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第4話

Auteur: 灰野
私は手を振りほどき、信じられない思いで彼を見た。

「私の結婚生活を壊した不倫相手を、私に救えって言うの?」

直人はうつむき、前髪で目を隠したまま、かすれた声を出した。

「君には悪かったと思ってる。でも、美緒はまだ若い。悠真からママを奪うわけにはいかないんだ。助けてくれるなら、何でもする!」

涙がこみ上げた。直人がここまで頭を下げる姿なんて、見たことがない。それが、美緒のためだなんて。

「出ていって。不倫なんかするから罰が当たったのよ!」

パシン、と頬を打たれた。

たちまち頬が熱を持つ。私はまばたきをし、直人もぼうぜんと立ち尽くした。

「ごめん、紗季!わざとじゃないんだ!」

彼が私の手をつかむ。私は我を忘れ、何度も彼の頬をたたいた。直人は抵抗しなかった。

ようやく私の手が止まると、彼は唇を震わせた。

「美緒は、不倫相手じゃない」

携帯で写真を開き、私の前に放り出す。婚姻届受理証明書の隣に、離婚協議書が写っていた。そこには、私の署名まであった。

「悠真の戸籍のために、3年前、君とは離婚したんだ。美緒との婚姻届も、もう受理されてる」

喉が詰まった。

「何を、言ってるの?」

直人は私をまっすぐ見られなかった。

「不倫相手というなら、君のほうだ」

携帯を握る手が震えた。写真を何度も拡大しては戻す。

直人から目を離せないまま、信じられずにベッドへ倒れ込んだ。

涙が枕をぬらす。笑っていたはずなのに、いつの間にか泣いていた。

「直人、絶対に後悔するから。こんなことをして、ただで済むと思わないで」

手のひらに爪が食い込み、血がにじんだ。心の中でシステムに尋ねる。

(どうやって死ぬか、自分で選べる?)

できるという返事を聞き、私は直人を見た。

「分かった。提供する」

直人は勢いよく私の手を握った。目が赤くなっていた。

「紗季、やっぱり僕を愛してくれてるんだね!安心して。美緒を助けるのは、これで最後にする。手術が終わったら、もう彼女とは会わない。これからは、2人だけだ」

彼の目を見つめた。

「ただし、条件があるの。

子供をすり替えたのも、不倫したのも、全部あなたが悪かったんだって、自分の口で認めて。そうしたら、彼女を助ける」

断ると思っていたのに、直人はためらいもせずうなずいた。

「分かった!助けてくれるなら、何だってする!」

私は歯を食いしばり、彼を追い出した。

「システム、提供のために乗った手術台で死にたい。自分で私を死に追いやったんだって、思い知ればいい」

手術の前夜。

隣の病室から、直人の笑い声が聞こえてきた。悠真をあやし、美緒を笑わせている。父も母も一緒だった。

「紗季が適合してよかったわ。これで、あなたに恩を返せるものね」

私は手の中のブレスレットをなでた。悠真を身ごもっていた頃、山の神社で授かった、無事を祈るお守りだった。

ためらわず、ごみ箱に捨てた。

しばらくすると、携帯に次々とメッセージが届いた。友人限定のSNSを開くと、直人が謝罪文を投稿していた。

【全部、僕が悪かった。家族を壊したのも、紗季を傷つけたのも僕です……】

同じ文が公開SNSにも投稿されていて、友人たちから心配する連絡が相次いだ。

でも、恨みを晴らした喜びはなかった。何も感じなかった。

やがて病室のドアがノックされた。母が入ってきて、弁当箱をテーブルに置いた。

「好きな料理を作ってきたから、食べなさい」

昔は私のために、先生とだって言い争ってくれた母。その顔を見ていると、苦い思いが心いっぱいに広がった。

「お母さん、もし私が死んだら……」

「何言ってるの!」

母は私を何度か強くたたいた。

「死ぬだなんて騒がないの!どうせ提供したくないだけでしょう。

一度引き受けたんだから、今さら嫌だなんて言わないで!

分かったわよ。これからはお父さんも私も、美緒とは少し距離を置くから」

父もため息をついた。

「これからは、直人と仲よくやるんだぞ」

システムがまた点滅した。

(離脱まで、残り12時間です)

翌朝10時、看護師が迎えに来た。

手術室へ運ばれる直前、直人が私の手をぎゅっと握った。

「戻ってきたら、今度こそうまくやっていこう」

手術室のランプがつく。まぶしい照明を見つめているうちに、意識が遠のいていった。

ほどなくして、看護師の叫び声が上がった。

「先生、血圧が下がっています!大量出血です!ショック状態です!すぐにアドレナリンを投与できるよう、ルートの確保をお願いします!救命処置をお願いします!」

意識のはざまで、システムの電子音を聞いた。

(離脱プログラムを開始します。5、4、3、2、1――)

心電図モニターの警報が鋭く鳴り響いた。

私の魂が、体から浮き上がった。

……

手術室の扉が開き、看護師が飛び出してきた。

「高瀬紗季(たかせ さき)さんのご家族はいらっしゃいますか!」

直人が駆け寄った。

「出血によるショック状態で、非常に危険です。今、救命処置を行っていますが、最悪の事態も覚悟しておいてください」

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