闇より出し者共よ

闇より出し者共よ

last updateLast Updated : 2025-12-08
By:  文月 澪Updated just now
Language: Japanese
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Synopsis

一途

バディ

後継者

和風ファンタジー

BL

ホラー

成長

歪んだ関係

BL

☆★あらすじ☆★ 閉鎖的な田舎町に転校してきた明るく人懐っこい少年・律と孤高の静けさを好む神社の跡取り・優斗。性格も境遇も正反対な2人が出会い、やがて許されざる運命に翻弄されながらも絆を深めていく。 影に蠢く異形の者たち――人の世を侵す“闇”との戦いを通じ、次第に惹かれ合う2人。お互いを生きる意味とし、深淵へと踏み込んでいく。 その果てに待つのは悲劇か、救いか。 町の穏やかな日常を背景に浮かび上がる2人の心、そしてすべてを飲み込む哀しき運命――。 日常の中に潜む異形の恐怖と儚くも美しい少年たちの絆を描いたダークファンタジー×BL。生きること、戦うこと、そして愛することの意味を問いかける、切なくも力強い物語。

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Chapter 1

第一話 訪れ

闇より出し者共よ。

影に潜みしうごめく者共よ。

おり微睡まどろみ聞くがいい。

その毒牙で人の世にあだなすのならば、この身をもってことごとく滅してみせよう。

その首には共切ともきりの切っ先が突きつけられていると知れ。

この身は人にあって人にあらず。

罪なき人の子を守るためならば修羅にもなろう。

恐れよ。

おののき震えよ。

己らの在るべき場所は地獄のみなり。

東京都郊外に位置する小都市。

その更に端に人口五千人にも満たない小さな町、木崎きさきはあった。

駅は無人駅。

電車もバスも一時間に一本だけで、都内ではあるが街中に出かけるには小旅行程の時間がかかる。そんな不便な立地はベッドタウンにもならず、降りる人もまばらだ。

駅前には昔ながらの寂れた商店街があり、町の中心を川が流れ、その周囲に田園風景が広がる。その中に家がまばらに散って、緑の生い茂る山々に囲まれた、ありふれた田舎町だ。

そんな町には学校が小中高と一校ずつしか無い。都会に憧れ、高校から町を離れる者もいたが、殆どがエスカレーター式に進級していく。周りを見渡せば見知った顔ばかりの閉ざされた町だ。

今日も変わらない風景の中、通い慣れた畦道あぜみちを歩く。

少年、小堺こさかい優斗ゆうとはこの春高校に入学したばかりだが、学校は皆同じ敷地に建っているため通学路は変わらない。

まだ着慣れない糊のきいた夏服に身を包み、朝だというのに夏の容赦ない日差しに焼かれながら、汗を拭いつつ一本道をひたすらに歩く。辺りに見える物といえば田んぼと、遠くに陽炎で揺らいだ家が数件。それが優斗の日常だった。

学校に着けばようやく日陰に入る事ができる。

下駄箱に辿り着くと、優斗は溜息を吐いた。授業も始まっていないというのに既にシャツは汗で濡れていて気持ち悪い。今日は体育の授業も無いから束の間の行水に勤しむ事もできなかった。

気休めと分かっていても、手で顔を扇ぎながら教室へ急ぐと、古びた廊下には登校してきた同級生達がガヤガヤと騒いでいる。

昨日のテレビが――。

隣のおばさんが――。

うちの猫が――。

皆、他愛無い話で盛り上がっている。

優斗には何がそんなに楽しいのか理解できなかった。友人はいるが皆静かなタイプだったから。

小さな高校だ。クラスは各学年二組だけ。全校生徒を合わせても二百人に満たない。

それでも皆が廊下でたむろしていれば騒々しい。

建物の中で外よりマシとはいえ、蒸し暑い校内ではしゃぎ回る生徒達を横目に一年二組の教室に入り、廊下側の列、後ろから二番目の自分の席に着く。鞄から教科書やノートを取り出して引き出しに収めた。

