LOGIN「ありがと。依那」「え? 何がですか?」「オレと出会ってくれて」「そんなのこちらこそです!」「そうやっていつも依那はオレにずっと向き合ってくれてたから、オレも依那を好きになることが出来た」「あたしはただ全力なだけですよ? それより慧さんが人と向き合おうとしていたからじゃないですか?」「そりゃ仕事ではそうかもしれないけど。でも誰かを愛すことがこんなにも幸せなんだって思わせてくれたのは依那だけだから」「あたし、だけですか……?」「そう。言っただろ。オレは誰にも愛される期待持つのをやめたって」「あっ……」「でも、きっとオレは本当の愛の意味っていうのも知らなかったんだろうな」「本当の愛……」「誰か一人でも自分を信じて愛してくれる、自分が愛することが出来る存在がいるということは、こんなにも自分にとって大きな力になるんだってこと依那がオレに教えてくれたから」「慧さん……」誰も信じることが出来なくて、愛するという意味がわからなかった慧さん。きっとそれは絶対どこかで慧さんへの愛は存在していたはずなのに、慧さん自身はそれを感じることが出来なかった。だけど、あたしが今慧さんをこんなにも好きで、その気持ちをたくさん伝えることが出来る。あたしが誰より慧さんを大切に想っていて、慧さんが誰よりも愛する存在だと、あたしが何度でも伝える。きっとホントは慧さんはとても愛に溢れた人で、それをたくさんの人に分け与えてあげられる人。慧さんの存在で、きっとたくさんの人が幸せになれて救われている。だから、慧さんの存在自体が、それだけすごい人なのだと、これからあたしがたくさん伝えていこう。「じゃあ、これから一緒にもっと二人でいるたくさんの意味、みつけていきましょう」「二人でいる意味……?」「はい。あたしはこれからも慧さんに、慧さんが愛されて幸せだって意味、たくさん伝えていきます」「依那……」「それだけじゃなく、二人でいるからこその幸せな意味とか、一緒にいれる幸せな意味とか、一つ一つ二人だからこその意味をたくさん見つけて、二人の幸せでいっぱいになりましょ?」「……あぁ。そうしよう」「だから慧さんはこれからも安心して、あたしを信じて好きでいてください。あたしが慧さんをたくさん幸せにします」「ハハ。頼もしいな。じゃあ、オレも依那にそれ以上の幸せを返していくよ」
「それからかな。人と向き合おうと思えるようになったのは」「人と向き合う、ですか?」「そう。仕事でも私生活でも、ちゃんと人と向き合ってみたいって思った。そりゃ中には、自分と合わない人もいるけどさ。でも、ただ合わないってだけで終わるんじゃなくて、なんで合わないのか、どうしたら合うのかってことを考えるようにした」「その人と合うかを考えたってことですか……?」「あぁ。だからといって皆が皆合うとも思ってないし、わかり合えなくても仕方ないこともあると思う。だけど、自分なりに歩み寄りたいとは思うようになったんだ。自分が気付いてないだけでわからないだけで、相手はどう思ってるのかなんてわからないだろ?」「確かに……、わからないと思うだけで何もしなかったら何もわからないし変わらないですもんね」「うん。なんにしてもそれぞれ理由があるとしたら、自分は出来るだけ理解していきたい」「はい……」そっか。だから慧さんは一つ一つの仕事に真摯で向き合える人なんだ……。そんな過去があったからこそ、今の慧さんがあるんだ。その現実から慧さんは逃げずに向き合っているんだ。そんな自分だからダメだと思っていた慧さんを、本村さんが救ってくれて、今では慧さん自身でたくさんの人に気持ちを返している。こんなに素敵な人なのは、そんな過去があることがマイナスなんじゃなく、それがあったからこそ、こんなに素敵な人になったのかもしれない。きっと誰より心の痛みをわかる人。だからきっと何に対しても真剣で心に寄り添える人なんだ。「それでも、もし、わかり合うことが出来なくて自分から離れていく人がいるのなら、それは縁がないということだし、それもきっと何らかの意味があると思ってる」「意味……」「そう。自分がわかり合いたいと思ったとしても、ホントは関わらなくてもいい縁がなくていい人もいるかもしれないし、違う選択の方が幸せになれることもあるかもしれない。それの正解は誰にもわからないけどさ。そういう時は、きっとそれがその時の最善なんだと思うようにしてる。いい意味じゃなくてもそうじゃなくても、それがどこかの自分の人生に繋がってると思うから……」「うん……。そうかもしれないですね。もし今が幸せなら、それまでの選択や、繋がらなかった縁も運命なのかもしれないですよね」うん。たとえわかり合えたからといって、それがいい選
