑っている。この前、玲奈の家に行った時など、彼女がまず最初にしたのは、自分の体に他の女の香水の匂いがしないか嗅ぎ回ることだった。全く、常識を逸している。以前のあの優しさや愛らしさは、全て演技だったのではないかとさえ思えてくる。玲奈は涼介を見つめ、その目に怒りを燃やした。「

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第406話

    中から物音はしない。ほむらは寝てしまったのかもしれない。ドアの前でしばらく待っていた結衣が、帰ろうとしたその時、中から足音が聞こえてきた。まもなく、ドアが開いた。ほむらが玄関に立ち、彼女を見下ろしている。頭上からの照明が、彼の顔を照らす。その笑みはどこか無理をしているようだった。「どうした?」彼の様子が少しおかしいことに気づき、結衣の胸が締め付けられる。「ほむら……あなた……もしかして、気分が良くないの?」ほむらは一瞬きょとんとし、我に返ると苦笑して彼女を見た。「そんなに分かりやすいか?」彼は、結衣の前ではうまく隠せているつもりだった。「うん……もう遅い時間だけど……何か食べる?料理、まだ温かいわよ」そう言う結衣の表情はどこかおずおずとしていて、まるで彼に断られるのを恐れているかのようだった。ほむらは彼女を心配させたくなくて、食欲はなかったが、頷いた。「ああ」彼女について向かいの部屋へ行くと、結衣はほむらを食卓に座らせて待つように言った。「料理、持ってくるわね」一分も経たないうちに、彩りも香りも良い数品の料理が彼の前に並べられた。食欲がないだろうと思い、結衣は彼にご飯を半分だけよそった。「結衣、ありがとう」「早く食べて」結衣は彼の向かいに座り、頬杖をついて彼が食べるのを見つめていた。彼女はほむらと節子の間に何があったのかは知らない。できることと言えば、ただ黙って彼のそばにいることだけだった。ほむらが鶏の甘辛煮にあまり手をつけていないのを見て、彼女は思わず口を開いた。「私が作った鶏の甘辛煮、美味しくない?」ほむらは首を横に振った。「いや……僕の問題だ。食欲がないだけなんだ」しばしの沈黙の後、結衣は彼の少し暗い瞳を見つめ、ゆっくりと口を開いた。「ほむら、過去に何があったとしても、それはもう変えられない事実よ。あまり思い詰めないで。人は前に進まなきゃ」「うん、分かってる」ほむらは箸を握る指先が白くなる。しばらくして、ようやく俯いて再び箸を進めた。彼が明らかに聞き入れていない様子を見て、結衣は心の中でため息をつき、それ以上は何も言わなかった。翌朝早く、結衣が会社に着くとすぐ、佳奈から電話がかかってきた。「結衣、今夜、時間ある?あなたと伊吹先生に食事をご馳走したいんだけ

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第405話

    「おばあ様、どこで運転手を……」拓海が言い終える前に、電話は一方的に切られた。拓海は絶句した。一方、節子はスマホをバッグにしまうと、運転手にホテルへ戻るよう指示した。今回、清澄市に来て、少なくともほむらがまだ京市に戻る気がないことは確認できた。五年間も時間を与えたというのに、まだ立ち直れないのであれば、もう遠慮はいらない。強引にでも立ち直らせてやる。そう考えると、節子は伊吹康弘(いぶき やすひろ)に電話をかけた。「康弘、会社の株主たちに連絡して、明日の午後二時に会社で会議を開くと伝えなさい。それと、明日の朝、清澄市から京市へ向かう飛行機のチケットを一枚、手配しておくように」「はい。ですが、どうして急に株主総会を?ほむらの件で……戻ってくる目処がついたのですか?」康弘のその慎重で、どこか恐れを含んだ口調を聞いて、節子には彼が何を考えているのかすぐに読み取れた。「安心しなさい。あなたの弟が伊吹グループに戻ってくるわけではない。今回の清澄市行きで、あの子には本当にがっかりさせられた。もうチャンスを与えるつもりはない。だから株主総会を開いて、伊吹グループの社長の座をあなたに譲ることを皆に伝えるのだ」「母さん、本当ですか?俺を騙しているわけでは……ありませんよね?」興奮のあまり、康弘は思わずオフィスチェアから立ち上がり、その顔には期待の色が満ちていた。この数年、どれだけ努力しても、節子が最も可愛がっていたのは、常に末の息子であるほむらだった。それが今……節子が伊吹グループを自分に任せようとしている……興奮と高揚感の中、康弘は最後の理性を保ち、節子が自分を欺いているのではないかと疑っていた。「あなたをわざわざ騙す理由などない。今回、清澄市に来て、ほむらがまだわたくしを恨んでいることが分かった。生涯、彼がわたくしを許すことはないだろう。だから、もう彼に時間を費やすつもりはないのだ」康弘は思わず笑みがこぼれそうになった。彼は以前から、節子のほむらに対するえこひいきをずっと不満に思っていたのだ。その結果、今やほむらはどうでもいい女一人のために節子に逆らい、自ら墓穴を掘った。シャンパンを開けて祝いたいくらいの気分だった。康弘は内心で喜びに震えていたが、表向きは冷静さを装い、ため息をついた。「母さん、ほむらはまだ

