「15番の方、高瀬玲様、ご家族の方とはまだ連絡つきませんか?」診察室の簡易ベッドに座っていた高瀬玲(たかせ れい)は、何度目になるかわからないその問いかけを、黙って聞いていた。手にしたスマホからは、いまだに何の反応もない。白い蛍光灯の冷たい光の下、繊細な玲の指先は、スマホを握るうちに血の気が引いて白くなっていた。白シャツに黒のパンツという、ごくシンプルな格好なのに、彼女が身につけるとどこか現実離れした美しさが漂ってしまう。看護師の口調も、そんな彼女を前にすると自然と柔らかくなる。「高瀬さん、あなたの足首の靭帯はかなり損傷してます。ひとりで帰ると再び痛める可能性が高いので、できればどなたかに迎えに来てもらってください」「……すみません。多分仕事で忙しいんだと思います。もう、来ないかもしれません」玲は俯いたまま、か細い声で答えた。その日、アートギャラリーでちょっとした騒動が起きた。展示中の彫刻作品を、ふたりの子どもがふざけて壊してしまったのだ。親たちは「子どもが遊んだだけでしょ?」と開き直り、そこからスタッフと保護者の激しい口論へと発展。ギャラリーは罵声と物音が飛び交う修羅場と化した。玲は芸大卒で、今回の展示にボランティアとして協力していた先輩だった。止めに入ろうとしたものの、もみ合いの中で足首に展示台が倒れ込み、激しく負傷した。昼過ぎに病院へ運ばれ、夜が更けた今、他の負傷者は全員家族に迎えられて帰っていったというのに、彼女だけが取り残されていた。看護師がそっと言葉を添える。「彼氏さんとか……いらっしゃいませんか?もし恋人がいれば、迎えに来てもらっても……」彼氏……玲は唇をぎゅっと噛み締める。連絡していたのは、まさにその彼氏だというのに。そのとき、背後に設置されたテレビから賑やかなアナウンスが流れた。「速報です!高瀬グループの御曹司・高瀬弘樹氏が、本日夜、ロイヤルホテルを貸し切り、藤原グループの令嬢・藤原綾さんにカスタマイズのガラスの靴を贈呈。ふたりは真剣交際中で、三ヶ月後に婚約予定とのことです!」画面には、愛らしい顔をしている藤原綾(ふじわら あや)が映っている。玲が何度も連絡を試みた男──高瀬弘樹(たかせ ひろき)が、彼女の前で片膝をつき、ガラスの靴にピンクのリボンを結んでいた。その瞳に
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