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第3話

Auteur: 久照(ひさてる)
川輝は私の姿に気づかず、いつも通り洗面を済ませ、そのままベッドに入った。

私に電話もメッセージもせず、私がどこにいるのかさえ聞いてこなかった。

やっぱり、彼が愛していた頃の姿を見ていたからこそ、今の彼の冷めた態度は一目瞭然だった。

以前は、私が仕事で忙しくてすぐに返信できなかっただけで、彼から何度も電話がかかってきた。

時には電話に出られなかったことで、彼は仕事を中断して私の会社まで来て、無事かどうか確認することさえあった。

「安紀子、どんなに忙しくても、ちゃんと返信してよ」

「ただ君が無事かどうかを確認したいだけだよ。俺のこと、うざいなんて思ってないよね?」

「じゃあ次は、微笑みのスタンプを送ってくれれば、無事だってわかるから」

......

今はもう、メッセージを送ることさえ面倒になったのだろう。

私たちが出会ったのは、私の母がきっかけだった。

長年、家庭内暴力に苦しみ、最後にはビルの上から飛び降り、遺体は見る影もなくなってしまった女性。

そのエンバーマーが、川輝だった。

手袋をつけた川輝が、母のバラバラになった遺体を少しずつ組み立てていくのを私はただ見ていた。彼の目には、敬意と哀れみがあふれていた。

その時、私は思った。お金を払った甲斐があったな、これで母の生みの恩を返せた、と。

「そこにあるティッシュ、綺麗なものだよ。拭いてあげな」

「きっと、お母さんも心を痛めているはずだ」

自分の心はもう石のように冷たいものだと思っていたけれど、いつの間にか涙が溢れ出していた。そして、川輝に言われて初めて、自分が泣いていることに気づいた。

慌ててティッシュで涙を拭き取りながら、そっと川輝を見た。

彼は本当にハンサムだった。端正な顔立ちに、鋭い顎のライン。だが、どうしてこんな仕事をしているのか、理解できなかった。

「どうしてこの仕事をしているの?」

普段は無口な私が、気づけばその疑問を口にしていた。

「父が事故で亡くなった時、誰も彼の顔を元通りにしてくれる人がいなかった。母はそのことをとても残念がっていたんだ。それで、父は壊れたまま旅立った。その時、俺は誓ったんだ。将来、最高のエンバーマーになって、俺の手で送り出す死者は、必ず完全な姿で旅立たせてみせるって」

返事がないだろうと思っていたのに、川輝は驚くほど多くのことを話してくれ
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