後はHRホームルームが始まるまで待つ間に、小説を開く。そうすれば周りの雑音も耳に入ってこなくなる。

優斗はこの時間が好きだった。

特段陰気な性格でも無いが、物静かで人と群れない。

小堺優斗とはそんな少年だ。

身長が百六十二センチと小柄で華奢だが、服の下に隠された体はしなやかな筋肉に包まれ引き締まっている。実家は神社で、祖父が剣術をたしなんでおり優斗も幼い頃からしごかれてきたからだ。その面差しは中性的で小さい頃はよく女の子と間違われていた。少し長めの黒髪は艶やかでより女性的に見えてしまう。

中には細くおとなしい優斗を標的に乱暴を働こうとした連中もいた。

しかし、優斗は祖父に剣術を学び身を守る術を知っている。なにせ狭い町だ。皆がその事を知っていたが、か細い優斗を勝手に弱いと決めつけ、害意を持って近づいてきた無法者達は皆返り討ちに遭い、逃げ帰るのが常だった。

だから、高校に上がる頃には周りから遠巻きにされ、親しい友人も少なく一人静かに過ごしていた。それを嫌だと思った事は無いし、むしろありがたいと感じている。

だが、そんな慎ましい日常は一人の転校生によって崩れ去ってしまう。

夏休みも目前に迫る七月の初めにその転校生はやってきた。

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第一話 訪れ
闇より出し者共よ。 影に潜みし蠢く者共よ。 澱に微睡み聞くがいい。 その毒牙で人の世に仇なすのならば、この身をもって悉く滅してみせよう。 その首には共切の切っ先が突きつけられていると知れ。 この身は人にあって人に非ず。 罪なき人の子を守るためならば修羅にもなろう。 恐れよ。 慄き震えよ。 己らの在るべき場所は地獄のみなり。 東京都郊外に位置する小都市。 その更に端に人口五千人にも満たない小さな町、木崎はあった。 駅は無人駅。 電車もバスも一時間に一本だけで、都内ではあるが街中に出かけるには小旅行程の時間がかかる。そんな不便な立地はベッドタウンにもならず、降りる人もまばらだ。 駅前には昔ながらの寂れた商店街があり、町の中心を川が流れ、その周囲に田園風景が広がる。その中に家がまばらに散って、緑の生い茂る山々に囲まれた、ありふれた田舎町だ。 そんな町には学校が小中高と一校ずつしか無い。都会に憧れ、高校から町を離れる者もいたが、殆どがエスカレーター式に進級していく。周りを見渡せば見知った顔ばかりの閉ざされた町だ。 今日も変わらない風景の中、通い慣れた畦道を歩く。 少年、小堺優斗はこの春高校に入学したばかりだが、学校は皆同じ敷地に建っているため通学路は変わらない。 まだ着慣れない糊のきいた夏服に身を包み、朝だというのに夏の容赦ない日差しに焼かれながら、汗を拭いつつ一本道をひたすらに歩く。辺りに見える物といえば田んぼと、遠くに陽炎で揺らいだ家が数件。それが優斗の日常だった。 学校に着けばようやく日陰に入る事ができる。 下駄箱に辿り着くと、優斗は溜息を吐いた。授業も始まっていないというのに既にシャツは汗で濡れていて気持ち悪い。今日は体育の授業も無いから束の間の行水に勤しむ事もできなかった。 気休めと分かっていても、手で顔を扇ぎながら教室へ急ぐと、古びた廊下には登校してきた同級生達がガヤガヤと騒いでいる。 昨日のテレビが――。 隣のおばさんが――。 うちの猫が――。 皆、他愛無い話で盛り上がっている。 優斗には何がそんなに楽しいのか理解できなかった。友人はいる
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第二話 出会い
