LOGIN5年前、冴えない「芋女」のエマは、罠にハメられ冷徹CEOイザンに抱かれた。翌朝、彼が残したのは冷酷な金と拒絶の言葉。屈辱を胸に姿を消した彼女は、血の滲む努力で絶世の美女へと覚醒。正体を隠した天才デザイナーとして帰国する。一方、彼女の変貌を知らないイザンは、目の前に現れた神秘的な美女に狂おしい執着を抱き始めて——。 捨てられた過去、偽りの再会。過ちから始まる、切なく激しい運命の愛憎サスペンス!
View More重厚なオーク材の扉が、背後で重々しい音を立てて閉まった。
「はぁ、はぁ……っ……」 エマはドレスの裾を固く握りしめ、冷たい壁に背中を預けた。 荒い息を吐き出すたびに、視界がぐにゃりと歪む。全身の血が激しく波打ち、皮膚の内側から焼けつくような熱が込み上げていた。 (嘘でしょ……お姉様たち、私に何を飲ませたの……?) 今夜は、異父姉妹であるクロエの誕生日パーティーだった。 家族から「うちの恥晒し」「泥くさい芋女」と蔑まれてきたエマは、パーティーの雑用係として無理やり連れてこられたのだ。 そして数分前、クロエから手渡されたジュースを口にした直後から、意識が朦朧とし始めた。 廊下から、薄笑いを浮かべた男性たちの声が聞こえる。 『あの地味な妹、どこへ逃げた?』 『クロエが言ってたぜ。あいつならいくら弄んでも文句は言わないってさ』 罠だった。 エマは恐怖に震えながら、暗闇に包まれたホテルのスイートルームの奥へと必死に足を進めた。逃げなければいけない。この地獄のような家族から、この屈辱的な夜から。 しかし、足がもつれ、重厚な絨毯の上にひざまずいてしまう。 「……誰だ」 暗闇の奥から、低く掠れた、恐ろしいほどに冷徹な男の声が響いた。 エマが弾かれたように顔を上げると、影の中から一人の男が立ち上がるところだった。 月光を背に受けるその男は、完璧に仕立てられた高級スーツのネクタイを緩め、荒い息を吐いている。 男——イザン・ヴァレンタインもまた、異様な熱に侵されていた。 国の経済を裏から支配すると言われるヴァレンタイン・グループの若き総帥。政敵によって仕組まれた強力な媚薬の影響で、彼の理性のタガはすでに崩壊寸前だった。 「出ていけ……死にたくないなら、今すぐ俺の視界から消えろ」 イザンはエマの胸元を掴み、壁に押し付けた。 しかし、触れ合った皮膚から伝わる冷たさに、男の喉から低い喘ぎが漏れ出る。 「あっ……離し……っ」 エマが抗おうとした瞬間、男の強靭な腕が彼女の細い腰を強く引き寄せた。 「待て……お前……」 暗闇の中、男の視線がエマの瞳を射抜く。 メガネは弾け飛び、髪は乱れていたが、男の手が触れた場所から狂おしいほどの甘い香りが立ち上っていた。 理性が、プツリと切れる音がした。 「嫌……やめて……!」 エマの切痛な拒絶は、イザンの熱い唇によって遮られた。 それは、エマにとって人生で最も恐ろしく、そして恐ろしいほどに苛烈な夜の始まりだった。 暗闇の中でお互いの素顔すら満足に見えないまま、二人の熱は激しくぶつかり合う。 恐怖に震えていたエマだったが、男の荒々しい抱擁の奥にある、どこか飢えたような切なさに触れ、激痛のなかで生まれて初めて「誰かに強く求められる熱」を知ってしまうのだった。 ◇ やがて、しらじらと夜が明け始めた。 室内にカーテン越しの上品な光が差し込む。 ベッドの上で目を覚ましたエマは、全身を襲う激痛と倦怠感に襲われながら、小さく息を呑んだ。 隣には、胸をはだけさせた男が横たわっていた。 彫刻のように美しい顔立ち、冷酷さを物語る引き締まった唇。間違いなく、テレビや雑誌の表紙でしか見たことのない雲上の存在——イザン・ヴァレンタインだ。 (私……なんてことを……) エマが震える手で破れたドレスを拾い上げようとしたその時。 カサリ、とベッドが揺れた。 イザンがゆっくりと目を開けたのだ。 