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第1192話
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離婚後、恋の始まり 第1201話
舞子は一瞬、言葉を失い、胸の内は千々に乱れた。しばし沈黙ののち、ようやく重い口を開いた。「……そうみたい」かおるは仕方なさそうに深くため息をついた。「気持ちが揺れてるんでしょ？それって、もう賢司さんのこと好きになってるって証拠よ。好きなら余計なこと気にしないで、二人の幸せを掴むことが一番大事なんだから」舞子は虚ろな眼差しで窓の外を見つめ、心はいまだ揺れ続けていた。桜井家の人々の、あの誇らしげな顔を思い浮かべただけで、胸の奥がむかむかする。だが、仕返しのために賢司の気持ちを踏みにじるなんて、あまりにも身勝手すぎる。頭の中はぐちゃぐちゃに絡まり、思考はまとまらなかった。舞子は髪をかきむしりながら、苦しげに言った。「今は自分でもよくわからない。様子を見ながら、少しずつ進むしかないのかも」かおるはしばし黙り、やがて静かに言った。「舞子、将来後悔するようなことだけはしないでほしい」電話を切ったあと、舞子は放心したようにバスルームへと向かった。週末までの数日間、彼女はどこか上の空だった。幸い、この間は賢司の別荘に泊まっていなかったため、その変化に気づかれることはなかった。週末の夕暮れ、舞子のスマホが鳴った。賢司からの電話で、彼はすでにマンションの下まで車で迎えに来ていた。舞子は鏡の前に立ち、きちんと化粧を整えた自分をじっと見つめた。深く二度息を吸い、吐き、ようやく振り返って階下へと向かった。滑らかなラインを描く黒塗りの車体は、さりげなく豪奢さと気品を漂わせていた。車の傍らにはカーキ色のコートを羽織った賢司が立ち、その長身のシルエットは一層引き立って見えた。ふと視線を感じたのか、賢司が顔を上げる。夕暮れの光を受けた瞳は、鋭さの奥にかすかな優しさを帯びていた。「俺が何を用意したか、見てみる？」舞子は小さく瞬きをし、首を横に振った。「ううん、大丈夫。あなたなら間違いないもの」心の奥では、彼が自分の両親に贈り物など用意しないでほしいとさえ思っていた。けれど、そんなわがままは許されない。「乗って」賢司は軽く身をかがめ、彼女の頬にキスを落とすと、助手席のドアを開けた。舞子は車に乗り込み、シートベルトを締めた。その瞬間、不意に顎を持ち上げられ、熱い口づけが降ってきた。狭い空間に閉じ込められ、息
離婚後、恋の始まり 第1200話
賢司は彼女の手の甲にそっと唇を寄せ、微笑みながら言った。「長くは待たせないでくれ」舞子はわずかに身を震わせ、そっと手を引き抜くと、部屋の奥へと歩み去った。翌日、母・幸美から電話がかかってきた。「舞子、いつご飯を食べに帰ってくるの？あなたの好きな料理を、母さんが腕によりをかけて作ろうと思ってるの」舞子は淡々と答えた。「この数日は取材で出かける予定だから、帰る時間はないわ」しかし幸美は譲らなかった。「それなら出かける前に一度帰りなさい。賢司様も一緒に連れてきて。どうせ付き合ってるんでしょう？親に挨拶するのは当然のことよ」舞子は眉をひそめ、胸の奥に思わず反発心がよぎった。けれど、今の状況でははっきり断れる理由はなかった。「……うん、彼に時間があるか聞いてみる」「彼女の家に行くのに時間がないなんてあり得ないでしょう。聞いてみて、決まったら教えてちょうだい。食事の準備をするから」「わかったわ」電話を切った舞子は、ベッドに腰を下ろし、茫然と物思いに沈んだ。やがて洗面所から出てきた賢司は、その姿を目にしてふと胸を打たれた。彼女が考え込むその横顔は、どこか無防備で、愛らしさをいっそう際立たせていた。彼は静かに歩み寄り、身を屈めて唇を重ねた。舞子は反応する間もなく、抗うこともなく、あまりに自然にその口づけを受け入れてしまった。それは深く、相手を丸ごと飲み込もうとするかのような、激しい口づけだった。「ん……やめて」舞子は慌てて身を引いた。もう十分だと思ったのだ。賢司は彼女を解き放ち、穏やかな声で尋ねた。「何を考えているんだ」舞子は少し躊躇しながら言った。「いつ暇？……実家に来てほしいの」その言葉に、賢司は黒い瞳で彼女を射抜き、低く問いかけた。「親に会うってことが、どういう意味かわかってるのか」舞子は目を瞬かせ、戸惑いを隠せなかった。「え……？ただ親に会うだけでしょ、特別な意味なんて」賢司は静かに言った。「親に会ったら、次は婚約の話だ。そして結婚だ」舞子は愕然とし、かすかに声を震わせた。「でも、それって順序があるものじゃないの？」「その通りだ。ただ、お前に手順を教えただけだ」舞子の胸にためらいが広がる。言葉を失った彼女を見て、賢司はその顎を掴み、顔を上げ
