月詠見の提案で、蒼愛にはすぐに日の加護と暗の加護を与えられる運びになった。
大きな卓をどかして、蒼愛は紅優と並んで座り、月詠見と日美子に向き合った。「まずは蒼愛が全属性の力を使えるようになるのが先決だ。今でも四つの属性は使えているようだね。日と暗も紅優の妖力で補えているが、弱い。俺たちが加護を与えれば、より確実に使えるようになる」月詠見がさっきまでとは打って変わって真面目に話し始めたので、驚いてしまった。
真面目な顔の月詠見が、掌を上に翳す。
手の中に黒い神気が浮かび上がった。 隣の日美子の手には白い神気が浮いている。 二人が、もう片方の手をぴたりと重ねた。 白い球体と黒い球体が合わさった。 球体の中で白と黒の色がマーブル模様を作っていた。(白と黒の万華鏡みたいだ。綺麗だなぁ)
日美子と月詠見の神力を、蒼愛はぼんやりと眺めていた。
「日と暗の神力を、蒼愛の霊元に沁み込ませるよ。最初は衝撃が強いと思うから、紅優が後ろでしっかり支えるように」
月詠見に促されて、紅優が蒼愛の後ろに回り込んだ。
小さな体を大きな手が支える。 蒼愛は後ろを振り返って、紅優に笑いかけた。「ありがとう、紅優」
「頑張ってね、蒼愛」前に向き直ると、月詠見が蒼愛の肩に手を掛けた。
「それじゃ、入るよ」
掌の白黒の神気が蒼愛の胸に押し当てられる。
まるで吸い付くように、月詠見の神力が蒼愛の中に入り込んできた。「ぁ……温かい」
体中に広がった神力が霊元に吸い込まれる。
優しい温かさが体を巡って、意識が薄れる。「蒼愛!」
紅優の声で、閉じかけた目を開いた。
月詠見の手が伸びて、蒼愛の顎を掴まえた。「仕上げだね」
唇が重なって、大量の神力が流れ込んでくる。
胸の奥の方から、大きな力が湧き上がってくる感覚がした。「んっ&hell
「これで蒼愛は六つの属性の力総てを使えるようになったわけだけど。もう一度、色彩の宝石を作ってみる?」 月詠見の提案を日美子が慌てて止めた。「何言ってるのさ。あれだけ集中力が必要な力をそう何度もやらせたら、蒼愛が疲れて動けなくなるだろ」「そうかなぁ。蒼愛なら出来ちゃいそうだけど」「自分が見たいからって無理させるんじゃないよ」 月詠見と日美子が言い合いを始めてしまった。 蒼愛は、おずおずと手を上げた。「えっと、あの……、大丈夫だと思います」 二人が黙ったまま蒼愛を見詰める。 居た堪れなくて、蒼愛は紅優を振り返った。「出来そうな気がするんだけど、やってみてもいい?」「蒼愛ができると思うなら、いいよ」 蒼愛の髪に口付けて、紅優が頷いてくれた。 途端に安堵が広がる。「ほらね、出来そうだって。紅優もいいってさ」 月詠見が得意げに日美子に捲し立てた。「日美子様、心配してくださって、ありがとうございます。でもきっと、大丈夫です。お二人の力はとても温かいから。日美子様は温かくて優しいし、月詠見様は適当そうだけど、優しい神様なんだって、神力で感じました」 蒼愛の話を聞いて、日美子が吹き出した。「そうかい、なら、反対しないよ。やって見せておくれ、蒼愛」 日美子の目が、月詠見に向く。 ちょっとだけ拗ねたような顔は、子供っぽく見えた。「じゃぁ、作ってみます」 最初と同じように、自分の手を重ねる。 目を閉じて集中する蒼愛を、後ろから紅優が包んでくれる。とても安心できた。 手を少しずつ開いて、霊力を練り、集中する。 直径二㎝ほどの大きさの玉が、蒼愛の手の中に現れた。 七色に輝くその宝石は、先に作った玉より明るい光を放って、強い霊気を帯びていた。「どうでしょうか」 宝石を乗せた両手を月詠見に差し出す。 蒼愛の手の中の石を摘まんで、月詠見がまじまじと観察する
月詠見の提案で、蒼愛にはすぐに日の加護と暗の加護を与えられる運びになった。 大きな卓をどかして、蒼愛は紅優と並んで座り、月詠見と日美子に向き合った。 「まずは蒼愛が全属性の力を使えるようになるのが先決だ。今でも四つの属性は使えているようだね。日と暗も紅優の妖力で補えているが、弱い。俺たちが加護を与えれば、より確実に使えるようになる」 月詠見がさっきまでとは打って変わって真面目に話し始めたので、驚いてしまった。 真面目な顔の月詠見が、掌を上に翳す。 手の中に黒い神気が浮かび上がった。 隣の日美子の手には白い神気が浮いている。 二人が、もう片方の手をぴたりと重ねた。 