そのアイスブルーの瞳には、昨夜の狂おしい熱気は一切残っていなかった。そこにあるのは、ゴミを見るかのような、蔑みと冷酷さだけだった。 「……チッ」 イザンは眉をひそめると、体を起こした。 ベッドサイドのテーブルからチェックブックを取り出すと、万年筆を走らせ、サラリと一枚の小切手を切り取る。 書籍の余白に投げ捨てるように、その小切手をエマの震える膝の上に冷たく放り投げた。 「これで口を塞げ」 氷のように冷たい声が、エマの頭上に降り注ぐ。 「破格の金額のはずだ。一夜の代金にしては十分すぎるだろう」 「……代金……?」 「二度と俺の前に不快な顔を見せるな。言っておくが、俺を探そうなどと愚かな真似はするなよ。消されたくなければな」 イザンはエマの顔すら直視することなく、冷たくなったシャツに腕を通し始めた。 エマの心の中で、何かが音を立てて砕け散った。 コンプレックスだらけで、家族からも虐げられ、それでも必死に生きてきた自分の尊厳が、この男のたった数枚の紙切れによって無残に踏みにじられたのだ。 涙が視界を遮った。だが、エマは絶対に声を出して泣かなかった。 (私を……ただの哀れな芋女だと……金で買える女だと思っているのね……) エマは膝の上の小切手を固く握りしめた。破り捨ててやりたかった。だが、彼女は小切手をバッグの底に押し込むと、ベッドの下に落ちていたイザンのジャケットから、ゴールドのカフスボタン(袖留め)をひとつだけ握りしめた。 「……さようなら、CEO」 エマは男に背を向け、足をもつれさせながらスイートルームを飛び出した。 絶対に忘れさせない。 いつか、あなたが踏みにじったこの地味な女の前に、あなたがひざまずく日を絶対に作ってみせる。 屈辱の涙を拭ったエマの瞳に、宿ったことのない暗い情熱の火が灯った。 ◇ スイートルームに残されたイザンは、煙草に火をつけ、紫煙を吐き出した。 ふとベッドの脇を見ると、自分のカフスボタンが一つ消えていることに気づく。 「……あいつ、俺から盗みやがったのか?」 イザンは不快そうに眉をひそめたが、なぜか部屋に残された「甘い香り」と、暗闇の中で泣いていた少女の濡れた瞳が、頭から離れなかった。 「……秘書を呼べ。今すぐこの部屋にいた女の身元を洗え」 しかし、この時のイザンはまだ知る由もなかった。 この失われたカフスボタンと甘い香りが、これから始まる5年間の狂おしい執着と、自身の人生を狂わせる「地獄の果ての愛」の始まりにすぎないことを——。ガラス張りのオフィス越しに見えるイザンの鋭い視線を背中に感じながら、エマはパソコンの画面を凝視していた。 画面に映し出されているのは、老舗ブランド「レガシー」の過去3年分の複雑な財務諸表、仕入れルートのログ、そして製品の構造データだ。 かつて王室御用達とまで謳われた名門ブランドが、なぜ破綻寸前まで追い込まれ、ヴァレンタイン・グループに買い叩かれるハメになったのか。その真相を暴くことこそ、エマが最高クリエイティブ・ディレクターとして最初に仕掛けた仕事だった。 「……やっぱりね」 エマは画面をスクロールしながら、冷ややかな笑みを漏らした。 単なる「デザインの時代遅れ」や「不運な経営難」などではない。 レガシーの経営を裏から意図的に崩壊させた明確な存在——ライバル企業である「サン・マルコ・グループ」の影が、はっきりと残されていたのだ。 サン・マルコは、近年急速にシェアを拡大している新興ラグジュアリー企業だ。 彼らはレガシーの元幹部を買収して内部情報を横流しさせ、レガシーが発表する直前の新作デザインを酷似させた安価な製品を市場に大量投入していた。 それだけではない。 高級感を支える最高級のシルクやレザーの仕入れルートをサン・マルコが裏で買い占め、レガシーには粗悪な素材しか届かないよう供給網(サプライチェーン)を寸断していたのだ。 だが、エマの目はそこで止まらなかった。 