ピンポーン。インターフォンの音が静かなリビングに響いた。明穂はソファから顔を上げ、首を傾げた。「あれ、お母さん忘れ物かな?」
これまでの大智からの手紙を吉高がなぜ明穂に見せなかったのか、その理由は彼にしかわからない。明穂は震える手で封筒の束を手に取り、そっと吉高の引き出しの奥に押し戻した。紗央里との不倫問題が解決していない今、大智の話題を口にするのは憚られた。吉高の裏切り・・・・・・預貯金の使い込み、手紙の隠蔽、そして紗央里との不倫関係はあまりに重い。だが、大智の手紙を今、広げるのは火に油を注ぐようなものだ。
明穂は母親に、大智からの手紙の朗読を頼んだ。ソファに座り直し、膝の上で手を握りしめる。封筒の束を手に持つ母親の指が、最初の封筒を開く。五年前の日付が押された便箋には、アパートが決まらず路頭に迷いそうな大智の泣き言が綴られていた。その日暮らしの辛さ、後先考えずにニューヨークに飛び込んだ自分への苛立ち。明穂は思わず苦笑いした。あの頃の大智らしい、衝動的で無計画な姿が目に浮かぶ。
明穂の未来は足元から崩れていった。紗央里との不倫、明穂の預貯金の使い込み。結婚の誓いに微笑みあったあの瞬間、吉高の無邪気な笑顔は温かく、永遠を約束するものだったはずだ。だが、今、その記憶は偽りのベールに覆われ、鋭い刃のように胸を刺す。
明穂は吉高との夫婦生活をもう一度取り戻したいと願った。だが、裏切られるのではないかという疑念が心の中で渦を巻き、胸を締め付けた。もう二度と、吉高の顔を真正面から見つめることはできないかもしれない。(もう、駄目かもしれない)冷たい絶望が彼女を包む。
母親はスイカを半分に切り、得意げな笑顔で冷蔵庫に収め、扉を閉めた。スイカの青々しい草の匂いがリビングに漂い、明穂の胸を締め付けた。去年の夏、吉高と縁側でスイカを食べた幸せな記憶がよみがえる。あの無垢な笑顔、寄り添う温もり。あの頃の幸福はもう戻らないのだろうか。明穂は母親から顔を背け、目尻に滲んだ涙をそっと拭った。「冷えたら吉高くんと食べてね」と母親が明るく言う。「ありがと