「皆、席に着け〜。転校生を紹介する」 そう言って担任の元木先生が出席簿を教卓に叩きつけ注目を促した。 ざわついていた教室は一旦は静まったが、しばらくするとコソコソと囁き合う声がそこかしこから上がり、黒板前に立つ少年に視線が集まる。 短く切りそろえた赤茶けた髪とくるくるとよく動く大きな鳶色の瞳が利発そうな印象を与える少年だ。身長は高く、百八十センチ前後くらいだろうか。半袖のシャツから覗く腕は逞しい。「あー、宮前律君だ。京都から引っ越してきたそうだから色々教えてやってくれ」 元木先生が顎で合図を送ると隣に立つ少年は元気に挨拶する。「宮前律です! どうぞ仲良くしてやってください!」 そう言って直角に頭を下げると、すぐに上体を起こしにっこりと笑った。 そんな人好きのする律の笑顔に教室は歓迎の拍手に包まれる。「席は……、小堺の後ろが空いてるな。あそこを使ってくれ」 元木先生が指示すると、律は「はーい」と手を上げて軽い足取りでトテトテとこちらに向かってくる。 ――人懐っこい大型犬のような奴だな。 それが律に対する第一印象だ。 明らかに自分とは属性の違う律に優斗は警戒心を持った。「よろしく」 律は優斗の前で足を止めると声をかけてきたが、それに無言で返す。 軽く肩を竦めると、律はそのまま後ろの席に座った。 それからHRが始まる。 内容は委員会のお知らせや、クラブ活動の事。それから町に猪が出たから注意するようにという内容だ。転校生以外はいつもの何でもない話で終わった。 元木先生が教室を出ると途端に騒がしくなる。 律の元に生徒達が集まってきたのだ。 閉鎖的な町ゆえに、外から来た者が珍しいのは分かるが、優斗の席まで押しやられるのはたまったものではなかった。じろりと睨むが、皆転校生に夢中で気付きもしない。 どこから来たの? どうして来たの? 今はどこに住んでる? 親は何してる? 兄弟はいる? 彼女は……。 矢継ぎ早に投げかけられる質問に律はひとつひとつ笑顔で返していた。 自分にはできないなと半ば呆れ顔でその様子を眺める。 ――はぁ、うるさい。静かに過ごしたいのに、どこか他所でやってくれ。 そう思うも、物珍しい転校生に熱気は収まる気配がない。 優斗はわざと聞こえるよ
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第三話 約束
それから一限目まで廊下で時間を潰した優斗は、ようやく落ち着いた自分の席に戻り、教科書を取り出す。 一限目は数学。 文系の優斗には朝から気が重いが、しばしの我慢だ。その次には得意な国語の授業が待っている。今日は金曜日だから明日が休みだというのも心を軽くした。 先生が来るまでに前回のノートを開き、軽く復習をしていると、後ろから背中を突かれる。「ねぇ、君。小堺優斗くん? だっけ。さっき聞いたけど神社の息子さんらしいね」 ニコニコと笑みを浮かべながら話しかけてきたのは勿論、件の転校生だ。優斗はちらりと視線だけ向けると、無視を決め込む。「ねぇ。優斗ってば。あ、俺の事は律って呼んでね。俺さ、親の都合であちこち回ってるんだけど色んな所に行ってるからかその土地の歴史とか史跡に興味があるんだ。この町の事調べたらなんでも化け物を封じた塚があるんだってね? そこを管理してるのが君んちだって聞いたよ。俺行ってみたいんだ〜。案内してよ。いいでしょ? 明日とかどう? 休みだし付き合ってよ」 あからさまに無視をした優斗にもめげずに律のおしゃべりは続く。 いきなりの呼び捨てにも驚いたが、そのしつこさにげんなりしながら、口調を強めて拒否の意を込めた。「宮前君。あそこは岩と虫しかいないつまんない所だよ。史跡なんて立派な物じゃない。行くだけ無駄」 聞いてもいない事をベラベラと並べ立てる律に、首だけ振り向きそれだけ言うと、すぐにまた前に向き直った。なおも「ねぇねぇ」と背中を突く指は無視をする。間を置かずに先生が入ってきたので律もやっと口をつぐんだ。 ただ頬杖をつきながらぽつりと呟く。「虫、ねぇ」 そう言って薄く笑った。 やっと一日の授業が終わり、優斗はほとほと疲れきっていた。授業の合間の休み時間や、昼休みにまで律が絡んできたからだ。 昼休みなどはわざわざ見つからないように人気のない裏庭に潜んでいたのに、誰に聞いたのか突撃してきて度肝を抜かれた。 それもやっと終わる。 これほど一日を長く感じたのは初めてだ。 今日を乗り切れば連休だ。二日もあれば諦めるだろうと期待しながら帰りの準備をして、HRが終わると一早く教室を出ようと試みた。 しかし。 鞄を持ち、立ち上がった瞬間。 椅子を引く腕を
