軍団長が微笑んだまま続けた。
「フェリシア嬢、正直私はきみという人を見誤っていたよ。帝都を追放された貴族令嬢で、しかも皇家をたばかったというじゃないか。どんな悪女が来るのかと戦々恐々としていたのだが」
「まあ……」
そんなふうに思われてたんだ。
まあ表面だけを見ればそのとおりなので、返す言葉もございませんってとこだが。「ベネディクトにそれとなく見張らせていたんだが、きみの実際の行いは予想と真逆でね」
見張りときた。どうりでちょくちょくベネディクトと鉢合わせたわけだ。
彼のほうを見ると、そっと目を伏せてられてしまった。「これからもどうかゼナファ軍団の力になってくれ。困り事があればいつでも相談に乗ろう」
「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
深く頭を下げて、軍団長との面談は終わった。
軍団長の部屋を出ると、ベネディクトがついてきた。「フェリシア。私からも少しいいか?」
「はい、なんでしょう」
正直さっさと戻りたかったが、副軍団長を無下に扱うわけにもいかない。
「きみはかつて『聖女』の称号を得ていたと聞いた。本当だろうか?」
「本当ですよ。十歳の魔力鑑定で属性が『光』と出たので」
「……!」
魔力鑑定は自由市民であればほぼ全員が受ける儀式だ。
大抵は木・火・土・金・水の五属性のいずれかになるが、稀に私のようなイレギュラーが現れる。
光はその中でも特別で、邪気と瘴気を払う聖女の役割を負うと言い伝えられてきた。その希少さから皇家に嫁ぎ、帝国のために働くのだと。「言い伝えの聖女の力は真実なのか?」
ベネディクトの口調は真剣だった。
この北の要塞町は魔物との戦いに明け暮れる前線の場所。 もしも聖女が本当に瘴気を払えるのであれば、魔物との戦いを有利に進められる。彼らにとって切実に欲しい力だろう。けれど
クィンタの自認はともかく、揉め事か……。 クィンタの言う『熱い視線』は、間違いなくBL妄想関係だと思う。兵士の皆さんの一挙動は、今や私たちの萌えの源泉。注目してしまうのは致し方ない。 けれどそれが兵士を勘違いさせるのはいけない。私たちは兵士その人が好きなのではなく、彼から感じられるBLの波動を妄想として愛しているのだ。 勘違いした兵士が強引にメイドに迫ったら、お互い不幸になるだけだろう。「分かりました。私からメイドの皆さんに話しておきます。……それにしてもクィンタさん、『熱い視線』が勘違いだとよく分かりましたね?」「言ったろ、俺はモテるからな。メイドちゃんたちのあれは、男の誰かを好いているのとは違う感じだ。なんつーか、有名な劇俳優の追っかけファンとかに似てる気がした」 おお、鋭い。 でも劇俳優ファンは、その人の恋人になりたいと思っている層も一定数いるから。 我々はまた違うのである。そういう系統は腐女子ではなく夢女子と呼ぶ。「あとなぁ……」 クィンタはげんなりした様子で肩をすくめた。「俺がベネディクトと絡んでいると、妙に視線を感じるんだ。あれ何? フェリシアちゃん、分かる?」「いいえ、さっぱり分かりません」 私はいい笑顔で答えた。 クィンタは何か言いたそうだったが、休憩時間の終わりを告げるラッパが鳴って彼は戻っていった。 さて、クィンタのおかげで問題が起こる前に気づけた。彼には感謝しておこう。 その日の就寝前、執筆はお休みしてメイドたちを集める。 クィンタから聞いた話を伝えると、案の定メイドたちは不満そうだった。「兵士さん自身に気があるわけではありません。勘違いされても困ります」 と、リリアが頬をふくらませている。「でも、気をつけるのは私たちだわ。男性から強引に迫られて怖い思いをするのは嫌でしょう? 勘違いしたお相手も気の毒だしね」 みんなうなずいた。「だからなるべく、萌えは
