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第4話

作者: ここのつラテ
翌日、家を売りに出したと知った晃が、慌てて帰ってきた。

晃は荷造りをしていた私の腕をつかみ、無理やり立たせた。

「瑞希、どういうつもりだ?俺たちの家を勝手に売るなんて、正気か?」

押し殺していた感情が、ついに一気にあふれ出した。

私は思わず鼻で笑い、晃の頬を思いきり平手で打った。

家?

よくもまだ、そんな言葉を口にできたものだ。

「私をずっと騙して、そんなに楽しかった?」

叩かれた晃は怒らなかった。

いつもの喧嘩のあとと同じように、自分から声を和らげた。

「これで少しは気が済んだか?騙してたことは悪かった。でも、俺たちは7年も一緒にいたんだ。こんなふうに、はい終わりってわけにはいかないだろ。

俺の命はお前に救ってもらったんだ。そんなお前を、本気で捨てるわけないだろ」

これ以上、白々しい言葉を聞きたくなくて、私はその場を離れようとした。

けれど晃はすぐに回り込んで行く手を塞ぎ、逃がすまいと強く抱きしめた。

「真由は、うちの会社の前副社長の娘なんだ。父親が亡くなる前に、あの子のことを頼むって言い残したんだよ。

俺が最低だった。真由と関係を持ったことは認める……何度も別れようとした。でも、真由は分離不安がひどくて、別れ話を出すたびに自分を傷つけようとしたんだ。あんな姿を見たら、突き放せなかった」

晃は私を抱く腕に力を込め、耳元で縋るように囁いた。

「瑞希、俺は一度だって、お前と別れるつもりなんかなかった。お前も真由も、俺にとって大事なんだ。どっちかを傷つけるなんて、俺にはできない。

だから、このことは知らなかったことにしてくれないか?俺たちは今までどおりでいよう。お前のことも今までと変わらず大事にするし、何一つ不自由させない。だから、な?」

あまりの身勝手さに吐き気がして、返す言葉もなかった。

晃はそれを、私が折れたのだと都合よく受け取ったらしい。

私を抱いていた腕をほどくと、何事もなかったかのようにキッチンへ向かった。

「今日はまだ何も食べてないだろ?お前の好きなものでも作ってやるよ」

ところが、晃がキッチンに入った瞬間、玄関からドンッと大きな音がした。

次の瞬間、颯太が玄関のドアを蹴り開けて飛び込んできた。

何が起きたのか理解するより早く、朋美が駆け寄ってきて、私の頬を力いっぱい平手打ちした。

「瑞希!真由の子どもをどこへやったの!?」

その後ろから入ってきた真由は、私を見るなり、その場にひざまずいた。

「中川先生、お願いします。あの子を返してください!晃のことは諦めます。だから、どうか子どもには何もしないで……」

晃の顔から、さっきまでの優しげな表情が一瞬で消えた。

「何だって?子どもがいなくなったのか?」

「真由がさっき、あの子を予防接種に連れていったの。受付を済ませて戻ったら、もういなくなってたの!」

朋美は目を真っ赤にして叫んだ。

「こんなことするの、瑞希しかいないでしょ!」

その言葉を聞いた瞬間、晃の額に青筋が浮かんだ。

次の瞬間、晃は私に詰め寄り、首に手をかけて力任せに締め上げた。

「誰かにさらわせたのか?瑞希、正気か!」

息ができないほど強く首を締めつけられ、私は必死に晃の指を引きはがしながら、かすれた声を絞り出した。

「私じゃない……私は医者なのよ。子どもをさらうわけないでしょ!」

床にへたり込んだ真由が、泣きながら訴えた。

「お願いします、中川先生。あの子に何かあったら、私も生きていけません……」

晃は私を乱暴に突き放し、血走った目でにらみつけた。

「早く言え!あの子をどこへやった!」

「やってないって言ってるでしょ!どうして誰も私を信じてくれないの?」

「お前以外に誰がいるんだよ!」

少し離れたところにいた颯太も、冷たい目で私を見ていた。

かつて私のために必死で弁護してくれた弟とは、まるで別人だった。

「姉ちゃん、今すぐ本当のことを話して。さもないと、俺も法的手段を取るしかない」

私が首を横に振ると、朋美は怒りに任せて私の髪をつかみ、そのまま物置へ引きずり込んだ。

朋美は慣れた手つきで棚を開け、中から除細動器を取り出した。

電極パッドの包装を破ると、私の胸元に押しつけた。

「瑞希、あんた最低だよ。あんな小さな子をさらわせるなんて、どうかしてる!

まだ言わないつもり?本当に、こんなことまでさせる気?」

朋美は、私が電気ショックを何よりも恐れていることも、どうすれば口を割るかも知っていた。

けれど、やってもいないことを、いったい何と白状すればいいのか。

「言わないあんたが悪いんだからね!」

ついにしびれを切らした朋美は、ためらいもなく放電ボタンを押した。

次の瞬間、激しい衝撃が全身を走った。

体がびくりと跳ね、そのまま床に崩れ落ちた。

後頭部を強く打ちつけ、目の前で白い光が弾けた。

その直後、太ももの内側を生温かいものが伝っていった。

誰もが言葉を失った。

晃の顔がこわばった。

「瑞希、お前……」

そのとき、リビングのほうから警察官の声が聞こえた。

「行方不明になっていた赤ちゃんが見つかりました。ご家族の方は至急、病院へ向かってください」

朋美の手から除細動器が滑り落ち、床に鈍い音が響いた。

その知らせを聞いた途端、皆の顔に安堵が広がった。

互いを押しのけるように部屋を飛び出し、先を争って家を出ていった。

私を気にかける者は、誰もいなかった。

その場に取り残された私は、スカートにじわじわと広がる赤い染みを、ただ見つめていた。

涙が頬を伝って落ちた。

数時間後、彼らは赤ん坊を抱いて戻ってきた。

リビングに足を踏み入れた途端、全員がその場に立ち尽くした。

床には血の跡が残り、テーブルの上には検査結果の書類とUSBメモリが置かれていた。

彼らが詫びのつもりで買ってきたらしい苺のケーキが、床に落ちた。

晃は震える手で書類を取り上げ、目を走らせた。

読み進めるうちに、その顔からさっと血の気が引いていった。

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