「だけどさ。あの大将は、あの人のやりたいことも、意見もちゃんと聞いてあげてる。話し方も、接し方も、穏やかで……。ちゃんとあの人自身を見てる人なんだなってそう感じた」「確かに……、大将は昔からすごく女将さんを大切にされてるんだなって印象はあります。二人で一緒に二人三脚でやってきたみたいな、そんなイメージというか……」「……そう。あの人は、ちゃんと大切にしてもらえてたってことなんだな……」「はい。それはそうだと思います……」「うん。正直オレを捨ててまで手にした幸せが納得出来ないものだとわかったら、もしかしたらオレはもっと穏やかでいられなかったかもしれない」「え……?」「だけど、オレを捨てたあとに大将との幸せがあったのなら、仕方なかったのかもしれないな」「でもその選択をしたことで、慧さんは……」「うん。辛くて寂しい想いをしたのは事実。だけど、それがなければ、オレは今ここにこうしていなかったと思うから」「え……、どういうことですか……?」「もし母親とずっと一緒にいたら、また違った人生だった」「それは今の慧さんじゃなかったかもしれないってことですか……?」「そうだな……。もし今の状況になってなければ、柾弥とここまでガッツリつるむこともなかったと思うし、今の仕事も一緒にしてなかっただろうな」「そうなんですね……」「父親の家庭に引き取られて転校したから、柾弥と出会えたんだ。柾弥と出会えたから、今の仕事をしようって思ったし、それが出来たことで依那とも出会えた」「そっか……。その選択じゃなければ、あたしは慧さんと出会えてない運命だったかもしれないってことですよね……」そうだ。そういうことだ。慧さんがこの会社を作ってくれたことで、あたしは慧さんに出会えて、今一緒にいることが出来ている。今のあたしは慧さんがすべてで、慧さんがいるから今の自分がいる。慧さんを好きになれたことも、一緒にいることも、好きになってもらえたことも、すべてなかったことになる現実もあったかもしれないんだ……。今のこの現実が違ってしまうなんて……、この幸せが存在しないだなんて……。そんな慧さんといられない未来になっているかもしれないと、そんな想像するだけで怖くなる。「オレさ……、正直、母親に捨てられてから、自分は誰にも必要とされない人間なんだって、ずっと思ってたんだ」「え…
それから家に帰って、いつものようにリビングのソファに二人並んで座る。「依那。まず約束してくれるか?」「えっ、何を……ですか?」「今からする話で、依那が悪いと感じて謝るのは禁止。依那が気にすることは一切ないから。今から話すことは、オレとあの人との話だから」「でも……」「依那がそんな気持ちで聞くなら、この話はしない」「――嫌です! 慧さん一人で抱えるなんて絶対嫌です!」「ん。オレは、依那には悲しむんじゃなく、支えてほしい」「慧さん……」「今はオレの隣には依那がいる。だから大丈夫だ」「はい……」「ん」あたしにそう伝えながら、隣で優しくあたしの手を握って微笑む慧さん。こんなんじゃ、どっちが悲しんでるんだかわかんないや……。「慧さんは……、平気ですか?」「あぁ。依那がいてくれるから平気だ」「あたしが、いるから……ですか?」「そう。……まぁ、本音を言えば、まったく平気かって言われれば、そうとは言い切れない」「……ですよね……」「自分の中でも、自分の中でどう受け止めていいのかもよくわからない」「はい……」「オレを捨てて選んだことには変わりないんだし、そしてそこまでして一緒になりたかった相手があの大将だったんだよな……」そうだ……。