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灰色の約束~裏切りの十年~

灰色の約束~裏切りの十年~

By:  ちょうどいいCompleted
Language: Japanese
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破産した後、アスリートだった夫は借金取りから私を庇い、その両足をへし折られた。 息子までも、耳が聞こえなくなった。 2人を治すため、私は一日に五つのバイトを掛け持ちする毎日を送っている。接待で胃から出血するほどお酒を飲んでも、一度も弱音を吐いたことはなかった。 そんなある日のこと。一晩で10万円を稼ごうと、ある財閥の結婚式でウェイトレスとして働いていた。 トレイを手に人混みを縫うように歩き、何度も頭を下げながら、客に飲み物やデザートを配って回る。 ふと、顔を上げた。 視線の先、チャペルの前方に、足が不自由なはずの夫が自分の足でしっかりと立っている。美しい花嫁を愛おしそうに抱き寄せ、キスを交わした。

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Chapter 1

第1話

破産した後、アスリートだった夫は借金取りから私を庇い、その両足をへし折られた。

息子までも、耳が聞こえなくなった。

2人を治すため、私は一日に五つのバイトを掛け持ちする毎日を送っている。接待で胃から出血するほどお酒を飲んでも、一度も弱音を吐いたことはなかった。

そんなある日のこと。一晩で10万円を稼ごうと、ある財閥の結婚式でウェイトレスとして働いていた。

トレイを手に人混みを縫うように歩き、何度も頭を下げながら、客に飲み物やデザートを配って回る。

ふと、顔を上げた。

視線の先、チャペルの前方に、足が不自由なはずの夫が自分の足でしっかりと立っている。美しい花嫁を愛おしそうに抱き寄せ、キスを交わした。

……

キスが終わって、神崎涼(かみざき りょう)は人混みの中にいる私に気づくと、その笑顔をみるみる凍りつかせた。

信じられない思いで見つめる私の声は、ひどく震えている。

「涼、病院で治療を受けているはずじゃ……」

視線を落として、ピンと伸びた両足を見ると、なんだか滑稽にさえ思えてきた。

1時間前まで、病院のベッドで弱々しく横たわって、最後の手術を待っていたはずなのに。

涼の整った顔に一瞬焦りが浮かび、大股でこちらへ歩み寄ってくる。

「ナナ、違うんだ。話を聞いてくれ」

私の手を強く握りしめ、きれいな瞳で縋るように見つめてくる。

付き合ってからの10年、こんな顔をされると、いつもならあっけなく絆されてしまっていた。でも今は、少しも心が揺れることはない。ただただ、全身が冷え切っていく。

涼が着ているのは、ブランド名すら分からないほどの上質なスーツ。私が買ってあげた3着2000円の特売Tシャツなんかより、よほどお坊ちゃんらしい気品を引き立てている。

手首にあるパテック・フィリップは、数千万円は下らない時計だ。私が10年働いても買えないような高級品なのに、今の彼にとってはただスーツの色に合わせただけの飾りにすぎない。

胸元に飾られた、結婚式の主役であることを示すブートニアがまぶしくて、まるで針が心臓に突き刺さるような痛みを感じた。

涼は私の視線に気づくと、慌ててブートニアをむしり取った。

「誤解しないでくれ。これはただの飾りで……」

そう言いながらも、目を合わせようとしない。こんな言い訳、自分でも信じていないだろう。

私はその手を振り払い、かすれた声で問い詰める。

「私がここで、一晩ウェイトレスをしていくらもらえるか、知ってる?」

10万円。寝る間も惜しんで働いてやっと手にするお金。それなのに、1円だって自分のためには使わず、すべて涼の治療代に消えていった。

結局、その雇い主が自分の夫だったなんて。皮肉にもほどがある。

涼もさすがに事の重大さに気づいたのか、うつむいたまま黙り込んだ。

「私をからかって、楽しかった?」

私はじっと見据え、必死に涙をこらえる。

「本当は大金持ちで、健康そのもののくせに。私のために両足を失った可哀想な男を演じて……私があなたのために寝る間も惜しんで働き、夢を叶えさせようと、必死で治そうとする姿を見て……

