Home / BL / あやかし百鬼夜行 / 百鬼夜行㉒

Share

百鬼夜行㉒

Author: 佐藤紗良
last update Huling Na-update: 2025-06-02 09:30:20

朝から診療所へ訪れる患者の車の音を聞いていた。

起き上がる気力もなく、障子の締め切られた部屋で佐加江は横になっていた。

今までの人生で後悔したことと言えば、青藍の側から離れた事だろう。気持ちはすでに決まっていたはずだ。魂が磨り減ったとしても側に置いてもらえば良かった。そうすれば、いろいろな事を知ることも無かった。

首から下げた鬼笛を両手で握りしめ、佐加江は口へ咥えた。そっと空気を吹き込んでも音は鳴らず、もう一度胸いっぱいに空気を吸い込んで吹こうとするが、小さく咳き込んでしまった。

「佐加江」

気のせいだろうか。確かに青藍の声が聞こえた気がした。

「鬼様……」

佐加江は窓辺へにじり寄り、そっと障子紙へ触れた。

「鬼様、ごめんなさい。僕、番になれない」

青藍は、何も言わなかった。ただ気配に抱きしめられている、そんな感覚だった。

「私は幸せでした」

長い沈黙の後、青藍がポツリと言った。

「僕も……、たくさん夢が見られた」

「今日は鬼宿日ですから。私もそろそろ、ここを出ねばなりません」

着ていたパジャマのボタンを外し、肩を抜いて姿見に背中を映してみるが、そこには何もない。うなじにメキメキと根が張るような痛みがあるが、横になっていることが多いせいかも知れない。

「鬼様。今日、僕の『命の灯火』は燃えていましたか」

「もちろんです。今朝の台帳に佐加江の名はありませんでしたよ。それがどうかしましたか」

青藍は嘘をついた。夜半過ぎに届いた閻魔台帳に佐加江の名があった。明朝、丑の刻に灯火が消えたことを青藍は確認しなければならない。

「死ぬか生きるか、知ってるんだ」

乾いた笑いを浮かべ、佐加江は天井を見上げた。

久しぶりに聞いた青藍の声。会えなかった時間を、また同じだけ過ごしたようだった。

「佐加江、何を考えているのです」

「なんにも」

ふっと気配がなくなって、下腹部にドクンと血液が流れ込む感覚に襲われた。

(発情だ……)

尻からじんわりと分泌液が漏れ出る感覚が不快だった。 発情し、越乃にうなじを噛まれたら自分もいっそのこと一緒にーー。

それが研究を終わらせるには最善だ、と佐加江の出した結論だった。

「やはり、この臭いはすごいな」

午前の診療を終えた越乃は、診察室にも香って来たフェロモンに気
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行㉕

    「もう良いだろう、佐加江。私と家族になってくれる約束です」 佐加江の血で濡れた髪を梳き、その耳元で囁く。青藍が持てる声色の中で、何よりも柔く、誰よりも甘やかな声だった。 「佐加江を……、佐加江を連れて行かないでくれ。私の子だ」 「お前の子、ではないだろう」 越乃の怯えた目をジッと見つめた青藍は牙をむく。そして、ひと思いに佐加江のうなじへと深く噛みついた。 何度も何度も、だ。 噛むごとに、佐加江がかっ切った傷口から血がゴフっと溢れ、その屍は温もりを残したまま青白さを増し、青藍の髪を装束を緋色に染めて行った。 佐加江が首から下げていた鬼笛が切れ、地面へ落ちる。それに気づかず、青藍は着ていた羽織で佐加江を頭から包んで洞窟を出た。 「なぜ、こうなるまで放うておいた。お前なら、どうにか出来たであろう」 境内の騒ぎを聞きつけた天狐もたった今、駆け付けたところだった。 「私が望んだまでです」 「お前は何を言っておる」 「あやかしは……、神様ではないのです!鬼は人の望まぬことはできぬ。私は人の心も、祠の外で起こっていることも、この目で……、この目で見なければわからぬのです」 天狐が足音もなく近付いて来たことに青藍は震え、佐加江を懐深く抱き込んで隠そうとした。 「ーー死神殿が、確かにおったはずだ」 「佐加江は生きています」 「嘘をつけ」 「生きております!」 青藍が微笑みながら、佐加江の顔にかかる羽織をそっと除ける。佐加江は、まるで眠っているように安らかな顔をしていた。 今も滲み続ける血が事実を物語っていた。それだけの出血があれば、人は死ぬ。天狐は誰にも聞こえないよう、青藍に耳打ちした。「……何をしようとしている」 「佐加江をあの世へ連れ参ります」 「番にしたならば、御霊を抜いてやれ。早く楽にしてやるんだ」 「おっしゃっている意味が、私にはわかりませぬ」 「屍をあの世には連れて行けん。いずれ共に朽ちることになるぞ」 「屍ではありません。佐加江は生きています!」 天狐を見つめた青藍は、一瞬のち祠へ向かって走り出し境内から姿を消した。 「何をするつもりだ、あやつは!」 あの世以外に逃げるとしたら、この祠から追いかけるしかない。天狐も小さな祠へと駆け込もうとするが、そこには既に青藍の結界が張られてお