慧さんの前からいなくなった理由、それだった……。だけど……、あたしが出会ってからの女将さんは、確かに大将と仲がいいけど、そんなに酷いことをする人だとはどうしても思えなくて……。あたしの母がいなくなってから、女将さんはずっと親身になってくれていた。他人のあたしでさえ、あんなに向き合ってくれていた人なのに、自分の子供を簡単に平気で見捨てるようなそんな人なんかじゃないはず……。大将もすごくいい人だし、理由を知っていれば、そんなことになっていなかったような気さえもしてしまう。だから、慧さんと離れることにならざるを得なかった理由が何かある気がして仕方ない。「でもなんかわかるよ」「え……?」「あの大将。穏やかで優しくて……。あの人が惹かれる気持ちはなんとなくわかる気がする」「そうなんですか……?」「うちの父親とは正反対だから」「え……?」「うちの父親は、自分が絶対主義で、自分が正しいと思うことは曲げない人だった。たまに会う時でも決して温かかったり穏やかな時間なんてものはなかったんだよね。母親の意
「ごめんなさい……」あたしはその場で立ち止まって、俯いたまま慧さんに告げる。すると、少し前まで歩いていた慧さんが振り返って。「え? どした? 依那」逆にそんなあたしに心配そうに声をかけてくれる。「慧さんのお母さんだなんて知らなくて、あたし……」知らないとはいえ、あんな無神経に会わせてしまったこと。あたしの母親代わりだなんていって紹介してしまったこと。そんな中で、慧さんにお付き合いの挨拶をさせてしまったこと。今起きたすべてのことに申し訳なく思えて、泣きそうになる。「フッ。なんで、依那が泣きそうになってんの」そして、泣きそうになるのを堪えてたあたしを、傍まで近づいた慧さんが顔を覗き込み、そんなあたしを見て優しく笑う。「だって、何から謝ったらいいか……」いろんな想いは溢れてくるのに、どう言葉にすればいいのかわからない。何から謝ればいいかわからない。「いや、違うから。オレは依那をそんな悲しませたくて言ったんじゃない」「だって……」「でもまぁ、そっか、こんなタイミングで依那はいきなりそんなこと聞かされたらそう思っちゃうよな」あたしを覗き込んだ慧さんは、変わらず優しく微笑む。「依那」あたしの名前を呼んで、そんなあたしの手を握る慧さん。「家に帰って、ゆっくり話しようか」「はい……」「ん」そう返事したあたしの手を、慧さんはちゃんと繋いで、隣に並んでまた歩き始める。慧さんのが絶対苦しいはずなのに、どうしてこんなにこの人は優しいんだろう。関係ないあたしが泣いちゃダメだとわかっているのに、慧さんの辛さを考えると、胸が痛んで涙が出てしまう。こんな状況なのに、あたしを包み込んでくれる慧さんが優しすぎて涙が出てしまう。そんなあたしの手をしっかり握って引っ張って歩いてくれる慧さんは、ホントに頼もしくて。そして、その手からは、慧さんの気持ちが伝わってきそうな、優しさの中に少し強さがあるような……。だけど、なんだかその繋ぎ合っている手から、慧さんの隣にいていいんだよと言ってくれてるようで。慧さんとしっかり手を繋いで、今隣で歩けていることに、嬉しさで心が温かくなった。
そんな慧さんが気になって、隣を歩きながら慧さんを見つめていると……。「ハハッ……。まさか本当にそうだったとはな……」慧さんが少し視線を落としながら、なんだか悲しそうに笑ってそんな言葉を呟く。「え……? どうしたんですか? 慧さん……」あたしがそう聞き返すと、慧さんは。「うん……」あたしの問いかけに微妙な反応を示す。何か多分、慧さんの中で思ってることがあるのは違いなくて。だけど、それを自分の中で考え込んでいるような、そんな感じに見えてしまう。あたしはそんな慧さんを感じ取りつつ、それ以上何も聞けなくて、そのまま慧さんの隣を歩く。そんな時間がどれくらい続いただろう。何分もそんな沈黙が続いて、あたしはただひたすら慧さんが話始めるのを待っていた。「あの人……。あの女将さん……」すると、ようやく口を開いた慧さん。そしてその言葉はなぜか女将さんの名前。「はい……」「母親だった……」「え……? 