LOGIN「やっぱ殆どいないな」 練り歩くも、檻や柵はどれも木々によって壊され、本来の動物の姿は無い。 加えてモンスターの姿も見えない。 理由は単純、「あの兄弟が強すぎる。皆怯えて近づかない」 先の二種は、東条からしても出会った中で二位と四位に入るほどのヤバさだ。 彼等の放つ魔力は、生半可なモンスターが近づくことを許さない。 ――そんな二人は西園を抜け、東園に行く為林の中の長い橋を歩いていく。「……」「……」 しかし次第に口数は減り、霧雨が葉を打つ音が静寂を際立たせていた。 ……二人は気付いたのだ。 入園前に感じていた圧倒的な気配は、あの二種のものではない。 あの二種の様な、凶暴で、攻撃的な殺気ではない。 もっと雄大で、静かで、堂々たるものだ。「ノエル」「ん」 乗せられる手をしっかりと握り返し、纏めて全身を漆黒で覆った。 万が一があっても、絶対に離さないように。 ……この先にいるのだ。その存在が。 二人の肌を、緊張と興奮が走る。 只のモンスターの気配なら、そこに必ず敵意と恐怖が付き纏う。 今感じている程の魔力にそれが付随していたなら、二人して迷わず逃げただろう。 しかしこの先に待つモンスターからは、それが一切感じられない。 東条が入口で不思議な感覚に襲われたのも、全く敵意のない魔力に晒されるのが初めてだったからだ。 あそこで大丈夫と思ってしまった時点で、何か普通とは違うモノがいることを察するべきだった。 他者の感情すら麻痺させるほどの、超常的存在。 ……ただ、危険でないと分かったら分かったで、彼等の探求心は抑えられなかっただろうが。 ――林道を抜け、薄霧にけぶる遠方が段々と姿を現していく。 一歩進むごとに汗に湿る掌。 好奇心と緊張に加速する心臓。 ――眼前が開け、遂に、『それ』は彼等の前にその威容を晒した。「……」「……わぁ」 ――『それ』は、正に山であった。 体高二十m。 全長四十m。 皮膚は苔や岩、樹木に覆われ殆ど見えないが、所々から白い唐草模様の肌が覗いている。 頭部に生える二対の牙は猛々しく。 三本の長い鼻が、ゆっくりとトレントを毟っては口の中に運んでいた。「……象」「象、ではないな」 デカすぎて初めは建物だと思っていたくらいだ。 ただ、真に特異なのはそのデカさではない。 辺
パタパタ――と耳心地の良い律動が、並んで歩く二つのレインコートを叩く。 雫の重さで木の葉が頷き、大地に落ちては飛沫を上げる。 気怠気な空模様は昨夜と変わらず、降り続ける地雨は未だ止む気配を見せない。「ピッチャピッチャ」「チャップチャップ」「ラン、ラン、ルー」「……何か違くね?」 水溜りにジャンプする少女は、本日もカメラ片手に上機嫌。 天からの恵みを、余すことなく楽しんでいた。「もうすぐ?」「あぁ。……あれじゃね?」 煩わしい人間関係から解放された二人は、予定変わらず帝国大学に向けて進んでいた。 人がいるかいないかは関係ない。一応行ったという事実があればそれでいいのだ。 目の前に鎮座するのは、あの有名な赤門……ではなく、苔生し蔦生え木々に取り込まれた、緑門。 どうすればこうなるのか、年数を感じさせる風格は、宛ら異界の門である。「希望薄」「さっさと抜けちまうか」 植林地帯と化した校内に足を踏み入れる彼等は、生存者に期待せず、その先の目的地へ胸を高鳴らせるのだった。 ――スピーカーを回収し、跳ねる様に包囲網を突破する。 結論、生存者ゼロ。 緑に溢れかえる広大な敷地内、三か所に分けて試したが何れも反応なし。 二人は一番高い校舎によじ登り、屋上で休んでいた怪鳥を蹴り飛ばした。「大分騒いじまったからな」「わんさかわんさか」 眼下では、自分達の縄張りを荒らされ、怒りに震える有象無象が殺し合っている。 種族が違えば味方ではないのだろう。 そこに標的を見失った苛立ちが加わり、大乱闘が起きていた。 空から突撃してくるモンスターの嘴を掴み、叩き折る。「ん」「何だ、欲しいのか?」 両手を突き出すノエルに残骸を差し出すが、叩き落とされる。「違う。おんぶ」「……ガキかよお前」 あの時は最初だったから大事を取っておんぶしたのだ。 やり方が確立された今、甘やかす必要などない。「全力で身体強化すりゃ俺より早く走れんだろ」「強化苦手。ん」「……ったく」 中腰になる東条の背中に、バッタも斯くやな勢いで飛びつく。「ゴ―」「はいはいっ」 足部分を武装し飛び降りる東条に合わせ、ノエルが右手を振り上げる。 瞬間、地面が両側に抉れ、モンスターを巻き込み滑り落としていく。 後には一本のまっさらな道が出来上がった。「こりゃ
