LOGIN12月24日。色とりどりにライトアップされた東京都池袋。 独り身のオタクには、少しばかり肌寒い夜。 周りのカップルを横目に、口元をうずめた彼は気づく。……クリスマスツリーの天辺に現れた、不可思議な球体の存在に。 指を指す者、カメラを向ける者、ざわめくその中心に、 ーー何かが落ちた。 舞う鮮血。響きわたる悲鳴。その日を境に、世界は変わった。 これは一人のオタクが、変わってしまった現代を死に物狂いで冒険する 『Real』 である。
View More鼻孔を撫でるのは雨に濡れた土の香り。
耳を通り抜けるのは吹き抜ける風の音色。
舌に薫るのは深緑の若葉が紡ぐ優しさ。
肌を刺激するのは穏やかな朝の静けさ。
目に映るのは、眼下に満ちる破壊の痕跡と、建物から不規則に顔を出す木々の歪さ。
ここは東京都にある池袋駅周辺、つい先日までは人で溢れかえり、喧騒に満ちていた場所である。§
「は~、」
夜空に昇る白い息を見届けてから、周りを見渡し、
「……は~」
もう一度吐く。本人とて、そこに落胆が混じっていることに気付いている。
彼の名前は
今日は、得も言われぬ敗北感を白く染める作業が捗る。なぜかって、本日の日付は十二月二十四日、クリスマスイヴだ。
目に入るのは、カップルカップルカップル鳩たまにホームレス。池袋駅東口を出た前には、豪華とは言い難いがしょぼくはないイルミネーションが飾られている。
この中では一番力を入れられたのであろうクリスマスツリーを見上げる人達を横目に、彼は駅に向かって歩いてゆく。
赤信号を前に、ポケットに手を突っ込み、ジャケットに口元までうずめて待っていると、不意に後方から呟く声が聞こえた。
「……なんだあれ?」
誰が発したのかも分からないその声は、喧騒の中で不思議とよく通った。
彼は首を回し、
――原因の物を見つけるのに時間はかからなかった。
周りの人間の全てが、『それ』を注視していたから。 『それ』はクリスマスツリーのちょうど星の部分に現れていた。紫がかったドブ色の球体で、絶えず波打っている。
数秒ほど見ていると、周りが段々と騒さわがしくなりシャッターを切る音も目立ってきた。
(……キモイな)
本来無かった物が無理矢理そこに収まろうとしてるような、言い知れない違和感と悍ましさを感じる。
さっさと立ち去ろうと、東条が青になった信号を渡るために足を踏み出
そうとした時
どさっ
何かが落ちた。
と同時に一人の女性がフラッシュをたく。
直後、女性の首から鮮血が舞い、辺りに飛び散った。
……ほんの一瞬だけ、時が白くなる。 「「「きゃあああああああッッッ‼」」」「どけっ‼」 「――っ‼」 そこからの行動に大した違いはなかった。一人の者は我先に、二人以上の者達は互いに焦りながら、もしくは弱い者を守りながら、たった今、人ごみの中に突如として出来た最も危険な場所から離れようとする。しかし、
彼等は見ていなかった。背を向けていた。
もしまだ前を向いていたら、もっと必死に逃げただろうに。
……それでも結果は変わらなかっただろうけど。
「あ?」 突然の背後からの喧騒に、東条は再度振り向く。 落下音がしたと思ったら、数秒後悲鳴と共に大量の人間が押し寄せてきた。 意味が分からない。いや、意味は何となく分かる、おそらく中心地で何か起きたのだろう。普通は起こってはいけない事が。そんなことを考え、自分もその場を離れよと脚に力を込めた瞬間に、それは起こった。
ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと
ドブ紫色の玉が爆発的に膨張し、そして濁流の如く溢れ出した。
溢れ出したそれらは人の形をしていなかった。
人の形をしていないそれらは大小様々色も形もばらばらだった。
