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ローズマリーのサロン 1

last update Last Updated: 2025-06-18 00:18:54

 そんなに緊張しないで。もっとリラックスするのよ、レベッカ……。

 肩の力を抜いて。ほら気持ちいいでしょう?

 足首から太ももにかけ、撫でられるような、下から上に這い上がってくるような感覚。

 そのまま、背中につうぅと柔らかな圧がかかる。

「あ……はい………」

 ぞわぞわしていたけど、だんだんと感触が馴染んできた。まるでハチミツをかけられたみたいに、全身が溶けていきそう。

 うつ伏せの私は半分意識が飛んでいた。そのまま背中から肩までくるくると触られる。

「肩と腕がパンパンだわ。なんのお仕事しているの?」

「パン屋と…………あと召使いです」

「え? めし? 飯使う?」

「召使いです」

「召使い? こんなかわいいお嬢さんが? それは大変ね。どこで召使いを」

「ええと……」

 無理だ。瞼も脳も閉じてしまう…………。

****

 早朝の仕事の準備をしていると、少し汗ばむ季節になっていた。私がこのアパートに来てからもう二ヶ月は経った。

 カルバーンに引越して良かったことは、美味しいパン屋で早朝働けたこと。

 朝が早過ぎて人手不足なこともあり、短い時間でいいお給料がもらえるのは非常にありがたい。

 普通だったら一日働かないともらえない金額が、早朝五時から八時の三時間、半分の時間でもらえるのだ。

 それに町の人たちの朝食作るってことは、みんなに生きる糧を作ってるってことだもの。

 すごく嬉しい気持ちになる。

 そして帰ってきてから少し休憩して、その後はアレックスの手伝いをしている。

 こっちの方がストレスは当然溜まるかもしれない。

「今日も、あの変人のところに行くの?」

 パン屋の同僚、ナナが後ろから背中をつついてきた。彼女はお団子にしていた髪をほどいて、頭を小刻みに振る。

 私たちは仕事を終えて、通りを歩いていた。

「まぁ……」

「ベッキー、あなた人が良すぎるんじゃない? ただ働きなんでしょ?」

「ただ? うーん、どうかなぁ」

 少なくとも、私のことをベッキーではなく、ちゃんとレベッカって呼んでくれるけど。

 アレックスは金銭感覚がおかしいから、そんなにもらえないって額のお金を渡してきたりもする。

 そんなこと言ったら、ナナもアレックスのところで働きたいなんて言い出しそうだから絶対に言わないけど。

「ねえ、ベッキー。そういえば、ナイトブロックの奥にお洒落なサロンができたの知ってる? 少し遠いけど」

「サロン? お茶するところ?」

「違う、違う。香油……アロマとか言ってたわ。いい香りがするオイルを塗って全身マッサージをしてくれるの!」

「へぇー、もう半年ぐらい行ってないかも。マッサージ屋さんは」

 私があまり興味を示さずにそう言ったので、ナナはわかりやすくムッとした。

「違うよ、ザルダのおっさんがやってるマッサージ屋じゃなくて。芋みたいにみんなでゴロゴロじゃないの。ローズマリーのサロンは別格なの!」

 最近新しい彼ができたナナ。前から流行り物や期間限定など言われると、わかりやすく飛びつく子。

 新しいお店ができると、誰よりも先に行きたいタイプだ。小柄なんだけど、バイタリティはなかなかだわ。

「女性オーナーが一人。お客も女性一人。完全個室。でも広々としていて素敵なの! オーナーのお家なのよ。施術前には浴槽に使って体を温めるの。ハーブティーも美味しいし」

