LOGIN安藤博史(あんどう ひろし)は、代々続く名家の生まれだった。その上、品行方正、誰もが憧れる完璧なエリートで、雲の上の存在だった。 そんな博史は新井美由(あらい みゆ)と4年間も愛し合っていたし、博史の運命の人は美由だと誰もが思っていた。しかし……ある「浮気騒動」がきっかけで、二人は最悪の別れを迎えてしまったのだった。 それから5年後、二人は再会した。美由を壁に押しつける博史の瞳の奥には、すべてを焼き尽くしてしまいそうな憎しみが揺らめいていた。「俺の世界から消えたんだよな?だったら、二度と俺の前に現れるな」 「わかった」美由はあっさりとそう答えた。 博史は骨の髄まで美由を憎んでいた。なのに、彼女を前にすると、どうしようもなく心をかき乱されてしまう。 すべての真相が明らかになった時、博史は目を真っ赤にして美由をドアに追い詰めた。「美由、一生かけて俺に償わせてくれ。結婚しよう。お前が抱える借金は、全部俺が肩代わりするから」
View Moreルームシェア初日は、どうしても気を遣ってしまい、居心地が悪かった。美由は部屋にこもり、事件の資料を読みながら、向かいのマンションに住む佳奈を観察した。夕方、佳奈が中年の男を連れて帰宅するのを発見した。二人はリビングで抱き合ってキスをし、すぐにカーテンを閉めた。美由は衝撃を受けた。あの佳奈という女、もう若くないというのに、一体どれだけの男と関係を持っているの?充が帰ってきて見られるのを恐れないのだろうか?トントン。ドアをノックする音が聞こえ、美由は我に返った。慌てて双眼鏡を引き出しにしまい、ドアの方を振り返った。「何?」「夕飯を作りすぎた。一緒に食うか?」美由はスマホを手に取り、時間を確認した。夢中になると食事を忘れることがよくあった。気づけばもう6時になっている。「食べる」美由はスマホを持って部屋を出て、ダイニングに向かうと、博史の向かいに座った。テーブルには一汁三菜が並んでいる。牛肉の炒め物、白身魚の煮付け、サラダに味噌汁。そしてよそわれた2杯の白いご飯。美由はここ5年、こんなに本格的で栄養満点の家庭料理を食べていない気がした。食べたといっても、この前の台風の日に、博史の家でご馳走になったものだけだった。目頭が熱くなり、うつむいて軽く息を吐いた。博史は箸を取り、肉を一切れ美由の茶碗に入れた。美由は少し慌てた。「自分で取るからいい」博史は何も言わず、自分でおかずを取って黙々と食べ始めた。美由は箸を持つ手を止めた。「この食事、いくらかかった?割り勘にしよう」博史は食事の手を止め、数秒フリーズしたが、再び落ち着いて食べ続けた。「600円くらいだ」「それ以上でしょ?」美由はスーパーの物価に詳しくないが、これらの食材が安くないことくらいは分かっていた。「じゃあ、いくらだと思う?」博史は淡々と尋ねた。美由は首を振った。「分からない。とりあえず、600円渡すね。食べ終わったら私が食器を洗うから」「いらない。食洗機がある」美由は財布から600円を取り出すと、博史のそばに置いた。「じゃあ、私がお皿を下げてテーブルを拭くよ」「ああ」博史は答え、テーブルの上の600円を、ポケットに突っ込んだ。お金を払ったことで、美由の心の負担もかなり軽くなった。二人は静かに食事を続け
最後に署名と捺印まで必要とする、法的効力を持つ正式なルームシェア契約書だった。博史はペットボトルを置き、ソファに座ってそれぞれの規定をじっくりと読んだ。読み終えると、彼はペンを取って自分の名前をサインし、あらかじめ用意されていた朱肉で捺印した。すると、美由が大きな買い物袋を二つ下げて外から帰ってきた。美由は顔を上げると、博史の深い漆黒の瞳と視線がぶつかり、一瞬意識がぼーっとしてしまった。5年間一人暮らしをしてきたのに、突然男性が――しかも元カレとルームシェアをするなんて。これにはまだ慣れそうもない。適応するには少し時間が必要だろう。美由は視線を逸らし、スリッパに履き替えて中に入った。「サインしてくれた?」「した」博史はスマホを取り出し、美由の前に歩み寄り、QRコードを見せた。美由はそのスマホを見る。「何?」「契約書にある相互協力の義務、費用折半の義務。連絡先を知らなきゃ、協力するにも連絡が取れないだろ?」ルームシェアをする以上、確かに連絡先の交換は必要だった。普段の雨の日の洗濯物の取り込みや、火の消し忘れなど、何かと相手に連絡を取る必要がある。美由は数秒ためらった後、買い物袋を置き、スマホを取り出すと、ラインを交換した。登録が完了すると、美由は自分の電話番号も博史に送信した。博史はうつむいて美由のメッセージを見つめ、不意に黙り込んだ。まるで長い年月と苦難を経て、またスタート地点に戻ってきたかのような気分だった。「今月分の家賃はもう菖蒲に払ってあるけど、来月からあなたの口座に振り込むから」「うん」博史は淡々と答え、スマホをしまって美由のそばにある二つの袋を指差した。「手伝おうか?」「大丈夫」美由は袋を持ち上げ、一つを部屋に、もう一つをキッチンに運んだ。博史はキッチンについて行き、美由の後ろに立って尋ねた。「昼飯は食ったか?」「さっき外で食べてきた」美由は買ってきた食料を冷蔵庫に入れながら答える。言い終わってから、彼女ははっとして振り返り博史を見た。「起きたばかり?」博史は唇を引き結び、頷いた。美由は袋の中から明日の朝食用のインスタントのお汁粉を取り出し、博史に差し出す。「食べる?」博史はそれを見て、軽くため息をついた。料理が苦手な美由が、食事に何のこだわりも持たず、デリ