興奮して詰め寄ってくるメイドたち押し留めながら、落ち着かせながら言う。「みんな、ありがとう。でも推し活は生活に負担がかからない程度にね」「推し活?」「さっきの物語みたいに、好きなことにお金や時間をかけることよ。そりゃあ楽しいけれど、普段の生活をしっかりこなしてからの話だから」「それはそうだよね。分かったわ。気をつける」「ええ、お願い。それから夜の執筆を、これまで通り見逃してほしいのだけれど」「もちろん!」 メイド長は力強くうなずいた。「何なら昼間も時間が取れるよう、仕事を調整するけれど?」「それは駄目です。私はメイドとしてしっかり働いた上で、物語を書いていきたい。私はこのゼナファ軍団のメイド、みんなの仲間だもの」 まあ本音を言えば、少数ファンのカンパだけで専業作家になるほどの勇気がない。 今は本業(メイド)をこなしながら、生活基盤を作りながら、兼業作家としてBL布教に邁進する時期である。 専業になるのはしっかり売れるようになってからで遅くないのだ。 じゃないと生活の不安があるもの。夢を追いかけるのは大事だが、足元の生活も大事。「フェリシア先輩……!」 リリアが駆け寄って手を握ってきた。「わたし、先輩についていきます。物語執筆のお手伝いも、がんばります!」「あっ、リリアずるい! あたしだってフェリシアのファンになったんだから」「私も!」「あたしもー!」 メイド部屋の中の熱気は全く収まらない。 この熱い空気の中で、私たちは存分に萌え語りを楽しんだのだった。 リリアに続きメイドの皆さんが腐女子仲間になってくれた。 休憩時やちょっとした時間に萌え語りができるようになって、私の生活はますます充実している。 今日はこんなシーンを目撃した。 食いしん坊の兵士が厨房につまみ食いにやって来て、
執筆の時間は変わらず夜に取っている。昼の仕事に支障が出ないよう、こっそりと。 夜寝る前にメイド部屋を抜け出すのだが、私一人からリリアと二人になった分、ずいぶん目立ってしまったらしい。 メイド長から呼び出されて、どういうことかと聞かれてしまった。「フェリシア先輩は、とっても素敵な物語を書いているんです!」 息巻くリリアに、どうどう、と制止をかける。 メイド長と他のメイドたちは不思議そうな顔をしていた。「物語ですって?」「フェリシアさんが?」「さすが、貴族のお嬢様のすることは違うわね」 幸いなことに、彼女らの様子に嫌悪は見えない。ただ不思議そうにしているだけだ。 メイド長は首を振った。「けど、消灯時間以降に出歩くのは規則違反よ。今後はやめなさい」「すみません。それはできません」 私がきっぱり言えば、メイド長はますます困惑した様子になった。「なぜ? 住み込みメイドである以上、規則には従わないと駄目よ」「いけないことをしているのは分かっています。でも物語の執筆は――私の使命なのです」 私は両手を胸に当てた。 これだけは絶対に譲れない。私の身命を賭してでも、やりとげなければならない大事業なのだ。「使命」 言い切ると、彼女は眉間に深くシワを刻んだ。困惑がにじんでいる。「そこまで言うのなら、その物語とやらの内容を聞かせなさい。聞いて判断しましょう」「……はい!」 そうしてメイドたちの前で、私は語り始めた。 神々と英雄の戦いの物語を。 私が語るのは誰もが知る古典物語であって、そのままではない内容。熱い男たちの絆と友情と、愛と憎しみに主眼を置いた物語だ。 とりあえずメイドの皆さんはBL初心者なので、えっちなシーンなどは省いてブロマンス的に語ってみた。あまり濃厚な絡みは初心者には刺激が強すぎるからね。 メイドたちの反応を見ながら、少しずつBL要素を濃くしていく。