§『お前ら、プレミアム入ったか?』 『愚問』『愚問』 『愚問』『金払ってないのが悪いくらいだったからな』 『間違いない』『それじゃあ冒険に』 『レッツゴー‼』――『おい、まさかノエルちゃん、風呂にカメラ持ってく気か?』 『何も問題ない。日本はそういう文化だ』『そうだぞノエルちゃん。何も問題ない』 『ガンガン持ってこう』『クズしかいねぇ……』『ん?おい待てカオナシさん。何でノエルちゃんと一緒にいる⁉』 『まさかこいつ、一緒に入る気じゃ⁉』『女⁉』 『な訳あるか‼あ、余計な事言うんじゃねぇ‼』『カメラが⁉』『許さねぇぞカオナシ‼テメェだけは絶対に許さねぇ‼』『ああああぁぁぁあああ』『……クズしかいねぇ』――『何だあの生物。尻尾振ってるぞ?』 『めっちゃ可愛い』『モンスターなのか?』 『凶暴なのばっかじゃないんだな』『奥が深い』『次は女子大?』 『なぜ?』 『……成程。この動画を金稼ぎに使うなら、生存者を助けた方が好感度が上がる』『あーなる』 『お前頭いいな』『そこで女子大を選ぶカオナシさんは分かってる』 『さあJDを救いに行こう!』『おー』――『……おー……』 『すげぇ緑だな』『まぁ人が集まる場所は、必然的にモンスターも集まりやすいからな』『かと言って人探しの為に歩くなんて二人はしないだろうし』『大きな避難場所にいる人以外は彼等の施し受けれそうにないな』 『なむ』『南無』 『ん?スピーカー?』――『ノエルちゃん頭いい子』 『才色兼備』『将来有望』 『焼肉定食』『見た感じ人いなそうだが』 『スピーカーめっちゃ囲まれてるw』『見せてくれカオナシさん!』 『あんたの力を俺達に!』『いっけーーー!』 『はぇえええええ!』『体感速度やべぇ!』 『一撃で蜥蜴吹っ飛んだぞ!』『やっぱこの人バケモンだ』『次どこ行くと思う?』 『方向からして帝大かと』『あー。日本一の学生だ
「快人?そんなに警戒する必要あるの?」 壁に小さな穴を作り、外を覗く彼にキララが尋ねる。(見ていれば奴の能力のヒントが分かると思ったけど、皆目見当がつかない。 奴は僕の能力に気付いている節があった。僕と同じ部類と見るのが妥当か? じゃあ、あの黒いのは何だ?クソっ)「快人?」「あ、あぁ。ごめん」 心配気な彼女に、無理矢理笑顔を作る。「もし何かしてきたらぶっ飛ばしちゃえばいいじゃん!」 言い切るキララは、彼の強さを疑っていない。 そんな健気な姿に、快人の笑みが引き攣る。 快人は気付いているのだ。あの得体の知れない何かが、自分より格上だという事実に。 黒い男だけではない。魔力量で言ったら、女の方がずば抜けて高い。 肌を伝う冷や汗と鳥肌は、初めてモンスターに襲われたあの時を思い出させる。 大学の帰り、彼はいつも通りネカフェで漫画を読んでいると、突如叫び声が聞こえモンスターが雪崩れ込んできた。 店内を必死に逃げるが、追いつかれ、傷を負わされてしまう。 目前に迫る鋭い牙。目を見開く自分。逃げたくても動かない身体。 瞬間、恐怖に付随する、死にたくないという叫びにに呼応したのか、床が盛り上がりモンスターを天井に打ち上げた。 固まる彼だが、ふ、と気付く。 店内にいるモンスターの位置が分かるのだ。一匹一匹、鮮明に。 彼はそれから個室に隠れ、近づいてくるモンスターを察知して圧殺しまくった。 掃討する頃には、彼を慕う仲間もでき、外から避難民もやってきた。 皆が彼を頼り、彼に畏怖していた。 ……順調だったのだ。全てが順調だった。 友達もできず、毎日を一人で過ごし、気力もなく生きていた自分が、遂に主役になれる時がきたのだ。 それだというのに、いきなり来た奴らが自分の領域を犯そうとしている。 邪魔するものは敵、皆敵だ。 ……いざとなったら……、「……僕よりは弱い。うん。僕よりは弱い。……行こうキララ」「うんっ。次は何のゲームする?」「好きなので良いよ」 ただただ、彼は自分の城を取られたくないだけだったのだ。 人を見下し、顎で使うことに快感を覚え、異を唱える者は切り捨てる。 さながらそれは、自らを王と錯覚した、愚者の様であった。「まささん、有難うございました」「「「ごちそうさまでしたっ」」」大勢の者に頭を下げられる東条は
