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◇怯む 101

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-28 13:01:07

101

 夜間保育の手伝いを始めてから2か月めに入った頃、通常業務中に

給湯室に行こうとブース横の通路を歩いていると外回りから帰って

来たのか相原さんとすれ違う恰好になった。

 私は軽く会釈をして給湯室に向かおうとしたのだけれど、相原さんに

呼び止められた。

『なんだろう……』

「君さ、時々遅くに保育所にいるよね、なんで?

 保育士の資格持ってるの?」

 いきなり予想外の人物から無防備な状況で矢継ぎ早に質問され、

一瞬私は怯《ひる》んだ。

 あまりのことで完全に私の脳はショートしたようだった。

 口の中はカラカラ、いつもの明晰な思考回路は何としても作動してくれず、

立て板に水の如し……とまではいかずとも、なんとかして体裁の整う返事を

したいと思うのにどうにもならないのだ。

『しようがない……』

「申し訳ありませんが上手く説明できないので芦田さんに訊いて

いただけますか。スミマセン」

 そう私が返事をすると相原さんが何故か困った表情をした。

 そんな彼をその場に残し、私は給湯室に向かった。

 私は誰もいない個室スペースに入るとドッと疲れを感じた。

『やだ、なんかあの人やりづらい~』

           ◇ ◇ ◇ ◇

 親しみを込めたつもりで気軽に声を掛けたのにスルーされた形になり、

気落ちする相原だった。

『自分は何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか』と少し

ガックリときた。

 普段相馬との遣り取りなんかを見た感じと初日に声を掛けてきた感じか

ら、もっと話しやすい相手だと思っていたのだがそうでもなかったようだ。

          ◇ ◇ ◇ ◇

 それほど親しくもない相手に上手く話せそうになく、芦田さんに

訊いて下さいと言ったものの、本当は相原さんにちゃんと説明できれば

良かったのかもしれない。

 ……とはいうものの後で冷静になって考えてみると、あながち間違っても

なかったかなと思えた。

 芦田さんが更年期であることをペラペラ自分がしゃべっていいことでは

ないからだ。

 相原に上手く説明できなかったことに対してモヤモヤしていたけれど

この考えに行き着いたことで、花の胸の中にあったモヤモヤ

があっさりと雲散霧消していくのだった。

 またこの日を境に花は相原に対して苦手意識を持つように

なってし
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  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇メールをした 129

    129   時計の時刻を見るとすでに9時を回っている。 どうしようか……。 迷った末、花は相原にメールを送った。「こんばんは。 こんなに遅い時間になってからの申し出なので都合がつけづらいかもしれませんけど、明日よろしかったら凛ちゃんと一緒に我が家のルームツアーにいらっしゃいませんか?  まだ片付けが完璧ではありませんが完璧を目指していたらきっと、いつまで経ってもお誘いできないと思うので見苦しいところは目を瞑《つぶ》っていただけたらと思います」 もう寝てるかもしれないな……。 ちょっと悲観的予測をしていたところへ、返信が届いた。「ぜひ、行きたいなぁー。凛、連れて行くね。何時頃がいいのかな」「11時頃如何ですか? お昼は天ぷらうどん作りますのでお楽しみに~」「期待してるー。じゃあ、おやすみ」「お待ちしてまーす。おやすみなさい」 きゃあ~、やったぁ~ 明日は2人に会えるぅ~。 さてと、早起きしないと……早く寝よっ。                    ◇ ◇ ◇ ◇ 公私共に充実している掛居花の夜は静かに更けていった。 街路樹も葉を落とすようになったとはいえ、迎えた朝は気持ちの良いお天気で、寒くはあるけれど凍えるほどではなくカラッとしていた。  穏やかでよいお天気だけど、それでもやっぱり肌寒くって7時に起きようと思っていたのにウダウダしちゃって布団から出た時は8時になってた。 ここからは少し頑張って動いた。 身だしなみを整えると昼食の下準備をし、それから部屋の中を再チェックっと。 相原さんと凛ちゃんが自分の家に来るなんて不思議な感じがする。 ドキドキしながら2人を待っていると『ピンポーン~ピンポーン~』下からのインターホンが鳴った。『どうぞ』 私はそう声を掛けた後、玄関に向かいドアを大きく開け放ちすぐに室内に戻り2人を待つ。 ドキドキ……。 ほどなくして相原さんがにこやかに顔を覗かせた。「やぁ、遠慮なく来させてもらったよ」 そう言いながら凛ちゃんを抱いたままドアを器用に閉めた。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇曖昧な立ち位置が心地よい 128