TPOはわきまえるべき。それはもちろんだ。 腐女子は隠れて生きる定め。場所もわきまえずに大っぴらにしてはいけない。 けれどこれはチャンスではないか? もしもリリアにBL適性があれば、腐女子仲間を一人増やせるのだ! よし、ここは慎重に……!「……物語を考えるわ」 私は言葉を選びながら言った。 もしリリアにBL適性がなかったとしても、別の方向に話を逸らせばいい。「物語ですか?」 意外だったらしく、リリアはきょとんとしている。「ええ。私が気に入っているのは、英雄と神々の戦いのお話。あの有名な古典の英雄叙事詩よ」 平民であるリリアも知っていたようで、うなずいている。「でも、戦いのお話は男性むけじゃないですか? わたし、戦争のことはよく分かりません」「あのお話は戦いばかりではないわ。英雄たちの友情と絆、愛憎、そういったものが重要なの」「絆……」 リリアがいいところに食いついた。さりげなく『愛憎』を混ぜたかいがあったぞ。「そう、絆。憎しみも愛情も全ては人と人との絆と言える。あの物語の発端は、ある国の王妃だった絶世の美女を、他国の王子が奪い取ったことだったわね」「はい。奪われた王が激怒して戦争になったんですよね」「王妃は神々の力で王子を愛するようになった」「ひどい話です。神様が夫婦の仲を引き裂くなんて」「でも、もしかしたら王妃は王を愛していなくて、略奪者である王子を待ちわびていたのかもしれないわ」「え……」 リリアが目を丸くしている。 こういった解釈の多様さが二次創作の醍醐味ってやつだ。「絶世の美女というからには、人しれぬ苦労もあったでしょう。本当は好きな人がいたのに、王に無理やり結婚を迫られたのかも」「ありそうです!」「もしもを考えるなら、いろんなことがあるわね。例え
男ばかりのBLパラダイスな要塞町であるが、やはり推しカプはいる。 まず第一にベネディクト×クィンタの幼馴染カプ。 彼らはあらゆる面が対照的なのがいい。 性格はベネディクトがクソ真面目、クィンタがチャラ男。戦闘スタイルはそれぞれ剣と魔法。出自もベネディクトは貴族に対し、クィンタは平民と聞いた。 彼らはずっと昔から仲がいいのに、お互いに腐れ縁だと言っている。そこもよい。 腐れ縁だの悪口を言いながら、背中を預けるだけの信頼がにじみ出ている。よきよき。 で、第二に軍団長×ベネディクトだ。ベネディクト氏大活躍である。 包容力のある大人な軍団長と堅苦しくて融通の効かないベネディクトの組み合わせ。もはや鉄板と言っても過言ではないだろう。 今日もクィンタとベネディクトが親しげに肩を組んでいたのを見て、私、内心で大歓喜である。 まあクィンタが一方的に腕を肩に回していて、ベネディクトはちょっと迷惑そうだったが。 むしろカプ解釈に沿っていてよろしい。 脳内に焼き付けた肩組み映像を反芻しながら掃除をしていると、急に声を掛けられた。「フェリシアさん? またニマニマして、どうしたんですか?」「うひょおぅ!?」 目を上げるとリリアがいた。 彼女とはすっかり打ち解けたので、つい油断して奇声まで上げてしまった。 他の人相手ならまだこうはならない。かつての帝都の鉄面皮令嬢の名にかけて、顔面崩壊だけは避けたい所存だ。 リリアは私の奇声に首を傾げた。「うひょう……。フェリシアさんは、普段は儚げなお嬢様なのに。ときどき変ですよね」「ごめん、聞かなかったことにして」「はあ」 リリアは呆れたようにちょっと笑った。 なんだろう、元気がない感じがする。「どうしたの? 何かあった?」「いえ……。また仕事で失敗してしまって」 リリアは肩を落としている。 彼女は私に仕事を教えてくれた先輩だけれど、確かにちょっとドジなところがある。