――そして、むせ返るほどの血の臭いをさせていた。――モンスターの種類。 独断と偏見で名付けたモンスターを、動画に乗せて紹介する。 ・『ゴブリン』 『ホブゴブリン』 東条を死まで追い詰めた『ゴブリンキング』 ・群れを成して狩りをする『グレイウルフ』 そのボス『ダイアウルフ』 ・恐らく嘗ての東条の仲間達が戦った、たまに空を飛んでいる黒鳥『ヒュッケバイン』 ・東条がまだ彼等と過ごしていた頃から、屋上によく飛来してきた小型の鳥。ノエルの授業にも使われた『チーヴァ』 ・同じくよく飛来してきた、カナブンもどき。ノエルの授業にも使われた『ムグラ』 ・『オーク』 『ハイオーク』 ・大型のムカデ『グランピード』 ・黒色の大型猫モンスター『クァール』 ・領空を犯した外敵全てを数の暴力で殲滅する、四枚羽の鳥『ユパ』 ・そこら中に生え、木、草、蔓、花、様々な形を持つ植物型モンスター『トレント』 ・と一緒によく見る、近くを通った者を捕食する植物。ノエルの授業にも使われた『カーニバル』 ・風呂好きのキュートな中型生物『湯煙ラッコ』 ・東条が女子大にて蹴り殺した大型爬虫類『グアナ』 ・牛頭の魔人『ミノタウロス』 ・サイ頭の魔人『ミノライノス』 ・カバ頭の魔人『ミノポポタマス』 ・二頭の犬『オルトロス』 ・尾に毒蛇を持つ化け雄鶏『コカトリス』 ・単眼の巨人『キュクロプス』 ・そして、絶対的な魔力を纏いながらも、害意を持たず、雨や薄霧と共に移動する超自然的生物『ベヒモス』 ベヒモスの姿を見た藜組の面々は、二人の予想通り目を見開いて固まっている。 画面越しでも分かるその威容は、凡そ人類に勝ち目などない事をまざまざと突き付ける。「……おいおいおい、なんだよこりゃぁ。よく生きて帰ってこれたな」 藜が一息つきソファに凭れる。「敵意がなかった。だからノエル達も気付かなかった。雨が降ってる場所は彼女がいると思っていい」 事実、ノエルの推測は間違っていない。 世界が変わったあの日から、山手線エリアの広範囲は何故か天気に恵まれる。 それは偏に、雨雲が常に一か所に集められているからだ。 雨雲にベヒモスがついていっているのではない。ベヒモスのいるところに雨が降るのだ。 高所から見れば確認できる。移動する暗雲の存在を。「もし遭遇したらどうする?」「楽しかった記憶でも愛でるといい」「はは
東条は思う。こいつの正体は蛇ではなくハムスターだったか、と。 意地汚さ極まる言語崩壊だが、この場所に彼女の言葉のニュアンスを聞き取れない者はいなかった。 特に藜は濁った眼を見開き、再び活力を取り戻し急いでソファに座った。「それは本当か?嬢ちゃん」「んぐ。……嬢ちゃんじゃない。ノエル」「これはすまない、ノエル。で、それは本当か?」 詰め寄る藜を気にした風もなく、余裕綽々と茶を啜る彼女。 自分だけが今最も必要とされている情報を持っていることに、優越感的何かを感じている。 東条は思う。ガキかこいつは、と。いや、ガキだったか、と。「本当」 藜の口が嬉しさに歪む。喜んでいるのだろうが、傍から見ると正直怖い。 それを横目に、東条は呆れたようにノエルを睨んだ。「何でさっき言わなかったんだよ」「お菓子おいしかった」 藜に続き、今度は彼が頭を抱える番であった。 その欲望に忠実すぎる理由に、三人の目が点になる。「ハハハハハッ、おいっ、ノエル嬢にもっと菓子を運んでやれ!」 爆笑する老爺が給仕を呼びつけ、茶菓子の追加を要求する。「いいの?」「あぁ遠慮するな。たんと食え」 ノエルの目が輝く。「おじいちゃん良いじいちゃん」「……おぉ、何か今キュンときたぞ。これが孫というものなのか?のぅボス!」「知らないよ」 真のおじいちゃんに目覚めた老爺が、興奮にはしゃぎだす。 一瞬で空気を弛緩させたノエルを、東条は素直に凄いと思った。……狙ってやったかは別として。 新しく運ばれた菓子を前に、ようやく本格的な商談が始まる。「じゃあ早速聞かせてくれ」 どら焼きを両手に、ノエルが目を細めた。「猿の前に金の話。ノエルの持つ情報がそっちの納得いくものじゃなくても、ノエルは知らない。後からぐちぐち言われるのは嫌い」「ほぅ……」 三人が少しだけ驚いた顔をする。 目の前の少女が、只の食いしん坊ではない事を理解した。「いいね。いくらがお望みだ?」「一億」 芋ようかんを立てて一を表す。「いいだろう。交渉成立だ」 どんな情報かも分からないのに、一億は多すぎだろう。 そんな東条の懸念とは裏腹に、藜は二つ返事でその額に応じた。「支払方法はどうすればいい?聞けば口座がないようだけど、こちらで作ろうか?」 至れり尽くせりの内容に、東条は混乱する。