    128 今週の夜間保育のあった日も、遠野のなんらかのリアクションがないとも限らずそれを恐れて、相原が『送るよ』と言ってくれたのに大事をとって花は電車で家に帰った。 楽しいドライブTimeもなく、そして少し期待してしまっていたカフェでのモーニングの誘いもなく、花は土曜の夜を迎えてしまう。 恋人でもあるまいし、必ず1週間に一度、2人だけの時間を過ごすなんてこと、決まってないし確約もされていない。 それなのに新しい週が始まる前に一度彼と会わなくちゃと、焦りにも似た気持ちになる。 彼との会話は楽しく彼の側にいるのは心地よい。          保育繋がりで始まった凛ちゃんを挟んだ彼との交流は普通の独身者同士の付き合い方とは微妙に異なるのかもしれないが、すぐに恋だの結婚だのと突っ走れない自分にはちょうど合っているような気がする。 それに凛ちゃんという緩衝材が2人の間にあり、同僚の延長線上の恋人未満の関係は結婚というイベントを急いでいない自分にとってはお風呂の温度で例えるなら、ちょうどいい按配でほどよい湯加減だ。         このような花の想いは本心からのものだった。 けれど、知らず知らず花は自分の心を守るための保険を掛けていたのかもしれない。 仮にある日、相原の元妻だとか恋人が出現したとしても、恋人ではない自分には詰る資格がないのだからただ傍観していればいいのだ。 そして相原からの言い訳さえ聞く必要も聞かされる必要もない。 だって、婚約者どころか、恋人ですらないのだから。 普通の妙齢の女性ならこんな曖昧な立ち位置を嫌うだろう。 だが、人と深い付き合いをするのが怖い花にはちょうど良かったのだ。 少なくとも、この時の花にとっては。

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  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇遠野の襲来 126

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  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ストーカー行為を全力で 阻止 125

    125     花がそのような楽しい週末を相原と過ごした後、またまた1週間が経ち、 夜間保育の金曜を迎えることになり、また遠野の突撃があるのではないかと 怯えていたが…… それもなく、金曜の夜間保育はいつものように穏やかに過ぎていった。 ただ油断はできず、残念ではあるが、花はこの日も相原の車に 便乗させてもらうことを見送った。          ◇ ◇ ◇ ◇ ◇顛末    先週に引き続き掛居をモーニングに誘いたかった相原だがこの日は 沙江子が凛に会いに来るというので誘えなかった。 沙江子の寂しさを慮るとモーニングを優先させることはできなかったのだ。 そんなことを少しグジグシ考えながら休日の朝、相原がベランダに出て 洗濯物を干している時のことだった。  相原の家のインターホンが鳴った。  来客のようだ。「どちらさまでしょうか」 インターホンを鳴らした訪問者は予想外に女性の声で出迎えられ 驚きを隠せなかった。 しかしもうここまで出向いて来たのだ、諦めて帰るわけにはいかない、 そう思い自己紹介を始める。 「相原さんと同じ会社の遠野と申します。  相原さんにお会いしたくて参りました。  少しだけでいいので-お時間いただけないでしょうか」 そう声掛けした遠野が待っていると、中から出てきたのは見知らぬ 女性《沙江子》だった。 この時ちょうどベランダにいた相原が洗濯カゴを手に部屋に入ってきた ところだった。  目の前に現れた光景はちょうど沙江子と遠野が対面している絵面だった。 相原は驚いたものの、瞬時に閃いた。 このチャンスを最大限に活かし、遠野のストーカー行為を全力で 阻止しなければ、と。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇カフェでモーニングしない? 124