白い球体と黒い球体が合わさった。 球体の中で白と黒の色がマーブル模様を作っていた。(白と黒の万華鏡みたいだ。綺麗だなぁ) 日美子と月詠見の神力を、蒼愛はぼんやりと眺めていた。「日と暗の神力を、蒼愛の霊元に沁み込ませるよ。最初は衝撃が強いと思うから、紅優が後ろでしっかり支えるように」 月詠見に促されて、紅優が蒼愛の後ろに回り込んだ。 小さな体を大きな手が支える。 蒼愛は後ろを振り返って、紅優に笑いかけた。「ありがとう、紅優」「頑張ってね、蒼愛」 前に向き直ると、月詠見が蒼愛の肩に手を掛けた。「それじゃ、入るよ」 掌の白黒の神気が蒼愛の胸に押し当てられる。 まるで吸い付くように、月詠見の神力が蒼愛の中に入り込んできた。「ぁ……温かい」 体中に広がった神力が霊元に吸い込まれる。 優しい温かさが体を巡って、意識が薄れる。「蒼愛!」 紅優の声で、閉じかけた目を開いた。 月詠見の手が伸びて、蒼愛の顎を掴まえた。「仕上げだね」 唇が重なって、大量の神力が流れ込んでくる。 胸の奥の方から、大きな力が湧き上がってくる感覚がした。「んっ&hell
「それで? 二人は俺たちに、お願い事があってきたのだろう? 紅優の悪巧みを聞かせておくれ。面白そうなら、一枚噛んでやってもいいよ」 月詠見の目がニタリと笑んだ。 面白尽の視線に、紅優が居直った。「蒼愛は見ての通り、宝石の人間の蒼玉で、俺の番です。元は餌として仕入れた人間でしたので、宝石の質は番にしてから知ったのですが……」「本当に?」 月詠見の問いかけに、紅優が息を飲んだ。「蒼愛の青い髪と目は、番になってからの変化かい? 霊力は? これだけ大きな霊力を蓄えた人間の質に、番にする前に気が付かなかったとは思えないなぁ」 月詠見が笑みを崩さず問いただす。「霊元があり霊力量が多い人間を所望して購入したので、疑いませんでした。青い目も髪も元からでしたが、まさか餌に宝石が混じっているとは思いません。蒼愛が俺の元に来た時は霊元が閉じていて、本来の質が出ていませんでした」 紅優の言葉に嘘はない。 紅だった頃の紅優が気が付いていたかは別として、今の話は蒼愛が聞いた内容と同じだ。「なら紅優は、どうして蒼愛を番にしたんだい?」 日美子の問いは、尤もだし、一番大事だと思った。「魂の色が綺麗だったからです。霊元さえ開けば、蒼愛の霊力量なら番になれると思っていました」 振り返った紅優が、はにかんだ顔で蒼愛の髪を撫でた。 いつもの仕草が、今日はいつもより嬉しく感じた。 月詠見と日美子が確かめ合うように顔を見合わせた。「まぁまぁ、だね。ぎりぎり及第点かな」 月詠見の言葉に、紅優が息を吐いた。 安堵した感が、ありありと伝わる。「私ら相手にそこまで緊張してたんじゃ、淤加美は誤魔化せないよ。もう少し、自然に話すように頑張りな」 日美子に腕を叩かれて、紅優が苦笑いした。(紅優、緊張してたんだ。いつもよりは気が張ってる感じはしたけど) 蒼愛はこっそり、紅優の手を握った。 気が付いた紅優が蒼愛に笑いかけてくれて、少しだけ安
雲の中を駆けた紅優の体が明るい場所に飛び出した。 紅優の体にしがみ付いていた蒼愛に、声が掛かった。「もう目を開けていいよ、蒼愛」 いつの間にか紅優の姿が妖狐から人型に戻っていた。 紅優の背中から降りて、辺りを見回す。 静かな何もない場所に、神社のような建物が一つ、建っていた。(とってもシンプルな作りの家だけど、快適そう。流れてくるこの感じは、神力かな) 神力という言葉を、蒼愛は知らない。 知らないはずなのに、そう感じた。 呆然と建屋を眺める蒼愛の手を、紅優が握った。「俺の手を離さないで。傍から離れちゃ、ダメだよ」「うん、約束する」 いつもと変わらない笑みの紅優だが、さっきまでの浮かれた様子はなくなっていた。「あれが日ノ宮(ひのみや)。日ノ神(ひのかみ)・日美子(ひみこ)様の宮だよ。今ならきっと、暗ノ神(くらのかみ)・月詠見様(つくよみ)も御一緒だと思う」 紅優の話に頷いて、蒼愛は足並みを揃えて歩き出した。 宮の前に着くと、扉は独りでに開いた。「入ろうか」 紅優に手を引かれて、蒼愛は頷いた。 開いた扉の向こうに続く、長い廊下を歩く。 奥の突き当りに人が立っていた。「やぁ、いらっしゃい。思ったより早かったね、紅優……」 紅優と蒼愛を笑顔で迎えてくれた女性が、名を口走って驚いた顔をした。「本当に番になったんだね。おめでとう」 そう言って笑んだ顔は本当に嬉しそうで、心から祝福してくれているのだと感じた。「立ち話も何だ。中へ、お入りよ」 歩き出した女性に続いた紅優に腕を引かれて、蒼愛も歩き出した。「番の名前って、他の人……、じゃなくて、神様や妖怪にも効果があるんだね」 番になると、一文字だった頃の名前が呼べなくなる。 蒼愛はもう、紅優を紅とは呼べない。呼ぼうとしても、口が紅優と勝手に発する。「