膨大な取引履歴の奥深くに埋もれた、ある奇妙なペーパーカンパニーを経由する「不自然な資金の迂回ルート」を見つけ出したのだ。 それは、一般のデータアナリストやヴァレンタインの監査チームが見落とすほど巧妙に偽装されていた。 しかし、エマの目は誤魔化せない。 なぜなら——その口座の暗号化形式と特殊な送金パターンは、かつて彼女を「泥くさい芋女」「家の恥晒し」と虐げ、実家で好き勝手に資金を流用していた実父と継母の、あの見飽きた汚いやり口そのものだったからだ。 (私の実家……そしてサン・マルコ。あなたたちが裏で手を組み、レガシーを食い物にしていたのね) かつて自分をゴミのように踏みにじった実家が、サン・マルコと裏で密約を交わし、レガシーの資産を不正に吸い上げていたという揺るぎない証拠。 エマの胸の奥で、静かな怒りと復讐の火が激しく燃え上がる。 その時。
夜深まる高級マンションの自室で、エマは鏡の前に立っていた。ドレスを脱ぎ捨て、露わになった素肌。その滑らかな背中や肋骨のあたりには、よく見なければ分からないほどの、ごくかすかな薄い痕が残っている。それは、彼女が「エマ・ローラン」として生まれ変わるまでに支払った、血と涙の代償だった。幼い頃から、エマの人生は日陰の中にあった。母の再婚相手とその連れ子である異父姉のクロエ。二人にとって、大人しく地味なエマは格好の鬱憤晴らしの対象だった。「泥くさい顔ね」「あなたがいるだけで家の格が落ちるのよ」日常的な暴言、雑用係としての扱い、そして自分の描いたデザイン画を目の前で破り捨てられる屈辱。それでもエマは、いつか自分の才能でこの地獄を抜け出してみせると、歯を食いしばって耐えていた。しかし、5年前のあの夜——すべてが崩れ去った。クロエたちに薬を盛られ、汚名を着せられそうになって逃げ込んだスイートルーム。そこで出会ったイザン・ヴァレンタインの熱い抱擁に、一瞬でも救いを求めてしまった自分が愚かだった。翌朝、彼が放った冷酷な言葉。『破格の金額のはずだ。これで口を塞げ』『二度と俺の前に不快な顔を見せるな』男にとってそれは、不運な一夜の過ちに過ぎなかったかもしれない。だが、すがるものすら失った少女にとって、それは魂を焼き尽くす殺意に等しかった。渡仏してからの5年間は、まさに狂気の日々だった。骨を削るような体型管理、肌を生まれ変わらせるための激痛を伴う治療、寝る間も惜しんでハサミを握り続けたスケッチの日々。(私は死んだのよ、あの日……)エマは鏡の中の自分を見つめ、静かに胸元へ手を当てた。(私はただの「復讐の毒針」として蘇った。イザン・ヴァレンタイン……あなたを私の美しさと才能でひざまずかせ、あの夜の屈辱を何倍にもして返してあげる。そして……あの日、誰が私とあなたをあの部屋へ追い込んだのか……すべての真実を暴いて見せるわ)彼女は引き出しから、あの日持ち去ったゴールドのカフスボタンを取り出し、愛おしそうに、そして冷ややかに指先でなぞった。◇翌朝。ヴァレンタイン・グループ本社、最上階CEOフロア。昨夜の熱狂が嘘のように静まり返る通路を、エマは歩いていた。装いは昨日までの地味な変装ではなく、完璧に計算されたエレガン
薄暗い舞台裏の廊下。 背後から伸びてきた強靭な腕に手首を掴まれ、エマの背中が冷たい壁に押し付けられた。 「くっ……離してください、CEO」 エマは眉を微かにひそめ、冷ややかな声を落とした。 だが、目の前に立つイザンは、彼女の言葉など耳に入っていない様子だった。 仕立ての良いダークスーツからは、彼の荒い吐息と、激しい動揺が伝わってくる。 彼のアイスブルーの瞳は理性を失い、目の前にいるエマの顔立ち、唇、そしてその首筋から立ち上る「甘い香り」を食い入るように見つめていた。 「……正体を隠していたな」 イザンの声が低く擦れる。彼の大きな手がエマの顎を強引にすくい上げ、逃げ場を塞いだ。 