    124 先週相原さんから請われて約束しちゃった私の家のルームツアー、 どうしようかなっ。 遠野さんの顔がチラついて積極的な気持ちになれないのよねぇ~。 今すぐというのではなくても、気持ちが切り替わって招待しようって なった時のために休日は整理整頓を心がけよう。  昔からストレスのある時ほどどういうわけか部屋の片づけが進むので、 ちょうどいいじゃない? と、遠野さんのことも前向きに捉え、 土曜は半日を片付けに割いて過ごした。入浴を済ませてあとはまったりとYouTubeでも視てから 寝ようかと思っていたところ、相原さんからメールが入った。 『明日、この間行ったカフェでモーニングしない?   ちなみにその時間、凜は姉に預けて行くつもり。  分厚いトーストとこんがり焼いたベーコン乗っけたオムレツが 最高なんだ。    季節のフルーツも付いてるから今だとりんごか柿なんかじゃないかな』『わぁ、どれも魅力的で……行きたぁ~い~。  何時頃行けばいいですか?』『できれば9時か9時30分頃、どうかな』『9時~9時15分の間に行きます』『オッケー、じゃあ9時頃席とっとくよ。注文もしておこうか?   それとも来てからのほうがい~い?』『一緒に注文お願いします』『オッケー。じゃぁ、明日。おやすみ』『おやすみなさい』 やったー、ついモーニングにつられて迷うことなく即答してしまう。- 明日相原さんと楽しいおしゃべりを交わしながら美味しいモーニングが 食べられるのだと思うと幸せ過ぎて、この夜私の頭からは遠野さんに対する 憂鬱はすっかりと消えてしまった。- なんてこったい。  先ほどまで遠野さんのことを憂いていたのは誰だっ!   ……なんてね。 そうだ、明日遅刻はできない、早く寝よっ寝よっ!

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇ストーカーにだけはならないでくれ 123

    123    なんか、どっと疲れを感じた。 遠野さんったら、やってくれたわねぇ~。 自分の恋愛ごとに周囲の人間を、それもいきなり巻き込むなんて 由々しきことだわ。 それにしても、遠野さんの片思い、恋心を相原さんに話すというのも 何か違うと思うのでここは静観するしかないのかなぁ。 遠野さんの積極的と言えば聞こえはいいけれど、強引なところを 見せつけられ、つい島本玲子のことを思い出してしまう。 自分の想いを成就させるためには手段を選ばず、人のことは お構いなし……か。 嫌な記憶だ。           ◇ ◇ ◇ ◇  一方相原は今日の掛居を送るという口実の元、送迎デートを楽しみに していたのだが。 どうやら遠野が原因で一緒に帰るのはまずかったらしい。  残念に思いながら相原が車を発進しかけた時だった。「コンコン……」 誰かが車窓をノックするのが聞こえた。 掛居かと思いきや、見上げると現れたのは遠野の顔だった。 掛居かと思い、少し胸の内側から芽生えた喜び……がスルスルっと 萎《しぼ》んでいった。 掛居が一緒に帰れないと話していた理由らしき人物が目の前に現れ、 相原は不愉快でならなかった。 いっそこのまま、無視してアクセルを踏もうかと思うほどに。 しかし、同じ会社の人間相手にそれは流石にできず窓を開けた。「こんばんは」「何か?」「え~っと、子守が必要な時は私に連絡いただけたらすぐに飛んでいきます ので、困った時はいつでも連絡ください。それだけお伝えしたくて」 そう言って遠野は俺にメルアドを記したメモ用紙を車の窓越しに 渡してきた。 「じゃあ、失礼しました。お気をつけて」「あぁ、ありがとう。それじゃ」 俺は一言返事を返すと、脱兎のごとくその場から車を走らせた。  掛居さんの懸念は当たったってわけだ。 おそらく今夜遠野さんが保育所にいたことも、そういうことだったのだ。 過去の経験から相原には分かっていた。 ああいう手合いはややこしい。『ストーカーにだけはならないでくれ』 と相原は祈るばかりだった。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇一緒に帰れない 122