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行㉔

    ーーこんなの、間違ってる。 頭の片隅で何度も叫ぶが、それは言葉にならず欲に負けて身体を委ねてしまう。年寄りの鬼どもはそんな佐加江を味わい尽くし、精液まみれにして行った。 「あ……っ、奥、奥を」 「ほら越乃君も、ご相伴にあずかりなさい」 分泌液と精液でグショグショになった佐加江の尻に、何の戸惑いもなく越乃が腰を入れた。 「奥は神主の場所だからダメなんだ。その代わり乳首をもいじってやろうな。さっきから、誰もしてくれないもんな、敏感なのに」 「おじさん……ッ」 佐加江の肥大した乳首を指先で捏ね、越乃は腰を激しく打ち付ける。 「ああッ。いいよ、佐加江。締まる」 乳首を摘まみあげられた佐加江の背中は大きくしなり、身体がビクンと跳ねた。それを見た越乃は面の下で笑っている。 「なんだ、もう達したのか。そんなでは持たないぞ。神主の陰茎は若くて、剛堅だからな」 何人、受け入れたのだろう。 誰も一向にうなじを噛むことなく、佐加江を犯し続けた。 「ギャァァァ!」 洞窟の入り口で叫び声がした。佐加江に群がるアルファに向かって、我慢の限界を迎えた神主が鉈を振り回したのだ。 「はぁ」 また惨事が起こった、と深くため息をついた越乃は佐加江の中から名残惜しげに性器を引き抜いた。 十八年前、やっと神主の順番が回ってきた藤堂 浩彰も似たような行動にでた。 神事と名を借りたオメガの輪姦ーー。 貴重なオメガを絶対に妊娠させなくてはならない、と古い文献にはある。 神主がいたとしても正直なところ、どのアルファの子供を妊娠するか分からないのだ。近年ではDNA検査も可能だが、昔は自分の子供か分からない赤子を神主が育てていたケースも多々あり、村で生まれるアルファは『村の子供』とよく言われていた。 それが浩彰は我慢できなかったのだろう。 面を割り、鉈を振り回した彼はオメガに群がる長老衆を排除し、佐加江の父親でもあるオメガへ一番に種付けし、一週間近くこの洞窟から出てこなかった。 「落ち着きなさい」 当時のことを越乃はふと思い出していた。深手ではないが傷を負った村人たちで、外は大きな騒ぎとなっている。 洞窟に入ってきた真新しい面から、ふーふーと呼吸の音だけが聞こえる。神主は白装束を真っ赤に染め、佐加江の前へ鉈を投げ出し、面を取った

