「浮かないね」
この人も知らない。結構、年上だよね ? でも……凄い腹筋と綺麗な歯。褐色肌が雪原地域のここじゃ、全員の目を惹いてる。凄く引き締まった腹筋なのに、釣り合わない程の大きな胸。
それに……ニヤッとしてるけど、嫌味がない笑顔だわ。「あんた、ずっと一人だよね ? この村に来た時から気になってたんだ」
「え…… ? ……一人客なんて他にも……」
ギルドの酒場。
わたしは毎日ここに通い続けた。 もうドラゴンの上から落ちた記憶しかない。自分がどう生きてきたのかも、どんな武器を使っていたのかも思い出せなかった。「この辺り、結構討伐報酬高いしさ。良ければあんた誘うおうとしてたんだけど、毎日居る割りに湿気たツラしてるからさ」
「……そうでしたか。実はパーティのメンバーが戻らなくて……」
ギルドにさえ出入りしていれば仲間だった人に見つけて貰えるかもしれない……そう思って毎日欠かさずここへ来てた。
いつかパーティの仲間が………… ? 仲間だった人…… ? それも思い出せない。でもこの地帯は高レベルのモンスターしかいないし、女性一人の冒険者は稀だとみんなが言う。だから、きっと仲間はいるはず。「へぇ。そうなの ? はぐれて今日で何日 ? 」
こういう質問を受けるのは初めてじゃない。
わたしの装備が結構質がいいみたいで、実力を見込んで声をかけて来る人がいる。でも身体はもう、どう動けばいいのか覚えてない。「二ヶ月です」
「二ヶ月ぅ !? そりゃ……あんた…………」
自分でもわかってる。
多分、置いていかれたか、全員殉職したかしかない。でも前者は絶対ない ! じゃあ、何 ? その人達はどうなったの ? 何もかも整理ができてない !「あ……ごめんよ。そんなつもりじゃ……」
「いえ。討伐中の事故のせいで記憶が曖昧になってしまって……。空から落ちたみたいなんです。
今はもう戦えなくて。仲間の記憶も曖昧なんです……」「仲間って、連中の名前は ? あたし海の方からここに来たけど……」
「実は、それも覚えてないんです……。
あ、申し遅れました。わたしリラ · ウィステリアです。ギルドのジョブプレートは持ってて」木低札に名前と登録ギルド名。グランドグレー大陸発行の紋章が付いてるけど、グランドグレー自体が広大な土地過ぎてとてもじゃないけど出身地とは言いきれないような場所らしい。ただし、確実に分かるのは名前と、ジョブ。
わたしのジョブプレートには魔法使いで登録した事を示す六芒星のマークが彫ってある。相変わらず何も思い出せないけど、魔法使いだった事は間違いないよね。
「グランドグレーってもだいたいそうだろって感じねぇ ! へぇ〜魔法使いか。珍しいわね。
あたしレオナ ! よろしく !
しかし……その仲間も、いるかどうなのかも今はもう分からないって……。真面目にさぁ、元々ソロだったんじゃないのかい ? 」「魔法使い何ですけど、同じ場所に双剣も落ちてたんです。柄の部分に『カイ』って男性の名前が書いてあるし……」
「唯一の手掛かりってわけだね ? 」
レオナは真剣に話を聞いてくれた。そして小樽に波々と注がれたエールを一瞬で飲み干すと、すぐにパッと笑顔に戻る。
「あんたの仲間は今頃探し回ってるだろうね。
でもさ。よく聞いてよ。 ここって結構レベル高い地域じゃん ? このままじゃ、仲間と合流しても武器が使えないんじゃお荷物になっちまうよ ? 」確かに一理あるかも……。この双剣がわたしの物でないなら、わたしは今戦う術を知らない……。
「ここに居続けるなんて勿体ないよ。あんた、外に出な」
「でも……戦えないし……」
「山を降りた町は武器屋が大きいんだ。多分、試し切りの施設もあったはずだしそこで相談したらいいんじゃない ? 勧められた武器でも扱ってりゃ、そのうち勘が戻るかもよ ?
