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第8話

Auteur: いわいよ
湊は一晩中帰ってこなかった。

朝早く、詩織は静かに目を覚ます。

ゲストルームの前を通ると、中から女の人の興奮した声が聞こえてきた。「ねえ、正直に言って、昨日の夜どこ行ってたの?……ねえ?」

綾香は顔を赤らめて、「もう、聞かないで」と控えめに答える。

「ちょっと、気になるってば!私はずっと二人のカップル推しなんだから、教えてよ〜お金払ってでも聞きたい!」

しばらくして、綾香が小さくぽつりと答える。「……車の中」

「うそ!やば!刺激的すぎ!」

友達はキャーキャーとはしゃぎ、いたずらっぽく笑う。「じゃあ、これで復縁ってこと?湊のあの婚約者のこと、どうするつもりなんだろう?」

綾香は首を振る。「ちゃんと話し合ったよ。昨日の夜は過去へのけじめだったの。

でも、私の実家と林家って長年ずっと縁が深いし、大輝が亡くなってからまだ半年だし、今このタイミングで林家を離れるなんてできない。湊の会社も最近は勢いがあるけど、まだ新しいし、やっぱり大きな後ろ盾がないと安定しないの……

だから、私たち二年だけ待つことにしたの。二年経ってもまだお互いに想い合っていたら、その時は一緒になろうって」

その友達は深くため息をつく。「やっぱり大人の世界は、若い頃の恋に勝てないのか。私の推しカップル、またバッドエンドかあ……」

綾香は窓の外を見つめて、黙ったままだった。

廊下の詩織は、それを聞いて冷たい笑みを浮かべる。

本当に、計算高い人たち。

でも、人の心をもてあそぶ人は、いつか自分も誰かに振り回される――そう思った。

詩織は気を取り直し、主寝室のドアをノックした。「綾香さん、起きてる?」

綾香はゲストルームから出てきて、詩織と目が合った瞬間、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。

その空気を察して、詩織が先に口を開いた。「綾香さん、湊は?」

「昨日、会社で急な仕事が入ったって言うから、先に帰らせたの。詩織ちゃんに伝えてって頼まれたけど、夜遅かったから起こしたくなくて……」

詩織はうなずく。「……じゃあ、運転手さんに家まで送ってもらえる?明日はいよいよ結婚式だから、ちょっと家で休んでおきたくて」

「もちろん」

綾香はそっと詩織の耳元の髪を撫でながら、やさしく言った。「詩織ちゃん、絶対に幸せになってね。お兄ちゃんも、生きていたらきっと一番喜んでくれたと思う。うちの末っ子が、とうとうお嫁に行くんだもん」

詩織は笑顔で「うん」と返事をした。

そう微笑み返してから、詩織の目には冷たい光が浮かぶ。

帰宅すると、湊がちょうどバスルームから出てきたところだった。

詩織の姿に気づくと、湊は慌ててシャツを羽織る。

ボタンは半分しか留めておらず、鍛えた胸元と、真新しいキスマークがちらりと見えた。

「おかえり」湊は鏡越しに詩織を見て、やわらかい笑みを浮かべる。「明日はいよいよ結婚式だし、このあと役所に行って入籍しよう」

詩織は、その優しげな眼差しを見つめながら、どこか皮肉な気持ちになる。「式が終わってからでいいよ」

「どうしたの?」

湊は歩み寄って詩織の腰に手を回す。「昨日はわざわざ会社で残業して、今日の予定を空けたんだよ?いつも俺が忙しくしてるって文句ばっかり言うくせに、今日に限って全然急がないんだな……もしかして、マリッジブルーってやつ?」

湊は顔を近づけてからかうように笑う。「バカだな、明日は美味しいものいっぱい食べて、思い切り幸せになろうな。俺がいる限り、詩織はずっと子どものままでいい。これからは俺が守ってやるから」

詩織はうっすらと微笑む。

――もう、そんな未来は来ない。

これからは、湊を自分の世界から消し去るだけだ。

湊は詩織の元気のなさが気になったのか、さらに何か言いかけたが、その時スマホにメッセージが届いた。

ちらりと内容を確認すると、口元に微かな笑みを浮かべ、ジャケットを羽織って玄関へ向かう。

「入籍は、君がいいって思うタイミングでいいよ。今日は友達が用意してくれた独身最後のパーティーがあるから、ちょっと顔出してくる」

詩織はうなずいた。「いってらっしゃい」

湊は微笑んで、「今日はやけに素直だな。あとで夜食でも買って帰るよ」と言う。

詩織は軽く「うん」とだけ返事をした。

湊が出ていこうとした時、玄関に掛けてあったバッグをうっかり倒し、中身を床にぶちまけてしまう。

詩織が何気なく落ちた物を拾おうとしたその瞬間、床に転がったのは、「婚姻届受理証明書」の書類だった。

湊が拾い上げようと身をかがめた瞬間、詩織は勢いよくそれを奪い取り、バッグに押し込む。

湊はその様子に一瞬、眉をひそめる。「……そんなに慌ててどうしたの?」

詩織が答える前に、湊のスマホが再び鳴る。湊はそれ以上追及せず、電話を取りながらそのまま出て行った。

湊の車が走り去ったのを見届けると、詩織は物置から準備していたスーツケースを取り出し、タクシーで空港へ向かった。

移動中、詩織はグループチャットを開き、手配の最終確認をする。

【明日、各メディアの皆様は必ず時間通りにご参集ください】

メッセージを送り終えた途端、湊からLINEが届く。

【今夜は友達が開いてくれる独身最後のパーティーで、帰りはいつになるかわからない。今夜は一緒にいられなくてごめん】

詩織は湊にメッセージを送った。【うん、明日のお迎えもナシで大丈夫だよ。私たちの結婚式、どっちかが待つだけじゃなくて、ちゃんとお互いに向き合える日にしたいから。明日はあなたにサプライズがあるよ。泣かないでね】

湊からすぐに返信が来る。【分かった。全部、詩織に合わせるよ。明日のサプライズ、楽しみにしてる。じゃあ、式場で】

詩織はその画面を見つめて、かすかに苦笑いを浮かべた。

――もう、二度と会うことはないよ、湊。

……

華やかな結婚式場には、ドレスアップした招待客が集まり、詩織と湊――名家の娘と新進気鋭の実業家――その話題の結婚式をひと目見ようと、上流社会の人々がこぞって押しかけていた。会場はきらびやかな雰囲気に包まれ、まるで映画のワンシーンのよう。

今回の結婚式には、どのメディアも招待されていなかった。だからこそ、突然ライブ配信チームが機材を持って入ってきたとき、湊は思わず足を止め、驚きに目を見張った。
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