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第四話 奇襲
翌朝、早朝稽古を済ませて汗を流し、家族と朝食の席につく。小堺家は基本和食だ。今朝も湯気の立つ具沢山の味噌汁に焼き魚、野菜炒めの卵とじ、小松菜の煮浸しとどれも美味しそうで、抗議を上げるお腹を宥めながら、作ってくれた母に感謝しつつ手を合わせる。 優斗の家は四人家族だ。 優しい母の佐江。 厳しく剣の師でもある祖父の哉斗。 そして優斗。 おっとりした父の玲斗は単身赴任中だ。 寂しくないと言えば嘘になるが、いつも明るい母に助けられていた。 神社を仕切るのは祖父。 朝食の後は境内を掃いて回り、社殿で祝詞を上げる。母も社務所で売り子として働いていた。田舎町だがそこそこ歴史のある神社らしく、時折観光客がやってくるのだ。 休日には優斗も手伝っていたのだが。 しかし、今日はいつもと違っていた。「ゆーうっとくーん。きったよー!」 社務所兼自宅の玄関で大声で自分を呼ぶ声。 その声に優斗は悪寒を覚えた。 神社の場所は教えていない。 誰かに聞けばすぐ分かるとは言え、まさか実行に移すとは思っていなかったのだ。 慌てて玄関に走れば、にっと笑う律が待っていた。「おはよー! さ、行こうか!」 律は黒字にショッキングピンクのロゴが入ったキャップを被り、Tシャツにスキニーパンツとスニーカーというラフな格好で立っている。 その背にはリュックと何故か竹刀袋が二本。 うち一本は相当な長さだ。 あまりの出来事に優斗が呆けていると、後ろから祖父が顔を出した。「どうした優斗。お友達か?」 祖父は白髪をきっちり七三に分け、隙なく神職の白衣と袴を身に着けている。この暑さだというのに汗ひとつかいていないのが不思議だ。 祖父の鋭い目つきに臆する事なく、律は元気に挨拶をする。「おはようございます! 昨日転校してきた宮前律です。今日は優斗くんに足塚を案内してもらう約束をしてたんです」 違う。 優斗は助けを求めるように祖父に首を振って見せる。 だが、祖父はそんな優斗の願いには気づかず、しばらく律を観察した後「行ってきなさい」と死刑判決にも似た言葉を投げかけた。 それを聞いた律は浮かれて優斗の手を引く。「ありがとうございます! 優斗、ほらほら、どっち? お弁当も持ってきたからね。足塚でお昼食べよう! どんな所かなぁ
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第五話 不穏
 足塚は神社から北に位置する山の中腹にある。今は山道を並んで歩いているが、律が一方的に喋っている状況だ。「ねぇねぇ、鬼って本当にいると思う? 俺はね、いると思うんだよね! 各地に伝承が残っているし、史跡や遺物もある。漂着した外国人や疫病の擬人化だって言う人もいるけど、特徴は全国で一致してるし、伝達技術が発達してなかった大昔じゃそれって無理じゃない? だから鬼は実在していて、今もどこかにいるんじゃないかって思うんだよね! 優斗はどう思う?」 律はずっとこの調子で喋り通している。    優斗はと言えば、暑さと律のマシンガントークで辟易していた。神社から足塚までは結構な距離があるが、バスなんて通っていないから歩きだ。 予想もしていなかった遠足に、何故こうなったと自問自答している。 今日は出かける用事もなく、気楽な休日だったからランニングシャツに半袖のパーカー、ハーフパンツにスニーカーと山歩きには不向きな格好で、急に連れ出されたので何も持ってきていない。虫除けスプレーもしていないから剥き出しの腕と足が蚊に刺されて痒い。 それに対して律は準備万端だ。  熱中症対策の水筒や塩飴、冷却シートまで用意している。そういえば弁当も持ってきていると言っていた。大きなリュックはそのせいだろう。 そして何より気になるのは二本の竹刀袋だ。 