涼、あなたにはこころがないの?私のことはどうでもいいとしても、陸のことまで放っておけるの?あの子はまだ5歳なのよ……」

神崎陸(かみざき りく)は私たちの息子だ。昨日5歳になったばかりだが、この4年間、何の音も聞くことができずにいる。

医者は1000万円あればあの子の耳は治ると言った。私にとっては一生かかっても届かないような大金だけど、財閥の涼にとっては、なんてことのない金額だ。

なのに彼は、適切な治療を受けられず、陸が永遠に聞こえなくなるのをただ黙って見ている。これほど残酷な真似ができるのか。

「俺は……」

涼が何か言い訳をしようと口を開いた瞬間、一人の女性の声が響く。

「涼、どうしてこんなところにいるの?」
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第1話
破産した後、アスリートだった夫は借金取りから私を庇い、その両足をへし折られた。息子までも、耳が聞こえなくなった。2人を治すため、私は一日に五つのバイトを掛け持ちする毎日を送っている。接待で胃から出血するほどお酒を飲んでも、一度も弱音を吐いたことはなかった。そんなある日のこと。一晩で10万円を稼ごうと、ある財閥の結婚式でウェイトレスとして働いていた。トレイを手に人混みを縫うように歩き、何度も頭を下げながら、客に飲み物やデザートを配って回る。ふと、顔を上げた。視線の先、チャペルの前方に、足が不自由なはずの夫が自分の足でしっかりと立っている。美しい花嫁を愛おしそうに抱き寄せ、キスを交わした。……キスが終わって、神崎涼(かみざき りょう)は人混みの中にいる私に気づくと、その笑顔をみるみる凍りつかせた。信じられない思いで見つめる私の声は、ひどく震えている。「涼、病院で治療を受けているはずじゃ……」視線を落として、ピンと伸びた両足を見ると、なんだか滑稽にさえ思えてきた。1時間前まで、病院のベッドで弱々しく横たわって、最後の手術を待っていたはずなのに。涼の整った顔に一瞬焦りが浮かび、大股でこちらへ歩み寄ってくる。「ナナ、違うんだ。話を聞いてくれ」私の手を強く握りしめ、きれいな瞳で縋るように見つめてくる。付き合ってからの10年、こんな顔をされると、いつもならあっけなく絆されてしまっていた。でも今は、少しも心が揺れることはない。ただただ、全身が冷え切っていく。涼が着ているのは、ブランド名すら分からないほどの上質なスーツ。私が買ってあげた3着2000円の特売Tシャツなんかより、よほどお坊ちゃんらしい気品を引き立てている。手首にあるパテック・フィリップは、数千万円は下らない時計だ。私が10年働いても買えないような高級品なのに、今の彼にとってはただスーツの色に合わせただけの飾りにすぎない。胸元に飾られた、結婚式の主役であることを示すブートニアがまぶしくて、まるで針が心臓に突き刺さるような痛みを感じた。涼は私の視線に気づくと、慌ててブートニアをむしり取った。「誤解しないでくれ。これはただの飾りで……」そう言いながらも、目を合わせようとしない。こんな言い訳、自分でも信じていないだろう。私はその手を振り払
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第2話
声のする方を見ると、さっき涼とキスを交わしていた女が、こちらへ歩いてくる。口紅はキスでほとんど落ちてしまい、少し腫れた唇が光を浴びて、なまめかしく光っている。その魅力的な姿が、今の私にはひどく皮肉に映る。彼女は手慣れた様子で涼の腕に抱きつき、見下すような目で私を見る。「あら、あなたが外で囲っている可愛い彼女の、小林奈々(こばやし なな)さんじゃないか?どうしてここへ?もしかして、私たちの結婚をお祝いしに来てくれたのかしら?」彼女の指にはめられているのは、昨日の夜、ベッドの中で涼と未来を語り合っていた時に話した、あの憧れのブランド、IGの指輪だ。あの時、私は涼の胸に顔をうずめ、期待を込めて約束をねだった。「足が治ったら、あの指輪を買ってね。