だいたい魔法使いだったら尚いいじゃないか。また学べばさ ! そんな顔すんなって。
ほら、あいつに言って紹介状でも書いてもらいな」
そういい、レオナはギルドの受け付けに立つ老人を指した。
「あ……倒れてたわたしを、ギルドまで運んでくてくれた人の一人です」
村長はこちらを見ると、くしゃくしゃの笑顔で微笑んだ。老齢なのに村中の男衆を集めてわたしを救出してくれた。その上、仮住まいの部屋まで用意してくれて本当に助かった。男衆の中にはハーブ屋もいて、毎日野菜には困らない。
でも、そうだよね。わたしは今、町の出入口で短剣を持って草食獣を狩る毎日。感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱい。
このままじゃいけないのは分かってる。 レオナがここに現れたのは運命なのかな。「動かなきゃ。冒険者やんのか、引退するのかさ !
ここでボサっとしてても仕方ないだろ ? 」決断するべき時が来たんだ。
本気で考えなきゃ。「掲示板見たよ。ギルドに来て掲示板見ないやつはいない。あんたの仲間が探してくれてりゃ、張り紙一つで見つけられるんだからさ ! 」
この人。圧が強い 。
正直、こんなこと他人に言われなくても分かってるし、頭ごなしに言われたくない。 でも……レオナは本気でわたしを思ってくれてる。そう感じた。「あ、ありがとうございます……」
「どう ? これから一杯 ! 奢るよ ! 」
「いえ、お酒は ! 」
「以前は飲んでたかもしれないし、全く飲めないかもしれないじゃないか ? どうせ、そんなことも確認してないんだろ ? 」
「そ、それは……」
「ジルって相棒が酒場にいる。紹介するから来なよ。一日くらいいいだろ ? 」
「え、ええ。勿論」
そう言って、レオナは引き摺る様にわたしを隣接する酒場へと連れていった。
「待ちなさい」 はぁ〜。防具屋の壁一つで被害が済んだじゃない。それとも瀕死の人でもいた ? グラスボーン相手にこれだけの被害で抑えたのよ ? 嫌になるわ。 振り返ったセロの坊ちゃんが、思いっきり動揺してるし。この子戦闘では役には立たないのね。 つられてわたしも振り返る。「発つのかい ? 」「武器屋と装備の女将さん……。 また騒ぎになりそうなんで……」 セロくん苦渋の決断か。まぁお宿も高級だったしね。名残惜しいか。「流石だ……。グラスボーンを倒したのだな。たまげたよ……」 何よ。上から目線じゃない。「あのね ! そんな言い方無いと思いますけど ? 」 ──ちょ、やめてよ ! 武器屋夫婦にはお世話になったし、本当にいい人よ ! いい人ねぇ ?「山賊やグラスボーン。どうして男爵は警備をここに置いてくれないの ? 」「し、申請はしてるんだが……返事はなく……」「頼りないわね冒険者は全員が有能じゃないのよ」 セロくんはやっぱり気付いて無いのか。ぽかんとしてる。 先が思いやられるわ。「村長の貴方が動かなければ、この村に発展はない」「村長 !? 」 ──まさか !? そりゃあそうでしょ。雪山の村の村長が紹介状を、なんで武器屋個人に書くのよ。ギルドや聖堂なら分かるけど、武器屋に直接っておかしいのに。「村長は長らく父がしておりまして……。亡くなってからは、継承はしましたが、何から手をつけていいか……」 まったく……。「まず、村の中や生活圏である周辺に魔物がいたのでは人口は減る一方。雪山の村と比べて過疎化が進んでいます ! 」「あんた、やっぱり村長の仕事も兼業では……」 装備屋の妻が亭主を見上げている。「男爵に話はしたんですよね ? このままでは観光も冒険者も、何より住民が安心して暮らせません。何も無い場所からはお金は湧きませんよ。
