咲の全身からは、他者を見下すようなオーラが自然と滲み出ていた。
だが本人にその自覚はないらしく、笑いながら拓真に尋ねた。
「あなたも一緒に選ばない?
もしかしたら、昔の同級生のよしみで、琴音さんが少し値引きしてくれるかもしれないわよ」
拓真は葵の手を引いてこちらへ歩いてきた。
「適当に選んでくれ。葵がもうお腹を空かせているから」
血は争えないというべきか、葵の顔立ちは拓真によく似ていた。
彼女はぴょんぴょんと跳ねるように琴音のそばへ来ると、トレイに乗っているブレスレットに視線を落とした。
おもちゃでも扱うかのようにそれをひょいっと手に取り、自慢げに拓真へ手を振った。
「パパ!これがいい!」
言い終わるや否や、200万円は下らないエメラルドのブレスレットが床に落ちて割れてしまった。
自分がとんでもないことをしたと悟ったのか、葵は怖くなって目を赤くし、うつむいて泣き始めた。
拓真は大股で歩み寄り、しゃがんで彼女の頭を撫でた。
「なんで泣くんだ?」
彼は琴音を見上げた。それは、このブレスレットがいくらなのか尋ねている目だった。
琴音はゴクリと唾を飲み込み、我に返ると、長いまつ毛を伏せて言った。
「200万円です。私の方で……」
ここに来る前、健二からそれぞれのブレスレットの最低価格を教えられていた。
客によっては値切り交渉をしてくるため、何度かの駆け引きを経て双方が納得のいく価格に落ち着かせるのがベストだからだ。
だが、その言葉はあっさりと拓真に遮られた。
彼はカードを一枚取り出すと、琴音を真っ直ぐに見据え、そして再び静かに葵へ視線を移した。
「決済を済ませてくれ、子供が怖がってる」
咲も慌てて駆け寄り、少し怒ったふりをして葵の額をツンと突いた。
「パパがいるのに、泣くことないでしょ」
葵は一瞬で泣き止んで笑顔になり、拓真の首にすがりついて甘え始めた。
拓真は彼女を抱き上げ、一番高価なブレスレットに視線を移した。
「母さんへのプレゼントはこれにしよう。葵を連れて外を少し歩いてくる」
そう言うと、咲の返事を待つこともなく、掃き出し窓の方へ歩いて行った。
外には見ているだけで心が洗われるような青々とした景色が広がっている。
一番高価なそのブレスレットは、オークションハウスの極上品だった。
傷もヒビも一切ない、深く澄み切った緑が輝いていた。
本来は秘蔵品として保管されていたが、今回は白鳥家との繋がりを作るために特別に持ち出されたもので、その価値は600万円にも迫る。
拓真は一分も経たないうちに、1000万円近くもの大金を遣ってのけた。
琴音はそこでようやく、二人が住む世界がいかにかけ離れているかを思い知らされた。
あの頃の自分はあまりにも世間知らずで、帝都の名家がどれほどの富と力を持っているのかを全く理解していなかった。
中でも桐生家は頂点に立つ存在だ。
自分の考えがいかに甘かったか。
彼さえ私のことを好きでいてくれればいいという考えはあまりにも甘かった。
ネットで個人情報が特定された時、あれほど酷い言葉を浴びせられたのも無理はない。
全部、自業自得だ。
彼女の胸に、重い何かが詰まったような息苦しさが押し寄せた。
咲の声が聞こえてきた。
「ちょっと待っていて、人を呼んで片付けさせるから」
琴音は床に散らばったブレスレットの破片を見て、しゃがみ込んで拾い集め、咲に差し出した。
咲は片眉を上げた。
「もうお金は支払ったでしょ?壊れたものなんていらないわ」
これほどのブレスレットなら、たとえ割れていようとも、職人に手直しさせれば数十万円で買い取られる価値があるということを、彼女は知らないのだろう。
これほどのエメラルドなら、たとえその小さな欠片ひとつでも、数万円の価値がつくのだ。
「琴音さん、実家がお金に困ってるんでしょ?