そうしてくれたら、一生愛してあげるから」それは、バイトを何年も続けてようやく買えるかどうかというほど高価な代物だけど、純潔な愛の象徴でもある。あんなことを言ったのは、本当に高価な指輪が欲しかったわけじゃない。ただ、私がもう少し頑張るための理由が欲しかったし、涼に治療を諦めないでほしいという励ましのつもりだった。それなのに。たった一日で、涼はこの値が張る指輪を買い上げ、私ではなく、自分と釣り合う家柄の女に贈ったのだ。長年、私を支え続けてきた何かが、音を立てて崩れ落ちていく。私は青ざめた顔で涼を見つめ、かつてないほど声を震わせる。「神崎涼……この1000万円を他の女のために使っても、陸の耳を治したくないって言うの?どうして私にこんなひどい仕打ちをするのか分からないけど、あの子には何の罪もないのよ!」涼の顔に、罪悪感の色は微塵もない。ただ迷惑そうに眉をひそめ、私をこの場から追い出そうとする。「ナナ、その話は後で説明するから。今はとりあえず、ここから出て行ってくれないか」「そんなのダメよ。せっかく奈々さんが来てくれたんだから、大切なお客様だわ」雨宮玲子(あまみや れいこ)はあざ笑うように私を見る。「私も別に、そんな心の狭い女じゃないのよ。涼が結婚する姿を見たいなら、その願いを叶えてあげる。ただ……ここにあなたの席はないから、後ろで立って私たちが愛を誓うのを見てるしかないけどね」そう言って、彼女は隅にあるゴミ箱を指さし、その横の空きスペースに立つように促す。周りの
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第3話
「涼に普通の男のふりをして近づかせたのは、私よ。あなたへの『愛』もね。彼がしたロマンチックな演出も、全部私が手取り足取り教えたの。涼はあなたのことなんて、これっぽっちも愛してないわ」玲子の言葉に、私は雷に打たれたようにその場に立ち尽くし、青ざめた顔で涼を見つめる。涼はただ気まずそうに目を逸らすだけで、何も言おうとしなかった。玲子は得意げに笑い、さらに私の心をえぐるような言葉を続ける。「真実を知っても、自分は愛されてたなんて思える?あなたに嫌がらせをしてた借金取りも、実は私が雇ったのよ。この大芝居を完璧に演じきって、あなたに一生罪悪感を背負わせるためにね」意味がわからない。玲子とは今日が初対面のはずだ。何の恨みもないのに、どうしてこんな恐ろしいいたずらを仕掛けたのか。私が戸惑っているのを見て、玲子は鼻で笑った。「小林奈々、やっぱり私のこと覚えてないのね。チンピラに絡まれてた、あの女の子よ」その言葉を聞いた瞬間、昔の記憶がドッと蘇り、私はついに玲子のことを思い出した。玲子は兄のクラスメイトで、ずっと兄に片思いをしていた。でも兄には好きな人がいて彼女を断ったのに、玲子は諦めきれずにしつこく付きまとい、あろうことか兄に薬を飲ませて、無理やり既成事実を作ろうとしたのだ。幸い兄は必死に理性を保ち、彼女をホテルに置き去りにして逃げ帰った。玲子は諦めきれずに後を追ったけど、見失った。自分も薬を飲んでいたせいで意識が遠のき、道端でチンピラたちに囲まれてしまったのだ。ちょうどその時、偶然私が通りかかった。彼女は助けを求め、私は助けようとしたものの、実家から電話がかかってきた――兄が薬のアレルギーで病院に運ばれ、危篤状態だというのだ。家族と見知らぬ他人の間で、迷うことなく前者を選んだ。それでも玲子のために警察には通報したけれど、到着が遅れ、玲子はそのチンピラたちに乱暴されてしまったのだ。もともと体が弱かった兄は、この時のアレルギーが原因でそのまま命を落とした。私は悲しみと怒りに震え、玲子が薬を盛った犯人だと分かってからは、ずっと人を雇って行方を追っていたが、手がかり一つ見つからなかった。今思えば、彼女は整形して罪から逃れていたのだ。どうりで、最初に彼女を見た時、その張本人だと気づかなかったわけだ!気づいた瞬間、私は彼女に殴り
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第4話
