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第5章 正式な婚姻

Author: Noona Aurora
last update Petsa ng paglalathala: 2026-09-11 21:03:54

エレノアとアーチーは、その日のうちに婚姻手続きを済ませた。

ジャクソンは本当にエレノアのことなど意にも介しておらず、手続きが終わると、一顧だにせず去っていった。

現在、エレノアはアーチーの車の助手席に座っている。

手に入れたばかりの婚姻届の控えを、彼女は無言で見つめていた。豪華な披露宴を催し、美しいドレスを身に纏うという少女時代の夢は、どうやら夢のまま終わるらしい。

だが、この契約結婚に高望みをするつもりはなかった。ただ落ち着いた環境で働き、平穏に暮らせることだけを彼女は願っていた。

「……これから僕の母に会う」

アーチーの声に、エレノアはハッと顔を上げた。真剣な面持ちで運転を続けるアーチーの横顔を見つめる。

「……こんなに急に結婚して、お母様は難色を示されないでしょうか?」

エレノアは懸念を口にした。アーチーの母親がどのような人物なのか、まるで知らなかったからだ。

厳格な人だろうか。それとも心優しい人だろうか。

アーチーは答えず、視線をまっすぐ前方へ向けたままでいた。しかし、その側顔にはわずかな躊躇いの色が滲んでいた。

しばらくして。

車はアーチーの実家である広大な邸宅の敷地内へと滑り込んだ。

アーチーはエレノアと共に車を降り、二人は並んで屋敷の重厚な扉をくぐった。

「アーチー、あなたなの?」

奥へ進むより早く、しわがれた女性の声が響いた。

二人は足を止めた。

アーチーの視線が声の聞こえた方向へと向けられる。

60代半ばと思われる品のある婦人が、アーチーの方へと歩み寄ってきた。

「やっぱりあなたね。それに……」

アーチーの母親であるグレースは、息子の隣に立つ女性に視線を留めると、言葉を詰まらせた。

グレースの眉間に深いシワが刻まれる。彼女はアーチーが連れてきた女性の装いを、いぶかしむようにじろじろと観察した。

「アーチー、その方はどなた?」

グレースの指先が、ストレートにエレノアを指さした。

エレノアは丁寧にお辞儀をし、グレースに敬意を表した。

その直後、エレノアの手は再びアーチーの大きな手に力強く包み込まれた。

エレノアがアーチーを見上げると、彼の低く落ち着いた声が室内に響いた。

「母さん、紹介するよ。エレノア・モンゴメリーだ。僕が心から愛している女性で……僕の妻になった人だ」

グレースの顔が瞬時に強張った。息子の衝撃的な告白に、耳を疑うような表情でアーチーを見つめる。

「妻……? 一体どういうことなの、アーチー!?」

グレースは説明を求めて詰め寄った。

アーチーはまずエレノアへ視線を送った。その瞳には優しさが宿っており、彼女の手を引いてグレースの目の前へと歩み進めた。

グレースは混乱を隠せないまま、目の前に並んで立つ二人を何度も見比べた。

「事前の相談もなく連れてきて申し訳ありません。ですが、エレノアは僕が心から愛する女性です。母さんが進めてくれた見合いを断ったことも謝ります。僕は、彼女なしでは生きていけないんです」

言葉を終えると、アーチーは握りしめたエレノアの手へさらに力を込めた。

エレノアは黙ってアーチーの横顔を見つめた。

彼の唇から紡がれる一語一語は、一瞬だけ彼女の胸を小さくときめかせた。しかし次の瞬間、冷徹な現実が彼女を打ちのめす。これらの言葉はすべて、周到に仕組まれた演技に過ぎないのだと。