母親って……?」慧さんのその言葉にあたしは、立ち止まって聞き返す。「オレを昔捨てた母親だよ……」「えっ……? 嘘……。あの、女将さんが……、慧さんの、お母さん……?」えっ、そんなことってある……? まさかの女将さんが慧さんのお母さんだなんて……。「母親のことはなんとなくしか正直覚えてなかったんだ。あの頃の記憶は曖昧というか……自分の中であまり思い出したくない記憶になってたから……。だけど不思議なもんだよな。なんとなくわかっちゃうんだよ、そういうの……」「慧さん……」「最初は特に気付かなかった。でも、ふと笑った時の表情とか、やっぱ面影あんだよな……」慧さんはどこから気付いてたんだろう……。どんな気持ちであの時あの場にいたんだろう……。そんな気持ちの中、慧さんはそれを隠して、ちゃんと挨拶までしてくれたってこと……?慧さん、一切なんの動揺もしてなかった。それどころかいつものように余裕があって……。だけど、そんな慧さんが唯一気弱になってしまうのは、ご両親の話になる時で……。そんな原因かもしれないお母さんが、女将さんで……、その人が目の前にいて、それであたしが感謝までしてる存在として紹介して挨拶するだなんて……。どうしよう、そんな辛い想いさせてただなんて……。言葉にならないほどの後悔と切なさと辛さで、胸が苦しくなる。
「なんかお前いつでも全力だよな(笑)」「それがあたしの取り柄ですから!」「確かに。それなかったらお前じゃねえしな」「だから。あたし。仕事でも認めてもらえるような人間になろうと思って」「ん? それはオレにってこと?」「もちろんです。あたし。仕事でもちゃんと頑張ってる姿見てもらって、中途半端な気持ちじゃないってこと、慧さんとしても社長としても知ってもらいたいです」「んなの言わなくてもわかってるよ」「でも。あたしの仕事ぶりはまだ社長には見てもらったことないですし、会社の人間としては、まだ全然役に立ててなくて……」「そんなのお前の年齢と経験では普通だし」「だけど。あたし、ホントに社
それから、飲み物や少しずつ食事が来て少し落ち着いた頃に。「さっ。話。始めようか」社長が口を開いた。「驚かせて悪かったな、河野」「いえ……。でも、すいません。まったく状況が把握出来なくて……」「うん。そうだろうな。ホントは逢沢が事前に話してればこんな戸惑うこともなかったんだろうけど、そこはオレに気を遣って逢沢が誰にも話さないでいてくれたから」「あっ、そうだったんですね……」「だけど。親友の河野には、ちゃんと全部話しておきたいからって逢沢に相談されて。お前らの間に行き違いや勘違いが生じないように、ちゃんとオレからも状況説明する必要があると思ったから、今回オレらも同席させてもらった」
「え、ヤバッ。依那、あんた社長の前ではそんな感じなんだ!?(笑)」「あっ……」「なんだ、心配することないじゃん(笑)」「え?」「ちゃんとあんたはあんたらしくいれてんじゃん。社長と初めて会った時も、そうやって同じように威勢よく立ち向かってたし(笑)」「いや、あれは……!」「あ~そっか。そういえば、あの時もそんな感じだったね。ほら、あたしが言った通りになってんじゃん」「え? なんて言ってたっけ?」「人生何が起きるかわかんないよって」「あ~、そういえばなんかそんなこと言ってたかも」「あの時、そうやって話してる二人の雰囲気いい感じだな~と思ってたんだよね」「あ~。確かに。あの時
「心して彼女役務めさせていただきます」そして、その気持ちを忘れないように、しっかり声に出して自分に言い聞かせる。「何、どした、いきなり」「いや。大事な仕事先の方なら失礼にならないようにしないとなと思って」「あぁ~。うん。そこがな、難しいとこなんだけど。この前お願いした相手は別にあれ以上仕事に影響なかったからあれでよかったんだけどさ。今回はこれからもまだ仕事で付き合っていく人だから、そこはまぁあんま揉めないように上手くやってほしいっていうのはある」「ですよね。なんか簡単そうに思えてちょっと責任重大ですよね」「まぁ普通の状況の彼女役とかじゃないからな。結局オレは仕事にも関わってること