涼を紹介してくれたのは私の友人だ。あの頃、私はまだ小林家の令嬢として、豊かな生活を送っていた。両親は仕事が忙しくてかまってくれず、寂しさに耐えかねた私は、彼氏を紹介してほしいと頼み込んだ。その人は、ひときわ目を引く容姿の涼だ。とても綺麗な顔立ちのアスリートで、私が今まで見たこともないような活気にあふれている。そんな涼に、私はあっという間に惹かれていった。だが、幸せな時間は長くは続かない。ライバル企業のスパイに機密情報を盗み出され、会社はあっけなく倒産してしまう。そのショックに耐えきれず、両親は海に身を投げて命を絶ち、私一人がこの残酷な現実に放り出された。十人以上の借金取りが部屋に押し入り、私を無理やり襲おうとしたその時、涼が現れた。私をかばった涼は足を無残にへし折られ、医者からは、一生歩けないと宣告された。まだ1歳だった息子も、聴力を失ってしまった。この子はいつまで経っても私に懐かない。自分がこんな目に遭ったのは私のせいだと思っているのだ。実家の破産、両親の死。温室育ちの私にとって、その立て続けの不幸は、文字通り世界が崩壊したも同然だった。その日から、私はたった一人で家族を背負って生きていくことになる。涼は以前、全国代表のアスリートになるのが夢だと言っていた。その夢のためにずっと過酷なトレーニングを積んできたのに、私のせいで永遠にその道を諦めざるを得なくなる。自分を責めて夜も眠れない私を、涼はいつも後ろから抱きしめ、優しく慰めてくれた。「大丈夫だよ、ナナ。君のためなら、俺はなんだってできる」二人を治すため、私は1日に5つのバイトを掛け持ちした。接待で胃から血を吐くまでお酒を飲まされても、一度も弱音は吐かなかった。ただ治療代を稼ぐためだけに必死だった。そんな時、涼はいつも痛ましそうに私を抱きしめてくる。「ナナ、怖がらないで。きっと、全部うまくいくから」そう信じていた、幸せになれると――これがすべて、金持ちの悪ふざけだと気づくまでは。私一人なら、まだ耐えられたかもしれない。けれど、陸がいったい何をしたっていうのか。生まれたばかりでこんな茶番に巻き込まれ、彼らのくだらない自己満足のために、一生を台無しにされた。私が無実の被害者だ。でも陸は、あまりに哀れで残酷な犠牲者だ。
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第5話
ちょうどその時、見覚えのある小さな影が視界に飛び込んできた。「パパ……ママ、どうしてここにいるの?」陸が走ってこちらへ向かってくる。だが、飛び込んだのは私ではなく、玲子だった。その顔には、今まで私にすら見せたことのないような、愛おしそうな表情が浮かんでいる。玲子を見上げる目はすっかり懐いていて、まるで彼女こそが本当の母親であるかのようだ。何より追い打ちをかけたのは、陸がリングボーイ用の可愛らしいミニタキシードを着ていることだ。幻覚でも見ているのかと思い、しばらく経ってからようやく名前を絞り出した。「……陸?」自分の名前を呼ばれ、陸はようやく私の存在に気づく。顔に一瞬にして嫌悪感が広がり、まるでこの世で一番汚いものを見るような目で睨みつけてきた。「どうしてここにいるの?」心臓が嫌な跳ね方をした。私は諦めきれず、すがるように尋ねる。「……耳、聞こえるのか?」「最初から聞こえてたよ」陸は小さな腕を組み、ひどく疎ましそうな目で私を突き放す。「パパが、聞こえないふりをしてあんたに付き合ってやれって言ったんだ。あんたと一緒にいるのが、僕にとってどれだけいやだったか分かる!?」言い終えると、陸は何かを思い出したように怒った顔になり、涼を玲子のそばへと引っ張っていく。そして、二人をかばうようにその前に立ちはだかった。「待って、ここへ結婚式をぶち壊しに来たんでしょ?そんなの絶対に許さない。あんたなんかより、玲子ママの方がパパにふさわしいんだ!」十月十日お腹を痛めて産んだ私の陸。たとえ世界中が私を裏切っても、この子だけは味方でいてくれると信じていたのに、現実は残酷なまでに私を打ちのめした。大切な息子が、私を騙し、他の女をママと呼んでいる。縋りついていた最後の蜘蛛の糸が、プツリと音を立てて切れた。この5年間、私を地獄に突き落としていた元凶たちを、絶望的な思いで見つめる。「今、すごく絶望してるでしょ?でもそれは自業自得よ。あの時私が受けた辱めは、そんなものじゃ済まなかったの!」玲子は勝ち誇ったように私を見下ろす。もう我慢の限界だった。私は我を忘れて飛びかかり、持っていたトレイを玲子の顔に叩きつける。怒りに身を任せてその首を思い切り絞め上げ、この世から永遠に消し去ってやろうとした。「離せ!」怒りで完全