【ベネディクト視線】 去っていくフェリシアの姿を眺めながら、ベネディクトは先程のやりとりを思い出していた。 この要塞町では常に魔物との戦いが繰り広げられていて、息をつく暇もない。負傷者はしばしば出て、死亡するものも少なくはない。 ここしばらくは――そう、フェリシアがやって来た頃からだ――小康状態が続いているが、いつまた激戦が始まるか分からないのだ。 だから『聖女』の伝説に希望を持ってしまった。 先代の聖女はもう百年以上前の人物で、その功績はどこまでが事実でどこからが伝説なのかも判然としない。 だが彼女は魔物との戦いに大きな存在を示し、多数の人々を守ったとされている。 先代だけではない。 聖女と呼ばれる人物は今まで何人もいて、それぞれに功績が語られている。 特に最初の『建国の聖女』は神話めいた伝説上の人物だ。彼女は国を建てる際に大きな貢献をしたとされるが……。 フェリシアの身の上は軍団長からおおよそ聞いていた。 有力貴族家の出身で、元は皇太子の婚約者。それが聖女を騙った罪で王都を追放され、この要塞町で雑用係に落とされた。 ベネディクトは軍団長同様、フェリシアはわがままな悪女なのだろうと思っていた。皇太子を騙して聖女の地位にあぐらをかいていた、贅沢好きな性悪女なのだろうと。だから警戒していた。 ところが見張っていると、彼女は健気な頑張り屋にしか見えない。 箱入り令嬢とは思えないほど積極的にメイドの仕事をこなす。誰もが嫌がるトイレ掃除を引き受けてピカピカに磨き上げ、その後の使い方まで指導した。 斬新なアイディアで食事を改善して、兵士たちの士気と体調が大いに改善された。それも予算内で食材を収めたというのだから、感心する以外にない。 また彼はフェリシアが夜中に書き物をしているのも知っている。 内容をあらためるべきか迷ったが、執筆中の彼女がとても真剣で、ときどきうっとりと幸せそうな表情をするものだから、つい声をかけそびれてしまった。 ベネディクトは、フェリシアという女性が分からなくなってしまった。
軍団長が微笑んだまま続けた。「フェリシア嬢、正直私はきみという人を見誤っていたよ。帝都を追放された貴族令嬢で、しかも皇家をたばかったというじゃないか。どんな悪女が来るのかと戦々恐々としていたのだが」「まあ……」 そんなふうに思われてたんだ。 まあ表面だけを見ればそのとおりなので、返す言葉もございませんってとこだが。「ベネディクトにそれとなく見張らせていたんだが、きみの実際の行いは予想と真逆でね」 見張りときた。どうりでちょくちょくベネディクトと鉢合わせたわけだ。 彼のほうを見ると、そっと目を伏せてられてしまった。「これからもどうかゼナファ軍団の力になってくれ。困り事があればいつでも相談に乗ろう」「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」 深く頭を下げて、軍団長との面談は終わった。 軍団長の部屋を出ると、ベネディクトがついてきた。「フェリシア。私からも少しいいか?」「はい、なんでしょう」 正直さっさと戻りたかったが、副軍団長を無下に扱うわけにもいかない。「きみはかつて『聖女』の称号を得ていたと聞いた。本当だろうか?」「本当ですよ。十歳の魔力鑑定で属性が『光』と出たので」「……!」 魔力鑑定は自由市民であればほぼ全員が受ける儀式だ。 大抵は木・火・土・金・水の五属性のいずれかになるが、稀に私のようなイレギュラーが現れる。 光はその中でも特別で、邪気と瘴気を払う聖女の役割を負うと言い伝えられてきた。その希少さから皇家に嫁ぎ、帝国のために働くのだと。「言い伝えの聖女の力は真実なのか?」 ベネディクトの口調は真剣だった。 この北の要塞町は魔物との戦いに明け暮れる前線の場所。 もしも聖女が本当に瘴気を払えるのであれば、魔物との戦いを有利に進められる。彼らにとって切実に欲しい力だろう。 けれど