昨日勝負したいような事を言っていたからそのためだろうか? ただでさえ疲れているのに、さらに勝負まで持ち出されては敵わない。優斗は恐る恐る聞いてみる事にした。「……宮前君、その竹刀袋は何?」 その言葉を聞いて律は頬を膨らませる。「もー! 俺の事は律って呼んでって言ったでしょ!」    ぷんぷんと怒る律に、これでは話が進まないと判断した優斗は渋々折れた。「……じゃあ、律。その竹刀袋は?」 呼び方を変えると途端に笑顔になり饒舌になる律。「うんうん。その方が嬉しいな。っと、竹刀袋? 保険だよ〜。今は気にしないで大丈夫! それより足塚と他の塚に違いとかって……」 優斗の疑問はサラッと躱され、マシンガントークはさらに続く。    そんな状況に疲れ果てた頃、ようやく足塚に到着した。 山の中に円形の広場があり、その中央に無数の札が貼られた岩が鎮座している。 ただそれだけの場所。 辺りは鬱蒼とした木々に遮られ薄暗く
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第六話 塚の怪
 祖父に真剣の手ほどきを受けていたとはいえ、これほど見事な太刀を手にするのは初めてで手が震える。 しかも何やら物騒な気配も感じた。 ごくりと喉を鳴らし、律を見遣る。    律は笑みを消し、静かに頷いた。 優斗は意を決して鯉口を切り、そのまま鞘から抜けば鮮やかな波紋の刀身が光を放つ。 難なく抜き放った優斗に律は目に見えて瞳を輝かせた。 しかし、当の優斗はその美しさにしばし魂を抜かれたように見惚れてしまう。「優斗!」 そこに律の鋭い声が上がり、びくりと肩が揺れる。「呑まれないで」 いつもの軽口では無い強い語気。それが事の重大さを表しているかのようだった。しかし、それには微かな切なさも混ざっていて、優斗の心をざわめかせる。 一瞬思考が逸れたが、真っ直ぐな律の視線を受けて優斗はハッとすると大きく深呼吸をし、逸る鼓動を抑え、鞘をベルトに差すと正眼に構えた。 それを見て取った律は岩に対峙し、札を構える。「高天原に神留坐す神漏岐、神漏美の命以ちて」 凛と響くのは祝詞だ。  その声に呼応するかのように大気が震える。 風が巻き、轟々と唸り、岩から黒い何かが浮かび上がった。 それは一匹の巨大な百足だ。  体長はゆうに三メートルを越え、大きな顎には鋭い牙が鈍く光り、無数の脚が蠢いている。 そのあまりの悍しさに総毛立つ。 祖父と来た時はこんな事起こりはしなかった。ただ、祝詞を上げて、札を貼り付ける単調で面白みの欠ける行事だったはずなのに。 優斗が混乱している最中にも、百足は長い触覚をわさわさと動かしてこちらを窺っている。波打つ脚が気持ち悪い。 律は祝詞を唱えつつ大太刀を抜刀した。その刀身はぬらりと濡れた光を纏い、長大で厚い刃は断頭台を思わせる。 柄も合わせれば律の身長と変わらない程の大太刀だ。それをいとも容易く扱っている。生半可な腕前では無いのだろう。「皇親神伊邪那岐の大神、筑紫日向の橘の小門の阿波岐原に禊祓ひ給ふ時に生坐せる祓戸の
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第七話 陰と陽
 大太刀を納刀し、のんびりと歩いてくる律の胸ぐらを掴んで優斗は食ってかかる。「おい! 今のなんだよ!? こんな……!!」 憤りで喉を詰まらせる優斗に律はどうどうと手で制す。「まぁまぁ、落ち着いて。お腹空かない? もう良い時間だし、お昼にしよう」 場違いなノリに優斗はがくりと項垂れた。  そんな優斗を放って律は足取りも軽くリュックの元に駆け寄ると、レジャーシートを広げた。そこに弁当や水筒を出すと手招きする。「ほら、早く!」 ルンルンとしながら二段重ねの弁当箱を並べていく。 しかし、今し方恐ろしい目に遭った場所でのんびり食事する気にはなれず、優斗は口を濁す。「何もこんな寒い所じゃなくても……、それに虫だって」 辺りを窺い身を抱く優斗にあっけらかんとした声が上がる。「えぇ〜、まだ寒い? 虫ももういないよ。しっかり封印したからね。後百年は大丈夫!」 