「君達、心優しい旅人が食事を恵んでくれるようだ。一度外に出てくれ。早く」 突然の指示に狼狽える避難民だが、抵抗する意思もない彼等は怯えながらも快人についていく。 外に出た総勢二十数人の集団は、自分達の先に四人の若者がいるのを見て安堵した。 普段から素っ気なくも、優しく接してくれるα、β隊の八人は、快人なんかよりもよっぽど信頼できる人達だ。 そんな四人の方に歩き出す集団を確認し、……快人は背を向けた。「キララ、もう少し下がってくれ」「わかった」「……あれ?快人さ「グランドウォール」 立ち去る快人に気付いた一人が名前を呼ぶも、声は届く前に堅牢な土壁に阻まれる。 一瞬にして拠点を囲む様に自分達とを分断した五mの壁に、誰もが唖然とする。 そして脳裏を過る。囮の文字。「嘘だろ⁉」「お願い助けて!」「子供だけでも!」 大騒ぎになる、寸前、「落ち着いて下さい!大丈夫ですから!」 快人が壁を張ると同時に開けた穴を通り、中年が声を張り上げた。「リーダーはこの方を信頼していないだけです!皆さん普通に戻れますので心配しなくて大丈夫です!」 前に出る東条に数人が怯えるが、お構いなしに洗濯機を地面に下ろす。「こん中に食べ物入ってるんで、好きなだけどうぞ」 そう言って再び下がる東条は、彼等を怖がらせないよう、なるべく距離を取って地べたに腰を下ろした。 大量の食料を配っていく中年と、その周りに広がる食事風景を遠目に見る。「ガリガリ」「あぁ。まともに食わせてもらってないんだろうな」 コンビニで聞いていたため、然程驚きはしない。「可哀想?」「別に」 東条は大して興味も無い、と空を見上げ、ふわふわと揺蕩う綿雲を眺める。「何もできないし、何もしないし、何もしようとしてないんだろ?じゃあ戦える人間優先に飯配んの当然だろ」 嘗て自分がいた場所では、皆が一人一人出来ることを探し、互いに尊重し合い助け合っていた。 全力で生きていたからこそ、誰も卑屈にならず、自暴自棄に陥らなかった。 自らの存在意義を確立するというのは、集団の中では必須のスキルだ。それで心持も変わるし、活力も湧いてくる。 ただそれも、上に立つ者によって大きく左右されるのは否めない。 もし自分が最初からあの場にいて、有り得ないがリーダーをしていたら、きっとここと似たような環境になっ
「……あのおっさん達無事かな」「……」 ネットカフェの外、バリケードの内側。 軽食を食み、休憩をする四人の若者達がいた。 彼等の表情は一様にして暗く、充満する空気もどことなく重い。「強く言い過ぎたかな」「そんなことねぇよ。あっちも俺らを売ろうとしたんだ。 ……どっちが間違ってたとかじゃねぇんだよ。俺もあっちの立場なら同じことをした」 あまり話す間柄ではないといえ、こき使われる者同士今まで生き残ってきた仲だ。 なんだかんだ互いに共感し、心配し合っているのも事実だった。 だからと言って何かできるという訳でもないのだが……。「……俺達なら、四人でも特区出れんじゃないかな?」 いつも話題に上がる脱出計画。しかし出る答えも、いつもと同じ。「常に張り詰めて、夜もぐっすり眠れない中、いつ来るかも分からない襲撃に怯えるんだ。お前耐えれんのか?」「……」 全員が黙り込んでしまう。その沈黙が彼等の意思を代弁している。「……それに見たろ。リーダーが戦ってたホブってやつ。あんなのに勝てると思う程、俺は自惚れてねぇよ」 一度だけ見た事のある、快人の戦闘。 その時に戦っていた相手は、自分達では到底届かないレベルの敵であった。 そして快人は、そんな敵を圧倒していた。 策も無く出たら確実に死ぬ。非情な現実を、彼等はあの場で実感したのだ。「たまに出てはレベル上げ、持ってきたもんは全部自分とあの女の物。 そもそも何だよあのクソギャルっ、体で媚び売りやがって、余裕あんならガリガリに痩せたあいつらに分けてやれよっ「おい、……落ち着け」 感情的になる一人を、もう一人が冷静に宥める。「聞かれたら即追放だぞ。聞かれなくても不味い。その状態であいつの前に出るなよ?」「……分かってるよ。わりぃ」 ――雑談も区切りがつき、鍛錬に戻ろうと立ち上がった。矢先、「――おいっ、何が来た!」「え?」 ドアを開け、快人とキララが飛び出してきた。 初めて見る快人の焦燥に、隣にいる彼女も焦っている。「チッ、速く外を確認しろっ。何かいる」 命令を受けた四人は、慌てて土で造られた高台に上り、恐る恐るバリケードの外を眺める。「……んだよ、おっさんじゃねぇか。と、誰だあれ?」 β隊の後ろには、見たことのない顔が二つ並んでいた。「もしもしリーダー、今帰ったので