「お前が『E』の代理であり、あの空港の女……そして、あの地味な姿で俺の前に現れたというのか?」 壁と彼の屈強な体躯に挟まれながらも、エマは動じることなく、美しくも妖艶な笑みを唇に浮かべた。 「お気に召しましたか、CEO? クロエ様から頂戴した赤ワインも、我が『E』の手にかかれば最高のアクセントになりますの。ですが……私の本当の秘密は、まだこれだけじゃありませんよ」 「……何だと?」 イザンの瞳の奥で、狂おしいほどの所有欲と執着が渦を巻く。 5年間、どれほど探し求めても手に入らなかった「あの夜の香り」。 そして今、目の前に現れた圧倒的な美貌と才能を持つ女。 彼の中で、過去の幻影と目の前の美女が完全に重なり合い、理性のタガが弾け飛ぼうとしていた。 「焦らせるな……俺を試しているのか、エマ・ローラン」 イザンの顔が急接近する。彼の熱い唇が、エマの赤く塗られた唇を奪おうと重なる寸前——。 「そこまでよ、イザン様」 冷ややかに言い放ち、エマはイザンの胸元を両手で強く押し返した。 思いがけない強い力と毅然とした態度に、イザンはわずかに体勢を崩す。 エマは乱れたドレスの胸元を優雅に整えると、高嶺の花のような冷徹な瞳でイザンを見下ろした。 「失礼ですが、私はあなたに買われるためにここへ来たのではありません。『レガシー』の再建というビジネスのためにここにいるのです。勘違いなさらないで」 「ビジネスだと……?」 イザンの顔が苦々しく歪む。 これまで数多の女たちが彼の財力と地位を求めて群がってきたが、この女は違う。自分の
会場の照明がゆっくりと落とされ、静寂が広がった。 スポットライトが照らし出したのは、ランウェイの中央。Eがこの夜のためだけに仕立てた新作ドレスを纏った、トップモデルの姿だった。 夜空の星々をそのまま織り込んだかのように輝く、繊細で完璧なシルクガウン。 息をのむような美しさに、集まった各国のセレブやメディアから惜しみない感嘆の溜息と拍手が沸き起こる。 「……素晴らしい。さすが、世界のファッション界を震撼させる天才『E』だ」 「レガシーの買収はヴァレンタイン・グループの最高の大勝利だな」 喝采のなか、VIPエリアに立つイザン・ヴァレンタインもまた、その出来栄えに満足げな笑みを浮かべるはずだった。 だが、彼の瞳は冷たく澄み切っていた。 視線はランウェイではなく、会場の隅——先ほどから姿を見せない、あの地味なアシスタント「エマ・ローラン」の行方を追っていた。 一方、会場の壁際では、クロエが唇の両端を吊り上げてほくそ笑んでいた。 (ふん、せいぜい中で泣き崩れていればいいわ。イザン様がわざわざ用意してくださった極上のドレスを台無しにしたんだもの。あの芋女、今夜で完全にクビよ!) クロエの策略は完璧だった。イザンが用意したドレスに赤ワインをぶちまけ、エマを失脚させるはずだったのだ。 モデルがお披露目を終え、ステージから静かに退場する。 誰もがショーの終了を確信し、拍手が鳴り止もうとしたその時——。 ふいに、会場のすべての照明が暗転した。 「……? 何事だ?」 「停電か?」 ザワつく会場に、重厚で低音のチェロの旋律が響き渡る。 マイクを通した司会者の困惑混じりのアナウンスが流れた。 『……皆様、大変失礼いたしました。ここで急遽、もう一人のモデルによる特別なお披露目がございます』 「もう一人……?」 イザンの眉が不審そうに跳ね上がった。そんな演出は予定にない。 直後、一筋の鋭いスポットライトが、ランウェイの最奥を照らし出した。 そこに立っていたのは——。 会場中の息が、一瞬で止まった。 ゆっくりと歩みを進めてくるのは、プロのモデルをも圧倒する、気品に満ちた絶世の美女。 光を吸い込むような漆黒の黒髪をなびかせ、滑らかな白磁の肌、そして誰も寄せ付けない高貴で冷ややかな瞳。 彼女が纏っているのは