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辞令

Author: 藍沢咲良
last update publish date: 2026-10-02 19:35:01

『4月1日付けで、鷺山市立柿山小学校の非常勤講師に任ずる』

『広報さぎやま』に載っていた電話番号に連絡して面接を受けた。その3日後。

市の教育委員会から勤務先が決まったと電話があった。あっさりと決まり過ぎでしょ。どんだけ人手不足なのよ。

数日後、柿山小学校の校長から電話があり、校長室で辞令を受け取った。

白髪を全く染めないというのも、却って綺麗なものなんだな…と呑気なことを考えていた。総白髪に眼鏡のロマンスグレーという言葉が似合いそうなこの人が私の勤務先の校長だ。

平成の大合併で鷺山市となった柿山地区。市になる前は柿山村だったそうだ。市になってもこの地区にコンビニというものすら無いらしい。

特に目立った産業は無く、キャンプ場やバーベキュー場、あとは農地が少しあるぐらいだ。最近出来たチェーン店のドラッグストアは地区唯一のもので、この地区の人達がほぼ全員買い物に来るといわれている。お陰で全国有数の売上だそうだ。

この地に来て驚いたのは川の水の綺麗さだ。

エメラルドグリーンの川なんて初めて見た。

以前私が住んでいた所は所謂《いわゆる》都会だ。

川には基本、生き物はいないものとして育ってきたのだ。

職員室に案内される。私が予想していたよりもはるかに狭い…というより小さい職員室だ。

この小学校の子ども達は各学年1人から6人程度。

それ故、1・2年、3・4年、5・6年のクラスという複式学級というものになっているらしい。

児童の人数は全校で20人だ。20人て。

…となると、担任は3人だけ。プラス、特別支援学級の先生と養護教諭、事務さん、非常勤講師の私に同じく非常勤の図書室の司書さんや他の学校と兼務の栄養職員さんやスクールカウンセラー。

少数精鋭と言えば聞こえは良い。

ただ単に貰える人数が少ないが故のアットホーム感らしい。

「結城《ゆうき》先生の机は…こちらです」

非常勤でも専用の席がある事に驚く。

私が以前勤めていた小学校では、非常勤の先生の机は共用のものだった。

市内でも中心部はそこそこ栄えている。所謂「郊外」と呼ばれる土地だ。コンビニもスーパーも本屋もある。ショッピングモールも勿論ある。

この柿山小はコンビニよりもキャンプ場の方がよっぽど近い。

「鈴木先生、結城先生との打ち合わせですが…」

教務の呉林《くればやし》先生が鈴木先生と呼ばれた、30代前半と思われる男性に声をかける。

「1・2年担任の鈴木です。よろしくお願いします」

挨拶をしつつ、鍵をいくつか手にする。

「昨年度色々ありまして…ここの学校の特別教室は施錠しているんです」

施錠は良いのですが。打ち合わせ、職員室ではしないのね?

校内の家庭科室、音楽室、学習室を案内される。

私の担当は全学年の音楽、5・6年の家庭科、1年の算数に2年の国語と聞いている。

私の専門教科は国語なんですけど。国語教師に音楽丸投げってなかなかのスリルですわね?

私は吹奏楽部出身で。ピアノは好きでそこそこやっていた。前任校でも高学年の音楽を担当していたことはある。でも市教委にそれは伝えていない。

つまり、小学校であれば音楽の授業がそこそこ成り立ってしまう国語教師、という情報は無い時点での人事。

人手不足って恐ろしい。

「今年度、1・2年生は2年生の、3・4年生は4年生の、5・6年生は6年生の学習をするという年度になっています」

「…ということは、リコーダーを初めて触る子に4年生レベルのものを求めるってことになるんでしょうか?」

「はい…」苦笑いをする鈴木先生。

「針に糸を通したことのない5年生がいきなりミシンを触るんですか?」

「はい…」これまた苦笑いの鈴木先生。

「私、鷺山市で教職初めてやるんですが…。こういうものなのでしょうか?」

困惑しかない私が尋ねる。

「いや…市内でも複式はウチを含めて2校ですね」

この先生、ずっと苦笑いの表情しか見せないけど。

苦笑いするしかないような職場なのだろうか?

職員室の自席に戻る。

呉林先生から校務分掌の一覧を受け取り、職員会の資料に目を通す。

自分が欲しい情報を頭に叩き込む。といっても、全ての情報を完全に記憶出来るわけではない。情報漏洩的に問題の無い『年間行事計画』、略して『年計』と何時間目が何時何分から始まるのかを示す『日課』さえスマホのカメラに納めれば、後は何とかなる。

「ちょっと荷物を、取ってきます」

隣席の鈴木先生に念の為伝える。伝えなくても良いのかもしれないけど。何も言わずに出て行くと帰ると思われてしまう。

先生グッズの入った組み立て式の買い物カゴを車の後部座席に置いていた。取り出して職員室にまた戻る。

運動場を見渡すと、桜の木の下で小学生がレジャーシートを敷いて何かを食べている。お花見をしているのだろう。

学校の敷地内でお花見って。聞いたことないぞ?

アリなのね?オッケーなのね?許されちゃうのね?

平和というか、長閑《のどか》というか。私の味わってきた世知辛い世の中というものは幻だったのだろうか…?

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