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第 2 話

Autor: はぐれ魚
「涼乃、もう大人なんだから、そんな子どもじみた真似はやめろ。

成海さんは入社したばかりなんだ。多少気にかけるくらい、会社として普通のことだろ」

私は宗佑のほうを向き、赤くなった目で問い返した。

「入ったばかりの社員には気遣えるのに、自分の彼女にはできないの?

今日の会議だってそう。同じようにミスしたのに、どうして私は評価もボーナスも全部カットされて、彼女は何のお咎めもなしなわけ?

宗佑は今まで、本当に私を彼女だと思ってた?」

自分が嫌になった。

本当なら、もっと堂々と責めればいいのに、涙だけが勝手に溢れて止まらない。

車内には、私の押し殺した泣き声とエアコンの風の音だけが響いている。

宗佑は何も言わなかった。

しばらくして、冷えた声が聞こえてくる。

「泣き終わったら、一度落ち着け。

今のままじゃ話し合いにならない」

心が一気に沈んだ。

私は乱暴に涙を拭う。「じゃあ、もう話し合わなくていい」

そう言ってドアを開け、振り返ることなく地下駐車場の出口へ歩き出した。

背後でエンジンがかかる。

涙を拭いながら、私はわざと少しだけ歩調を緩めた。

だが次の瞬間、宗佑の黒いマイバッハは、少しもスピードを落とさずに私の横を通り過ぎていった。

私はその場に立ち尽くす。

ほんの一瞬でも、宗佑が車を降りて追いかけてきてくれるかもしれないと期待した自分が、たまらなく惨めだった。

宗佑は知らない。

私はずっと前から、彼が好きだった。

まだ大学生だった頃、卒業生代表として母校に講演に来た宗佑を見て、一目で惹かれた。

その後、必死に努力して、宗佑のいる会社へ入った。

入社して間もない頃、取引先との会食に同行したことがある。

その時、隣に座っていた取引先の男性が、何度も馴れ馴れしく私の肩に手を置いてきた。

周囲は見て見ぬふりをしていた。

長年付き合いのある取引先を入ったばかりの新人のために怒らせたくない、誰もがそう考えていたのだろう。

けれど宗佑だけは立ち上がり、私の腕をつかんで椅子から立たせた。

「うちの会社で新人に最初に教えているのは、職場でのハラスメントにははっきり嫌だと言え、ということだったよな?

篠原、研修で教わったことをもう忘れたのか?」

言葉こそ厳しかったけれど、宗佑はさりげなく私を自分の後ろへ庇っていた。

その場で取引先との契約を打ち切ると宣言し、帰りは自ら私を家まで送ってくれた。

それからも、仕事でも時折アドバイスをくれるようになった。

同じ会社にいれば、自然と顔を合わせる機会も増えていく。

そのうち何度か、互いに意識しているとしか思えないような空気になることもあった。

そしてある出張先で、酒に酔った勢いもあって一線を越え、曖昧だった関係は決定的に変わった。

翌朝、宗佑は淡々と私に言った。

「涼乃。俺たちの関係を、仕事には持ち込みたくない」

会社は社内恋愛を禁止していない。

それでも、宗佑が何を言いたいのかはわかった。

こうして私たちは、誰にも知られないまま5年間付き合い続けた。

この5年、会議で彼が容赦なく皆を怒鳴りつけることもあった。

それでも会議テーブルの下では、そっと私の手を握り、親指で軽く撫でてくれることがあった。

会社の飲み会では、表向きはよそよそしいくらい他人行儀なのに、誰も見ていない場所では不意に身を屈め、私の口元へ軽くキスをしてくることもあった。

驚きと恥ずかしさで私が叩けば、宗佑は悪戯が成功した子どもみたいに笑っていた。

だから私はずっと、そんなわずかな瞬間だけを頼りにしてきた。仕事上の立場も、決まり事も全部忘れて、ほんの数秒だけ私を特別扱いしてくれる。その一瞬があったから、この関係を続けてこられた。

でも、今になって振り返ってみれば、この5年間、宗佑が私にくれた特別扱いなんて本当にわずかだった。

いや、ほとんどなかったと言ってもいい。

普段の宗佑は、ほかの社員に接するときと同じように、私にも客観的で、公平で、ときには冷たいほどだった。

だから体調が悪いと知っていても、周囲に疑われないよう駅で私を降ろした。

あの資料を私が作ったわけではないとわかっていても、責任者である私に一番重い処分を下した。

本当は、それだって構わなかった。

最初から、恋人だからという理由で仕事上の便宜を図ってもらおうなんて、一度も思ったことはないのだから。

私が欲しかったのは、理性や立場や損得を全部抜きにしたところで、ほんの少しだけ私に甘くなってくれること。私だけに向けられる、ほんのわずかな特別扱いだった。

でも、その小さな願いさえ、結局は叶わなかった。

翌日、人事部から連絡が入った。

夕夏が私の部署へ異動し、佳奈と同じように私が指導を担当することになったらしい。

最初は特に異論はなかった。

ところが1週間ほど経った頃、佳奈が困った顔で相談に来た。夕夏が自分の仕事をたびたび押しつけてくるという。

それだけではなく、仕事中も集中せず、何度も宗佑のオフィスを気にしているらしい。

事情を聞いた私は、一度夕夏を呼び出して話をした。

「このままの勤務態度が続くようなら、1か月後の本採用の申請にサインできないよ」

そこまで言えば、さすがに態度を改めると思っていた。

ところが夕夏は怯むどころか、大勢がいる前で露骨に不機嫌な顔をする。

「篠原課長って、ただの課長ですよね?

私を辞めさせたいなら、社長が認めるかどうかも確認したほうがいいんじゃないですか?」

声が大きかったため、周囲の社員が一斉にこちらを見る。

それに気づいた途端、夕夏の目から涙が溢れた。

数分もしないうちに、以前彼女の指導を担当していた峰岸理香(みねぎし りか)がやってきた。「どうしたの、成海さん?誰にいじめられたの?」

夕夏は理香に縋りつきながら、泣いた。

「篠原課長に、クビにするって脅されました……」

理香は慰めるようにその肩を叩いた。もともと私とは折り合いが悪い理香。

案の定、こちらを見るなり嫌味たっぷりに口を開く。

「あら篠原課長、成海さんを辞めさせたいのって、社長を取られるのが怖いからじゃないでしょうね?

私が知らないとでも思ってる?社長って、あなたの大学の先輩なんでしょ。それに、昔、ラブレターまで書いたらしいじゃない」

オフィスが一気にざわついた。

周囲から好奇心に満ちた視線が集まる。

私は淡々と答える。「何を根拠にそんなことを言ってるんですか?成海さんの勤務態度に問題があったから、改善するよう注意しただけですので」

すると夕夏が顔を上げ、傷つきながらも言い返すような表情を作った。

「どうして篠原課長がずっと私に厳しいのかと思ってましたけど……社長が私によくしてくださるから、嫉妬してたんですね……」

その言葉が終わったところで、ちょうど宗佑が姿を現した。

彼が騒ぎに気づいて事情を尋ねると、理香がすかさず口を挟む。

「社長、篠原課長が成海さんに嫌がらせばかりするんです。

さっきなんて、クビにするって脅してたんですから。

社長が成海さんのことを気にかけてるからって、嫉妬してるんじゃないですか?」
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