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第40話

Auteur: 雪八千
「そうか?」

秀一の黒い瞳がゆっくりと動き、真っすぐに玲を見据える。

「でも――彼女の言ったこと、全部が誤解ってわけじゃない。

俺たちは契約のために結婚した。でも、実際に夫婦になった以上――パートナーとして君の欲求に応える義務はあると思う」

一瞬、玲の呼吸が詰まった。

彼の低く落ち着いた声が鼓膜を打った瞬間、胸の奥が妙にくすぐったくなる。

それは肺に響くものじゃない。もっと深い場所――心臓を撫でられたみたいな感覚だった。

視線を逸らし、窓の方へ顔を向ける。

少しでも風を入れて、熱を冷まそうと窓を開けようとした、そのとき――

「一日に何回すれば満足?」

ドンッ!

玲の手が滑り、額が窓ガラスにぶつかりかけた。

「ふ、藤原さんっ、そ、そういうのは……っ、今じゃなくて!あとで!あとで話しましょう!」

心臓が早鐘を打つ。

弘樹と三年間付き合っても、そんな話題すら一度もしたことがなかった。

だから玲には、そんな経験、あるわけがない。

玲が必死にしどろもどろになるのを見て、秀一は喉の奥で低く笑ったように胸を震わせた。

そして意味深に頷く。

「わかった。……じゃあ一日何回か、決めたら教えてくれ」

「……」

返す言葉もなく、玲はやっとの思いで窓を開けた。

ひんやりとした風が頬をなで、火照った顔を冷やす。

――そういえば、さっき、秀一が笑ってた……?

……

けれど考える暇はなかった。役所の前に車が停まったのだ。

車を降り、番号札を取り、並んで座る。

今日は平日だからか、新婚カップルも少ない。

ほんの十分足らずで、二人は手続きを済ませた。

その後、秀一は静かに結婚指輪を取り出した。玲の左手の薬指に、その銀色の輪が滑り込む。

指先に触れたリングはまだ少し冷たいはずなのに、秀一の体温にすっかり温められていた。その温もりが、胸の奥まで染み渡る。

込み上げる熱に、玲の目がわずかに潤んだ。

この瞬間を十三年間、何度夢見たことだろう。

だが、隣に立つのは、彼女が一度は自分の「光」だと信じた男ではない。

それはそれでよかった。

彼女は過去を断ち切り、新しい人生を選んだ。これからは前を向いて歩いていく。

玲は涙を拭い、しっかりと顔を上げる。

その視線の先には、深く澄んだ黒い瞳。

その瞳はまるで、ずっと前から自分を映していたかのよう
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