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行㉓

    松明が焚かれた洞窟の中へ、佐加江はドサっと降ろされる。 「んあ……」 初めての発情よりも、酷かった。右手の爪を噛みながら、めくれ上がった着物の合わせ目へ自ら手を滑り込ませる。疼いて仕方のない孔へと指を突っ込み、アルファを誘い込むように佐加江は腰をくねらせていた。 神主と呼ばれる真新しい面を被った鬼が、いびつに着物の前を尖らせ、洞窟の入り口にある祠へナタを振り下ろす。 その甲高い音は、神事の始まりを村中に告げた。 それは、紅や黄の紅葉が目にも鮮やかな山々に響き渡り、山鳥が一斉に飛び立つ。そして、ナタを握りしめたまま神主が息を荒げ、佐加江へ向かって来た。 「はぁ……、はぁ……」 「お前は最後だ、我慢しなさい。長老衆に毒味をしてもらわなくてはいけないからな」 獣のように唸り声を上げる神主の腕を掴んだ越乃も、洞窟内の熱気に目眩がした。 佐加江を取り囲む鬼たちは、目元に皺のある老眼で発情の様子を品定めしていた。アルファは老いとともにフェロモンの感受性が鈍くなって行く。十八年前に行われた神事でオメガのフェロモンに敏感に反応し、狂喜乱舞していたアルファも今となっては、ただの性欲の少し強い老人だった。 「これは、これは……。久しぶりの神事とあって期待通りだな」 大きく開かれた着物の胸元で揺れる鬼笛。松明の下、艶めかしく湿り気を帯びる佐加江の柔肌に彼らは一様に生唾を飲み、老体の萎びた性器に久し振りに力がみなぎっていた。 「若返るようだ」 「ははは」 一人の鬼が、佐加江の内腿を撫でる。 「あぁ」 腰に力が入らず、それにすら喉を震わせる佐加江は後孔に突っ込んだ自らの指を激しく抜き差ししていた。 「今回の神子は今までで一番、幼い顔をしているのに下品極まりないな。神主が苦労しそうだ。ウヒヒヒ」 「神主で足らん時は、我々が神子を戒めてやらねばならんの」 「長老衆からお毒見を」 オメガの発情に影響さないよう薬を服用していると嘘を吐く越乃の号令で比較的、理性を保っている長老衆が佐加江に群がった。 洞窟の外では、獣の雄叫びのような奇声が上がる。若い、とは言ってもほとんどが初老のアルファがオメガのフェロモンに当てられ狂ったように陰茎を露出させていた。中には我慢できず、自ら扱き始める者もいる。 「ああ……ッ、ダメ。もっとしたい

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行㉒

    朝から診療所へ訪れる患者の車の音を聞いていた。 起き上がる気力もなく、障子の締め切られた部屋で佐加江は横になっていた。 今までの人生で後悔したことと言えば、青藍の側から離れた事だろう。気持ちはすでに決まっていたはずだ。魂が磨り減ったとしても側に置いてもらえば良かった。そうすれば、いろいろな事を知ることも無かった。 首から下げた鬼笛を両手で握りしめ、佐加江は口へ咥えた。そっと空気を吹き込んでも音は鳴らず、もう一度胸いっぱいに空気を吸い込んで吹こうとするが、小さく咳き込んでしまった。 「佐加江」 気のせいだろうか。確かに青藍の声が聞こえた気がした。 「鬼様……」 佐加江は窓辺へにじり寄り、そっと障子紙へ触れた。 「鬼様、ごめんなさい。僕、番になれない」 青藍は、何も言わなかった。ただ気配に抱きしめられている、そんな感覚だった。 「私は幸せでした」 長い沈黙の後、青藍がポツリと言った。 「僕も……、たくさん夢が見られた」 「今日は鬼宿日ですから。私もそろそろ、ここを出ねばなりません」 着ていたパジャマのボタンを外し、肩を抜いて姿見に背中を映してみるが、そこには何もない。うなじにメキメキと根が張るような痛みがあるが、横になっていることが多いせいかも知れない。 「鬼様。今日、僕の『命の灯火』は燃えていましたか」 「もちろんです。今朝の台帳に佐加江の名はありませんでしたよ。それがどうかしましたか」 青藍は嘘をついた。夜半過ぎに届いた閻魔台帳に佐加江の名があった。明朝、丑の刻に灯火が消えたことを青藍は確認しなければならない。 「死ぬか生きるか、知ってるんだ」 乾いた笑いを浮かべ、佐加江は天井を見上げた。 久しぶりに聞いた青藍の声。会えなかった時間を、また同じだけ過ごしたようだった。 「佐加江、何を考えているのです」 「なんにも」 ふっと気配がなくなって、下腹部にドクンと血液が流れ込む感覚に襲われた。 (発情だ……) 尻からじんわりと分泌液が漏れ出る感覚が不快だった。 発情し、越乃にうなじを噛まれたら自分もいっそのこと一緒にーー。 それが研究を終わらせるには最善だ、と佐加江の出した結論だった。 「やはり、この臭いはすごいな」 午前の診療を終えた越乃は、診察室にも香って来たフェロモンに気