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第6話
頭への突然の衝撃に、私は無意識に玲子を放し、その場に立ち尽くしたまま呆然と陸を見つめる。お酒と血が混ざって流れ落ちてくるのに、不思議と痛みは感じていない。陸はまだ5歳だから、涼に唆されて玲子に懐いているのだと思っていた。でも今の様子を見れば、本心から玲子を慕っているのは明らかだ。「もう玲子ママにこれ以上ひどいことしたら、もっと頭ぶっ叩くからな!」陸は玲子を後ろに庇い、憎たらしいほど鋭い目つきで私を脅しつける。玲子は得意満面な顔で私を見ている。その表情はまるで、「ほらね、あなたが育てくれた子、結局あなたが嫌いなのよ」と言っているかのようだ。涼は事態の深刻さに気づいたのか、慌てて駆け寄って私の様子を気遣う。「ナナ、血が……はやく病院へ行こう」彼を突き飛ばそうとしたが、手には全く力が入らない。頭はどんどん重くなり、やがて目の前が真っ暗になって、私の意識は途切れた。再び目を覚ますと、病院のベッドに横たわっていた。涼と医者がベッドのそばで何か話している。医者は、過労と怪我が重なって倒れたのだと言う。時間通りに傷の処置をして、ゆっくり休めば良くなるとのことだ。医者が部屋を出て、涼はようやく私が目を覚ましていることに気づく。まるで悪さをした子供のように、おずおずと私を見る。「ナナ、具合はどう?痛むところはあるか?」「涼、離婚しましょう」私は彼の方を一切見ず、氷のように冷たく平坦な声で言い放つ。涼がしたことすべてに対して、私はただただ嫌悪感しか抱けない。これからの人生、二度と関わりたくない。涼の顔に、珍しく焦りの色が浮かぶ。どうしていいか分からない様子で私を見る。「ナナ、俺が悪かった。本当のことは俺から話すつもりだったんだ……こんなことになるとは思ってなくて……」その先の言葉は聞かなくても分かる。これ以上言い争う気すら起きない。「もう無理して嘘をつかなくていいわ。離婚して」「ナナ、俺は……」涼が必死に弁解しようとしたその時、玲子と陸が現れる。「涼、はっきり言ってあげたら?そもそも夫婦なんかじゃないって。だって、あの婚姻届は偽物なんだから」玲子は馬鹿にしたように私を見る。その口から放たれる一言一言が、鋭い針のように私の心に深く突き刺さる。私は顔を上げ、涼を見つめる。玲子の言葉が本当かどうか
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第7話
入院している数日間、涼は片時もそばを離れずに看病してくれるが、私は彼に冷たい態度のままだった。玲子はひどく不満で、何度も涼を連れ戻しにやって来る。ついに苛立ちを爆発させた涼は、玲子の頬をひっぱたいた。温室育ちのお嬢様である玲子が、そんな屈辱に耐えられるはずもなく、あの日以来二度と来ることはなかった。陸については、あの日の口論以来、一度も見舞いに来ることはない。私への当てつけか、涼と電話している時にわざと大きな声でこう言っていた。「もうあんな女に会いに行けなんて言わないでよ!あっちが僕をいらないなら、僕だってあんなママいらない!土下座して頼まれたって、絶対に行かない!」以前の私なら、間違いなく下手に出て彼をなだめ、すべての責任を自分に被せていただろう。でも、今はもう疲れた。これ以上、誰かに媚びて生きるつもりはない。退院の前日、私は涼がいない隙に病院を抜け出し、郊外の霊園へと向かう。文字すら彫られていない、兄の墓石の前で足を止める。その隣にある二つの小さな土の塚が、両親の眠る場所だ。この数年間、私はただひたすらお金を稼ぐことに必死で、涼と陸のことしか頭になかった。