離婚後、恋の始まり 第1199話
綾人はかおるの頭をそっと撫でた。「いい子だ」かおるは彼の胸に飛び込み、少し拗ねたように言った。「でも、私、里香ちゃんの手料理が好きなのに。ここを離れたら、しばらく食べられなくなっちゃう」綾人は抱きしめながら答えた。「俺が彼女に教わるさ」「それは違うの」かおるの声は胸に押しつけられてくぐもっていた。「作り方がまったく同じでも、作る人が違えば味も違うの。これはベテラン食いしん坊としての経験から言えること」綾人は思わず苦笑を漏らした。「でも……」と、かおるは少し考えてから言い直した。「里香ちゃんは出産を終えて、ようやく自由に遊びに行けるようになったんだもの。彼女を縛り付けるわけにはいかないよね」綾人はうなずいた。かおるは気持ちを切り替えるのが上手で、すぐに機嫌を直してしまった。この件は、彼女自身が納得するしかないことだった。---由佳と別れ、舞子は賢司の別荘へ戻った。ドアを開けると、男が大きな窓辺に立ち、電話をしている姿が目に入った。片手にスマホを持ち、もう片方の手を腰に添える。その無造作な立ち姿からは、自然と気品が滲み出ていた。冷ややかな声で、途切れることなく指示を出している。舞子は思わず息を呑み、しばし見惚れてしまった。賢司は彼女の視線に気づき、振り返った。電話の向こうに小さく何かを告げて通話を切ると、そのまま彼女の方へ歩み寄る。舞子も歩を進めて尋ねた。「仕事、終わったの？」「ああ」賢司は頷き、舞子をじっと見つめる。「今日、何かあったのか？」「お姉ちゃんが妊娠したの」かおるが？賢司はわずかに目を瞬かせた。「それはいい知らせだな」舞子は頷いた。「本当にそう。でもね、ちょっと残念なこともあるの」「どうしてだ？」舞子はソファに腰を下ろし、ぽつりと漏らした。「お姉ちゃんの結婚式に出られなかったから。きっとすごく盛大で、賑やかだったんだろうなって」賢司は彼女の寂しげな様子を見て、口元をやわらかく緩めた。「なら、俺たちの結婚式にかおるを招待すればいい。その心残りも晴れるだろう」その言葉に、舞子のまつ毛が大きく震えた。私と賢司の結婚式？そんなこと、考えたこともなかった。私たち、本当にそんな関係になれるの……？賢司は彼女の不安を察
離婚後、恋の始まり 第1198話
かおるはそれを受け取り、振り返った。しかし、綾人の姿はどこにも見当たらなかった。「あれ……綾人、どこに行ったの？」使用人が答えた。「綾人様は二階の雅之様のお部屋へ向かわれました」「きっと経験談を聞きに行ったのね」そう呟いて、かおるはリビングに戻り、一人で母子手帳をめくりはじめた。二階、書斎。綾人は確かに経験を求めて雅之のもとを訪れていた。その瞳には抑えきれぬ喜びが浮かび、真剣な眼差しで尋ねた。「お前はあの時、どんな気持ちだった？それから、どんな準備をした？」「お前と大差ないさ。母子手帳に書かれていることを厳格に実行する。それが基本だ。もう一つあるとすれば――何があっても妊婦が最優先、ただそれだけだ」綾人はうなずき、真摯に言葉を受け止めた。「わかった、肝に銘じておく」すると雅之は問いかけた。「で、お前たちはいつ帰るつもりだ？」「帰るなんて、一言も言ってない」「帰らずにどうやって気遣いや愛情を示すんだ？ずっとここにいたら、お前の役割なんてなくなるぞ」綾人は返す言葉を失い、黙り込んだ。雅之は淡々と続ける。「妊娠中に夫が関わらなければ、それは確実に火種になる。将来口論になったとき、彼女は必ず言うはずだ――『妊娠中はあなた、全部人任せで、何もかも里香ちゃんにしてもらった。あなたは少しも力を貸さずに父親になった』ってな」綾人は眉をひそめた。考えてみれば、それは決して絵空事ではない。夫婦生活において、衝突が一度もないなどあり得ないのだから。やがて彼は深く考え込み、重々しく言った。「わかった……帰るよ。俺もちゃんと関わらなきゃな」雅之は口の端をわずかに上げたが、その笑みはすぐに消えた。「夫として、妻に気にかけていると感じさせること。それが何より大事だ」「ああ、お前の言う通りだ」綾人は自らの思考に沈み込み、雅之の一瞬の笑みには気づかなかった。一方その頃、かおるはパンケーキを頬張り、飛び上がらんばかりに喜んでいた。胸いっぱいの幸福感に、興奮すら隠せなかった。綾人は彼女の有り余る精力を散歩で発散させようと、外へ連れ出した。やがて雅之が現れ、里香の唇の端に軽くキスを落とした。「お疲れさま」里香はじっと見返し、ためらいなく言った。「言いたいことがあるなら、はっきり言って
