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第7話

Penulis: 静穂
目の前で紗良が逃げ去るのを黙って見送るしかなく、その屈辱と憎しみで、結衣の心は押しつぶされそうだった。

表情こそ平穏を装っていたが、その内側では荒れ狂う海のように激しい感情が渦巻いている。

蓮が去って間もなく、彼女は力尽きたように車椅子の上で意識を失った。

今回の発作は、かつてないほど激しいものだった。

処置室からは、ひっきりなしに危篤の知らせが次々と伝えられ、ついには浅見家の人々が全員駆けつけるほどの事態となった。

廊下の向こう側。一号処置室の前のただならぬ騒ぎを、蓮は眉をひそめて見つめていた。

そこには、結衣の両親らしき姿も見える。

……結衣の体は、本当にそこまで酷いのか?

蓮の心臓がドクリと跳ねた。思わず立ち上がり、様子を見に行こうとしたその時、隣から押し殺したような紗良の呻き声が聞こえてきた。

踏み出そうとした足が止まる。蓮は慌てて振り返り、紗良の体を支えた。

「どうした? どこか痛むのか」

紗良は顔を蒼白にさせ、「胸が……。きっと肺まで傷ついてしまったんだわ」と苦しげに呟いた。

言うなり、彼女はどす黒い血を激しく吐き出した。

蓮の顔色が変わり、すぐさま医者を呼びつけた。「さっきの検査では、肋骨が折れているだけだと言ったじゃないか!」

彼は申し訳なさに眉を寄せ、紗良を抱き寄せた。「すまない……結衣がここまで紗良にひどいことをするなんて、思わなかったんだ」

紗良の瞳の奥にどろりとした憎悪がよぎったが、口から出たのは別の言葉だった。「蓮さん、自分を責めないで。あんな狂った女に関わってしまったのが運の尽きだわ」

彼女は逆に蓮をなだめるように言った。「蓮さん、急ぎの用があるんでしょう? 私は大丈夫だから、行って。ただ……」

「……どうして結衣さんがあそこまで私を犯人だと決めつけるのか、それが怖いの。また酷いことをされるんじゃないかって」

それを聞き、蓮の罪悪感はさらに深まった。彼は力強く首を振った。

「いや、もうどこへも行かない。これからは片時も離れず、俺がそばにいてやる」

「あいつには、二度と紗良に手出しをさせないよう、釘を刺しておく」

彼は紗良を抱き上げると、「行こう。もう一度、ちゃんと診てもらおう」と告げた。

検査室に入る直前、蓮は遠くで人々がひしめき合っている廊下を一度だけ振り返った。

……いや、よそう。

結衣のような執念深い狂った女なら、たとえ死んだとしても自業自得だ。

それに「憎まれっ子世に憚る」と言う。あいつのことだ、そう簡単にくたばりはしないだろう。

蓮から見えない角度で、紗良は満足げにほくそ笑んでいた。

彼女は先ほど自分でわざと抉った傷口をそっと撫で、心の中で呟く。――事前に手を打っておいて正解だったわ。

だが、と紗良は目を細めた。

……一刻も早く、あの女を確実に死に追いやる方法を考えなくては。

結衣が目を覚ましたとき、自分の目が、もう何も見えなくなっていることに気づいた。

だが、彼女はその事実を驚くほど冷静に受け入れた。「……あと、どのくらい持つかしら?」

主治医は眼鏡のブリッジを押し上げ、重苦しい表情で告げた。「……緩和剤が見つからない限り、あと二日の命でしょう」

海外の研究所から流出したあの毒には、未だ対応する解毒剤が存在しない。

それどころか、その毒に関する一切のデータさえも、紗良によって盗み出された後だった。

「唯一の方法は、白河紗良から強引に資料を奪い取ることですが……」

傍らに控えていたアシスタントが報告を続けた。「ですが、桐生様がつきっきりで彼女を自宅から出そうとしません。その上、二十名を超えるボディーガードを雇って周囲を固めています」

「社長、人を向かわせて強行突破を試みますか?」

だが、結衣はその提案を静かに、力なく首を振って拒んだ。

蓮の自宅に力ずくで乗り込んで、紗良を引きずり出すことも、不可能ではない。

だが、もし大人数での殴り合いや乱闘騒ぎに発展すれば、取り返しのつかない社会問題になってしまう。

いくら力のある浅見家とはいえ、その責任は負いきれない。

「最後の手は、白河紗良が何かを企んでいる確かな証拠を掴んで、桐生様に自分から彼女を引き渡させることですが……それにはどうしても時間がかかります」

だが、今の結衣に最も足りないのは、その時間だった。

絶望がじわじわと病室に広がり、誰も口を開こうとはしなくなった。

結衣はそっと唇を噛み、窓の方へと顔を向けた。

焦点の合わない彼女の瞳には、窓の外から差し込むわずかな光が、ぼんやりと映り込んでいる。

以前の自分なら、これが運命だと諦めていただろう。

けれど、すぐそこに生きられる望みがあるのに、それを蓮に邪魔されているのだ。怒りや憎しみが湧かないはずがなかった。

蓮……もし後になって、自分がある人のたった一つの生きる道を閉ざしたのだと知った時、あなたは一ミリでも後悔してくれるのかしら。

結衣は自嘲気味に、力なく口角を上げた。 ――でも、彼が後悔しようがしまいが、もうどうでもいい。その答えを知る機会なんて、自分にはもう訪れないのだから。

結衣のスマートフォンが、不意に短く鳴った。

まるで、ようやく運命が彼女に微笑みかけたかのようだった。メッセージを見たアシスタントは、全身を震わせ、歓喜の声を上げた。 「社長……! 研究所が、あの毒の成分を完全に解明したそうです!」

結衣はハッと顔を向けた。

アシスタントは興奮で上ずった声のまま、彼女にスマートフォンを差し出した。「あと二日あれば、解毒剤が作れるって言っています!」

病室にはまず、親族たちの歓声が響き渡った。続いて、安堵のあまり堪えきれずに泣き出した両親の、絞り出すような泣き声が漏れ聞こえてくる。

結衣の顔にも、ゆっくりと、だが確かな希望の笑みが浮かんだ。

絶望の淵から、ようやく光が見えた――彼女は今、まさにその実感を噛み締めていた。

「でも、社長。研究所が、最新の血液サンプルと体の詳細なデータが必要だと言っています」 アシスタントが笑顔で促すと、

結衣は静かに頷いた。

間もなくして、結衣は車椅子に乗せられ、検査を受けるために病室を出た。

だが、検査室へと向かう廊下の途中で、背後と頭上から突然、居合わせた人々の悲鳴と叫び声が響いた。

「危ないっ!」

その絶叫が耳に届くのとほぼ同時に、鋭い刃が結衣の腹部へと深く突き立てられた。

結衣はまず、ひやりとした冷たさを感じた。その直後、腹部の奥から激痛が走り、彼女の呼吸を奪い去った。

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