二人がそれぞれの目的のために演じている茶番劇。

アーチーは望まぬ見合いから逃れるため、エレノアは父親という名の檻から脱出するため。

グレースはアーチーの言葉が信じられないといった様子で、呆然と二人を交互に見つめ続けた。

「……待ちなさい」

グレースは動揺を押し殺し、なんとか声を絞り出した。

「エレノアさんを愛しているなんて……一体いつからなの? なぜ私に一度も話してくれなかったの?」

追求するような眼差しで、グレースは明確な答えを求めた。

アーチーは静かにエレノアへ目配せすると、グレースに向き直って答えた。

「ずっと前からですよ。ただ、僕たちの関係を公にしたくなかったんです。……そうだろう、エレ?」

エレノアはグレースの疑念を晴らすため、静かに頷いて見せた。

グレースの瞳には依然として困惑の色が残っていたが、アーチーがエレノアに向ける慈しむような眼差しを目にし、次第に追及を諦めていった。

「……本当に、お互いを愛し合っているのね?」

確認するようにグレースが問う。

アーチーとエレノアは同調するように力強く頷いた。

グレースは深くため息をつくと、エレノアの目の前まで歩み寄ってきた。

エレノアを見つめるグレースの表情に、次第に温かな笑みが浮かんでいく。

グレースの両手が、エレノアの頬を優しく包み込んだ。

「アーチーを受け入れてくれてありがとう。これからは、あなたがこの子を支えてあげてね」

グレースの瞳には切実な願いが込められていた。エレノアはなぜ彼女がそこまで言うのか分からなかったが、静かに頷いた。

「……はい、もちろんです」

エレノアが小さく答えると、グレースの目元が滲んだ。手を頬から離してもなお、その唇からは笑みが絶えなかった。

「私が進めたお見合いを断ったことなんて、どうでもいいわ。大切なのは、あなたが心から望む人と結ばれたことよ」

グレースはアーチーを一瞬見やった後、再びエレノアへ視線を戻した。

安堵のため息を吐く。「あまりにも突然で驚いたけれど……本当に嬉しいわ」

「それで、披露宴はどうするの? まずはエレノアさんのご両親にご挨拶へ伺わなければね?」

グレースは二人を交互に見つめながら言った。

その言葉を聞いた瞬間、エレノアの表情が陰り、寂しげな色を帯びた。それを見たグレースの笑顔が途端に消える。

「どうしたの? 私、何か不躾なことでも言ったかしら?」

慌てるグレースに、エレノアは小さく首を振った。

すささずアーチーがフォローを入れる。「……母さん、その件は後で説明するよ」

そしてエレノアを気遣うように告げた。「まずはエレを休ませてあげたい」

グレースは怪訝そうに眉をひそめた。何か自分に隠していることがあるのだろうか。

アーチーは使用人に命じ、エレノアを自分の部屋へと案内させた。

エレノアが姿を消すと、アーチーはグレースを促してリビングのソファへ腰掛けた。

「一体どういうことなの? ご家族の話を出した途端、あんなに悲しそうな顔をして……」

抑えきれない好奇心と心配から、グレースがすぐに問い詰めた。

アーチーはグレースをまっすぐ見つめ、静かに説明を始めた。

「彼女の実家は、決してまともな環境ではありません。父親は彼女が誰と結婚しようと関心すら持たない男です。だから、ご家族の話題には触れないであげてください」

グレースは絶句した。耳を疑うような言葉に、目を見開く。

「……実の親がそんな仕打ちをするなんて、あり得るの? お母様はどうされたの?」

「実母はすでに亡くなっています。家には冷酷な継母と異母妹がいるだけです。だからこそ、僕は彼女をあの悪意に満ちた家から救い出すために、手続きを急いだのです」

アーチーはエレノアの実家の劣悪な環境を利用して、母親を納得させられるとは思いもしなかった。

事態を知ったグレースは憤りのあまり、顎を固く噛みしめた。

「なんて残忍な親なの……! どんな事情があろうと自分の子供でしょうに、どうしてそんな風に冷遇できるの!?」

グレースは激しい怒りを露わにした。

対するアーチーの表情は至って冷静だった。かつての自分も似たような境遇にあったのではないか。ただ自分には、こうして守ってくれる母親がいただけの違いだ。

グレースはアーチーの手を握りしめ、切実な眼差しで息子を見つめた。

「二人はもう夫婦になったのよ。これからは夫として、あなたが責任を持ってあの子を守ってあげなさい」

エレノアの生い立ちを聞き、グレースは憐憫の情を禁じ得なかった。

アーチーは静かに頷いた。

「わかったわ。本人が話してくれるまでは、私からご家族の話題を出すことは絶対にしないと約束するわ」

「ええ、それが賢明です」

アーチーは短く答えた。

母親への説明と説得を終えると、アーチーはエレノアの様子を見るために自室へと向かった。

部屋に入ると、彼の視線はソファに腰掛け、傍らにスーツケースを置いているエレノアへと向けられた。

アーチーの姿を認めた瞬間、エレノアはハッと立ち上がった。

彼女はアーチーを見つめ、不安そうに問いかける。

「……お母様への説明は上手くいきましたか? 何か怪しまれませんでしたか?」

アーチーは短く頷いた。

彼の視線が一瞬だけエレノアの小さなスーツケースに落ち、再び彼女の瞳へと戻る。

「……契約結婚の件だが。君の方から何か条件はあるか?」

アーチーは二人の真の関係性についての切り出した。

先ほどまでのグレースとのやり取りが本当の義母と嫁のように温かかったため、エレノアは一瞬だけ契約の存在を忘れていた。

しかしアーチーの言葉によって、自分たちがただの「契約夫婦」に過ぎないという現実へ引き戻された。

「社長がご用意された条件に従います。もしどうしても呑めない条項があれば、その時にお相談させてください」

エレノアは多くを望むような真似はできなかった。

アーチーは小さく頷いた。

「近いうちに契約書のドラフトを作成する」

そう言うと、アーチーはエレノアから視線を外した。

彼が背を向けて部屋を出て行こうとしたその時、エレノアの声が引き留めるように響いた。

「……私は、社長と同じ部屋で暮らすことになるのでしょうか?」

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