二人のやり取りを聞いていた黒曜が頭を抱えて盛大に息を吐いた。「滅多に現れねぇ宝石の人間が六人揃わねぇと作れねぇ色彩の宝石を一人で作ろうなんざ、あんまりにも発想が極端だぜ。まるで荒唐無稽な夢物語だ」 黒曜が眉間に深い皺を刻んで頭を掻きむしった。 常に堅実なイメージの黒曜がそう言うのなら、きっと難しいのだ。 未来が開けた気がしていた蒼愛の気持ちが、少し下がった。「そうでもないよ。蒼愛の力と術を見て感じれば、黒曜も俺と同じ気持ちになるって」 そう持ち掛けた紅優の提案で、蒼愛の霊力を黒曜に見てもらう運びとなった。 庭に出て、一先ず炎で妖狐を作り、水の結界を作って見せた。 黒曜らしからぬ顔で呆然としていた。「お前ぇは、本当に紅優ンとこに餌として売られたのか? 間違いで混ざっちまったんじゃねぇのか?」 黒曜が大変不思議そうに蒼愛に問う。 蒼愛としては、今の自分の方が不思議だから、何とも言いようがない。「蒼愛の話だと、理研には魂の色が見える術者がいたみたいなんだよね。その子……、保輔は、蒼愛と同じだったんだっけ?」 「ううん、masterpieceの候補だった。僕と違って期待されていたと思う」 紅優の問いかけに、蒼愛は素直な意見を答えた。 黒曜が顔色を変えた。「ちゃんと評価されてる子もいるのか。でも、候補なんだね。魂の色が見えるなんて人間は、滅多にいないのに」 紅優が呟いた。「何となくだけど、理研って術者の正確な評価ができていない気がするよね。今まで買った子の中にも、手遅れになる前にちゃんとしてあげたら良い術者になったかもしれないのにって思う子は、ちらほらいたんだ」 紅優の言葉に、黒曜が呆れた息を吐いた。「これだから現世は詰まらねぇよ。紅優の取引先、片っ端から見て回ったら宝石候補がいるかもしれねぇなぁ」 黒曜が、不機嫌に頭を掻きむしる。 きっと現世や人間が好きではないのだろうなと思った。「だけど、蒼愛ほどの原石には、初めて会ったよ。買い付けの条
「色彩の宝石っていうのはね、人間の宝石とは少し違って。いや、全く違う訳じゃないんだけど」 紅優が言い淀んでいる。 焦っているのか、言いづらいからなのか、わからない。 そんな二人を眺めて、黒曜が息を吐いた。「まぁ、色彩の宝石については、流石に話しづれぇわな」 紅優が蒼愛を膝に抱いて、背中を擦ってくれる。 昂った感情をどうしようもなくて、蒼愛は紅優にしがみ付いた。「色彩の宝石ってのはな、元々は瑞穂国の|臍《へそ》を守る|玉《ぎょく》だ」「……臍を守る……玉?」 静かに話し始めた黒曜に目を向ける。 「ああ、文字通り石の方の宝石だよ。この幽世の創世の時には、確かに在った。この国の均衡を保っていた宝石だ。神様ってのは本来はな、色彩の宝石を維持し、守るために存在してるんだ。だが、盗まれて現世に持っていかれちまった。それ以降、色彩の宝石は瑞穂国には存在しねぇのよ」 よくわからなくて、蒼愛は首を傾げた。 そんな蒼愛を尻目に、黒曜が説明を続ける。「どうして宝石の人間が大事にされるかってぇとな。六人の宝石が揃うと、色彩の宝石が作れると言われてんだ。もしまた色彩の宝石が瑞穂国に現れれば、紅優が均衡を守る必要がなくなる」「え? 紅優が? 役割が、なくなるの?」 蒼愛は紅優を見上げた。「俺の役割がなくなる訳じゃないけど、今よりは楽になると思うよ」「今より? 楽に?」 神様の茶飲み友達よりは楽になるのだろうか。「俺はこの国の均衡を守るために、日と暗の加護を受けているけど。妖怪には本来、相容れない加護でね。普通はこの二つの加護を受けると妖怪は浄化されて死んじゃうんだ」「えぇ⁉ 紅優は、大丈夫、なの……?」 紅優が、眉を下げて頷いた。「紅優自身が半分は神様みてぇな妖怪だ。だから平気なんだよ。けど、瑞穂国にそんな妖怪は紅優しかいねぇ。だから、長いこと均衡を保つ役割をしてもらってんだ」