「準備出来たか ? 」
「お前、冗談だろ」
レイが愕然とエルを見下ろす。
エルは長い金髪に櫛を丁寧に入れて整えているだけだ。「荷造りくらい自分でやれ ! 部下にさせろよ ! 」
剣士用のグローブをはめながらレイは冷たくエルをあしらう。
「その部下がお前だろ。
そもそもほかの部下にやらせたら、城を抜け出す前にバレるじゃん」「くっ……。カバンを薬草まみれでパンパンにしてやる」
「ガキかよ。金はあるからな。忘れ物は現地調査だ。
例の部隊から連絡は ? 」「流石にまだ帰って無い」
「ふーん。帰って来ても、どうせシエルの情報なんか、俺に持ってくる気無いだろ」
エルは軽快にレイへカマをかける。
レイが無言で黙々と装備を整えるのを、別段怒る様子も無く自分も剣士の装備を整えていく。 レイが黒革だけのアーマー、エルは乳白色の革素材に銀の軽量鎧。高価ではあるものの、どちらも剣士としては軽装である。「まぁ。お前が自分だけの部隊を持った地点で、謀反でもあるかと期待してたら、全然無いし 」
「無いだろ。たった五人の影部隊だけで謀反 ? 俺はそんなに馬鹿に見えるのか」
「に、しても。俺の指示を通さない連中なんだろう。別に最初から言えばいいじゃん」
「国益になるとはいいきれないからな」
「それはそれで。五人の部隊にひっくり返されるグリージオじゃあないさ」
ニヤニヤと笑い、エルが地図を広げる。
「ふふ。リラが他の大陸に行くことは無い。シエルにしてもリラにしても、これは言い切れる。そもそもそんな資金は持たせていないし、吟遊詩人の稼ぎはどうかな ? DIVAを使っても、安定はしないと見る。
そして次に、お前はリラをグリージオから遠ざけたいと思ったかもな。 更にお目付け役のシエルは、リラと合流する方を優先するだろう。そうなると合流地点は……比較的デカい町……コハク。この辺今日はこの辺りで野宿ね。 ペースとしては悪くないけど、問題は……食料か。「セロ。狩りはわたしも行くわ。テントから100メートル内の動くものは撃たない。わたしは南に、セロは北に」「いや、駄目だ。お前を一人に出来ん」「なんでよ。リコじゃあるまいし、わたしは慣れてるわよ」「違う」『ポプ ! 』鳩がぐるぐる回り始める。「また森を焼かれちゃたまらん」「ちゃんと調節するわよ」「駄目だ。シエルに会えば魔力量を調節してもらえるんだろ ? それまでは駄目だ」「蜂の時はパニックになっただけ。今度は大丈夫。鳩、わたしと来なさいよ」『プ……』鳩……不満そう。「獲れたらすぐ戻るんだ。獲れなくとも日が暮れる前に戻ってこいよ」「はいはい」セロが不安そうに見守る中、鳩と出発。 鳥や野うさぎを狩るだけよ。□□□今までは五人分の食料を調達しながら旅してたんだし、そう難しいことじゃないのよ。「……」またいた。 銃口をツノウサギに向け、狙いを定める。既に腰には一匹捕獲済。パンッ !乾いた音が響き、同時にウサギが倒れる。「よし」調整もミスなし。 魔力の出力を限界まで抑えて水魔法で攻撃する。放たれた水撃は鋭く、獣の身体を射抜くけど弾が残らないのが利点。「二匹ゲット ! コハクまでそう距離はないし、保存食の分までは要らないかな ? 鳩、もう戻ろっか ? 」見上げると、上空を飛んでいた鳩がぼんやりと北を見ていた。「鳩 ? 鳩ちゃん ? おーい」北はセロが向かったのよね ? 何かあったのかしら ?「戻ろうっか」『ぽ ! ゥポポポ ! 』「何よ、うるさいわね」テントの焚き火にはある程度薪を入れて来たから、まだまだ煙は一