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行㉑

    部屋で軽く膝を折って腹を触診され、佐加江は鈍い痛みに顔を歪ませていた。 「鬼に喰われてしまいたい」 両腕で顔を隠し、佐加江は越乃に背中を向けた。オメガ特有の儚さをまとい、くびれた細い腰にはもう幼さはない。 「貫通はしなかっただろう。発情期じゃないと無理だと分かっていたが、浩太君は若いし可能性もあるかと思ってな。しかし、驚いたね。これには」 さすがに若いと柔軟性があるな、と越乃は浩太に感心しながら部屋の隅にあった段ボール箱を覗き込み、プジーを手にして苦笑いを浮かべていた。 「『佐加江さん』のことも、こうやって観察してたの?」 越乃の動きが止まった。自身の手を見つめ、ニタリと笑っている。 「ただ、見つめる事しか許されなかった。あの人に触れたのは、家の鴨居で首を吊った身体を下ろしたのが初めてだった」 「首を吊ったーー」 「艶かしかった」 産まれたばかりのまだ名もない赤子が、その足元で泣いていた。それが佐加江だ。赤子の父は不在だった。 『佐加江さん、このまま逃げないか。私と』 『何をおっしゃるの、先生。私は、ここでしか生きていけませんの』 数時間前に会話を交わしたばかりだった。 オメガ同士の結婚は、ごく普通の夫婦関係。発情期に入ってしまった夫を家族から隔離し、浩彰と番にさせようとしている事への抗議だった。 妻を亡くし子供を取り上げられた男に発情が起こらなくなり、神事の神子にたてたのは、その四年後――。 その日の事を久しぶりに思い出した越乃は、佐加江を虚ろに見つめていた。 「佐加江……」 「誰を見てるの」 佐加江の裸体を抱きしめ、越乃はその名を何度も呼んだ。佐加江の髪質は父親譲りだが、それ以外のクリッとした愛嬌のある目も肌の質感も母親そっくりだった。 初めての発情を迎えてからというもの、日毎夜毎、次の発情に備えているかのように妖艶になっていく佐加江。越乃が佐加江を初恋の人と見紛うのも仕方がなかった。 「もう、研究なんかやめよう」 佐加江の白いうなじに、越乃はコクリと唾を飲み込む。 「……何を馬鹿な事を言っているんだ」 「第二の性に囚われ過ぎだよ。僕が死ねば、もう終わりじゃないか」 「終わらせない」 襖を開け放ったまま、越乃は部屋から出て行ってしまった。 ♢♢♢ ーー

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑳

    少しのお金と駅までの地図、自転車の鍵を部屋へ置きっぱなしにしなっていた浩太のスマホの横へそっと置いて、佐加江はいつも通りに夕飯の支度を始めた。 肉じゃがの肉を少し多めに浩太の皿によそってやった。患者さんからおすそ分けしてもらった鬼治の山で取れた自然薯は、手袋をつけて作った海老のすり身と合わせ、ふわふわの海老しんじょうの吸い物にした。そして浩太の椀だけ、小鞠麩を一つ多く浮かべた。手作りの栗の渋皮煮は、去年つくって保存していたものだ。それをデザート代わりにして座卓に並べた。 この世でたった一人の血縁者と思えば何かしてやりたいと思うが、佐加江にできる事はその程度だった。 言葉少なに残さず食事を終えた浩太が、部屋へ戻ったのは七時半頃だった。 夕飯の片付けを済ませ、風呂へ入ろうと着替えを取りに行った佐加江を待っていたかのように、浩太は無言であらかじめ用意してあったスニーカーを履き、身近なものだけを持って佐加江の部屋から庭へ出た。 「佐加江さん、一枚だけ写真を撮らせて」 「え?」 「……兄さんの写真を一枚だけ欲しい。藤堂の兄貴達だったら、こんな風にはしてくれないから」 「兄さんって、呼んでくれるの?」 「弟だと思ってくれる?」 返事の代わりに微笑んだ佐加江にレンズを向けた浩太の指先は、震えていた。 「一人じゃ、怖い?一緒に逃げようだなんて」 「そ、そんなはずないだろ。親に刃向かうの、これが初めてだから緊張はしてるけど」 「でも僕たち、ずっと一人じゃなかった?」 佐加江は裸足のまま庭へ降り、カメラをしまう浩太の背中を抱き締めてやった。 「大丈夫だよ。この村でのこと、間違ってるって気付いただけで浩太さんは立派だから……、行きなさい」 「たくさん酷いことして、ごめん」 「許されるはずないじゃない。……だから、僕のこと少しだけでいいから覚えていてね」 「忘れない。俺が初めて――」 雨音にかき消され、浩太の最後の言葉は聞き取れなかった。 佐加江の言った通りライトを点けず、浩太が自転車で走り出す。すぐに闇に溶け、姿は見えなってしまった。と、ポツリポツリとコウモリ傘に雨粒が当たる音がする。 「佐加江、ありがとう」 もう何も驚かなかった。いつも通りに笑った越乃が、佐加江の頭上に傘をかざす。 「……

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status