それが欲しいなら、持って帰ってもいいわよ。
どうせ私が持ってても、ゴミ箱に捨てるだけだもの」
咲はあっけらかんと言って、軽く手を振った。
「私が買うと言ったブレスレットだけ残して、もう帰っていただいて結構よ」
琴音はエメラルドの欠片を手に握りしめていた。
咲がわざとこんな言い方をしているのは分かっていた。
だが、自分にはこれが必要なのだ。彼女は深く頭を下げて言った。
「ありがとうございます」
咲はブラックカードを取り出して決済をしながら、勝ち誇ったような目をした。
「昔からそうだったわね。私が捨てたものを拾う時、あなたはいつもそうやってひどく恐縮していたわ。
母から聞いたけど、あなたがうちに支援してもらったお金、倍にして返してきたんですって?」
働き始めてからの2年間、琴音の稼ぎは決して少なくなかった。
だが結衣とアパートをしており、毎月の生活費を極限まで抑え、残りの金はすべて貯金に回した。
そして一気に300万円を白鳥家に返し、残ったお金はすべて実家に送ったのだ。
そのため、自分の生活はいつもカツカツだった。
白鳥家に借りを返した時、彼女は本当に心の底からホッとした。
まるでようやく真っ直ぐ立てるようになったような気がしたのだ。
そうでなければ、彼女は咲の前に立つといつも引け目を感じていた。
一方は支援にすがる貧しい苦学生であり、もう一方は彼女を援助する名門の令嬢だった。
住む世界が違いすぎる。
「変なプライドを持っても、自分が苦しむだけよ。
それに、お金を返したからって何かが変わるわけでもないでしょ?
あなたが手に握りしめているその割れたブレスレットみたいに、私がいらないと捨てたから、あなたはそれを拾うことができたのよ。
もし私が『やっぱりいる』と言ったら、あなたがどれだけ頭を下げて頼み込んだって、絶対に譲ってあげないわ」
健二は琴音の様子がおかしいことに気づき、慌てて話題を変えた。
「白鳥さん、今後も何かお探しの品がございましたら、いつでも私にお声がけください。
本日の品は無事にお納めしましたので、私はこれで琴音を連れて帰らせていただきます。
彼女、昨夜熱を出して、少し体調が優れないようですので」
咲はふふっと笑い、まるで先ほどまでのトゲのある言葉など言わなかったかのように振る舞った。
「ええ、分かったわ。琴音さんもゆっくり休んでね、お大事に」
琴音はコクリと頷いた。その顔には血の気がなかった。
健二と共にリビングを出て、肩にのしかかっていた見えない重圧から、ようやく解放された気がした。
外には広大な庭園が広がっており、ゲートにたどり着くまでに10分ほど歩かなければならなかった。
彼らの車はゲートの外に停められていた。
健二が思わず尋ねた。
「君、桐生さんと何か揉め事でもあったのか?それとも白鳥さんと?
あの二人、どっちも明らかに君のことが気に入らないみたいだったぞ。
次から白鳥家絡みの仕事には、君は来なくていい」
「分かりました」
琴音はそう一言だけ返したが、手袋に隠された手のひらは冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
健二は彼女を慰めようと続けた。
「まあ、商品が売れたんだからいいさ。しかし、桐生さんは噂通り、本当に娘を甘やかしてるんだな。
あの人、帝都大学の出身らしいじゃないか。君と同じ大学だろ?
昔、何かあったのか?」
「何もありません」
「本当に何もないのか?俺が聞いた噂だと、桐生さんは昔、あんな風に冷徹で容赦のない人じゃなかったらしいぞ。
桐生家は本来なら長男が継ぐはずだったんだが、桐生さんの兄が何か事件に巻き込まれたらしい」
琴音はもうこれ以上、拓真に関する話を聞きたくなかった。
昨夜の同窓会であれ、今日の商談であれ、すでに終わったことなのだと嫌でも思い知らされたのだ。
「社長、私はその話を知りませんし、聞きたくもありません」
健二が彼女の顔色の悪さに何かを言おうとしたその時、背後からひどく冷たい男の声が響いた。
「お前が知らないだと?」
二人が驚いて振り返ると、すぐそばの柱の前に拓真が立っていた。
いつからそこにいたのか全く分からない。
彼は腕を組み、かつて何度も琴音を見つめた時と同じような目で、冷ややかに彼女を見据えた。
「兄がどうしてあんなことになったのか、お前が知らないとでも言うのか?」
彼の瞳はひどく静かだった。だが、その視線の圧力に、彼女はかろうじて呼吸を乱さずにいるのがやっとだった。
まるで、その事件に彼女が関係しているかのような言い草だ。
彼は長い脚を交差させ、柱に身を預けたまま、逃げ場を与えまいと冷徹に問い詰めてくる。
琴音は、自分が囚人になったかのように感じた。
だが、彼女は本当に何も知らないのだ。
彼女は視線を逸らし、背を向けた。
「社長、行きましょう」
拓真はふっと鼻で笑い、口角を冷たく吊り上げた。
「琴音、お前がいつも口を開けば嘘しか出てこないな」
その瞬間、心臓を鋭く抉られるような痛みが彼女を襲い、その場に足が釘付けになった。