その言葉に改めて周りに目をやると、確かに冷気は収まり、飛び回っていた虫の姿も消えていて、ただ木々の揺れる音だけが鳴っていた。 ――封印? こいつ一体……。 正体不明の少年を、優斗は疑惑の眼差しで観察する。    突如として現れた転校生。  冷ややかな声で祝詞を上げる姿と、今にこやかに弁当を広げている姿はちぐはぐで、まるで同一人物とは思えない違和感だった。 それにあの百足の化け物。  あいつは優斗だけを狙ってきた。  律は死ぬと思っていたと言い、実際なんの手助けもする素振りは無かったのだ。 それを思い出して一気に頭に血が上る。「そうだ……! なんであの化け物は僕を狙って来たんだよ!? 祝詞を唱えていたのはお前なのに!」 激昂する優斗にも臆した風もなく律はヘラヘラと笑いながら衝撃を突きつけた。「ふふふ、だって俺結界張ってたもん。あの百足には俺が見えてなかったって訳」 そう言ってTシャツをめくり上げると心臓の位置に一枚の札が貼られていた。初めから仕組まれていたという訳だ。「でも不快な祝詞は聞こえる。だから優斗を食おうと襲いかかったんだよ。いや〜ホント死ななくてよかったよね」 そんな軽口に背筋が粟立つ。「それじゃ……、わざと僕を襲わせたのか? なんの説明もせず、あんな化け物に。もし僕が負けていたらどうするつもりだったんだよ……!」 わなわなと震える優斗を眺めながら、律の目は剣呑
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第八話 定められた継承
 これぞ男飯とでも言うのだろうか。「……これ、まさかお前が作ったのか?」 もし母親が作ったのならばここまで茶色に染まらないだろう。恐る恐る聞いてみれば、想像通りの返事が返ってきた。「そうだよ〜。朝から頑張って作ったんだから! さ、食べよ」 そう言って紙皿と割り箸を手渡してくる。  しかし、昨日律は親の都合で越してきたと言っていたはずだ。何故、自分で手作りしているのか不思議に思った。「もしかして、料理作りが趣味とか?」 刀を脇に置きながら腰を下ろす。  興味があった訳では無いが間を繋ぐために問いかけた。「ううん。俺、一人だから自分で自炊してるだけ。もう長いから手慣れたもんだよ」 得意げに鼻を鳴らして律が言う。「でも、昨日親の都合って……」 確かにそう言っていた。  その親がいない?  この少年はどこまでが真実なのだろうか。「ああ、あれね。嘘。体裁のために親役の人はいるけど他人だよ〜。そう言っといた方が何かと便利でしょ? 食事も自分達で好き勝手にしてる。俺の家族は随分前に死んじゃった」 おにぎりを頬張りながらにこやかに言い放つ。その言葉に優斗は喉を詰まらせた。「……悪い……」 おにぎりに手を伸ばしながら俯く優斗に首を傾げ律は笑う。「えぇ〜、なんで優斗が謝るの? 別に君が家族を殺した訳じゃないのに。家族を殺したのはね、さっきみたいな化け物なんだよ。俺、元々ここみたいな田舎に住んでてさ。ある日、テレビ観てたら四本角のでっかい化け物が家の中に飛び込んできて、あっという間に両親と兄ちゃんを食べちゃった。俺も食われかかったけど、ある人に助けられてこうして生きてるって訳」 明るい口調とは裏腹にその内容は凄惨だった。目の前で家族が食われるなんて、どれほど恐ろしかったろう。    だがそれより、そんな恐ろしい過去を嬉々として語る少年を薄気味悪く感じた。「残念ながらその化け物は逃げちゃったけど、その後助けてくれた人にくっついて化け物退治の仕事を始めたんだ〜。俺、あの化け物は鬼だったんだと思うんだよね。角生えてたし体もデカくて腕も四本あったんだよ!? 早く見つけたいな〜。そしたらさ、滅多刺しにてやるんだ。四肢をバラバラにして、目ん玉くり抜いて、首を刎ねて、腸引きずり出して……」 そう言う律の瞳は暗い光を宿し、口元は弧を
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第九話 光明