部屋から出てきた菖蒲と雄太は、手をつないでエレベーターに乗り込んだ。雄太は慌てて菖蒲を抱きしめ、「ごめんな、菖蒲」と優しくなだめた。菖蒲は雄太を押しのけて言った。「離れて。離婚を拒んだ方が負けなんだから」雄太は「だったら、俺は喜んで負けを選ぶ」と真面目な顔で言った。菖蒲は思わず笑ってしまったが、すぐに悲しそうに呟く。「美由に悪いことしちゃったな。離婚をちらつかせて無理やり一緒に住まわせるなんて……本当に申し訳ないよ」しかし、雄太はさも罪はないという顔で言った。「だって、仕方ないだろ?美由さんと博史、どっちも頑固で、一歩も譲らないんだから」「美由は彼女のお父さんの事件を調べてるからよ。犯人かもしれない人が向かいの棟に住んでるから、ここにいれば何かと都合がいいの。でも、博史さんのほうは?どうして彼は引っ越そうとしないのかしら?」雄太も眉をひそめて、不思議そうに言った。「確かに。博史はいつも物腰が柔らかくて、誰に対しても礼儀正しいし、紳士的で育ちもいい。でも、今回に限ってはなんであんなに頑固な態度なんだか、俺にもさっぱりわからないよ」「まあ、いいよ。こっちの事は解決したし、私たちは役所に行こっか?」「菖蒲、ごめんて。そんなこと言わないでくれよ。心臓に悪い」菖蒲は唇を結んで、くすっと笑った。雄太は菖蒲の手を取ってキスをする。「さあ、うちに帰って寝直そう」……夜が明けはじめた頃、水鏡ヶ丘の街全体は朝露に濡れ、金色の薄いヴェールに包まれていた。7階のベランダから外を見やると、団地には青々とした緑が広がっていた。元恋人とルームシェア?こんな馬鹿げたことをするなんて、どうかしてると美由は思った。しかし、よく考えてみれば、過去に触れさえしなければ、きっと平和にやっていけるはずだ。博史はソファに深くもたれかかり、大の字に近いような大胆な格好で目を閉じていた。一睡もしていないのかもしれない。飛行機で帰ってきたばかりなのに、「侵入者」に遭遇したのだから、さすがに疲れているのだろう。美由は一人掛けのソファに座っていた。複雑な心境だったが、淡々と言った。「半年分の家賃はもう払ったって聞いたから、私の分の家賃と光熱費をあなたに払うよ」博史は「うん」とだけ、そっけなく応えた。「ルームシェアするんだから、いくつか
「出て行かないから」美由は首を横に振った。これはただの住む場所とか、家賃の問題ではない。ここに住むのは、佳奈の行動を調べるのに便利だからだ。半年前からこの水鏡ヶ丘に引っ越したかったのだが、家賃が高い上に空き物件も全然なく、計画が今まで延びていたのだ。やっと菖蒲の部屋を借りられることになった。しかも半額で。だから、絶対に引っ越したりしない。それに、博史の部屋ということは、向かいに遥が住んでるということだ。もし遥と頻繁に顔を合わせることになったら、どれだけ面倒くさいか……博史はスマホを取り出すと、チャットの履歴を開いて、美由の目の前に画面を突きつけた。「お前は弁護士だから、俺より詳しいはずだ。チャットのやり取りも、振込の記録も、法的な効力がある。そうだろう?」美由は何も言えなかった。博史は言った。「この部屋には、半月前から俺が住んでる。そのときに半年分の家賃も払った。物事には順番ってものがあるだろう。お前がやってることは、ただの横取りだ」美由は気持ちを落ち着かせ、少しばつが悪そうにパーカーの紐をいじった。「この部屋は菖蒲名義。それに、私は彼女と直接、賃貸契約書を交わした。だから、こっちのほうが、より正式で合法でしょ?もし私と張り合うつもりなら、あなたに勝ち目があるとは思えないけど?」博史は思わず苦笑いを漏らした。窓の外に目をやり、手でこめかみを押さえる。きつく結ばれた唇が、心底疲れてうんざりしている様子を物語っていた。美由は態度を改め、下手に出て頼み込んでみた。「博史、お願い。私は本当にこの部屋が必要なの。あなたはお金にも住む場所にも困ってないでしょ?それに、会社にだって無料で住める寮があるじゃない?迷惑料は払うし、もっといい部屋を探す手伝いだってする。だからお願い、出て行ってもらえないかな?」博史は目を細めて、ゆっくりと美由を見た。その深い瞳の奥は、まったく読めない。しかし、長い沈黙のあと、彼は淡々と言った。「断る」「わかった。話にならないなら、大家さんが来るのを待つしかないね」美由はぐったりとソファに寄りかかり、うつむいて菖蒲に【早く来て】とメッセージを送った。30分後。菖蒲と雄太が来た。二人は言い争いをしながら部屋に入ってきた。菖蒲はずっと、どうして半月も前に部屋を貸したのにひと言もなかったのかと雄太を責