「我らを守りたまえ、水の守護よ ! 」 薄い水のヴェールが馬たちを包む。 シエルはそのまま前方へ杖をもう一度傾け詠唱に入る。 馬車街道の固い土がベキベキと、砂煙を上げながらニョロリと割れていく。 ビュッ !!「っらァ !! 」 シエルに飛びかかった何かを横からカイが切り落とす。 地面に落ちグネグネと動くのは、土竜種の仲間で目や体毛がない魔物である。「加勢します」 馬から降りたレイの兵隊が、シエルに剣を持つことを制止される。「いえ、多分行かない方がいいです。 カイって周り見えて無いから……」 地面から突き出てきた5mはある灰色の触手に、カイの双剣は魔力を纏う。「行くぜ ! 雷神 !! 」 刃が放電してパリパリと音を立てる。 カイの使える属性攻撃魔法はただ一つ。雷撃である。 魔石では無く。武器に使用した魔物の素材だ。魔法を使う魔物から、そのコアを手に入れ武器を作る。カイの双剣は電撃を放つ魔物由来の属性付与があるのだ。 この技法はカイの出身地 アカネ島の伝統技法である。精霊魔法とは違い信仰や魔石が無くても使える。「最後ぉっ !! 」 剣を十字にハサミのように構え、突っ走る。 最後の一匹が飛び込んできたが、横に大きく振りかぶった刃にミミズの胴体は裂かれ、雷撃の熱で異臭を放つ。「……うえぇぇ !! 腐った蒲焼き ! 」 ペーパーで剣の汚れを拭きながら顔を顰めて戻ってくる。その姿に隊員が呆気にとられていた。「つ、強い……。ものの数秒で……」「あれ、どこにでもいますからねぇ〜。戦い慣れてるのもあります」 シエルが隊員に答える。「カイ様の武器はコアを使ってるんですね。シエル様の魔法は精霊魔法ですか ? 」「精霊も使うけど、今の水魔法は龍神の力。魔法は契約した
「魔物に狙われない ? 」「そうみたい」「ふーん」 メル達と別れた後、早速セロに言ってみた。 でもなんだか、どうでも良さそう。何故 ?「まぁ仕方ないわよね。ヴァンパイアだって魔族だもの。確かに魔物から見たら上官みたいなものよ。そりゃ襲われないわけだよね。 何日も歩いて、更には木の実で行き倒れたのに、魔物が寄ってくる気配も無かったし」「あ……でも、蜂はいただろ。あれが無かったら森は消えなかった。脅威だった」「あの蜂は魔物との共存生活…… ? だかで、一緒にいて魔力を浴びた、ただの虫って聞いたことあるわ。幼虫には魔力ないんだって」 別に狙われたいわけじゃないけどさ。なんかこう、いよいよ自分が人間じゃない事実についていけない。「……」「セロ ? 」 なんだろ。やっぱり、流石のセロもそろそろリコが恋しいんじゃないの ? 魔族と狐弦器奏者って、今のわたしたちどんなパーティよ。そりゃセロの弓の腕前も認めたけどさ。魔物なんか出てくるどころか……これから先会わないんじゃ、余計にわたしがセロといる意味ないわ。「……じゃあ、ほぼ戦闘は無いと言うことか…… ? 」「……理屈上はそうかもね。でもリコに戻ったら襲われるわけだけど」「しかし、戦うとなるといつもお前が表面に出てくるよな ? 」「リコがアテにならないし、反応が鈍いせいかな ? そういう時は、何故か意識がはっきりしてきて、視界も広がって、もうヤバいって思い始めると……人格が入れ替わってるんだよねぇ」「つまり、戦うのはリラ。リコでいても危険があればリラになる。リラは魔物に襲われない……」 そうですね……。「よし ! 今すぐ着替えよう」「はぁ !? 」「もう衣装を着て歩こう ! 」「やだよ ! 」 衣装って ! こいつがリコに選んだあの衣装って、魔法使いの装備とドレスをくっ付けたみたいなヒラヒラしたやつでしょ !?「あれ、谷に
「最終地点、どこから来たの ? 」「スカイの町です」 アリアの東か。「川沿いからアリアを目指そうとしたんですけど、川に到着した直後、魔物は強いわ温樹茶を飲む暇もないわで」「俺たちもう三日、寝てないっす」「ずっと戦いっぱなし ? 」「はい〜」 頷き、半ベソをかく勢いで草むらに尻を付く。「二人とも !! 」「メル !! 」「良かった ! 」「リコさんとセロさんよ。彼女たちが助けてくれて…… ! 」「本当にありがとうございます ! 」「あざっす ! 」「いえ。たかだか二、三匹ですけど……お役に立てて良かったわ」 飲まず食わず、寝る暇もなく魔物に会い続けた ? このパーティが弱いから狙われた ? いいえ、関係ない。 プラムでヴァンパイアに言われた通り。 わたしからは魔族の匂いがするのね。 だから魔物には襲われない……襲われそうになったのも全てリコの時だわ。 全部、偶然かと思ってたけど……多分違う……。「ここどこだ ? 」「川からは随分離れたよな ?」 この先はヴァンパイアの巣窟。でも、あの村ならきっと、人を襲うことはないかな。 コデみたいなのも居たけど……この子供たちを野放しには出来ないわね。「ここから引き返すと……」「いや、魔物のレベルを考えると南下した方がいい。遠くはあるが、ここから直下するとゴルファって町がある。そこを目指した方がいい」 セロが急に話し始める。 地図を広げて全員で確認する。確かに危険難易度レベルの色分けは、この辺より一ランク下。けれど、どう見てもスカイやプラムの方が距離的には近い。「プラ
