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プロポーズ

Aвтор: 雫石しま
last update Последнее обновление: 2025-07-11 09:59:11

明穂23歳、吉高25歳の事だった。

 大智からの連絡が途絶え、明穂は空虚な日々を送っていた。心にぽっかり空いた穴を埋めるように、彼女は大智との別れの約束を守り、デジタルカメラを手に色褪せて見える景色を撮り続けた。街角の古い喫茶店、夕暮れの川辺、誰もいない公園、どれもが大智の不在を囁くようだった。両親やクラスメートたちは明穂の塞ぎように気遣い、優しい言葉をかけたが、その傷は決して癒えることはなかった。

 

 ただ時折、大智から絵葉書が届く。色鮮やかな異国の風景と、短い走り書きのメッセージ。明穂はそれを胸に抱きしめ、静かに涙を流した。そばでそんな明穂を見つめる吉高の心は、嫉妬と無力感でざわめいた。彼女の瞳に映る大智の影を、どんなに願っても消せなかった。明穂がカメラを構えるたび、吉高は彼女の心に近づきたいと願ったが、その一歩があまりにも遠く感じられた。

 

「あれ?新しいカードがない」

 

 そんなある日のこと、明穂がデジタルカメラのSDカードを使い切ったと困り顔をしていた。リビングの陽光が差し込む窓辺で、彼女は小さなカードを手に途方に暮れた表情を浮かべる。大智の影が見え隠れするそのカメラ、吉高には、まるで明穂の心を縛る呪いのように思えた。

 

(そんなもの、使えなくなればいい)

 

 胸の内で毒づく自分に気付く。浅はかで愚かしい嫉妬が、黒い霧のように心を覆う。吉高はそれを振り払うように激しく頭を振ったが、明穂の憂いを帯びた横顔を見ると、胸のざわめきは収まらなかった。彼女がカメラを握る指先、かすかに震えるその仕草に、大智への想いが滲んでいるようで、吉高の心はさらに軋んだ。外では春の風が桜の花びらを散らし、ピンクの欠片が舞い込む。明穂がふと顔を上げ、窓の外を見つめる。その瞳に映るのは、遠い大智の姿なのか。吉高は拳を握った。

 

「明穂ちゃん、僕がお店に連れて行ってあげようか?」

「え?いいの?」

 

 弱視で外出もままならない明穂は、吉高の言葉に笑顔で答えた。その温かく眩しい笑顔は、まるで春の陽光のようにリビングを照らし、吉高の胸を締め付けた。だが、その笑顔が、離れてもなお大智のものだと感じるたび、歯痒さがこみ上げる。双子の兄妹、同じ顔、同じ声、鏡のように似た存在なのに、なぜ明穂の心は自分を選ばなかったのか。吉高のプライドはひび割れ、今にも砕け散りそうだった。窓の外では、桜の花びらが静かに舞い落ち、春風がカーテンを揺らす。明穂がそっと目を細め、窓辺に寄りかかる姿は、まるで遠い記憶に触れるようだ。彼女の指先は、いつも握るカメラの感触を求めるように宙を彷徨う。吉高はそんな明穂を黙って見つめ、胸の奥で渦巻く嫉妬と愛情に耐えた。大智の不在は、明穂を縛り、吉高を苛む。同じ血を分かつ双子なのに、届かない心の距離に、吉高は唇を噛んだ。静寂の中、明穂の笑顔だけが、残酷なほど美しく輝いていた。

 

「明穂ちゃん、気を付けて」

「大丈夫よ。吉高さん、心配性なんだから」

 

 吉高は研修医になっていた。過酷な日々の中、ローンを組んで明穂が乗り降りしやすい車を購入した。彼女の弱視を思い、選んだのは低床の黒いワゴン車。吉高にとって、明穂は全てだった。助手席の明穂からは、柔らかな石鹸の匂いが漂う。その清らかさ、何色にも染まらない純潔さが、吉高の心を強く捉えた。彼女を独占したい、その衝動は、大智への対抗心なのかもしれない。