 興奮して話し出すと止まらない。でも肝心のマッサージは? 雰囲気に飲まれて腕はたいしたことなかったっていうのが、一番がっかりだから。

 節約家の私はナナの話を遮って尋ねる。

「それでマッサージは上手かった?」

「それは……」

*****

 朝の九時半、アレックスはやっと動き出し支度を始める。

 長くて、艶のある黒髪を無造作に縛り、洗面台へと向かっていく。

 形の良い額、髪の生え際、凛とした横顔に思わず見惚れてしまう。

 私も同じ女なのに、こうも違うのよね。くせっ毛の私は、髪を伸ばしたくてもいつも綺麗にまとめられなくてイライラして挫折してしまうのに。

 それにしても、薄汚れた大きな黒いシャツを着て、自分のスタイルの良さを隠しているのはもったいないといつも思う。

 足は長く、ウエストは細くて、私の倍ほど大きい胸も持っているのに。

 私の服のセンスが悪いと彼女は言うが、ダボダボの服を毎日着ている自分はどうなんだっつうの。

 まぁ、胸を隠してるんだろうけど。

「アレックス、ここにポット置いておくね、私……」

「おい、もう注いでおいてくれ」

 ミントティーの入ったティーポットにポットカバーをかけ、出て行こうとすると呼び止められる。

「アレックスはすぐ飲まないないから、自分で入れて。冷めちゃうでしょ」

「あぁ?!」

 不機嫌にそう言って、蛇口をひねるアレックス。さらにバンバンと蛇口を叩く。

「くそっ! 水が出ない!」

 蛇口を全部回したのか、遅れて盛大に水が飛び散る。

「うおっ」

「また! 水が飛び散ってるわ!」

 今いる三階のアレックスの部屋は水圧の関係で水の出が悪い。

「拭いといてくれ」

 アレックスは周りを水浸しにしながら顔を洗い、自分の服で濡れた顔を拭いた。くびれた腹と豊満な胸は半分以上見えてしまう。

 ……ちょっと、ドキッとしちゃうじゃない。

 白くて細い腰回りが食べてないせいで、さらにへこんでいるし胸の丘陵が思いっきり見えたわ。もう少し気を使ってほしい。無防備というか大雑把というか……。

 私はタオルをアレックスに押し付ける。

「シャツで拭かないで。新しいタオルで顔を拭かないと意味ないよ」

「うるさいな。買い物を頼むんだが……」

 パチンと私の頬を両手で挟んで、顔を近づけてくるアレックス。

 彼女はなかなか人を寄せつけない。でも慣れてくると

、その反動なのかかなり近いのだ。

「ご、ごめんなさい、アレックス。今日はこの後に予定があるの。だから買い物なら後で行くわ」

「ああ?………」

 彼女の目つきが途端に変わった。

 あぁー、ちょっと面倒くさいかもしれない。

*****

 深く息を吸って扉を開けると、ウインドチャイムが満天の星空のようにキラキラと鳴った。

「はーい。お待ちしていましたぁ」

 朗らかなローズマリーさんの声。でも彼女は私を見た途端、息を止めた。それから私の肩にそっと手を置く。

「どうぞ……こちらへ、レベッカさん」

 私はソファまで彼女にエスコートされた。

「あ、あの……今日はやめておきますと言いに来ました」

「あら、そうなのね、残念。では、またいつでも来てくださいね」

 金色の長い髪を、緩めにお団子にし、まとめているローズマリーはまるで聖母のよう。

ふんわりとした薄い色のワンピースも素敵だ。優しくされ、思わず涙が溢れてしまった。すぐにタオルを渡してくれる。

「すみません……予約していたのに」

「大丈夫ですって…… よかったら足湯だけでもやらない? 本当に少しの時間だけ。10分よ。もちろんお金はとらないわ。お湯が張ってあってね……いま足湯用にお湯を少し移すから」

 そうだった。まずお風呂に入って体を温めるんだ。

 私、とんでもなく迷惑なやつだ。彼女はお湯を温めて待ってくれていたのに。それがどれだけの手間かはわかっている。いい塩梅に湯を沸かすのは難しく、時間もかかる。

 困った客っているもんねぇ、なんてナナとたまに言ってるのだけど。

 それって私だわ……最低だ。

 それに、もういい大人なのに人前で泣くなんて……情けないやら、申し訳ないやら。

 ああ……ほんと、すごく落ち込む。

「スカートを少しもちあげるだけだから、簡単でしょ。本当にすぐ終わるのよー。温めると疲れが取れるわ」

 風呂場にスツールを持って私を座らせると、小さい鉄の桶にお湯を移す。

「どう? 気持ちよさそうでしょう? 靴下を脱いでくれる?」

「はい」

 ローズマリーは、私の裸足になった足をそれぞれ持ち上げてゆっくり桶に入れた。

 そして二、三回ふくらはぎを優しく押した。

 あ、すごく気持ちいい……。

 ふくらはぎが凝っているのがわかる。これ、アレックスにやってあげたい……彼女仕事モードになるとずっと歩いているみたいだしって……いやいやいや。

  なに考えてるのよ、私。ここに来てまでアレックスのことなんて考えたくないわ!

 その後、ローズマリーはお湯を丁寧にかき混ぜ、板で蓋をして冷めるのを防いだ。

「私はむこうで事務作業しているわ。ここでレベッカは少しゆっくりして。あ、あとこれ」

 ホットタオルをポンと渡される。

 ああ……あったかい……。

「顔に置くといいわ。あと首とかね」

 そう言って立ち上がったローズマリー。

「うぉーーっと!」

 え?!

 ローズマリーが天を仰ぐようにし、ポーズをとって足を大きく開いている。まるでヨガのよう。なにかの儀式? なに? どうしたの?

「ご、ごめんあそばせ。タイルで滑ってしまったわ。こうみえてうっかり屋でね」

 思わず吹き出した。それをみてローズマリーも肩をすくめて笑う。

「では、終わったらタオルで拭いて出てきてね」

 美しくて余裕もあって、自分とは違う世界の人だと思ったけど。飾らなくて話しやすいかも。

 ホットタオルを顔に置いた途端、また目からたくさんの涙が溢れてきた。

 ああ、もう嫌だ。でも泣けるのは今しかない。

ローズマリーは私が泣くのを我慢していることすぐわかったんだわ。

 私がここに来ることで、アレックスとくだらない喧嘩をしてしまった。あんな拒否反応をされると思わなかった。思い出すと腹が立つ。

*****

「へぇぇぇ…………会ったこともない知らない女の家に行って、風呂に入って全裸になって、体を揉んでもらう? お前はあたしが思っていた以上に、頭が弱いんだなぁ」

 なにそれ? なにその嫌味な言い方! アロマのお風呂に入るんだから、そりゃ服は脱ぐわよ。やめた方がいいと思うならそう言えばいいのに。

「でも女性専用だから安心よ。男の人に覗かれる心配はないわ」

 はぁ〜と大きなため息をつくアレックス。

「その女だよ」

「え?」

 私はとぼけた声を出した。

 よく信用できるな。追い剥ぎに自分から行ってるようなもんだ。密室で一対一なんてな。まして服を脱ぐって? はっ、こりゃ鴨がネギ背負ってってやつか?

なんてことをぐだぐだ!!

「あーーー! もう!」

 ホットタオルを目から外すと、私は大声を出した。

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