両親にまともなお墓を建ててあげる時間も、お金もなかったのだ。これからお金を稼いで、ちゃんとしたお墓を建てよう。せめて家族の魂が安らかに眠れる場所を作ってあげたい。兄の墓前に座り込み、結婚式で玲子に言われたことを思い返していると、心の中に復讐の炎が燃え上がっていく。霊園を後にした私は、そのまま家へ帰る。家と言っても、実際はただの狭苦しいボロアパートだが、涼と陸の荷物をすべて段ボールに詰め込み、ゴミ捨て場に放り捨てる。その時になって初めて気がつく。この家には、私の物が驚くほど少ないことに。この5年間、彼らの治療代のために、100円単位で切り詰めるような生活をしてきた。コーヒー一杯飲むことすら我慢してきたのだ。ちょうどその時、ドアが開けられ、涼が息を切らして入ってくる。私を見た瞬間、彼の強張っていた表情が和らぎ、大きく安堵の息を吐く。「やっぱりここにいたんだね」そう言って私を抱きしめようと近づいてくるが、冷たい視線に気づくと、手を引っ込めて距離を置く。部屋がガランとしているのを見て、涼は自分と陸の荷物が捨てられたことを察した。彼は信じ
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第8話
「この恥知らず!私と涼の結婚式をメチャクチャにしたくせに、どうしてまだ彼につきまとってるのよ!」先日の結婚式は、私が倒れて涼が途中で退席してしまったせいで、結局うやむやになったらしい。両家は騒ぎが落ち着いてから、改めて式を挙げるつもりのようだ。玲子はすべての責任を私に押し付け憎々しげに指を突きつけてわめき散らしている。私は無表情で彼女を見つめ返す。「勝手に家に上がり込んできて、私が何もしないとでも思ってるのか?」今の私は家族も失い、この世に未練なんて何一つない。その気になれば、なんだってできるのだ。でも、彼女をこのままあっさりと死なせてやるつもりはない。生きて、地獄のような苦しみを味わってもらわなければ気が済まない。だから、今はまだ何もしない。玲子はハッと我に返ったように、少し怯えた目で私を見る。「警告しておくわ、変な真似はしないでよ。そうじゃないと、雨宮家が黙ってないから」口では強がっているが、彼女の足はじりじりとドアの方へ後退し、最終的に玄関口まで下がる。「今日はただ警告するに来たわけじゃないの。来月の15日に改めて式を挙げることにしたわ。涼の元カノとして、私くらいの器になれば、特別に招待してあげてもいいわよ」そう言うと、彼女はポケットから招待状を取り出し、私の顔に投げつけた。「身の程を知りなさい、あなたと涼では住む世界が違う。さっさと諦めることね」その言葉を残すと、玲子は逃げるように走り去っていく。慌てて逃げ出すその後ろ姿を見つめながら、私は冷たく鼻で笑う。その結婚式を、決して忘れられない悪夢の日に変えてみせる。家に戻った玲子からこの一件を聞かされた雨宮家と神崎家は、二度と同じようなトラブルが起きるのを防ぐため、涼を軟禁してしまった。わざわざ私のところへも人をよこし、二度と涼に近づくなと警告してくる。私は思わず笑ってしまった。そもそも涼に「命を救われた」という恩義がなければ、あんな男に見向きもしなかったというのに。それでも向こうは私が信用できないらしく、尾行をつけて、少しでも怪しい動きがあればすぐに報告させるようにしているようだ。
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第9話
涼と玲子の結婚式で再び陸の姿を目にした。一ヶ月余り会わないうちに、陸はずいぶんと痩せていた。人混みの中に立つ彼が私に向ける視線からは、以前のような嫌悪感が消え、代わりに微かな期待が浮かんでいる。私が歩み寄り、昔のように抱きしめてあやしてくれるのを待っているのだ。しかし、私は冷ややかに一瞥をくれただけで、そのまま招待客の席へと歩を進める。頭の中にあるのは、次にやるべきことでいっぱいだ。やがて式が始まり、神崎家の親族に見張られるようにして涼が姿を現す。思えば、彼とも一ヶ月近く顔を合わせていない。最近の軟禁生活がよほどこたえたのか、ひどくやつれている。