 

 夕暮れの街を走る車内、明穂が窓の外に目を細める。見えない景色を想像するように、彼女の指はシートをそっと撫でる。吉高はハンドルを握りながら、隣の笑顔を盗み見る。明穂の無垢な存在は、吉高の心に光を投げかけ、同時に大智の影を呼び起こす。

 

「家電量販店はどこでもいい?」

「うん、吉高さんが選んで」

「わかった、帰りにお茶でも飲もう」

「いいの!?」

「特別だよ」

 

 尋ねる声は穏やかだが、内心はざわめく。明穂の心に自分だけを刻みたいのに、大智の記憶がそれを阻む。車は静かな住宅街を進み、夕陽がフロントガラスに反射する。吉高は唇を噛み、明穂の純粋さを守るため、そして自分の欲望のために、アクセルを踏み続けた。

 

🎵🎵♪🎵

 

 新しいSDカードを手にした明穂は始終笑顔だった。車の助手席で、彼女は小さなカードを嬉しそうに眺め、機嫌よく鼻歌を歌う。その声は春の小川のように軽やかで、吉高の胸を締め付けた。明穂の笑顔は、まるで大智からの絵葉書を手にしているかのよう、吉高には、それが自分に向けられたものではないことが耐え難かった。唇を噛み、胸に渦巻く黒い嫉妬を抑えようとするが、感情は抑えきれず疼く。その暗い気配が明穂に伝わったのだろう。彼女は鼻歌を止め、心配そうな顔で吉高を見上げた。弱視の瞳は曇りがちだが、吉高の心を見透かすように揺れる。「吉高さん、どうしたの?」と柔らかな声で尋ねる明穂。その無垢な気遣いが、逆に吉高の心を刺す。

 

「疲れているんじゃないの?もう帰ろう?」

「いや、大丈夫だよ。SDカード、そんなに嬉しい?」

「うん!大智が帰ったら見せるから!」

 

「しまった!」という表情で、明穂の顔色がさっと変わった。彼女の弱視の瞳が、わずかに揺れながら吉高を見つめる。明穂は、吉高が自分に寄せる特別な想いに気づいていた。その一方で、吉高が大智を好ましく思っていないことも、薄々感じ取っていたのだ。彼女の無垢な心は、吉高の嫉妬と愛情の間で揺れ、言葉にできない葛藤を抱えていた。明穂のそんな表情に、吉高の胸は激しくざわめいた。彼女の気遣いと戸惑いが、吉高の心に鋭く突き刺さる。

 

「明穂ちゃん」

 

 吉高の震える指先が明穂の絹糸のような髪に触れた。突然の出来事に明穂は体をこわばらせた。

 

「な・・・に?」

「明穂ちゃん、僕と結婚して下さい」

「・・・・・え」

 

 以前より、仙石家と田辺家では、明穂を双子の兄弟、大智か吉高のどちらかと結婚させるという約束を交わしていた。古い家同士のしきたりは、明穂の未来を縛る鎖のようだった。

 

 大智の消息が途絶えた今、明穂を支え、伴侶となるのは吉高しかいなかった。彼女の弱視を抱え、色褪せた世界を生きる明穂を、吉高は全身で守りたいと願う。だが、その願いの裏には、大智への対抗心と、明穂の心を独占したいという切実な欲望が渦巻く。

 

 夕暮れの仙石家の庭、桜の木の下で、明穂は静かに佇む。彼女の手には、いつものデジタルカメラ。吉高がそばに立つと、明穂はかすかに微笑むが、その瞳は遠くを見るようだ。

 

 大智の不在は、明穂の心に空虚な影を落とし、吉高の胸に嫉妬の棘を刺す。約束は吉高に明穂を託したが、彼女の心までは縛れない。風が桜の花びらを散らし、吉高は拳を握る。明穂の無垢な横顔を見つめながら、彼女を支える覚悟と、大智の影を消したい衝動が、吉高の心で激しくせめぎ合った。

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