    122「ちょっと疲れてたからしばらくの間掛居さんにお願いして休憩してたのよ。いらっしゃい、遠野さん。 この間はご希望に添えなくて申し訳なかったわね」「いいえ、気にしないでください。 社内規定なら仕方ないです。 今日は私も掛居さんと同じように凛ちゃんパパに『お疲れさまです』って声掛けさせていただいてもいいですか?」「3人もの美女から声掛けされて凛ちゃんパパも少しは疲れが取れるかしらね」 芦田さんが当たり障りのない対応をしていると、ちょうど注目の的……相原さんが登場。 すると、私が抱いていた凛ちゃんを芦田さんに渡そうとしたのを遠野さんが急に横から強引にもぎ取り、驚いている芦田さんと私をよそに、まるで今日の保育を担当していたかのように振舞うのだった。「お疲れさまです。凛ちゃん、今日もいい子でしたよー」 そう言うと自ら凛ちゃんを相原さんに渡した。 驚いたものの、芦田さんと私も声を揃えて凛ちゃんパパに『お疲れさまでした』と労いの言葉を掛け見送った。 彼が部屋から出て行くと遠野さんは「勝手なことをしてしまい、すみません。次からはもうしませんので」と芦田さんに告げ、私には何も言わず帰ってしまった。「呆れた。さてと、掛居さんもお疲れさま。 また来週もお願いします」「はい。芦田さんもお疲れさまでした。お先に失礼します」 社屋の出口に向かって歩いているとスマホが鳴った。 相原さんからのメールだ。「今日も送るので駐車場で待ってる」と言ってくれている。「もしかすると遠野さんが見張っているかもしれないので、今日は電車で帰ることにします。折角なのにごめんなさい」 私は社屋《自社ビル》を出たところで返信を返した。「分かった。また連絡するよ、お疲れさま」「はい、気をつけて帰ってくださいね」

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇押しまくりの遠野 121

    121     週明け出勤後、何となく私は遠野さんのことが気になってしようがなかった。 芦田さんに直談判に行ったという遠野さんだったが、その後ニ度ほど一緒に昼食を摂った時も小暮さんがいたせいかもしれないけど相原さんや芦田さんの名前が出ることはなかった。 彼女は唯一のとっかかりを失くしてアプローチを諦めたのだろうか。 そんなふうな思いを抱いて1週間……。 また金曜の夜間保育の日がやってきた。 別段相原さんから緊急連絡は入ってないので今日も彼は20時頃凛ちゃんを迎えに来るだろうと予想し、私は19:40頃になるとなるべく早く帰れるように凛ちゃんの様子を見ながら周囲を見回して片付けを始めた。「掛居さん!」 声のする方を振り向くと作り笑いを顔に貼り付けた遠野さんの姿があった。『えっ!』 私は言葉が出なかった。「私、夜間保育は仕事としては入れなかったの。 それで一度は諦めたんだけど、よく考えてみたら相原さんにアピールするのが目的なんだから保育要員じゃなくてもいいんじゃないかって気付いたんです。 掛居さんとは同じ職場で働く者同士、知り合いなのだし……。 だから掛居さんの様子伺いに来ました」 だから? 私は彼女の意図するところがよく分からなかった。 私の様子伺い? だけど、もう少しで残業も終わるっていう今頃になって? 『ハッ!』そういうことか。 相原さんのお迎えの時間に合わせて来たっていうことなのね。 すごいぃ~、遠野さんって真正の肉食系女子だったんだ。「様子伺い……って、あともう少しで業務も終わりよ」「相原さん、20時には来ますよね?」「たぶん……ね」「私も掛居さんと一緒に見送りしたいなぁ~」「いいけど、大抵私はほとんど話すことはなくて、芦田さんの横に立って『お疲れさまでした』って言うだけなの」 私がそう言うと遠野さんは部屋の中をぐるりと見渡して探った。「でも、今日は芦田さん、いないみたいだけど」 遠野さんが私にそう言うやいなや、いつの間にか芦田さんが起きていたようでタイミングよく、私の代わりに遠野さんへの返事をしてくれた。

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