 その日は一旦解散して、優斗は湯船に浸かっていた。昨日、今日と続け様に酷い目に遭ったと思い返す。 ちらりと体を見れば、細かい切り傷が無数に残っていた。静かな日常は消え失せ、非日常がすぐ側にある。    目を閉じれば、悍しい百足の姿が瞼に浮かんだ。 そして、律の暗い瞳。 弁当を食べ終わった後、律はまるで母親のような口調で繰り返した。今日あった事は誰にも言うなと。そこに陰は見当たらず、ただ人懐っこい笑みを浮かべて。 それから語られた陰陽寮の事。  律によれば、それは国の警備機関だと言う。京都に本部を置き、平安の世からこの国を闇から守ってきた秘密組織。妖怪やお化けは実在し、その脅威から人々を守ってきた。律もその組織の一員で、優斗を勧誘に来たと。 それはまるで小説の物語のようで、ぞくりと背中を何かが這い登り口元が歪んだ。 優斗は湯を顔に叩きつけ、気を鎮める。 何故自分なのか、優斗には分からなかった。神社の息子というだけで、平々凡々な高校生だ。今まで怪異に出会した事も無い。祖父や両親だってそう。 ……そのはずだ。 それなのに、律はそれが当たり前であるかのように接してくる。本部がどうとか言っていたけれど。 でも、と優斗は考えた。 優斗の父、玲斗は警察官で、今は県外に出向している。 父は昔から出向の多い人で、優斗との思い出は多くない。それでも、警察官として人々を守る父を尊敬していたし、将来は警察官になりたいと思っている。 陰陽寮も警察も同じ公務員。 それが、化け物相手に変わるだけ。  人間相手でも命の危険は伴うのだ。 弱い人々を守る。  それに変わりは無い。  自分にはその力があるのだから。 そう思えば前向きになれた。  もし自分が誰かの役に立つのならそれも悪く無いと思う。    ふと、別れ際の律を思い出す。 明日、また迎えに来ると言って手を振った彼は本当に楽しそうだった。それが、本物なのか、作り物なのか優斗には分からない。 でも、律が心の底から笑えたら。 それは幸せな事なんじゃないかと思った。 そう、これは人のためになるんだと。
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第十話 役割
 翌日。  律は宣言通りにやってきた。  昨日とそう変わらない出で立ちにリュックと竹刀袋を背負って。 優斗も半ば諦め、準備をしていた。  今日行く手塚も山中にある。  だから、Tシャツに上着のパーカーを腰に結び、ジーンズ、履き慣れたスニーカーと山歩きを想定した格好だ。そこに竹刀袋を背負う。「おぉ、やる気だね! 良かったよ〜、またごねられるかと思った」 律は揶揄うように言うが、その目は真剣だ。優斗はわざと溜息を吐き、胡乱な目で見遣る。「嫌だと言っても無理矢理連れて行く気だろ。それなら自分から行った方が精神的ダメージは少ないと思ってね」 それは半分嘘で、半分本当だった。  あれこれと悩んでいるうちに、昨日見た律の暗い瞳が脳裏を離れず、何か力になれないだろうかと考えるようになっていたのだ。人を守るのが自分の仕事だというのなら、律だってその中に入るのではないかと。 そんな優斗の気持ちには気付かず、律はにこやかに笑っていた。「うんうん。それがいいよ。じゃ、今日は優斗に祝詞を唱えてもらうから胸出して」 そう言って札を手に取る。「今日は僕が祝詞の役なのか?」 Tシャツをたくし上げながら聞くと、律は頬を染めながらキャっと顔を逸らす。ジト目で眺めれば、「冗談冗談」と手を振った。「今日は祝詞のテストだよ。それと俺の戦い方も見てもらおうと思って……ピンクだね。可愛い」 そう言って頂をちょんと触る。  ぞわりと鳥肌が立ち、咄嗟に体を隠した。「だから冗談だってば〜」 キャッキャと笑う律に優斗は疑心の目を向ける。無言の圧力に流石に冗談が過ぎたと思ったのか、表情を引き締めると真面目腐った口調で宣言した。「安心して。俺は女の子のおっぱいが大好きだから!」
last updateLast Updated : 2025-12-08
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