「……グラスボーン……て奴だよ」 グラス……ボーン ?「雪山で息絶えた凍死体が怨念になった実体のある魔物さ。目は見えねぇからか、音がするものに敏感で、悲鳴をあげると食い付いてきやがる。 名の通り透明になったら最後。どの方向から攻撃されるのか分からねぇんだ」「じゃあこの人はグラスボーンのそばにいたのね ? 」「多分な。治療する。とにかく全員店の奥に。 あいつは特殊な超音波攻撃をしてくる。もう何年もこの辺じゃ悩まされててな」 雪山はレベルが高いとは聞いていたけど、そんな難解なレベルなのね……。 それにしても、「もう何年も」って、山賊の他にこんなものまでいるなんて。ギルドの賑わいに対して村人が少ないわけだわ。山の麓は皆、山越えの準備をするから潤沢に経済が回るはずなのに、この村は寂れてるし。 ──ここにもあんなのがいるんだ。「………… っ ? 」「リラ ? 」「あ……今……」 ──ふぅ〜ん。まぁ、困ってるって事は倒していいって事よね。「セロ……わたし、また……」 セロがわたしの腰の辺りを見てギョッとしたのが分かった。 自分でも知らない間に、銃に手をかけていた。 シキンッ……。「倒せるのか ? 」「……分からない……けど、わたしじゃ…………無くな……」 視界が回る。「リラ ! 」 ──一瞬天井が見えたような…&hellip
「俺達も次の予定を考えないと。男爵への紹介状に期限は無いが、早い方がいいだろう」 宿屋までの道すがら、セロが封書を狐弦器のケースへ入れる。「そうだね。必要な物を買い揃え……」 途中の雑貨屋の前、わたしが書いたサインが店先に掲げてあるのを見つけた。なにあれなんか恥ずかしいんですけど。「まだ無名に等しいのに……」「まずまず盛り上がったから満足だ」 これじゃ気が休まらない……。けど、なんとなく思ってた事が……。「有名人ってもっと張り付かれてるイメージだけど、サイン書いたら皆結構……あっさり帰ったね……やっぱりただの物珍しさだったのかぁ」「どうだろうな。 DIVAを使わないお前はどうなんだ ? 」「は ? えっ !? 」「そこそこ歌えるんじゃないのか ? 」「まさか ! 歌なんて歌ったことないよ ! 」「そうか」「とにかく買い物済ませちゃおうよ。セロは足りないもの無いの ? 」 セロは狐弦器をポンと撫でると、不思議そうに答えた。「楽器さえあれば何もいらないな」「えー……。そういえば、弓は買ったけど矢は少しだけだね」「歩きながらでも削り出せばいいからな」 そんな簡単じゃないよね ? 一度の魔物退治で使う弓の量って馬鹿にならない程赤字だって聞いたことあるけど。「もしかして、節約 ? 」「それもある……。けど、狐弦器のケースが割と……重くなるから……。筋力ないし……」 筋力……。 確かに狐弦器以上重いもの持たなそうだね君……。「じゃあ、わたしは少し
その後、演奏が終わり簡単に挨拶を済ませて渡り廊下へと戻ったわたしとセロはクタクタになった身体で床にしゃがみ込んだ。「急に喋り出すからびっくりした……」「いや、なんか子供はさすがに飽きるでしょ……ってか、みんなが集まってるのって、歌云々より山賊倒したやつの見物が目的だしさ」「まぁ、ストーリーは上手く纏まってたけどにしても……ひょうきんなイメージだな。山賊を倒した英雄談より旅のトラブル談の方が出てた」「だって ! よく考えたら、山賊倒した時記憶飛んでるし ! 」「確かに……」「助けに来てくれたって流れで誤魔化したら……」「俺が倒した事にしてたろ……虚偽だ……。事実無根……」 仕方ないじゃん。人格に関しては、まだはっきり診断されたわけじゃないんだし。「ま、でも山賊を倒しても良かった奴って知った今さ。ヒーローが誰だったかなんてわたしには関係ないよ。セロが探しに来てくれたのが嬉しかったんだ」「……いや、行方不明になられても……レオナとジルになんて言えばいいんだよ。見ないふり出来ないだけだ」 そういいつつ、なんかまたブツブツ出てるし ! セロの蕁麻疹ってツンデレバロメーターか何かなの ?