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第九話

Author: 夏目若葉
last update Huling Na-update: 2024-12-19 11:51:38

「今日はボイストレーニングだと聞いていたから、後でジンには電話するつもりだったんだが」

 予想外の展開だとばかりに相馬さんが低い声で言い放ったあと、ソファーに座る彼の隣に立った。

「今日はサボった」

「はぁ……またショウくんに叱られるぞ」

「社長、告げ口はなしで」

 あきれたとばかりに肩を落とす相馬さんを私も姉もただ傍観するしかできないのだが、ところでこの人物は誰なのだろう。

 意志の強そうな瞳、高くて美しい形の鼻、シャープな顎からの輪郭のラインが芸術的に綺麗で、世間ではなかなかお目にかかれないほどのイケメンだ。

「ごめんね」とつぶやきながら、相馬さんが私たちのほうへ振り返った。

「実はふたりには言ってなかったけど、僕にはもうひとつ会社があるんだ」

 相馬さんが胸ポケットから名刺入れを出し、私と姉に一枚ずつそれを差し出す。

 相馬さんはどうやら会社をふたつも経営しているみたいだ。

【株式会社ポラリス・プロダクション 代表取締役社長】

 今度渡された名刺には、そう書いてあった。

「そっちは芸能プロダクションで、縁あって知り合いから引き継いだ会社なんだ」

 相馬さんにとって元々こちらは本業ではないように聞こえた。

「彼はうちの事務所の子なんだけど。時々この部屋を、くつろぎの場として使ってる」

 だから相馬さんは玄関を開けたとき、中にいるのは彼しかいないと想像がついたから、特段驚きはしなかったのだと納得がいった。

「ジン、この部屋はしばらく人に貸すことにしたから。悪いけどすぐに帰ってくれないか」

 静かだが力強い相馬さんの言葉に、ジンがありえないとばかりに目を見開いた。

「ほかの部屋があるだろ?」

「それが……貸せるのは今ここしかないんだ。だからジンは自分のマンションに」

 どうやら彼にはほかにきちんと自宅があり、ここに住みついているわけではなさそうだ。

「このまま家に帰ったら、ショウくんに説教くらうよ」

 だから今日はここで寝るつもりだったのに、とジンが口を尖らせる。

 さっきから会話に出てきている〝ショウ〟という人と同居していて、顔を合わせたくないのだろうかと勝手に想像してしまう。

「それに、ここからのほうが大学に通うのも便利なんだ」

「あ、そうか。ジンも由依ちゃんと同じ大学か」

 相馬さんにチラリと視線を送られたけれど、学内は広いし、きっと学部も違うだろうから、同
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