(……こいつは、ヤバい) 今でこそ先までの圧は感じないが、それでも東条の本能は警鐘を鳴らし続けている。 今すぐ逃げろ、と。 でなければ、全力で殺せ、と。 ジワリ、と冷汗が頬を伝った。 通常魔力を知覚できる者は、モンスターも人間も区別なく、魔力量の差で力量を計り、本能的に襲撃か逃走かを決める。 それが最も効率的であり、合理的であるからだ。 では何故東条や快人が、自分より魔力量の多い敵を前に立っていられるのか。 その理由がcell、合理の外にある力を有しているからだ。 自らの力を自覚し、引き出し、覚醒した彼等は、他の生物とは言葉通り『格』が違う。 人間が蟻に怯えない様に、鷹が鼠に怯えない様に、彼等は有象無象に怯えない。 ただし力が隔絶しすぎていた場合、その限りではない。 恐怖が『格』を貫き、心を蝕む。 ジャイアントキリングは何時いかなる時も起こり得る。 話を戻すと、魔法だけを扱えるモノが魔力量という目しか持たないのに比べ、彼等は魔力量に固執することなく、格という目で力量を計ることができる。 敵がcellに覚醒しているかまでは当然分からないが、覚醒者はより詳細に敵の力を見極められるということだ。 そして藜を前にした東条の本能は、この男を自分と同格か、それに匹敵すると訴えている。 奴の危険度は、本気のノエルよりも、上だ。 東条は警戒を表に出さない様に、ノエルを連れ対面のソファに座った。 紅と同じく真赤なポケットチーフをつけているのが残り二人。 目の前の男をボスとして、この三人が最高権力者なのだろう。「いやぁ申し訳ない。あまりにも凄い人が来たもんで、咄嗟に威嚇してしまった」「本当ですよ。一瞬で帰りたくなりました」 声に不自然はないだろうか? 平静は装えているだろうか? 自分の顔が隠れている事に、過去一番の感謝をした。 言葉的に見るなら、相手もそれなりにビビってくれているようだが。「はははは、まぁそう言わずに。商談といこうじゃないの」 タイミングよく、組員の女性がお茶と高そうな茶菓子を運んできた。 机に置かれると同時に、バリむしゃとノエルの口に吸い込まれていく。先の緊張感はもう忘れたらしい。 そこで、声のトーンを変え藜が此方を見る。「単刀直入に聞きたいんだけど、君達、猿に似たモンスターの情報を持ってないかい?
「本部って……」 到着した場所を見上げ、東条は一人ごちる。「驚いたか?」「えぇ、まぁ」 彼が驚くのも無理はない。 何せその場所は、日本の防衛施設の要、防衛省に他ならない。今では旧防衛省と言った方が正しいのかもしれないが。「ここからは私が案内する。お前は戻って私の部屋の掃除を続けろ。呼んだら来い」 部下にコートを脱がせる紅が、康に向けて言い放つ。「……はぁ、分かりました」「何だその溜息は」「な、何でもないです!ではっ」 うっかり漏らした溜息のせいでうっかり殺されるのは御免だと、康はハンドルを切り一目散で去って行った。 まざまざと見せられた覆ることのない上下関係に、二人も同情を禁じ得なかった。 ――「お疲れ様です!」「お疲れ様です!」 一歩進む毎に聞こえてくる定型文。 お疲れ様のゲシュタルト崩壊。 東条とノエルは、何度目かの挨拶にうんざりを通り越して関心すら湧いてきていた。 幹部である紅に向けられる挨拶は、入口を潜った直後から途切れずに続いている。 当の彼女はそれに返事すらしないため、自分達がどういうムーブをすれば良いのか全く分からない。 部下達に見送られエレベーターに乗り、ようやく静かな空間が戻ってきた。「もうすぐだ」「はい」 ベルが到着を報せ、そこから目的の部屋までもう少し歩く。 どんな人が待っているのか。 ヤクザのボスなのだから、ムキムキのスキンヘッドなのだろうか。 そんなことを考えていた、 直後、二人の肌を粟立つ感覚が襲った。 ……目の前にあるのは、一つの扉。「ここだ」「「……」」 二人を一瞥した紅は、遠慮なく扉を開け放つ。「ボス、今帰ったよ」「……はぁ、見ればわかるよ。男の子の部屋はノックしましょうって教えたよね?」 もう何度同じことを言ったか。藜が突っ伏し顔を覆った。「別にいいだろう。その年で自慰している訳じゃあるまいに」 悪びれた様子もない紅が澄ました顔で自分の後ろ付いたことで、これ以上言っても無駄か、と藜も諦める。いつものことだ。 そして、彼は未だ部屋に入ろうとしない二人に目を向ける。「どうした?茶と菓子も用意している。早速話し合おう」 濁り切った瞳で、見定める様な笑みをその顔に張り付けるのだった。