「わたしはリラ。こっちはセロ。喋れるんだけど凄い……あの、あれよ。シャイなの。面倒臭い奴」「い、いえ。そんな ! わたしはメルと言います。ライムランドから来ました」「ライムランドってどこ…… ?」「この大陸の東隣です。アカネ島を経由してこの大陸に入りました」 アカネはカイの出身地だわ。ここから行くのでもかなりの距離。「東にある大陸か。でも、アカネ島からここまで来るだけで、B級まで上がりそうだけど ? 」「いえ〜。あはは。初心者で出発したので、E級スタートで〜。体力も無くて馬車なんかを使いまくって……」「尚更ちゃんと調べて道を選ばないと……。お金があるなら馬車旅も止めはしないけど……経験値は徒歩の冒険者の方が統計的には上がりやすい」「ですねぇ」 遭難したわたしも人の事言えないけれど……。「それで……どうしてアリアに ? 」「ライムでは雪が降りませんので……雪が見たくて ! 」 道理で薄着なわけだわ。 この辺りはもう温樹茶は必要ないくらいだけど、プラムの直前までは凍えるように冷たい風が吹いてた。「雪山の装備は揃えて来たの ? 」「あ……いえ。こんなに寒いと思わなくて……。結局、アリアの手前で引き返す判断に」「懸命ね」「けれど魔物との遭遇率が ! とてもじゃないけど、捌き切れなくて……。村にも辿り着けなかったので、何も補充しないまま連戦で……」 補充ねぇ。わたしたちも荷物失ってフラフラだった。変な実を食べてヴァンパイアに救われたなんて口が裂けても言えないわね。これはあまり説教出来ないわ。「えと……襲われたのはこの先です」 プラムからそう離れてない……。そばの木に登れば多分、アナの屋敷の屋根が見えるくらいじゃないの ? そういえば……わたしたち、敵に襲われてないな……。 雪山の山賊は…… ? あれは人だしね……。 アリアを襲ったグラスボーン……あれも村を襲いに来ただけ。
「しかし万能だな」セロが狐弦器を片付ける手を止め、ふと空を見上げる。雪山はすぐ側でそそり立ってて、天気がいいせいか今日は一段と白い輪郭が見渡せる。「万能って、何が ? 」「お前の歌さ。DIVAを使わなくてもこれだけ歌えるなら、魔族のお前は石を必要としないんじゃないのか ? 」「まさか。リコが使いこなせてないだけよ。わたしが使えば更に……この石の力は強いのよ」「そうか。しかしなんて言うか……リコとお前は、メロディラインが全く違う。同じ曲を何種類もの旋律で歌わせても、同じラインをなぞることは無いだろう。シンプルにセンスが違う」「そりゃあ……人が違うんだし……」「音楽性を……統一したいところだな」「人格を統合すれば、そのまま安定するんじゃない ? 」「いや、なんでも歌えるってことは、コンセプトのバリエーションも同じだ。色々出来ると言うよりは、なにか突出した特徴が欲しい。酒場での歌はショービジネス。コンセプトを決めておきたい」コンセプト ?酒場の子がバニーの店とドレスエプロンで分かれてるように ?「せめて二種だな。リコとお前で、極端なイメージを付けるとか」「待って ! それじゃあリコがいなくなったらどうするの ? 」「……ふむ。じゃあ、統合はしなくても……」呆れた !「もう。あんたはリコと音楽がしたいんでしょ ? わたしはやらないってば」「勿論。その為に旅に出たんだが」セロは立ち上がると、わたしを真っ直ぐ見据えて言い切る。「リコの音楽は素直で癒しを与える、子守唄のようなメロディだ ! 聴く人々は魅了され、感動し、咽び泣き音の羅列にひたすら感謝するだろう !まさに母の歌 ! 母性の塊 !