メイクでも、その生気のない表情は隠しきれていなかった。私に気づく様子もなく、親戚に背中を押されるようにして玲子の隣へ歩かされていく。魂が抜けたような涼とは対照的に、玲子の顔は得意だった。高級なウェディングドレスに身を包み、ツンと顎を上げて、涼の腕に絡みつきながら人混みの中を歩いている。私を見つけると、勝ち誇ったように片眉をくいっと上げ、無言の挑発を仕掛けてくる。そんなこと全く気にならない。喜んでいられるのも今のうちだけで、すぐに化けの皮が剥がれるのだから。司会者の進行で、会場の雰囲気はすぐに最高潮に達し、みんなの注目は二人に集まる。無理やり笑顔を作って招待客に向き合う涼と、これ見よがしにラブラブぶりをアピールする玲子。その時だった。二人の甘い思い出を流していた大きなスクリーンが突然真っ暗になる。再び映像が映し出された時、そこには二人の姿ではなく、涼と一人の女、そして小さな子供の温かい日常風景が映し出されていた。その女と子供は、私と陸だ。この数年間の私たちの日常を動画にまとめ、大きなスクリーンで流してやったのだ。涼がこれまで裏で何をしてきたのか、ここにいる全員に見てもらうために。結婚式に来ているのは勘のいい人ばかりだ。すぐに事態を察して、涼を指差してヒソヒソと囁き合う。中には動画の女が私だと気づく人もいて、一体どういう事かと次々に群がって質問してきた。私はそんな人たちを無視して、ただ壇上で愕然としている二人をじっと見つめた。私を見つけた涼は、まるで希望の光を見たような顔になり、周りの目も気にせず飛び降りて私の手を握りしめた。「ナナ!やっぱり俺を放っておけな
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第10話
舞い落ちた紙を拾い上げた招待客の一人が、ハッと息を呑んで声を上げる。「嘘でしょ、雨宮玲子が薬物で人を死に追いやったって書いてあるわ!」「それだけじゃない、見てよこれ。チンピラに乱暴されてる写真!うわぁ、えげつない……」「雨宮家も厚かましいわね。こんな事隠して神崎家と縁組するなんて。でも、神崎涼もクズだね。彼女を騙して夫婦のふりをして、子供まで産ませておいて別の女と結婚だなんて。似た者同士でお似合いじゃない!」「……」財界のトップの二大名門の醜聞が白日の下にさらされ、会場は騒ぎに陥った。玲子は、自分の犯罪の証拠と襲われている写真を、信じられないという顔で見つめている。とうの昔に処分したはずの写真がなぜ私の手元にあるのか、全く理解できないようだ。「この写真、とっくに隠滅したはずなのに!どうして持ってるのよ!」玲子は狂乱になって叫んだ。わざわざ招待状を送りつけて私を挑発したのは、すべての証拠は隠滅済みで、ボロが出る心配なんて万に一つもないと高を括っていたからだ。だが、玲子は知る由もない。私が涼からもらったあの1億円を惜しみなく使い、兄に薬を盛った証拠はおろか、乱暴された時の写真、さらには整形の記録まで、すべてを暴き出したことを。完全に理性を失った玲子は、怒り狂って私に掴みかかろうと襲いかかってきた。しかし、涼に突き飛ばされて転倒し、段差に頭を強く打ちつけて、そのまま意識を失う。式場は一瞬にして大混乱に陥った。涼は、倒れた玲子を気にする様子も見せず、私の腕を掴んで何かを訴えようとしてくる。だが結局、神崎家の親族たちに取り押さえられ、そのまま引きずられていった。あいつらのことなんて、もう私には知ったことではない。そのまま式場を後にしようとした前、再び陸と出くわした。予想外だったのは、陸が倒れている玲子を無視して、帰ろうとする私の行く手に立ちはだかったことだ。「ママ、あの時は僕が悪かったよ。ごめんなさい、許してくれるよね?」許すわけがない。実の母親である私をあっさり切り捨てて、玲子を選んだあの瞬間、一生許さないと心に誓ったのだ。二度と陸を見ることなく、足早に車に乗り込んだ。ルームミラー越しに、泣き叫びながら車を追いかけ、やがて力尽きて路上に崩れ落ちる小さな影が映っていた。
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