離婚後、恋の始まり 第1197話
かおるは小さく頷いた。「そうよ、あなた……パパになるの」綾人はベッドの縁に両手をつき、深く息を吸い込んでから、ようやく少しずつ彼女の顔へと近づいていった。なぜだか、かおるの目には涙がにじむ。思わず手を伸ばし、綾人の頬をつまんだ。「何してるの」綾人はそっと唇を寄せ、静かに囁く。「俺の奥さんは……本当にすごいな」そのひとことに、不思議と胸を締めつけていた緊張はすべて解けていった。「抱きしめて」かおるが両腕を広げると、綾人はすぐに彼女を抱きしめた。ただ、力を込めきれず、まるで彼女を傷つけることを恐れているかのようだった。その光景を目にした者たちは、ただ温かな気持ちに包まれていた。由佳が小さく鼻をすすり、囁く。「なんか……泣きそうなんだけど。どうしてかな」舞子は呆れ顔で一瞥し、言葉を投げた。「ちょっと大げさすぎない？」病室には、これ以上おかしな人はいらない。二人で十分だった。しばしの時を共に過ごした後、綾人は退院の手続きを整えた。かおるの体に異常はなく、これからは食事と情緒の変化に気をつけるだけでよかった。一行はそのまま瀬名家の屋敷へ戻った。ただし舞子は中へは入らなかった。いまの彼女の立場では、訪れるにしても日を改め、もっと正式な形をとるべきだったからだ。由佳も舞子と一緒にその場を後にした。瀬名家の屋敷。「ここで安静にするの？それとも冬木に戻る？」里香が問いかける。「ここにいたい」かおるはためらわず答えた。「じゃあ、ここにしよう」綾人は頷き、里香を見た。「里香さんには経験がある。かおるを見ていてくれると助かる」「ええ、任せて。しっかり面倒を見るわ」里香は力強く応じた。彼女はつい二か月前に出産を終えたばかり。経験は十分すぎるほどだった。「……お腹すいた」かおるが深呼吸をひとつしてつぶやいた。「何が食べたい？」綾人はすぐに問い返す。「食べたいものを何でも頼んでいいの？」ぱちりと瞬きをしながらかおるが言うと、綾人は眉を寄せ、少し迷った末に里香へ視線を送った。「食事で特に注意することはあるか？」「食べたいものがあるなら家で作ればいいのよ。ここならシェフが何でも作れるし、最悪は雅之がいるじゃない。あの人、何でもできるもの」「俺がなんで他の女のため
離婚後、恋の始まり 第1196話
だから、焦ることはない。舞子は由佳にかおるの世話を任せ、自分は外に出て賢司に電話をかけた。「里香の番号を教えて」舞子は単刀直入に切り出した。賢司は淡々と応じる。「俺に電話してきたのに、会いたいからじゃないのか？」「会いたいよ。でも、里香と話す大事な用事があるの」からかうのをやめ、賢司は番号を教えた。舞子はすぐに電話を切り、今度は里香にかけた。「もしもし、どちら様ですか？」優しいが、冷たくよそよそしい女の声が返ってきた。舞子はためらわず名乗った。「桜井舞子です。今病院にいるんですが、かおるが妊娠したんです」「えっ！？」里香は驚きの声をあげ、すぐに病院名を聞くと電話を切り、急いで駆けつけた。一時間も経たないうちに、里香と雅之が病室に現れた。ベッドに横たわり呆然としたかおるを見て、雅之は口元を歪める。「妊娠したとわかって、怖気づいたのか？」里香はすぐに彼を睨みつける。「もうからかうのやめて」雅之は口をつぐんだ。妊婦を前にしては分が悪い。里香は歩み寄り、かおるの手を握る。「かおる、来たよ。もう怖がらないで」まつげがかすかに震え、かおるは彼女の手を強く握り返した。「里香……」「うん、ここにいる」里香は穏やかに続けた。「綾人ももう向かってる。だから緊張しないで、少しでも楽にして」「でも……お腹に命があると思うと、リラックスなんてできないよ」里香は言葉を詰まらせた。それでもやわらかく諭すように言う。「でもね、あなたの感情はそのまま赤ちゃんに伝わるの。だから、不安はできるだけ抑えなきゃ」かおるは慌てて声を上げる。「じゃあ、どうしたらいいの？あ、そうだ、深呼吸して、緊張しないように言い聞かせて……」その支離滅裂な言葉に、里香は小さくため息をつき、口を尖らせた。「ねえ、いっそ殴って気絶させようか？」その冗談めいた言葉に、かおるはふっと落ち着きを取り戻す。しばらくして、彼女は里香を見つめ、問いかけた。「里香……あなたが妊娠したとき、どんな気持ちだった？」里香は少し考え込んでから答えた。「意外で、驚いて……そして感動した」「……じゃあ、私も頑張ってみる」「無理に頑張らなくていい。ただ力を抜いて、普段どおりでいればいいの」「普段は酒飲んでディスコで遊びまくってたよ」里香
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