「次はサインか」 窓を覗くと、やっぱり人は聖堂に集まったまま。「雪山の村で、希少な魔物を倒した人が賞賛されてたけど、こんな騒ぎにならなかったのにな。 山賊って、ただの人じゃない ? 考えてみればさ、男爵が兵を派遣してくれたら懸賞金なんか掛けなくても根絶やしにできたんじゃない ? 」「いや、違うらしい」 セロは狐弦器をケースに戻しながら首を振る。「ああ言う連中は人の道から外れ、殺しや強奪を繰り返すうちに精霊の怒りを買うらしい」「精霊の怒り ? 魔法使いでもないのに ? 」「土地にはそれぞれ守護する精霊がいるから…
「あんたら……そんな事で寝てないのかい ? 」「バッカじゃねぇーの」朝方、部屋へやって来たレオナとジルは、引きつった笑みでわたしたちの抱えた箱を見た。「こ、こんな事なら食事も二人を誘えばよかった ! なんで思いつかなかったんだろう ! 」「訪ねて来れば良かったじゃないか」「あんなに人が押し寄せると思ってなかったし……」寧ろ、トラウマだよ……。「売れる為の活動してんのに、客に囲まれてビビってんじゃないよ。えっと。それで ? コンビ名みたいな事 ? あたしゃ構わないけど、そういう大事なことなら自分で決めなよ」ごもっともすぎる……。セロも若干、気まずそう。「おめぇ、なんか候補無いの ? 」ジルに聞かれたセロが難しい顔をする。「今まで、多分誰かと組んだことってない気がするんだ」「あー……そういや、音楽以外の記憶ポンコツなんだったな。んー。じゃあ、あれだ。お互いの共通点からイメージをかっこつけて言ってみ。なんか出てくんだろ」「……う……む。記憶……無い。『メモリーの迷子』とか……」「うん。ダメだな。リラちゃんは ? 歌詞ってリラちゃんが考えて歌ってるんでしょ ? なんか出てこねぇの ? 」思いつかないって言ってるのに、まだわたしに聞くの ?何も出てこない……。セロのイメージ。呪い…… ? いや、これは一旦置いておこう。「名前なんて無くていいんじゃないのかい ? 」「そ、そうかな ? でも……」「ほら、S級の冒険者連中とかさ、二つ名みたいなのが噂で定着すんだろ
宿屋を紹介されたわたしとセロは夕食を頂いていた。「部屋まで持ってきてくれるなんて……」「騒がしいのは苦手だし、ゆっくり食べれていい」 そうなんだけど、冷めきってるのがもったいない。レオナとジルは食堂で食べてるはず。一緒に居たかったけど、ほかの冒険者たちもいるだろうし。昼の調子じゃ煩わしいかな。「それにしても……こんな立派な宿に来る冒険者って、強い人達だよね。魔物も強いって言うし。 お風呂に魔道器があるなんてびっくり。お湯が上から降ってくるんだもの」「そうだな。町の規模が小さい割りにギルドは賑わってる。魔道器に特定の水魔法をかけて置くくらい魔法使いが立ち寄ってるって事だな。 短い距離だったが、俺たちは魔物に出くわさなくて運が良かった。山賊も賞金首だったとはな」「ほんとだよ……」 明日は午前から聖堂で歌う。昨日は内部の建築のインパクトだけで歌っちゃったけど……。「明日はどんな風に歌えばいいの ?」「いつも通りに」 いつもって言葉程、わたし経験積んでないんだけどな。「その時感じた事でいい。心にも無い詩なんか聴きたくないね」「上の空とか……お客さんもいるしアガっちゃうかも」「お前にそれは無いだろ」 相変わらず、食事中もセロは料理に目をやってて、わたしとは視線が合わない。 上の空って事は無いんだけど……。 意識しなくても思い出しちゃう前回聖堂で歌った事。 私の事嫌いなの ? って程、セロは全く自分から絡んでこないし、目も合わない。たまに話したと思えば音楽の事だけ。 だから歌う時は少し緊張してる。緊張…… ? 怖いとかじゃないけど。 あんな風に見つめられたら……そりゃ一緒に旅してるとは言え、慣れないよ……。