最近、軍団兵の皆さんから声をかけられることが妙に増えて困っている。「フェリシアちゃん、今日も可愛いね!」 みたいな変なお世辞とか。「フェリシアちゃん、今日も頑張ってるねえ。これあげよう」 と、お菓子をくれたりとか。 これはちょっと嬉しいので、リリアや他のメイドたちと一緒に食べている。「フェリシアちゃん、次の休日はあいてる? 俺と町まで出かけない?」 とか。 残念ながら私はメイドの仕事とBL小説の執筆で超多忙なのだ。 寝る間も惜しむくらい働いているのに、遊びに付き合う暇などあるはずもない。ほんと、なんなんだ。 困っているとメイド長に報告したら、思い切りため息をつかれてしまった。「あんた、無自覚なのねえ。さすがは貴族のお嬢様だわ」「なんですか、それ」 メイド長はちょっぴり口が悪いが、いい人なのはもう分かっている。 私は気兼ねなく言い返した。「あのねえ……まあいいわ。軍団長に軽く言っておくから、いずれ収まるでしょう。でも、本当にいい人がいたら遠慮しなくていいんだよ」「なんだかよく分かりませんが、助かります」 私は安心したが、翌日、予想外に軍団長に呼び出されてしまった。 一体何の用事だろう。 緊張しながら軍団長の執務室に行くと、ベネディクトもいた。「お話とはなんでしょうか」「あぁ、そう固くならなくていい。楽にしてくれ」 軍団長が鷹揚に答えた。 四十歳前後に見える人で、茶色い髪に緑の目がチャーミングである。 軍団のトップという立場のせいか年齢のためか、包容力を感じさせる人柄だった。 生真面目なベネディクトが横に立っていると、なかなか絵になる。 主従……いや、上司と部下のカプも悪くないな。 現パロなら部長と部下とか。 いやいや、あえてパロにする必要もあるまい。責任ある軍団長とそれを支える副軍団長。信頼関係がいつしか愛情に変わり……!?「あー、フェリシア嬢?」 軍団長の不審そうな声で我に返る。 やば、顔に出ていたか。 慌てて表情を取り繕った。頑張れ私の表情筋。「すみません、何でもありません。続きをどうぞ」「ああ。この前の唐揚げと、野菜を取り入れたメニューだが。兵士たちに好評でね。唐揚げは食べると力が出ると評判だ。野菜は食事としてはそれほど高評価ではないが、体調が改善されたとの報告がいく
私は身振り手振りを交えながら説明を続けた。「豆を潰してこねて、少しの肉を混ぜて。肉は年老いて卵を産まなくなったニワトリでいいと思います。廃鶏――年取ったニワトリの肉は固くて風味が悪いけど、豆と混ぜればまぎれます」 前世の冷凍唐揚げ(安いやつ)はそんな感じで作られていた。 この町でも大豆や他の種類の豆は売られている。値段もお手頃だ。 ニワトリも年を取ると使い道がなくなるので、安く買える。「さっそく作ってみましょう!」 料理人とリリアと一緒に試作が始まった。 豆と肉の配合割合を考えて、ちょうどいいものを作る。何度か試行錯誤して、いい感じの割合を決めた。 鶏肉は小さく切る。年を取ったニワトリは筋張っていて固いので、包丁で叩いて柔らかくする。 こういった小さい手間が美味しい料理のもととなるのだ。 豆は煮て潰す。 そしてそれらを混ぜ合わせ、一口大のサイズで丸めた。 下味のソース作りも忘れない。 ユピテル帝国には伝統的な魚醤《ガルム》がある。魚を塩水に漬け込んで発酵させる調味料だ。ちょっと変わった風味だが、ワイン酢やにんにくなどと合わせるとなかなか良い味になった。 これに肉を漬け込む。濃いめの味付けなので廃鶏のぱっとしない風味がまぎれるし、力仕事の軍団兵たちも気に入るはずだ。 それから小麦粉で衣をつけて揚げる。片栗粉も欲しかったけど、見当たらなかったので諦めた。まあなんとかなるだろう。 ジュウジュウと音を立てる唐揚げは、いかにも美味しそうだ。「ん、美味しい! あつあつでジューシーで!」 一口試食したリリアがにっこりと笑顔になった。「これが廃鶏と豆とは。びっくりです」 料理長も感心している。 ユピテル帝国はオリーブオイルが名産である。 揚げ物に使うたくさんの油も、どうにか予算内で確保ができた。廃油がもったいないので、リサイクル方法もそのうち考えてみよう。「いい匂いがするが、それは何だ?」 お披露目の夕食時、大皿に盛られた唐揚げを見