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第404話

    節子は冷笑を浮かべた。「よろしい!結構!結構!随分偉くなったものだね。このわたくしさえも、もう眼中にないとでもいうのか!」以前、ほむらが家を出た時、節子は彼がただ一時的な反抗心で家を出ただけで、気持ちが落ち着けば京市に戻ってくるだろうと思っていた。しかし、彼女が京市で五年待っても、ほむらには少しも戻る気配がなかった。雅から、彼が清澄市で一人の女性と出会い、その相手と一緒になるつもりだと聞いて、ようやくいてもたってもいられなくなり、清澄市へやって来たのだ。あの一件から五年も経ったのだから、ほむらの自分に対する態度も少しは和らいでいるだろうと思っていた。だが、今になってようやく気づいた。彼はまだ、自分を恨んでいるのだと。節子の顔に浮かぶ失望の色を見て、ほむらの眼差しが揺らぎ、すぐに元の冷淡な表情に戻った。「母さんを無視したことなど一度もない。ただ、他人に僕のことに口出しされるのが嫌いなだけだ」節子は心に冷たいものが走るのを感じた。「あなたは、母を他人と思うのか?」彼は自分が命がけで産んだ子であり、これまでで最も可愛がってきたのも彼だった。それなのに、今になって自分を『他人』だと言うのか?!ほむらは眉をひそめたが、何も言わなかった。しかし、その態度は節子の目には、まるでそれを認めているかのように映った。「よろしい……清澄市まであなたを探しに来るべきではなかった。五年も経てば、少しは大人になっているかと思ったが、まさか五年前と何一つ変わっていないとは!」その言葉に、ほむらの顔が一瞬で凍りついた。「母さんも五年前と変わらないね。独断専行で、人の話に耳を貸そうとしない」ほむらの言葉が終わると、リビングは静寂に包まれた。節子はほむらを見つめ、信じられないというように二、三歩後ずさり、危うくバランスを崩しそうになった。「そうか、まだわたくしを恨んでいたのだな。たかが部外者一人が、あなたの目には家族よりも重要だというのか!ほむら、あなたには本当にがっかりした!」ほむらは無表情だった。「僕が伊吹家を出た時から、もう伊吹家の人間ではない」「よろしい、後で後悔するなよ!」節子は背を向けて去っていった。その背中はどこかおぼつかない足取りで、髪には白いものが目立っていた。以前、節子が自分を訪ねてきた後、結衣は彼女のことを調

  • 秘書と愛し合う元婚約者、私の結婚式で土下座!?   第403話

    結衣の家から漂ってくる香ばしい匂いに、夕食を食べていなかった節子の腹が、思わずぐぅっと鳴った。結衣は料理を終え、皿をキッチンから運んできた時、リビングのソファに座っている節子の姿を見て、思わず息をのんだ。すぐに我に返ると、彼女は眉を上げて節子を見る。「私の記憶違いでなければ、先ほどは放っておいてほしいとおっしゃいましたよね。どうして今、勝手に中に入っているのですか?」「あなたがわざとドアを開けたままだったのだろう。わたくしを中に入れる魂胆だったに違いない」結衣は皿を置き、小さく鼻で笑う。「節子様、考えすぎですよ。ドアを開けておいたのは、もしあなたが倒れた時に物音が聞こえるようにするためです。救急車を呼ぶのが遅れて、後でほむらから何か言われるのは避けたいだけですから」節子はぐっと唇を引き結び、口をとがらせた。どちらにせよ、もう中に入ってしまったのだ。恥をかいた以上、今さら出て行くわけにはいかない。彼女は結衣を見て、口を開いた。「腹が減った」結衣も彼女に甘い顔をする気はない。「お腹が空いたのなら、出前でも頼まれたらどうですか。私に言われても困ります。私はあなたの召使いではありませんし、食事を用意する義務もありません」節子は一瞬呆然とし、我に返ると信じられないという表情で結衣を見た。「あなた、ほむらと結婚したいのだろう!わたくしに取り入るべきではないのか?!」結衣の表情は冷淡なままだ。「思い違いですよ。私がほむらと結婚したいかどうかは、私たち二人の問題です。あなたが反対しようと賛成しようと、私には関係ありません。だから、あなたに取り入る必要もないのです」先ほど中に入って待つかと尋ねたのも、ただ彼氏の母親であるという一点だけを考慮してのことだ。ある意味、節子もほむらのおかげでこの待遇を受けているようなものだ。節子は黙り込む。この女、どうして全然予想通りに動かないの?!結衣はもう彼女を相手にせず、黙々と皿を取り、ほむらの分の料理を取り分けると、自分のご飯をよそって夕食を食べ始めた。自分を食事に誘う様子が全くないのを見て、節子は怒りでこめかみが痙攣する。しかし、今さら頭を下げて結衣と一緒に食べたいなどと言えるはずもなく、険しい表情でソファに座ったまま、固く口を閉ざした。結衣は食事を終えて皿を洗い、リビングに戻ると、

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status